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第二章 キミと生きる

30.撃退

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 定石では獣人には魔法使いを、人間には護衛職をと言われる所以がある。

 獣人の身体能力の前には赤子同然の人間に残された唯一の対抗手段が、一定の割合で生まれる魔法使いの魔法に類するものだった。

 その魔法が防衛や捕縛と言う名の、獣人に対して絶大な効力を持つ一方で、人間相手には牽制させる程度の非戦闘スキルでしかなく、その多くは日常を補助する程度の威力で脅威にはなり得ない。

 魔法使いの希少性が高く買われる一方で、他の人間に物理的に敵わなければ対処のしようがない事態もまた事実であり、金に繋がる魔法使いを暴力で言いなりにさせるタチの悪い者が現れる事態も過去にはあった。

 獣人を服従させる魔法がある一方でそこには制約も多く、魔法使いの立場を不動にするほどの万能さはない。

 けれど、魔法使いがいなければ獣人に対する人間の勝ち目もない。

 この特異な三つ巴関係は、人間対獣人と言う種族間に分かれることで、人間の優勢という力関係で固定されるに至っていた。

ーーこの距離では詠唱が間に合わないが、あのドラ息子を死なせてはどちらにしろ終わる……っ!!

「ぐぅっ……っ」

「くそ……っ」

 ローブ男に足蹴にされたグリネットの声が漏れるのと同時に、なまじヤケクソで詠唱を始めたアスラに気づいて飛び掛かるローブ男。

 その間に滑り込んだギドの剣がローブ男の回し蹴りによってへし折られ、一撃目の左足を軸にして更に加速した右足が踊るようにギドの側頭部を襲った。

 大柄な部類に入るはずのギドの体躯は、まるで人形か何かのように軽々と蹴り飛ばされ、砂埃を巻き上げながら一瞬で茂みに倒れ伏す。

「ーーこれでもデカい山を超えて来たプロなんだ。人間舐めるなよ、獣人……っ!!」

 崩れた体勢を整えるローブ男を見下ろして、アスラはギドの決死の時間稼ぎによって唱え終えた詠唱に、勝利を確信してニヤリと笑んだ。

「お前らは私たちには勝てないんだよ!!」

 言うが否や、詠唱で動きを止められたまま自らを見上げる金の瞳へ向けて、アスラはローブの袖に仕掛けていたバネ式に飛び出す隠し網を作動させる。

 網には魔法陣が張り巡らされており、獣人が絡め取られればその力は奪われる。故にどんな怪力や鋭い爪を持っていようと、脱出は不可能な代物。

 そう、これは予想外の邪魔などが入らない限り、どう考えても。そう確信する条件は揃っていたはずだった。

「がっ!?」

 気づいた時にはアゴを蹴り上げられて、次の瞬間には地面に這いつくばっていた。

 予想外の角度から強く揺らされた脳のおかげで、身体は言うことを聞かず吐き気と共に平衡感覚を失う。

 やっとのことで事態を確かめようとすれば、そこには中身のない網だけがぺったりと地面に落ちていることだけはわかった。

ーー詠唱は終わったのに、なぜ動ける……っ!? 獣人ではなく人間……っ!? ……いや、そんなはずは……っ!

 アスラは、ぶるぶると震える指先で網を握る。口内に広がる血の味が、これが現実であると告げていたが、理解が追いつかない。

 薄らぐ視界で、ジャリと近くで地を踏む音が聞こえた。

ーーあぁ、死んだ。やっと、ここまで来たのに、こんなところで、こんな形でーー……。

 失う意識の狭間でにわかに騒がしくなる周囲の音を聞いたけれど、アスラの意識はそこで途切れたーー。





「ゾウの方は大丈夫。魔法で動けなくなってたけど矢尻の傷は小さかったし、そんなにひどいものでもなかったから、さっきまだ近くにいた仲間とーー……」

「そうか」

 そこまで言いかけて言葉を失う初音に、ジークがモゾモゾと呻く芋虫のようなグリネットを足蹴に振り返る。

 鮮やかな手捌きで、かなりの大人数を拘束して地面に転がしている様に、初音は目を見開いた。

 ご丁寧に、両手足に加えて目隠しと猿轡までされている。

 不安になるほど大人しく転がっている人々からも、何とか生きている気配は感じ取れたことに、初音は密かに胸を撫で下ろした。

「……あっ、大丈夫……っ!?」

「……問題ない、かすり傷だ」

 その頬を裂いた一筋の赤い線に、思わず手を伸ばす。

 アスラを撃退した直後、グリネットが投げつけた短刀が背後からジークを襲ったが、その頬に線をつけたのみで再び地に沈められていた。

「……どうするの……?」

 声を潜めて初音はローブを被ったままのジークへと耳打ちし、そんな初音の言葉を受けて、ジークは無言で天を仰見る。

「ーーどうとでも」

「……え?」

「このまま寝かせておけばすぐに肉食獣が来るだろうし、それが忍ばれるなら縄を解いてやれば良い。こいつらの未来に興味はない。……まぁ武器類は取り上げるし、手と口は封じたままにするから、生きて戻れるかは知らん」

「ーーでも、良いの? 万一……噂になったりとか……」

「追われるのは、いつものことだ」

 そう言うものか。と初音はしばし口を噤んで思案する。

 人間たちの騒ぎを聞きつけて、空からの動向を伺い見てもらったネロにはアイラたちの元へ先に帰ってもらい、ここにいるのは初音とジークだけ。

 初音がいることも要因の一つであるように思うが、思えば率先して人間を襲う気配を見せたことがないジークにどこかホッとする一方で、その甘さに足元を掬われることがないかと心配になる。

「……魔法使いが4人、護衛が3人、貴族が2人……」

 ふぅむと腕を組んで、初音は思考を巡らせた。

「……ひとまず、話しをしてみてもいいかな?」

「ーーは……?」

 ジークは怪訝そうな顔で、初音を見返した。
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