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2章
64.よる
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「……すまない……あまり綺麗とは言えないのだが、この屋敷で寝られる場所は私の部屋しかなく……」
少し暗めの照明の中、ベッドを囲むように積まれた書籍と書類の山。今までの生活感のなさからの対比が印象的な寝室だった。
「……ベッドで過ごされるタイプですか?」
「…………いや……まぁ…………そうなるな……」
ふふと笑ってルドガー様の顔を盗み見ると、ルドガー様は諦めたように顔を手で覆ってため息をついた。
「私もベッドで本を読むのが好きですから、一緒ですね」
「…………すぐに片付ける……」
「……もう時間も遅いですし、簡単にベッドの上と周りだけにしましょう」
そう言って、ベッド上に置かれた本や書類をルドガー様に確認しつつ一緒に端に寄せた。
「……私が寝ていた地下の方が防護の術は強いが、屋敷全体にもその効果はいくらかあるから安心して欲しい。私は部屋の外にいるし…………こんな部屋で申し訳ないが、よければ朝まで休んでくれ……」
そう言って、返事を待たずに部屋の外に出ようとするルドガー様の腕をガシリと掴むと、私はぐいぐいと力任せに引っ張ってベッドの端へと座らせた。
全く予想をしていなかったのか、はたまたそれほど弱っているのか、いとも容易くベッドに座り込んだルドガー様は目を丸くして私を仰ぎ見ている。
「怪我人な上にお疲れなのはルドガー様なんですから、私に構わずにしっかりとベッドで寝ていてください」
「いや……っ」
「大丈夫です! ここ最近は家でごろごろしてばかりだったので、1日くらい起きていられますし、私、実はどこでも寝られますから」
「いや、そう言うことではなく……っ」
「私、絶対に引きませんよ! 怪我している恩人をよそにベッドを使うなんてお母様に怒られてしまいますから!」
「………………」
適当に理由を並べてでも一歩も譲らない姿勢でいる私を、困った顔でルドガー様が見上げた。
何かを発しようとした口は結局何も発されないままにつぐまれて、しばし視線を泳がせた後にその先が再び私に戻る。
「ーーわかった……」
「どうかお気になさらず、ゆっくり休んでくだーー……えっ」
満足気にホッとして、皆まで言う前に、手を取られて引き寄せられる。
「へぁっ……ぁ……の……っ!?」
「…………」
急に引き寄せられて中途半端にバランスを崩し、左手はルドガー様に捕まれたまま、右手は置き場所に困った結果瞬時の判断でベッドの端に辛うじてついた中腰の格好。
こちらを見上げたままのルドガー様の顔が気付けば目の前にあることに、私は固まる。
「……ぁ……の……っ……?」
瞬時に熱くなる顔と全身の湧き立つ血液に動揺しながらも、繋がれた左手のせいで距離を取ることさえ出来ず、至近距離のルドガー様の顔を正視できなくてぎこちなく視線を逸らす。
「……ぁ……ぁの……ルドガー様……っ?」
「………………」
な、なぜ返事がない……? とパニックと疑問だらけの頭で必死に考えた。
チラリとわずかに視線を下げると、ルドガー様の白い首筋から胸元までが見えてしまい、やっぱり無理と目を閉じる。
間近な気配に動揺した心臓がうるさい。五感の全てが、意識しないようにしているルドガー様の存在を余さず掬い取っているようだった。
「…………ハンナ令嬢」
「はっ……はいっ!?」
いくらか上擦った変な声が出て、私は瞳を強く閉じてくっと歯噛みした。
するりと左手が離れると、そのままするりと抱えられるようにストンとベッドへと座らされる。
並んで座るルドガー様の顔を恐る恐る見上げると、ふっと頬を緩めた表情で見返されて、私はいとも容易く撃沈した。
前にもこんな構図はあった気がするが、少し幼げで儚げな素顔の破壊力が凄まじい。
「…………そ、そんなに見ないで頂けますか……っ……ぁ……顔に穴があきそうです……っ」
「……あぁ、すまない……つい…………可愛らしくて」
視線を合わせられないままに眉をしかめる私に事もなげに告げられた言葉に、私は真っ赤になって信じられないものでも見るようにルドガー様を見返した。
「…………っ……!」
わなわなと震える私に、ははっと少年みたいに軽く笑うと、ルドガー様はそのままパッタリと後ろに倒れる。
右手が目元を隠していて、その表情はわからない。
「だ、大丈夫ですか……っ!?」
傷が痛むのかと慌てて身をひねるように乗り出すと、今度は右手をルドガー様の左手にパシリと囚われる。
「……ルドガー様……?」
上から見下ろす形になったままに様子を伺うと、ルドガー様が右手の隙間からこちらを伺い見た後に口を開く。
「……約束する、絶対に何もしない。……から、ここで一緒に休まないか」
「え……っ」
思わず固まった私に、ルドガー様が続ける。
「…………イヤでなければ……」
じっとこちらの様子を伺いながら紡がれる言葉に、私は言葉に詰まる。
その言い方はいささかずるくないだろうか。
ルドガー様のこと。明確な言葉にしない微妙な反応でさえも、きっと敏感に感じ取って何もなかったように線を引くのだろうと想像がつく。
「…………いやでは…………ないですけど……ぅぁっ!?」
うっ……と少し困ってから、視線を合わせていられなくて横に流した瞬間。ぐいっと右手を引っ張られて、次の瞬間にはすっぽりとその腕の中に収まっていた。
「…………ぁの……コレは何もに……入らないんでしょうか……?」
初めてではないのに、以前とは比べ物にならないほどに冷静でいられないのを、何とか誤魔化そうと私は必死だった。
とてもではないが顔を上げることなどできそうにない。
知っている。こう言う時は小ネズミや子ウサギの如く、小さく震えて潤んだ瞳で見つめたり、むしろこちらから可愛らしく飛び込むべきらしいと言うことを。
さすれば山ほど読んだ恋愛小説にあった愛されヒロインのように何かが始まるはずであると、その展開に心ときめかせた私は知っている。
知っているのに、どうにもそんな態度は現実で取れそうにもなくてひねた言葉を口走ってしまった。
いや待て。私は何かが起こって欲しいのだろうか? 場の空気に流されているだけなのだろうか?
何かに対して肯定的と言うことは、私はルドガー様のことを好きなのだろうか?
2人しかいないお屋敷のベッドの上で、その腕に抱えられていると言うこのシチュエーションが私を問答無用にパニックへと押し流す。
「ーーベッドの上に、この方が乗り易いだろう?」
「…………はい?」
思いもよらないルドガー様の返答に、私は思わず顔を上げる。
「……ほら、どちらが先に乗っても、後から乗っても気まずい感じがしないだろうか?」
「………………」
いたく真面目な顔で説明をするルドガー様を私は険しい顔で無言に見つめる。
「…………そ……そうです……ね……?」
ルドガー様が言わんとしていることを一生懸命に想像して、何となく言っていることはわかったものの、今の現状の方がよほど気まずくないかと私は眉をひそめる。
「さぁ、横になって」
「………………」
そう言ってベッドにコロンと転がされると、私と並行になるように肘枕をついて寝転んだルドガー様は、満足気な良い笑顔で私の髪を撫でた。
「………………」
そんなルドガー様を無言で見上げ、私は眉をひそめるのを止められない。
私がルドガー様を兄のような存在として感じることがあるのなら、その逆もまた然り。
元婚約者の立場であっても、ルド様と一緒にいようと、ルドガー様は男性と言う立場では私にいつも一線を引いていたことを思い出す。
そう。正しく私自身が思っていたではないか、兄のような安心感だと。
「………………」
少しばかり、私は恨めしそうにルドガー様を眺める。
ん? と能天気な顔をしているように見えるルドガー様が何故か腹立たしい。
「…………何でもないです、お兄さまっ!」
「ーーえ……っ!?」
戸惑いを隠せないルドガー様の声なんて無視して、私はこのモヤモヤを当てつけるようにバフンとベッドに顔を押し当てて叫んだ。
「ハ、ハンナ令嬢……っ?」
「………………」
少しぐらい動揺すればいいのだ。妹的存在なら、別にこれくらい問題ないだろう。
そんなことを意地悪く思いながら、私は重なる疲労と包まれる温かさから、いつの間にか意識を手放していたーー……。
少し暗めの照明の中、ベッドを囲むように積まれた書籍と書類の山。今までの生活感のなさからの対比が印象的な寝室だった。
「……ベッドで過ごされるタイプですか?」
「…………いや……まぁ…………そうなるな……」
ふふと笑ってルドガー様の顔を盗み見ると、ルドガー様は諦めたように顔を手で覆ってため息をついた。
「私もベッドで本を読むのが好きですから、一緒ですね」
「…………すぐに片付ける……」
「……もう時間も遅いですし、簡単にベッドの上と周りだけにしましょう」
そう言って、ベッド上に置かれた本や書類をルドガー様に確認しつつ一緒に端に寄せた。
「……私が寝ていた地下の方が防護の術は強いが、屋敷全体にもその効果はいくらかあるから安心して欲しい。私は部屋の外にいるし…………こんな部屋で申し訳ないが、よければ朝まで休んでくれ……」
そう言って、返事を待たずに部屋の外に出ようとするルドガー様の腕をガシリと掴むと、私はぐいぐいと力任せに引っ張ってベッドの端へと座らせた。
全く予想をしていなかったのか、はたまたそれほど弱っているのか、いとも容易くベッドに座り込んだルドガー様は目を丸くして私を仰ぎ見ている。
「怪我人な上にお疲れなのはルドガー様なんですから、私に構わずにしっかりとベッドで寝ていてください」
「いや……っ」
「大丈夫です! ここ最近は家でごろごろしてばかりだったので、1日くらい起きていられますし、私、実はどこでも寝られますから」
「いや、そう言うことではなく……っ」
「私、絶対に引きませんよ! 怪我している恩人をよそにベッドを使うなんてお母様に怒られてしまいますから!」
「………………」
適当に理由を並べてでも一歩も譲らない姿勢でいる私を、困った顔でルドガー様が見上げた。
何かを発しようとした口は結局何も発されないままにつぐまれて、しばし視線を泳がせた後にその先が再び私に戻る。
「ーーわかった……」
「どうかお気になさらず、ゆっくり休んでくだーー……えっ」
満足気にホッとして、皆まで言う前に、手を取られて引き寄せられる。
「へぁっ……ぁ……の……っ!?」
「…………」
急に引き寄せられて中途半端にバランスを崩し、左手はルドガー様に捕まれたまま、右手は置き場所に困った結果瞬時の判断でベッドの端に辛うじてついた中腰の格好。
こちらを見上げたままのルドガー様の顔が気付けば目の前にあることに、私は固まる。
「……ぁ……の……っ……?」
瞬時に熱くなる顔と全身の湧き立つ血液に動揺しながらも、繋がれた左手のせいで距離を取ることさえ出来ず、至近距離のルドガー様の顔を正視できなくてぎこちなく視線を逸らす。
「……ぁ……ぁの……ルドガー様……っ?」
「………………」
な、なぜ返事がない……? とパニックと疑問だらけの頭で必死に考えた。
チラリとわずかに視線を下げると、ルドガー様の白い首筋から胸元までが見えてしまい、やっぱり無理と目を閉じる。
間近な気配に動揺した心臓がうるさい。五感の全てが、意識しないようにしているルドガー様の存在を余さず掬い取っているようだった。
「…………ハンナ令嬢」
「はっ……はいっ!?」
いくらか上擦った変な声が出て、私は瞳を強く閉じてくっと歯噛みした。
するりと左手が離れると、そのままするりと抱えられるようにストンとベッドへと座らされる。
並んで座るルドガー様の顔を恐る恐る見上げると、ふっと頬を緩めた表情で見返されて、私はいとも容易く撃沈した。
前にもこんな構図はあった気がするが、少し幼げで儚げな素顔の破壊力が凄まじい。
「…………そ、そんなに見ないで頂けますか……っ……ぁ……顔に穴があきそうです……っ」
「……あぁ、すまない……つい…………可愛らしくて」
視線を合わせられないままに眉をしかめる私に事もなげに告げられた言葉に、私は真っ赤になって信じられないものでも見るようにルドガー様を見返した。
「…………っ……!」
わなわなと震える私に、ははっと少年みたいに軽く笑うと、ルドガー様はそのままパッタリと後ろに倒れる。
右手が目元を隠していて、その表情はわからない。
「だ、大丈夫ですか……っ!?」
傷が痛むのかと慌てて身をひねるように乗り出すと、今度は右手をルドガー様の左手にパシリと囚われる。
「……ルドガー様……?」
上から見下ろす形になったままに様子を伺うと、ルドガー様が右手の隙間からこちらを伺い見た後に口を開く。
「……約束する、絶対に何もしない。……から、ここで一緒に休まないか」
「え……っ」
思わず固まった私に、ルドガー様が続ける。
「…………イヤでなければ……」
じっとこちらの様子を伺いながら紡がれる言葉に、私は言葉に詰まる。
その言い方はいささかずるくないだろうか。
ルドガー様のこと。明確な言葉にしない微妙な反応でさえも、きっと敏感に感じ取って何もなかったように線を引くのだろうと想像がつく。
「…………いやでは…………ないですけど……ぅぁっ!?」
うっ……と少し困ってから、視線を合わせていられなくて横に流した瞬間。ぐいっと右手を引っ張られて、次の瞬間にはすっぽりとその腕の中に収まっていた。
「…………ぁの……コレは何もに……入らないんでしょうか……?」
初めてではないのに、以前とは比べ物にならないほどに冷静でいられないのを、何とか誤魔化そうと私は必死だった。
とてもではないが顔を上げることなどできそうにない。
知っている。こう言う時は小ネズミや子ウサギの如く、小さく震えて潤んだ瞳で見つめたり、むしろこちらから可愛らしく飛び込むべきらしいと言うことを。
さすれば山ほど読んだ恋愛小説にあった愛されヒロインのように何かが始まるはずであると、その展開に心ときめかせた私は知っている。
知っているのに、どうにもそんな態度は現実で取れそうにもなくてひねた言葉を口走ってしまった。
いや待て。私は何かが起こって欲しいのだろうか? 場の空気に流されているだけなのだろうか?
何かに対して肯定的と言うことは、私はルドガー様のことを好きなのだろうか?
2人しかいないお屋敷のベッドの上で、その腕に抱えられていると言うこのシチュエーションが私を問答無用にパニックへと押し流す。
「ーーベッドの上に、この方が乗り易いだろう?」
「…………はい?」
思いもよらないルドガー様の返答に、私は思わず顔を上げる。
「……ほら、どちらが先に乗っても、後から乗っても気まずい感じがしないだろうか?」
「………………」
いたく真面目な顔で説明をするルドガー様を私は険しい顔で無言に見つめる。
「…………そ……そうです……ね……?」
ルドガー様が言わんとしていることを一生懸命に想像して、何となく言っていることはわかったものの、今の現状の方がよほど気まずくないかと私は眉をひそめる。
「さぁ、横になって」
「………………」
そう言ってベッドにコロンと転がされると、私と並行になるように肘枕をついて寝転んだルドガー様は、満足気な良い笑顔で私の髪を撫でた。
「………………」
そんなルドガー様を無言で見上げ、私は眉をひそめるのを止められない。
私がルドガー様を兄のような存在として感じることがあるのなら、その逆もまた然り。
元婚約者の立場であっても、ルド様と一緒にいようと、ルドガー様は男性と言う立場では私にいつも一線を引いていたことを思い出す。
そう。正しく私自身が思っていたではないか、兄のような安心感だと。
「………………」
少しばかり、私は恨めしそうにルドガー様を眺める。
ん? と能天気な顔をしているように見えるルドガー様が何故か腹立たしい。
「…………何でもないです、お兄さまっ!」
「ーーえ……っ!?」
戸惑いを隠せないルドガー様の声なんて無視して、私はこのモヤモヤを当てつけるようにバフンとベッドに顔を押し当てて叫んだ。
「ハ、ハンナ令嬢……っ?」
「………………」
少しぐらい動揺すればいいのだ。妹的存在なら、別にこれくらい問題ないだろう。
そんなことを意地悪く思いながら、私は重なる疲労と包まれる温かさから、いつの間にか意識を手放していたーー……。
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