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2章

65.迎え

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「……ルド……っ!!! ハンナ!!」

 私と同率で朝寝坊常習犯なはずのライト兄様は、まだ朝ぼらけの霞む中で全速力に屋敷から駆け出してくる。

 そのままの勢いのままに、ルドガー様ごと私はライト兄様に抱きしめられた。

「でかした過ぎるぞバカ妹!!」

「ちょっ! ライト兄様、こんな時くらい素直に褒めてください!!」

 がっしりとライト兄様に抱えられて揺さぶられながらも、一緒に抱えられているルドガー様との距離感にいささか戸惑う。

「……良かった……っ……ほんと……人に心配しかかけないアホ共め……っ!」

「言い方…………」

「……すまない、心配をかけた……」

「……心配なんてするか……っ! お前らがいないと……アホがいなくて暇なんだよ……っ!」

 ぐすりと混じる涙声で矛盾したことを口走りながら執拗に顔を見せないライト兄様を、私とルドガー様は目を見合わせて互いに頬を緩ませる。

 ルドガー様が用意をさせてくれた馬車に乗り込んで、私たちは予定通り朝早くにひっそりとヴァーレン家を後にした。

 ヴァーレン侯爵やクラウン・ヴァーレン様へ挨拶をしていないことが気になったが、ルドガー様の強い申し出により執事への言伝だけで済ませてしまった形となったのは気がかりではある。

 ライト兄様には、ルドガー様に預かっていた自作の通信機で昨夜のうちに簡単に事情は伝えていたから、そわそわとして待っていたのだろうと容易に予想ができた。

「……父さんたちも待機してる。事情はあらかたわかる範囲で伝えてあるし、ルド、お前の滞在も侯爵家への連絡も手配済みだ。よって、大人しく療養しろ」

 濡れた瞳を隠しきれないままに、ひどいを作ったライト兄様がじろりと睨みつけて声高々に宣言する内容に驚く。

「て、手配が早くないですか……っ!?」

「アラン兄だぞ。こんな事態で大人しくしてる訳ねぇだろ」

「いや、しかし……っ」

「お前に拒否権ねぇから! アホ妹の借りと俺の心配は遥か高いことを思い知って2度と心配かけんじゃねぇぞ、このどアホっ!!!」

 事態についていけない私たちは目を釣り上げて偉そうに指示してくるライト兄様に、口を挟む隙すら与えられずに
ずるずると屋敷へと引き摺られていく。

「おかえり、ハンナ。心配したよ」

「お父様、お母様、アラン兄様に、ニースまで……」

 屋敷に入れば、早朝だと言うのにそこには家族が勢揃いで待ち構えていた。

「積もる話はあるが、ひとまず2人とも休みなさい、ひどい顔だ」

「……湯の用意はさせてあるから、綺麗にしてもらってきなさい」

「後でお姉ちゃんの好きなお菓子持って行ってあげるよ」

「お疲れ様。あとは僕に任せて、2人と……ついでにライトも休んでおいで。3人ともがすごいよ。大丈夫、悪いようにはしないから安心して」

 口々にかけられる言葉に加えたアラン兄様の苦笑混じりの言葉に、私とルドガー様は顔を見合わせる。

 結果として一睡も出来なかった私たちの顔は、それはもうひどいものだったのだろう。

 ルドガー様に至っては仮面をつけてはいるものの、そもそも顔色が悪い上に怪我だらけで痩せ細り、物理的に弱っているのだから尚更だった。

「ルーウェン伯爵、この度はーー……」

「ーーまずは休んで、栄養を取って、話はそれからだーールドガー卿。ヴァーレン家には及ばないだろうが、自分の家と思って過ごしておくれ」

 ルドガー様が何か言おうとしたのを、お父様が有無を言わせずに遮る。

「ーー諦めろ、ルド。ハンナの頑固さは父さん譲りだ。言う通りにしとけ」

「いや、しかしーー……」

 戸惑うように何かを言いかけたルドガー様は、皆の顔を順に見た後に袖口をツンと引いた私の顔を見下ろす。

「……私も……滞在して頂きたいです……」

「………………」

 しばし私の顔を無言で見つめた後に、ルドガー様はお父様に向き直る。

「この度はーー」

「はいやめやめ、ど真面目か! は元気になって飯でも食いながらでいいって言ってんだろ! ったく頑固もんが増えやがって!!」

「ちょっ離せルーウェン! そう言う訳には……っ」

「2階の客間だから、ハンナ、案内してあげて」

「あっはいっ!」

 強制的にライト兄様に連れて行かれるルドガー様を呆けて眺めていた私に、アラン兄様からの追い討ちがかかる。

 いまだ何ごとか問答を続けているルドガー様とライト兄様を、戸惑いながら私は反射的に追いかけた。

「つか、何でルドは女物のアクセサリーとかつけてんだ……? どゆこと?」

「……これは……不可抗力だ……っ」

 これ以上ないほどに不服そうな顔で、ジロリとライト兄様を見るルドガー様が少し微笑ましかった。

「ルドガー様、大丈夫ですかっ!? ライト兄様だってルドガー様が病み上がりなのを知ってるんですから、もっと気を遣ってあげてください……っ!」

 ずるずると引き摺られるように連れていかれているルドガー様の身体が心配で、思わず慌てて抗議する。

「んんーー……?」

 じとりと目を細めて、ライト兄様が足を止めて私の顔をじっと眺める。

「……な、何ですか……っ」

 この手の顔をする時のライト兄様が私は苦手だった。大抵要らないことしか言わない。

「何だ? 半日やそこら会ってないだけでいやにルドの肩を持つじゃねぇか……。2人してクマもひどいし……寝てないのか?」

「い、言ったでしょう! ロデオ・ヴァーレン……様だってひょっこり現れるくらいなんですよ!? 警備だって何だかんだと怪しいですし、ルドガー様は私を心配するし、私はルドガー様が心配だしでおちおち寝ることなんてできませんから!!」

 はっと気づいて、私は慌てて眠れなかった理由を並べ立てる。私にはわかった。ライト兄様が絶対に下世話なことを口にしそうなことを。

「……じゃぁずっと2人でいたのか?」

「へ? い、いましたけど……」

「ずっと? 一晩中? どこに?」

「ど、どこに……って……」

 ライト兄様の追求に、私は瞬時考えさせられる。

 2人だけの広い屋敷で、ベッドの上で、優しく名前を呼ばれて起こされたーー朝。

 ボワっと顔が熱くなるのを止められず、私は視線を逸らす。

 そんな私をライト兄様がまじまじと見て、そっぽを向いているルドガー様と見比べられているのが雰囲気でわかった。

「ーー……ははぁ……」

 変な間を置いて、ライト兄様がのままに口を開く。

「チューくらいはしたのか?」

「ライト兄様っ!」

「ルーウェン!」

「ライト!!!」

 ニヤリとして発された言葉に対して発された声は三者三様見事に重なり、ライト兄様はヤベッと舌を出すと般若のような顔をしているお母様から逃げるように足を早める。

「もうっ! ホントにライト兄様はデリカシーってものがないんだから!」

「なんだよ、そんなに怒るなよ。いつものことだろぉ? だいたい何もないならそんなに怒ることじゃーー……」

 そこで言葉を切ったライト兄様は振り返ったままに、改めてまじまじと私とルドガー様を見遣る。

「…………あれ、何も……ない…………よな…………?」

「もうっ! うるさいです! ライト兄様のバカっ!!」

 確認のように繰り返してくるライト兄様を、私はキッと睨みつけて屋敷中に響き渡る声で叫んだ。
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