上 下
58 / 86
2章

56.顛末

しおりを挟む
 普段より明らかに豪奢な馬車に揺られて、私とライト兄様はと対峙している。

 サラサとルド様はざわついたその場を治めるのと共に、ルーウェン家への連絡を請け負ってくれた。

「ーー……ルドガーは、思っていたよりも人に囲まれていたんですね。正直に言って、少しあしらえば諦める程度。それくらいの人間関係だと思っていたので、驚きました」

「悪かったですね、諦めが悪くて」

「ラ、ライト兄様……っ」

 もう少し言い方があっても良さそうなその人の物言いに、今にも胸ぐらを掴みかからんとするのをなんとか堪えていると言った感じのライト兄様に、私はハラハラする。

 そんな様子を眺めた後にふっと薄く笑うと、ヴァーレン様の格好をしたその人は自身の髪をおもむろに引っ張った。ずるりと不自然に動いたその黒髪の下からは、茶色の髪が溢れ落ちる。

 次いで顔につけていた仮面を外すと、そこには人の良さそうな好青年が穏やかに笑みを浮かべていた。もちろん、そこにアザなどはない。

「あの、あなたは……? ……ルドガー様は、ご無事なんですか? なぜルドガー様のフリを……?」

 聞きたいけれど、聞きたくない。でも、聞かなければ進めない。そんな気がして、緊張の汗が背筋を滑り落ちる。

「そうですね。話すことは多いのですが、まぁまずは自己紹介から。ルドガーのをして、邪険な扱いをして申し訳ありませんでした。何せ言葉を発すればさすがにバレると思っていましたので……」

 茶髪の好青年は困ったように眉尻を下げる。

「僕は、クラウン。クラウン・ヴァーレンと言います。……第三夫人の長男と言えば、わかりやすいでしょうか?」

「え……っ!? ……っと……っ……」

 思わず目を見張って言葉に迷う私と、不機嫌そうな横目で私の様子を見遣るライト兄様を眺め、クラウン様はニコりと人の良い笑みを浮かべる。

「僕のことをご存知でしたら、戸惑うのも無理はありません。世間的に、僕は一族争いへの恐怖からになった。ーーとされていますから」

「……演技だったと言うことですか……?」

 こんな情報を聞くことに幾らかの恐怖を覚えながら、私は尋ねる。開けてはいけない箱を開けかけているような、不気味さだった。

「平たく言えばそうですね。一族間での同士討ちが顕在化した頃に、殺される恐怖から気が狂った演技を始めました。兄弟間でもそれなりに年齢差がありますし、母は頼りにならず、幼い僕では狙われれば対抗する術もありませんでしたから。長年に渡り手間ではありましたが、血の気が多い他の兄弟のターゲットからは逃れ、今こうして生きていられると言う訳です」

 ニコリとまるで人事のように一族の重要事項めいたことを話すクラウン様に、私は底知れない何かを感じる。

 一見すれば柔和な笑みを貼り付ける好青年であるのに、どこか蛇にまとわりつかれるような居心地の悪さがあった。

「ルーウェン令嬢を襲ったバレット。行方不明扱いになっていましたが、元々粗野な性格で揉め事も多かったんです。そもそも後継者の器とも言えませんでしたし、本人も望んでなかったんでしょう。バレットも恐らく僕と同じ目論みで、兄弟間の争いから身を隠しつつ、安全圏から実兄の手足として自由気ままに動くことに徹した。狙われる立場において、は最重要ですから、ね」

 ゆるりと薄く笑うクラウンは、そう言うとすっとその目を細めてにっこりと笑った。

「ちなみに、僕は最近ルーウェン令嬢とお会いしたことがあるんですよ」

「え……っ…………」

「……おい……」

「いや、えっ……と…………」

 ライト兄様にせっつかれながら必死に思い出そうとするも、全く覚えがない。そんな私を眺めながら、クラウン様はふふふと肩を震わす。

「……すみません、少しからかいました。思い出せないのは無理もありません、直接にはお会いしていませんから。バレットに襲われた最中、魔物との間に割り込んだマリオネット。あれは僕が操っていたものなんです」

「ーーえ……っ!?」

「……そうなのか?」

 正誤を問うライト兄様の視線を受けて、私は戸惑いがちに口を開く。

「……うん。確かに魔物に襲われる瞬間に割り込んできたマリオネットに助けられた……。マリオネットがなかったら、多分今こうしていられなかったと思う……。助けて頂き、ありがとうございます。クラウン様だったとは知らず、お礼が遅くなり申し訳ありませんでした」

 慌ててぺこりと頭を下げた私を満足気に眺め下ろしたクラウン様は、ニコリと笑う。

「ーーいいや、礼の必要はないですよ。僕はルドガーから既に礼を貰っていますからね」

「ーーえ……?」

 思わず目を見張った私に、クラウン様はその長い足を組み替える。

「ルドガーには味方がいない。自分だけなら守れても、守るものが増えたら守り切れない。それをルドガーはよくわかっていました。だから、僕が味方になってあげたんです」

「ーーどう言う……ことですか……?」

 ドクンと心臓が大きく波打った気がした。声が震える。続きを聞くのが、怖い。

「ルーウェン令嬢を僕が助ける代わりに、ルドガーは僕に後継者の座を譲ると約束をしました。ーー……ありがとう、先ほどの

 そう言うや否やクラウン様との間に光る文字が走り、一際強く発光した後に何事もなかったようにそれは霧散する。

「何をした!?」

 私を庇うように身を乗り出したライト兄様は噛み付く勢いでクラウン様を威嚇する。

 様子を伺い見てくる外を並走する護衛に、馬車の中から合図を送ったクラウン様は笑みを浮かべて軽く両手を上げる。

「申し訳ない。警戒するのも仕方ないですが、こちらも身の危険を犯した分くらいは報酬を逃したくないんですよ。この契約は僕とルドガーとの事前契約なんです。ルドガーのことだから反故にしたりはないと思うけれど、念のためは必要でしょう? 本当はルドガーを信用してほっておいても良かったんですが、せっかくの機会でしたしね」

「……さっきのは何だ」

「言ったでしょう、契約です。ルドガーもしくはルーウェン令嬢の、と言う意思表示が契約の履行条件になっていました。驚かせてすみません」

 柔和だが決して笑っていない目の奥が、こちらの動きを伺っているようだった。

「ーー……さっきの話が本当であるなら、妹を助けて頂きありがとうございました。クラウン・ヴァーレン卿。でしたら、も関係があるんですか?」

 苦虫を噛み潰したような顔で、心情と言葉の乖離が凄まじいライト兄様の裾を私は必死で抑える。

「あぁ、これ。似合ってなかったですか? 結構似ていたと思うんですが。現に最初は気づかなかったでしょう?」

 はははと場違いに笑うクラウン様に、私は息を呑む。

「現当主はロデオのことがあって表向きにはルドガーを後継者としました。を見せたくない心情くらいわかるでしょう? おあつらえ向きに、ルドガーの素顔は仮面で隠れています。後継者2人がいなくなった上に突然に気狂いが後継者になるよりも、が成り代わった方が早く収められると思いませんか? 今日僕がわざわざルドガーに扮して現れたのは、ルドガーが生きていると印象付けたかったという理由なだけです。まさかあんなに騒ぎになるとは予想外でしたけどね。まぁ、僕としてはも手に入れたので、文句はありませんが」

 両手を組んで異様な圧を伴いながら笑うクラウン様に、私とライト兄様は二の句を継げずに押し黙る。

「……それで、ルドガー様はご無事なんですか……?」

「……それは、これからルドガーに会えばわかりますよ」

 恐る恐る発した私の言葉に、クラウン様は感情の見えない顔で笑んだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

私、竜人の国で寵妃にされました!?

星宮歌
恋愛
『わたくし、異世界で婚約破棄されました!?』の番外編として作っていた、シェイラちゃんのお話を移しています。 この作品だけでも読めるように工夫はしていきますので、よかったら読んでみてください。 あらすじ お姉様が婚約破棄されたことで端を発した私の婚約話。それも、お姉様を裏切った第一王子との婚約の打診に、私は何としてでも逃げることを決意する。そして、それは色々とあって叶ったものの……なぜか、私はお姉様の提案でドラグニル竜国という竜人の国へ行くことに。 そして、これまたなぜか、私の立場はドラグニル竜国国王陛下の寵妃という立場に。 私、この先やっていけるのでしょうか? 今回は溺愛ではなく、すれ違いがメインになりそうなお話です。

ときめき♥沼落ち確定★婚約破棄!

待鳥園子
恋愛
とある異世界転生したのは良いんだけど、前世の記憶が蘇ったのは、よりにもよって、王道王子様に婚約破棄された、その瞬間だった! 貴族令嬢時代の記憶もないし、とりあえず断罪された場から立ち去ろうとして、見事に転んだ私を助けてくれたのは、素敵な辺境伯。 彼からすぐに告白をされて、共に辺境へ旅立つことにしたけど、私に婚約破棄したはずのあの王子様が何故か追い掛けて来て?!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

王太子様お願いです。今はただの毒草オタク、過去の私は忘れて下さい

シンさん
恋愛
ミリオン侯爵の娘エリザベスには秘密がある。それは本当の侯爵令嬢ではないという事。 お花や薬草を売って生活していた、貧困階級の私を子供のいない侯爵が養子に迎えてくれた。 ずっと毒草と共に目立たず生きていくはずが、王太子の婚約者候補に…。 雑草メンタルの毒草オタク侯爵令嬢と 王太子の恋愛ストーリー ☆ストーリーに必要な部分で、残酷に感じる方もいるかと思います。ご注意下さい。 ☆毒草名は作者が勝手につけたものです。 表紙 Bee様に描いていただきました

処理中です...