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1章
23.呪いの原因?
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「妹君、体調はいかがか? あぁ、そのままで構わない」
急いで立ちあがろうとした私を手で静止して、本の妖精さんは仮面の奥からこちらを伺う。
「……ご配慮頂いた上に、お助け頂き、ヴァーレン様、この度は誠にありがとうございました。おかげ様でこの通り元気になりました。このお礼は後日に必ず致しますので……」
「……気にすることはない。災難だったな。何ごともなく良かった」
仮面に隠れているものの、本の妖精さんが穏やかに笑んだのがわかった。
「あ、ありがとうございます……」
何と言うか、確信は何もないのだけれど、本の妖精さんの謎の優しさに戸惑う。
ライト兄様の妹であるためか。はたまた誰にでも優しいのか、私にだけ特別であるなどと自惚れるつもりは毛頭ないが、とは言え少し親切にされ過ぎている気がしないでもない。
まさか何か……などとあまりに失礼なことを勘繰ってしまうほどには、素直に受け入れ難い違和感が私の中にわずかにあった。
「ところで、ヴァレンタイン卿。フォルン伯爵家の令嬢に心当たりはあるか?」
「フォルン伯爵家のご令嬢かい……?」
突然に話しを振られ、ルド様は自身の心当たりを脳内で思案しているようだった。
「私たちより1学年上で、先ほど学園内で突然に倒れて騒ぎになっていたそうだ。すでに自身の馬車で帰ってしまったらしいが……」
「倒れた……? それはつまり……」
ルド様がチラリと私を見る。呪いの失敗は術者に返ると本の妖精さんは言っていたことを思い出す。
「確証は勿論ないが、タイミング的に見て怪しいだろうな。で、令嬢との接点はあるか? ヴァレンタイン卿」
「……接点……は、同じ学園内でもあるし、あったかも知れないが、正直なところわからない」
ルド様は、バツが悪そうに、言いにくそうに視線を泳がせながら答える。答えている間も、必死にその記憶を辿っているように見えた。
「……あの、ヴァーレン様は、その……フォルン伯爵令嬢がルド様と私の呪いの原因と考えているのですか……?」
「……現時点でそう見込んではいるが、もちろん決めつけてはいない。が、優先して確認する必要はあるだろうな」
私にかけられそうになった呪いを返したタイミングで倒れた令嬢を、知っているかとルド様に聞くのは、本の妖精さんの中で2つの呪いを暗に関連付けていることと等しかった。
「状況的に関連性が高いのはわかるのですが、全く関係がない可能性はないのでしょうか?」
「……勿論その可能性はあるが、呪いというものは少し異質なものだ。相手を自分の意志で、明確に呪いという手段で害するとき、そこにはクセや傾向が出ることが多い」
「……クセや傾向ですか?」
「……例えばプロや、相手を害する本気度具合があれば、そうそう個人を単体で標的にはしないし、させない。また時間差で標的周辺を脅かすことも、まずしない」
「……それはつまり、反撃を警戒して、と言うことかい?」
ルド様が、ポツリと呟く。
「そういうことになるな。反撃の機会を恐れて普通は一族郎党……もしくは組織まとめてというのが多いし、こちらとしてもそう勧める。また、今回のように時間差で周囲の者を襲うというのも、警戒させた相手に反撃の機会を与えるようなものだったのがいい例だ。……もちろん個人的な恨みのみが強いために個人を相手取る場合は勿論あるが、そういう場合は手緩い呪いで終わらせることはほとんどない。ヴァレンタイン卿のように、数か月も日常生活など送れんよ」
コツコツと靴音を小さく立てながら、本の妖精さんは部屋内を移動して自身の机に回り込み、机上の整理をしはじめる。
「……ついでに付け加えると、呪いとは特殊で、異質で、異端なもののようだ。人間を簡単に狂わせる何かがあるようで……万能感とでもいうやつなのか……。素人が安易に手を出すと、些細なことで繰り返すことが多いらしい。私から現状を見ると、素人くさいとしか言いようがない」
ふんとつまらなさそうに本の妖精さんは吐き捨てる。自身で説明をしてくれる内容であるのに、本の妖精さん自身が心底嫌そうに話しているように見えた。
「――……」
「――……個人的な恨み……」
本の妖精さんの様子に二の句を告げずにその姿を目で追う私の横で、小さく呟くルド様に視線を移す。
ルド様は話を聞きながらも変わらず自身の記憶を辿っているようで、その表情には色々な感情が混ざっているようだった。
「――さて、という訳で私はヴァーレン家の現当主に簡単な報告をした上で、今よりフォルン伯爵家に向かう予定ではあるが……ヴァレンタイン卿も同行するか? 先ほど呪い主を気にしていただろう?」
「え……いい……のかい?」
「私の予想が合っていることが大前提であるから、無駄足になる可能性は否定できないが……。それでも良ければ、ひとまず私のみで話を聞き、話の流れによって同行は可能だ」
予想外で急な本の妖精さんの申し出に、私もルド様もガロウさんも驚きを隠せない中、一瞬の間の後に、ルド様は一歩踏み出して本の妖精さんに頭を下げる。
「何かわかるのなら、無駄足など全く構わない。呪いやお礼の件も踏まえて、可能であれば是非同行させて欲しい」
「――……承った」
ルド様を眺め、本の妖精さんは次いで私へ視線を移す。
「――……妹君は……今日はもう遅い。護衛の御仁と共に帰られた方がいいだろう。体調の面でも無理はしない方がいい。あと……よければこれを」
ルド様は柔和な笑顔で有無を言わせない空気を放つ一方で、本の妖精さんは言葉を挟めない有無の言わせなさを感じる。そんな雰囲気に圧倒されている私に向かって、本の妖精さんは静かに手を差し出す。
「これは――……」
「即興で申し訳ないが、持ち主の身代わりとなる簡単な呪いがかけてある。ないとは思うが、今日と同様程度のことならば一度ほどは身を守れるはずだ」
反射的に差し出した両手でコロンと受け取ったのは、親指の爪ほどの赤い石がついたネックレスだった。
「……えっ……あの、これ……!?」
「……いやでなければ身につけているといい。大した見送りもできず申し訳ないが、あまり時間もない故先に出させてもらう。この部屋の施錠は帰りに図書館の受付に声をかけておいてくれればよいので、ゆっくりしてくれて構わない。……体調に何かあればまた言うといい」
「えっ!? あ……っ、あのっ、色々とありがとうございました……!」
口早に言って、ルド様に視線を送りながら足早に部屋を出て行く本の妖精さんの背中に、私は引き留める訳にもいかずお礼を言うしかなかった。
「……小鳥ちゃん、今日は迷惑をかけて本当にごめんね。今度は僕から連絡するから、くれぐれも気をつけて帰って」
さっさと出て行ってしまった本の妖精さんを追いながら、ルド様も慌ただしく挨拶をして出て行く。
「あ、上……着……」
「……嵐のように出ていかれましたね……」
まぁまぁの当事者に仲間入りした気はするのだが、取り付く島のない感じにぼちぼちの疎外感を感じる。
私は預かったネックレスと、返しそびれたルド様の上着を握りしめて、2人が消えた扉をガロウさんと共に眺めていたーー……。
急いで立ちあがろうとした私を手で静止して、本の妖精さんは仮面の奥からこちらを伺う。
「……ご配慮頂いた上に、お助け頂き、ヴァーレン様、この度は誠にありがとうございました。おかげ様でこの通り元気になりました。このお礼は後日に必ず致しますので……」
「……気にすることはない。災難だったな。何ごともなく良かった」
仮面に隠れているものの、本の妖精さんが穏やかに笑んだのがわかった。
「あ、ありがとうございます……」
何と言うか、確信は何もないのだけれど、本の妖精さんの謎の優しさに戸惑う。
ライト兄様の妹であるためか。はたまた誰にでも優しいのか、私にだけ特別であるなどと自惚れるつもりは毛頭ないが、とは言え少し親切にされ過ぎている気がしないでもない。
まさか何か……などとあまりに失礼なことを勘繰ってしまうほどには、素直に受け入れ難い違和感が私の中にわずかにあった。
「ところで、ヴァレンタイン卿。フォルン伯爵家の令嬢に心当たりはあるか?」
「フォルン伯爵家のご令嬢かい……?」
突然に話しを振られ、ルド様は自身の心当たりを脳内で思案しているようだった。
「私たちより1学年上で、先ほど学園内で突然に倒れて騒ぎになっていたそうだ。すでに自身の馬車で帰ってしまったらしいが……」
「倒れた……? それはつまり……」
ルド様がチラリと私を見る。呪いの失敗は術者に返ると本の妖精さんは言っていたことを思い出す。
「確証は勿論ないが、タイミング的に見て怪しいだろうな。で、令嬢との接点はあるか? ヴァレンタイン卿」
「……接点……は、同じ学園内でもあるし、あったかも知れないが、正直なところわからない」
ルド様は、バツが悪そうに、言いにくそうに視線を泳がせながら答える。答えている間も、必死にその記憶を辿っているように見えた。
「……あの、ヴァーレン様は、その……フォルン伯爵令嬢がルド様と私の呪いの原因と考えているのですか……?」
「……現時点でそう見込んではいるが、もちろん決めつけてはいない。が、優先して確認する必要はあるだろうな」
私にかけられそうになった呪いを返したタイミングで倒れた令嬢を、知っているかとルド様に聞くのは、本の妖精さんの中で2つの呪いを暗に関連付けていることと等しかった。
「状況的に関連性が高いのはわかるのですが、全く関係がない可能性はないのでしょうか?」
「……勿論その可能性はあるが、呪いというものは少し異質なものだ。相手を自分の意志で、明確に呪いという手段で害するとき、そこにはクセや傾向が出ることが多い」
「……クセや傾向ですか?」
「……例えばプロや、相手を害する本気度具合があれば、そうそう個人を単体で標的にはしないし、させない。また時間差で標的周辺を脅かすことも、まずしない」
「……それはつまり、反撃を警戒して、と言うことかい?」
ルド様が、ポツリと呟く。
「そういうことになるな。反撃の機会を恐れて普通は一族郎党……もしくは組織まとめてというのが多いし、こちらとしてもそう勧める。また、今回のように時間差で周囲の者を襲うというのも、警戒させた相手に反撃の機会を与えるようなものだったのがいい例だ。……もちろん個人的な恨みのみが強いために個人を相手取る場合は勿論あるが、そういう場合は手緩い呪いで終わらせることはほとんどない。ヴァレンタイン卿のように、数か月も日常生活など送れんよ」
コツコツと靴音を小さく立てながら、本の妖精さんは部屋内を移動して自身の机に回り込み、机上の整理をしはじめる。
「……ついでに付け加えると、呪いとは特殊で、異質で、異端なもののようだ。人間を簡単に狂わせる何かがあるようで……万能感とでもいうやつなのか……。素人が安易に手を出すと、些細なことで繰り返すことが多いらしい。私から現状を見ると、素人くさいとしか言いようがない」
ふんとつまらなさそうに本の妖精さんは吐き捨てる。自身で説明をしてくれる内容であるのに、本の妖精さん自身が心底嫌そうに話しているように見えた。
「――……」
「――……個人的な恨み……」
本の妖精さんの様子に二の句を告げずにその姿を目で追う私の横で、小さく呟くルド様に視線を移す。
ルド様は話を聞きながらも変わらず自身の記憶を辿っているようで、その表情には色々な感情が混ざっているようだった。
「――さて、という訳で私はヴァーレン家の現当主に簡単な報告をした上で、今よりフォルン伯爵家に向かう予定ではあるが……ヴァレンタイン卿も同行するか? 先ほど呪い主を気にしていただろう?」
「え……いい……のかい?」
「私の予想が合っていることが大前提であるから、無駄足になる可能性は否定できないが……。それでも良ければ、ひとまず私のみで話を聞き、話の流れによって同行は可能だ」
予想外で急な本の妖精さんの申し出に、私もルド様もガロウさんも驚きを隠せない中、一瞬の間の後に、ルド様は一歩踏み出して本の妖精さんに頭を下げる。
「何かわかるのなら、無駄足など全く構わない。呪いやお礼の件も踏まえて、可能であれば是非同行させて欲しい」
「――……承った」
ルド様を眺め、本の妖精さんは次いで私へ視線を移す。
「――……妹君は……今日はもう遅い。護衛の御仁と共に帰られた方がいいだろう。体調の面でも無理はしない方がいい。あと……よければこれを」
ルド様は柔和な笑顔で有無を言わせない空気を放つ一方で、本の妖精さんは言葉を挟めない有無の言わせなさを感じる。そんな雰囲気に圧倒されている私に向かって、本の妖精さんは静かに手を差し出す。
「これは――……」
「即興で申し訳ないが、持ち主の身代わりとなる簡単な呪いがかけてある。ないとは思うが、今日と同様程度のことならば一度ほどは身を守れるはずだ」
反射的に差し出した両手でコロンと受け取ったのは、親指の爪ほどの赤い石がついたネックレスだった。
「……えっ……あの、これ……!?」
「……いやでなければ身につけているといい。大した見送りもできず申し訳ないが、あまり時間もない故先に出させてもらう。この部屋の施錠は帰りに図書館の受付に声をかけておいてくれればよいので、ゆっくりしてくれて構わない。……体調に何かあればまた言うといい」
「えっ!? あ……っ、あのっ、色々とありがとうございました……!」
口早に言って、ルド様に視線を送りながら足早に部屋を出て行く本の妖精さんの背中に、私は引き留める訳にもいかずお礼を言うしかなかった。
「……小鳥ちゃん、今日は迷惑をかけて本当にごめんね。今度は僕から連絡するから、くれぐれも気をつけて帰って」
さっさと出て行ってしまった本の妖精さんを追いながら、ルド様も慌ただしく挨拶をして出て行く。
「あ、上……着……」
「……嵐のように出ていかれましたね……」
まぁまぁの当事者に仲間入りした気はするのだが、取り付く島のない感じにぼちぼちの疎外感を感じる。
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