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1章

22.目覚めると

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「ルド様……?」

 目が覚めると、目の前でルド様が床に座り込んでいて少し驚いた。

「小鳥ちゃん、気がついた? 身体はどこか辛いところはない?」

「ハンナ様、ご気分はいかがですか」

 ルド様の横から覗き込むように、次いでガロウさんも顔を覗かせる。

 気づけば美形に囲まれて、心配してもらえて、前世の私は徳でも積んでたのかなとぼんやりしょうもない事を考えた。

「あ、全然平気です。ご心配頂いてありがとうございます」

 よっこらせと床から身体を起こすと、固い床に寝ていたことで凝ったのか、少し身体が痛んだが、意識を手放す前の不快感は全くなくなっていた。

「ーーこれ……」

 私が寝かせられていた場所には、先ほども借りた見覚えのある上着が敷かれていた。更には身体の上からも違う上着がかけられている至れり尽くせりぶりにギョッとする。

「ごめんなさい! 敷いて頂いてるの、ルド様の上着ですよね……っ! さっきに続き2度までもお借りしてしまって……っ! そしてこっちはガロウさんですよね!? すみません!」

 あわあわとシャツ姿のルド様とガロウさんの姿に慌て、急いで立ちあがろうとした所をルド様にやんわりと止められる。

「小鳥ちゃん。服くらい問題ないから、今はもう少しゆっくりしておいで」

「私の上着しかなく……ご令嬢に対して申し訳ありません」

「めっそうもないです! お二人とも貸して頂いてありがとうございます……っ!」

 やんわりとだが、有無を言わさない雰囲気のルド様と、何故か本当に少し申し訳なさそうなガロウさんに焦る。

 ルド様はしばし黙った後、安心したように微笑んだ。近距離で不意打ちをくらい、私はばっと明後日を向いて気を逸らす。

 そのまま、ごまかすように私は周囲を見回した。

 床の周りには、小さな香炉が等間隔に私を囲むように並べられ、先ほどまでは気づかなかった甘い香りが微かに香っていた。

 香炉を結ぶように、床には呪術のくねくねとした文字が描かれている。まさしく何らかの呪術の痕跡と言う感じである。

「ーーそういえば、本のーーでなくて、ヴァーレン様は……? お礼をお伝えしたいのですが……」

「それが、小鳥ちゃんは多分もう大丈夫だからと言いおいて、術が終わってから出て行ってしまったんだ」

「……そうなのですか……。お戻りにはなるのでしょうか……?」

 アポ無しで突撃した上に、流れで助けてもらってお礼も伝えずに帰る訳にはいかない。

 かと言って待ちぼうけするにも、ルド様はともかくガロウさんについて来てもらっている以上、区切りなくもいられない。

「正確にはわからないけれど、確かめることがあると言って少し前に出て行ったから、多分帰ってくるとは思うよ」

「そうですか……」

 会ったばかりの際は、仮面で表情の見えない本の妖精さんは声音も落ち着いていることもあり、少し近づきがたい雰囲気に感じられた。

 けれど、私が目を開けられずにいた際の声音はとても優しく、穏やかで、呪い対応の信頼感までもが相まって不思議なほどに安心できた。

 少し不思議な雰囲気の人。これがミステリアスな本の妖精と噂される所以であるのかーー……。

 そんなことを考えつつ、後日お礼はしっかりとするとして、すでに帰宅時間としても昨日より時間を要している。あまりにも遅くなりそうであればどうするか。

 むむむ、と策にならない策を練っていると、ルド様がすっと差し出してきた手に握られていたものを目にした瞬間にギョッとした。

「……さっき小鳥ちゃんのポケットかな? から落ちてきたんだけど……」

「……っ!!! ひ、拾って頂きありがとうございました、ルド様っ」

 ルド様の手に握られていた見覚えのある手作りの作品に、慌てて受取り背後へ隠す。

 失敗した。シルフィア先生に話を聞いた後に、本の妖精さんに会う予定になった時点で捨てるべきであった……。後悔先に立たず。貧乏くさい過去の自分を叩いてやりたい。

「……ヴァーレン卿に聞いてみたら、多分手作りの護符でないかと言っていたんだけど……。もしかして、僕宛てに用意してくれたのかな?」

「……っと、いえ、あの……っ! 何と言いますか、少しこういったものに興味がありまして……その、少し作ってみましたと言いますか……っ!!」

 サラサに追求された時よりも恥ずかし過ぎて、頭はパニック状態で自分でも把握していない内容が口を走る。

 変な汗をかき過ぎて、いっそ再び具合が悪くなってきている気さえした。

 あわあわと不可解な言い訳を口走る私に、ルド様が不意に頭をぽんぽんと撫でる。

「あっ……あの……っ!?」

「あ、ごめん、つい……」

 くくくっとおかしそうに笑いながら、今までよりも少し幼く、年相応ないたずらっ子のような顔で笑うルド様に、不意をつかれてぽかんとする。

「小鳥ちゃんて可愛いよね」

 あー可愛い。と独り言のようにもう一度呟いて、ふふっと再び笑うルド様から目を話せない私は、まるでお湯が沸騰するように煮えたぎる自身の血液と、ぶわっと吹き出す汗を感じた。

「ーー……っっっ!」

「ーー取り込み中に悪いのだがーー……」

 二の句も告げずに撫でられ続ける私は、不意にかけられた場違いに冷静な声色に顔をあげる。

 部屋の入り口付近には、相変わらずに仮面で隠れて表情の見えない本の妖精さんの姿があったーー。
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