17 / 86
1章
16.黒魔術師一家の君2
しおりを挟む
今日も変わらず中庭を私物化して、女生徒に囲まれる物語の王子様のようなルド様は、私を遠目に見つけるなり「小鳥ちゃーん」とにこやかに呼びかけながら手を振ってきた。
私だけに向けられたその態度は、正直ルド様を囲む周辺の女生徒が目に入らぬほどに煌びやかで、胸が高鳴るのも止められず、なんとも言えぬ居心地のなさを感じる。
もうこれは致し方ないとしか言いようがない。現実感がなさすぎて、我ながらおとぎ話でも見ているようだった。
とは言え、その光景を見た女生徒たちから瞬時に発されたおびただしい殺気を身に浴び、そんな空想じみた空気からは一瞬で現実に引き戻されることとなる。
そんな修羅場のような空気を知ってか知らずか、先日と同様に他の女生徒を丸め込んで人払いを完了したルド様と、日除けのある小洒落た椅子とテーブルで私は対面した。
ガロウさんは例の如く私の背後に控えると譲らないため、本日も引き続き落ち着かない。
人払いしたはずの周辺の物陰から鋭い殺意を感じられるのは、私が自意識過剰である訳ではない気はしている。
ちなみに昨日は手こずったカルディナ高等学校の守衛については、ルド様が口裏を合わせてくれたおかげで本日はすんなり通ることができた。
「ヴァーレン家?」
「はい。ルド様はそのご子息の方をご存知ですか? こちらの学校に通われているようなのですが」
「あー、彼なら家柄もそうだけれど、ある意味で有名人だからね。同じ学年と言うこともあるし、多少は知っているよ」
「有名人なのですか? どう言った感じの方かわかりますか? こう言った、御家柄に関わる呪いなどについて尋ねても大丈夫そうな方でしょうか?」
「そうだねぇ、彼はちょっとミステリアスで近寄りがたい感じはあるけど、いい人なんじゃないかなぁ。そんなに突っ込んだことを話す訳でもないからわからないけどねー」
んー、わからないなーと他人事のように軽くにこやかに返され、私は誰のためにこうして今ここにいるのだったかと一瞬冷ややかに考え、自分のためだったと思い直す。
「小鳥ちゃんにそう何度も足を運んで貰うのも悪いし、今から会いに行こうか。彼って本の精霊だから、多分今日も図書室にいるんじゃないかな?」
そう言うとルド様は早速と立ち上がり、テーブルを回って私へうやうやしく手を差し出す。
ルド様の動きを目で追っていた私は、さらりと流れる金髪や、顔にかかる影、その優美さの全てに思わず見惚れつつ、少しの戸惑いの後にその手を取った。
するりとエスコートしてもらい、増大した殺気に気づかないふりをしながら、こちらだよとエスコートしてくれるルド様に促されるままに歩く。
身長差がだいぶあるのに、さりげなく私の歩く速度に合わせてくれているのがわかる。
「……本の精霊ですか?」
「そうそう、あれ、本の妖精だったかな? 小鳥ちゃんたちも良く話してたりするからね」
ミステリアスな本の妖精? ミステリアス感しかなくて、想像力が追いつかない。ミステリアスな妖精をぼんやり想像しながら、隣で長い金髪を風になびかせながら颯爽と歩くルド様の存在を意識しないように努める。
ただでさえ男性の免疫がないのに、こんな王子様みたいな人の隣を歩くには経験が少な過ぎて、意識すれば全身の血が沸騰しそうだった。
「……あ、そう言えば、私との婚約についてはお家の方に伺ったりしましたか?」
「あー……ごめんねぇ。まさか昨日の今日で小鳥ちゃんが再び僕の前に舞い戻ってくれるとは夢にも思っていなくって。でもそんなに僕と婚約破棄をしたいだなんて……まるで心に風穴が空いたように寒くて凍えそうだよ」
「え!? いえ、あの、お困りでしょうし、早い方がいいかなと思っただけでして……っ!」
まるで演劇でも見ているかのように大袈裟な身振りで私に視線を流してくるルド様の物言いに、私は仰天して否定する。真実ではあるものの、確かに言われてみればそう取られても仕方ない失礼な状況と言えた。
本当にそんなつもりではないんです! と必死に取り繕う私をしばし眺めた後、ルド様はふふと笑ってその長身を折って私の顔を突然覗き込んでくる。
近距離に現れたルド様の顔に驚き、軽く仰け反りながら固まっている私に向け、ルド様はいたずらっ子のように笑った。その笑顔に思わず目を奪われる。
「それなら安心したけど、僕は可愛い小鳥ちゃんと会えて嬉しいのに、可愛い小鳥ちゃんは僕と会えて嬉しくは思ってくれないの……?」
「な……えっ! は……っ!?」
緩く結んだ金髪が肩から滑り落ちる動きから、宝石みたいに綺麗な蒼い瞳を縁取る長い金色のまつ毛まで、その非の打ち所がない美しい顔に再び接近されて頭は真っ白で言葉が出てこない。
「……っ! ……っ! あ……と、お……会いできて嬉しい……で……っ!」
「小鳥ちゃん」
しーっとルド様はその細い人差し指を自身の口先に当てて、私の焦った言葉を途切れさせる。
「なら、良かった」
そう言ってウインクしながら自身の口先に当てていた指先で、私の鼻の頭を軽く小突くと、ルド様はさらりともう少しだよと宙を彷徨う私の手を再び取って歩き出す。
正直に言うともう何が何だかわからず、私は手を引かれるままにショートした頭でルド様の金髪が揺れる背中を眺めるほかなかった……。
私だけに向けられたその態度は、正直ルド様を囲む周辺の女生徒が目に入らぬほどに煌びやかで、胸が高鳴るのも止められず、なんとも言えぬ居心地のなさを感じる。
もうこれは致し方ないとしか言いようがない。現実感がなさすぎて、我ながらおとぎ話でも見ているようだった。
とは言え、その光景を見た女生徒たちから瞬時に発されたおびただしい殺気を身に浴び、そんな空想じみた空気からは一瞬で現実に引き戻されることとなる。
そんな修羅場のような空気を知ってか知らずか、先日と同様に他の女生徒を丸め込んで人払いを完了したルド様と、日除けのある小洒落た椅子とテーブルで私は対面した。
ガロウさんは例の如く私の背後に控えると譲らないため、本日も引き続き落ち着かない。
人払いしたはずの周辺の物陰から鋭い殺意を感じられるのは、私が自意識過剰である訳ではない気はしている。
ちなみに昨日は手こずったカルディナ高等学校の守衛については、ルド様が口裏を合わせてくれたおかげで本日はすんなり通ることができた。
「ヴァーレン家?」
「はい。ルド様はそのご子息の方をご存知ですか? こちらの学校に通われているようなのですが」
「あー、彼なら家柄もそうだけれど、ある意味で有名人だからね。同じ学年と言うこともあるし、多少は知っているよ」
「有名人なのですか? どう言った感じの方かわかりますか? こう言った、御家柄に関わる呪いなどについて尋ねても大丈夫そうな方でしょうか?」
「そうだねぇ、彼はちょっとミステリアスで近寄りがたい感じはあるけど、いい人なんじゃないかなぁ。そんなに突っ込んだことを話す訳でもないからわからないけどねー」
んー、わからないなーと他人事のように軽くにこやかに返され、私は誰のためにこうして今ここにいるのだったかと一瞬冷ややかに考え、自分のためだったと思い直す。
「小鳥ちゃんにそう何度も足を運んで貰うのも悪いし、今から会いに行こうか。彼って本の精霊だから、多分今日も図書室にいるんじゃないかな?」
そう言うとルド様は早速と立ち上がり、テーブルを回って私へうやうやしく手を差し出す。
ルド様の動きを目で追っていた私は、さらりと流れる金髪や、顔にかかる影、その優美さの全てに思わず見惚れつつ、少しの戸惑いの後にその手を取った。
するりとエスコートしてもらい、増大した殺気に気づかないふりをしながら、こちらだよとエスコートしてくれるルド様に促されるままに歩く。
身長差がだいぶあるのに、さりげなく私の歩く速度に合わせてくれているのがわかる。
「……本の精霊ですか?」
「そうそう、あれ、本の妖精だったかな? 小鳥ちゃんたちも良く話してたりするからね」
ミステリアスな本の妖精? ミステリアス感しかなくて、想像力が追いつかない。ミステリアスな妖精をぼんやり想像しながら、隣で長い金髪を風になびかせながら颯爽と歩くルド様の存在を意識しないように努める。
ただでさえ男性の免疫がないのに、こんな王子様みたいな人の隣を歩くには経験が少な過ぎて、意識すれば全身の血が沸騰しそうだった。
「……あ、そう言えば、私との婚約についてはお家の方に伺ったりしましたか?」
「あー……ごめんねぇ。まさか昨日の今日で小鳥ちゃんが再び僕の前に舞い戻ってくれるとは夢にも思っていなくって。でもそんなに僕と婚約破棄をしたいだなんて……まるで心に風穴が空いたように寒くて凍えそうだよ」
「え!? いえ、あの、お困りでしょうし、早い方がいいかなと思っただけでして……っ!」
まるで演劇でも見ているかのように大袈裟な身振りで私に視線を流してくるルド様の物言いに、私は仰天して否定する。真実ではあるものの、確かに言われてみればそう取られても仕方ない失礼な状況と言えた。
本当にそんなつもりではないんです! と必死に取り繕う私をしばし眺めた後、ルド様はふふと笑ってその長身を折って私の顔を突然覗き込んでくる。
近距離に現れたルド様の顔に驚き、軽く仰け反りながら固まっている私に向け、ルド様はいたずらっ子のように笑った。その笑顔に思わず目を奪われる。
「それなら安心したけど、僕は可愛い小鳥ちゃんと会えて嬉しいのに、可愛い小鳥ちゃんは僕と会えて嬉しくは思ってくれないの……?」
「な……えっ! は……っ!?」
緩く結んだ金髪が肩から滑り落ちる動きから、宝石みたいに綺麗な蒼い瞳を縁取る長い金色のまつ毛まで、その非の打ち所がない美しい顔に再び接近されて頭は真っ白で言葉が出てこない。
「……っ! ……っ! あ……と、お……会いできて嬉しい……で……っ!」
「小鳥ちゃん」
しーっとルド様はその細い人差し指を自身の口先に当てて、私の焦った言葉を途切れさせる。
「なら、良かった」
そう言ってウインクしながら自身の口先に当てていた指先で、私の鼻の頭を軽く小突くと、ルド様はさらりともう少しだよと宙を彷徨う私の手を再び取って歩き出す。
正直に言うともう何が何だかわからず、私は手を引かれるままにショートした頭でルド様の金髪が揺れる背中を眺めるほかなかった……。
0
お気に入りに追加
101
あなたにおすすめの小説
私、竜人の国で寵妃にされました!?
星宮歌
恋愛
『わたくし、異世界で婚約破棄されました!?』の番外編として作っていた、シェイラちゃんのお話を移しています。
この作品だけでも読めるように工夫はしていきますので、よかったら読んでみてください。
あらすじ
お姉様が婚約破棄されたことで端を発した私の婚約話。それも、お姉様を裏切った第一王子との婚約の打診に、私は何としてでも逃げることを決意する。そして、それは色々とあって叶ったものの……なぜか、私はお姉様の提案でドラグニル竜国という竜人の国へ行くことに。
そして、これまたなぜか、私の立場はドラグニル竜国国王陛下の寵妃という立場に。
私、この先やっていけるのでしょうか?
今回は溺愛ではなく、すれ違いがメインになりそうなお話です。
ときめき♥沼落ち確定★婚約破棄!
待鳥園子
恋愛
とある異世界転生したのは良いんだけど、前世の記憶が蘇ったのは、よりにもよって、王道王子様に婚約破棄された、その瞬間だった!
貴族令嬢時代の記憶もないし、とりあえず断罪された場から立ち去ろうとして、見事に転んだ私を助けてくれたのは、素敵な辺境伯。
彼からすぐに告白をされて、共に辺境へ旅立つことにしたけど、私に婚約破棄したはずのあの王子様が何故か追い掛けて来て?!
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる