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「ーー3年前の犠牲者の方々と同様の症状のようです」

 静かに告げられた医者の言葉に、伯爵邸にリアン共々、その横たわる身体を連れ帰った男は、無言で医者へと退室を命じる。

 部屋の隅で子供のように泣きじゃくるリアンの様子を振り返り、男は詰めていた息をそっと吐き出した。

 とても話せる状態でないリアンを置いて、男は使用人にリアンの様子を見張らせて部屋を出る。

 困惑のままに待たせていた民衆の前に歩き出ると、男の言葉を待つ皆に応えるべくゆっくりと口を開いた。

「誠の銀の魔女は死んだ。……あの娘は、間違いだった。魔女は消えた。これですべてがーー」

「あの娘は銀の魔女に呼びかけていたぞ」

「さっきだって大泣きしている姿を見たわ」

「魔女と関係があるのなら怪しくないか」

「そうだ。魔女の関係者なら何をするかわからんぞ」

「ーー…………」

 ザワザワと騒ぎ立つ人々を前に、男は黙り込む。

 民衆の心理は収まらない。目前にある未知数のよくわからないものが怖い。そしてそれを先導していたのも、また男自身だった。

「ーー皆、聞いてくれ。魔女なんてものは、いない」

「ーーは? いきなり何を言い出すんだ伯爵様。あんたがずっと銀の魔女を追いかけていたんだろう」

「魔女はいない。いたのは、その魔女狩りに追い詰められて行き場を失った者たちだけだ」

「じゃぁなんで毒なんて撒いたんだ」

「ーー私がその平穏を崩して、その者たちの都合も考えずにその身を危険に晒そうとしたからだ」

「はぁ? だからってーーえ……っ」

 その頭を深々と下げる伯爵に、人々は困惑を浮かべて後退る。

「ーー3年前、皆や皆の家族を巻き込んですまなかった。その後に満足な統治もせず、領民と土地を疲弊させてすまなかった。それでも、この地に居続けてくれて、役割を果たさぬ俺の側に居てくれたことを感謝している」

「いや……えっと……伯爵様……っ?」

「今更にこんなことを言って都合が良いのはわかっている。しかし今現状何も持ち得ぬ俺にはこうして誓いを立てる他に手がない。ーー前伯爵であり、賢主であった父に拝命したこの名ーーヴェリテに恥じぬように、心を入れ替えてこの地に尽力したい」

「ーー……っ」

「もう一度、信じてついて来てはくれないだろうかーー」

 顔を上げて、ヴェリテは目前で戸惑いを隠せない領民一人一人の顔を順に眺めやる。

「も、もちろんです!」

「伯爵様のことは皆信じておりますよ……っ」

「が、がんばりましょう!」

 返答に窮していた領民たちの誰か1人が口を開けば、雪崩れるようにその第一声が呼び水となってその場に溢れた。

「ーーーーありがとう……」

 沸き立つ領民を前に、ヴェリテは今は亡き父の偉大さに感謝した。

 ヴェリテはその美しい光を宿した黒曜石の瞳を滲ませて、穏やかに微笑んだ。





 産婆はよく言っていた。薬の扱いは慎重に。心が平静でない時には、使ってはいけないよ、とーー。

 リアンが大好きだった。大好きだったからこそ、その幸せを望んだ。

 けど、それにはソレイユ自身が邪魔だった。

 紅い瞳だけはどうにもできず、人前に出ることができないソレイユの代わりに、産婆がいなくなった後もリアンは文字通りその全てを賭してくれていた。

 何一つ返せないことが、ずっとずっと心苦しくて、それでもその手を離せない狡い自分に気づいていた。

 産婆に言われていた薬の一つ。野草から取れるその薬は、強い毒性を持つ一方で、正しく扱えばとても身体に良いという不思議なものだった。

 用法と用量はわかっていた。少しだけ体調不良を引き起こした皆を、リアンが助ける。

 そしてソレイユはそっと姿を消す。

 リアンはソレイユを探すかもしれないけれど、ヴェリテと言う例の男がいれば、リアンの居場所はきっとできるような気がしていた。

 ソレイユさえいなければ、リアンは皆に受け入れてもらえる女の子だとわかっていたから。

「ーー僕がいなくなったら、リアンは泣いてくれるかな」

 そんなことを思いながら、忍び込んだ収穫祭の先で、ぶどうジュースの樽を見つめる。

「ーーきっとボロ泣きだろうな。リアンは涙脆いから」

 そんな想像を1人でして、苦笑して、ポロリと溢れた涙に鼻を啜る。

「ーーぅ……っ……」

 身を引き裂かれそうなほどに耐え難いこの感情が、双子故であるのかはわからなかった。

「ーー誰かいるのかい?」

「ーー……っ!?」

 掛けられた声にハッとして、ソレイユはその場に銀の軌跡を残して慌てて逃げ出した。

 自身が混入させたその薬の用量が、誤っていることにも気づかずに。

 そのまま姿を消したソレイユが、取り返しのつかない失態に気付いたのは、自らの手で全ての歯車を狂いに狂わせた後だったーー。






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