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「……ぅ……っ……ぁっ」

 ピクリと反応を見せる組み敷いた女の、あまりの扇情的な様に男は動揺していた。

 まとめた両腕を頭の上で縫い留めて、耳や首元、頬へと遊びのようにキスを落としていけば、潤んだ瞳で小さく震え鳴く女に変な感覚を刺激される。

 確実に、自身の意識外で熱くなっていく自らの身体を持て余して、男は様々な感情に巻き込まれていた。

 空いた右手で、顔を背ける女の顎を捕らえて顔を寄せる。

「ーー口を開けろ」

「ーーっ」

 ぴくりと女が身体を震わせるのがわかり、男は無視しようとしても高鳴る鼓動を自覚した。

 見上げてくる碧い瞳の中に映る自身の姿を、その瞳の中に見る。

「ぁぐ……っ」

 おずおずと薄く開くその唇を待ち切れぬように、男の人差し指と中指がその隙間に入り込めば、女はびくりと身体を震わせて瞳を強く瞑った。

 口内を侵す男の指先を噛まないようにしていると思われる女の様子を無言で眺め下ろし、男はそっとその身を女へと近づける。

「ーーんっう」

 中指の代わりに忍び込ませた自らの舌で、女の舌を絡めとる。

「は……っ……」

 残した人差し指と舌で半開きになったままの女の口からは、荒い息遣いと水音が静かな部屋に溢れ響き、その音は部屋に居る者の何かを確実に狂わせていった。

 どれくらいそうしていたのか分からぬほどに長い時間。月明かりが入り込む室内で重なり合った2人の影がようやくと離れた時には、蒸気した頬で荒い息をつく2人だけが残る。

 眉間にシワを寄せ、涙に潤む瞳で視線を逸らして唇を噛む女に、男の嗜虐心が刺激された。

「ーーさっきまでの無表情はどうした。ーーこれが魔女のやり口か? 男を誘惑して、男を骨抜きにするのか? それを狙っているのか? そんな術がーーあるのか?」

「………………あ……りま……せーーっ」

 そこまで言いかけた女はびくりと身体を震わせて、その碧い瞳を見開くと、そろりと男を見上げる。

 男の指先が、質素なドレスに包まれた女の太ももへ、ゆっくりと移動していたーー。





 当初は見なかったことにしようとしていたのに、どうにも放っておくことができなくて、つい出来心で助けてしまった青年に娘は困惑していた。

 助けたことも忘れかけて穏やかな日常に戻っていたのに、水汲みに使用している川の辺りで日がな時間を潰す青年の姿を見かけ出してから、青年は一向に諦める素振りを見せなかった。

 果ては大量の果物と野菜をそこに置いていく始末で、とは言えそれを受け取る訳にもいかず、娘は青年が帰ってから動物たちに食い散らかされる上等な食料を遠くから眺め去っていく繰り返し。

 置いていかれる食料はどれも高級品と言えるような形状のものばかりで、助けた時から気づいていた青年の身なりの良さを裏付けるには十分だった。

 近づいてはいけない。

 どこかで警鐘が聞こえていた。

 各地でその勢いを衰えさせるどころか、日を追うごとにエスカレートしていく魔女狩りから逃げ隠れる生活をする娘。

 その娘にとって、やっと見つけた安寧の場所。それがこの辺境伯が治める地域の山深い森の中だった。

 この地で誰とも関わらずに隠れて生きていく。それが自身の身を守る一番の方法だとわかっていた。

 青年を助ける際も、身なりの良い青年が万が一そのまま死ぬようなことでもあれば、山狩りが行われて森で生活している形跡を知られる恐れが頭の片隅を掠めたことも事実だった。

 ただそれだけ。ただそれだけで、それ以上の意味などない。

 ない、はずだったのにーー。

 足場の悪い森の中、毎日毎日軽くない食料を汗水を垂らして慣れない素振りで運び持ち、川の辺りで本を読みながらキョロキョロと時間を潰す。

 火が暮れる時刻ギリギリに大きなため息をついて項垂れるのに、気を持ち直すように「明日も来ます!!」と1人で叫んで帰っていく変な青年。

 そんな姿を毎日毎日、毎日毎日見せられて、果たしてほだされない者がいたら教えて欲しかったーー。





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