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爆弾投下〈彼方語り〉

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 目が覚めた時、まだ陽菜さんが布団の中にいた。陽菜さんの寝顔はどこか張り詰めたような、少し苦しそうな顔だ。
「陽菜さん」
 と呼んでも、彼女は一向に目を覚ます気配がない。実は朝が弱いタイプなのだろうか。
 サラリと頬にかかる髪の毛を払うと、彼女は余計に眉間のシワを深くした。
 かなり疲れているようだ。もう少し寝かせてあげた方がいいのかもしれない。それに、昨日の今日で上手く笑える気がしなかった。
 俺は立ち上がり、起きないと分かっていたが静かに戸を閉めた。
 とりあえずどうするか迷って、腹の虫に従って何か胃に入れることにした。
 姉たちは既にデートに出かけてしまったようだ。
 冷蔵庫を開けたが、なんと卵すらない。コンビニまで行くしかなさそうだ。もう秋に染った空気が、出ている肌を冷やす。
 薄いパーカーを羽織り、鍵をかけて家を出た。
 家の近くのコンビニには、品数が多くは揃えられていない。今回はサンドウィッチがずらりと並ぶ一方、おにぎりがシャケと納豆しかないときた。
 レタスとハムのサンドウィッチをカゴに入れ、オレンジジュースを二本手に取る。
 店員の人はとても気さくで、可愛らしい笑顔を客に向けている。なるほど、あれは朝からやる気が出るだろう。
 とはいえ、愛想をふりまく仕事というのも大変だな、とその人物をよく見ると。
「……あら」
 相手も気づいたようだ。目を丸くした後、「いらっしゃいませ」と笑顔で言った。

「休憩、ちょっと早いけどもらっちゃいました」
 さっさと帰ろうとしていたのだけど、「まってください」と引き止められてしまったのだ。さすがに休憩時間をわざわざつくってきた相手を無下にはできなかった。
「……彼方くんは、前世って信じますか?」
「は!?名前……っ」
「ごめんなさい、クラスの子に聞いたんです」
 ちっともごめんと思ってなさそうな抑揚で彼女は言う。
「……前世って、漫画みたいだとしか……信じてないわけではないですけど、なんていうか……自分はそういう記憶みたいなのはないから」
「そう……もし、あったとしたらどうですか?」
 じっと見つめてくる先輩の瞳は、どうしてもふざけているようには見えない。
「……さあ……わかんないです。実感ないと思うんで」
「……なら」
 先輩は目の前で足を止めると、相変わらず真剣な表情で聞いてきた。
「私はあなたの前世での妻だと言ったら、少しは私のこと考えてくれますか?」
 時が一瞬、止まったように感じられた。
 喉が上下する音がやけにはっきりと聞こえる。
「……あなたは、茶化さないで聞いてくれるんですね」
 微笑した先輩は、くるっと背を向けた。
「今の彼女にかつてのあなたが殺された……って言ったら、あなたは信じてくれますか?」
「は!?陽菜さんがそんなことするわけないだろ」
 噛み付くように言い返すと、
「まぁ、信じてくれるなんて思ってないですよ。あなたは彼女にぞっこんですし。……私なんかが今更、遅いっていうのは分かってるはずなんですが」
 と、寂しげに彼女は笑う。
「……ですけど、やっぱり私はまだ辛いんです。あなたは、以前のあなたと瓜二つで……似すぎてるから、私はあなたを求めてしまう。あなたが……あの人だったら良かったのにって」
 先輩は、そう言いながら泣いていた。
 艶があり美しい黒髪が、風に吹かれてさらりと揺れる。
「……あの」
 なんて、声をかけたものか。言葉が見つからなくて、喉がカラカラに乾いて、空気を吸い込むことしかできないのに、目は彼女から逸らせない。
「俺は、陽菜さんが好きなんです。なので、あなたの想いには応えられないです。……ごめんなさい」
「…………まだ、諦められないです」
 頭を下げていて、彼女の顔は見れない。声だけがふってくる。
「……ちょっと、意地悪しちゃいました。こういうことをするから、私はあなたの一番にはなれないのでしょうね」
 ふふ、と彼女の笑う声がする。その笑い方は、伴田先輩の笑い方ではないように思えた。少し上品で、控えめで、優しい眼差しをしていたのは……誰だろう。
「……彼方君は、ひょっとしたら覚えてるのかもしれませんね。記憶の蓋が取れていないだけで……まぁ、私はお二人がお別れするのを気長に待ちます。来世でもいい。私はあなたが良いのだから」
「来世でも」
 気づけば、勝手に声が出ていた。
「……来世でも、俺は陽菜さんを好きになりたい。あなたはとても素敵な人だと思います。だけど俺は……陽菜さんのことが大事で……出会った時に感じたんです。この人は、一生をかけてようやく出会える人なんだって」
 言い終えると、くすっと笑う声がした。
「彼方君て意外とロマンティストなんですね」
 くすくす、と一頻ひとしきり笑ってから彼女は微笑んだ。
「私はあなたが好きでしたが、あなたは私じゃない誰かを好きだった。……最初は、色々と思うところはあったんです。だけど、あなたは私の前だと心から笑えないんです。彼女の前でないと、仮面をとることができない……そんな、不器用な方だったのです。……かつての、あなたは」
 そこがまた好きだったのですけどね、と先輩は少し頬を染めて照れていた。
「……正直、私はあなたが記憶を取り戻す必要なんてないと思うんです。ですが、彼女を本当の意味で救えるのは、あなたではないかもしれません」
「……どういうことです」
「それは教えません」
 ピシャリと言われてしまった。
「どうして恋敵を応援しなければならないのです?私はそんなに良き女に育てられた覚えは無いのです」
 ふふん、と満足そうに店に戻ろうとする背に、
「いいや。君は心優しい女性ひとだったよ」
 知らない声が、彼女に向けられる。
 だけどその声は、間違いなく俺の喉から発せられたものだった。
 彼女は足を止めはしたが、
「……お馬鹿ですね」
 と呟き、振り返らずに戻っていった。
 自動ドアが閉まってからしばらくの間、俺は一人、困惑しながら外に突っ立っていた。
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