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意図〈彼方語り〉
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勘違いか何かであってほしかった。
「これ、美味しいですねぇ」
目の前でパフェを頬張る先輩を見ながら、俺は溜息を吐いた。
放課後、俺は普通に帰ろうとしていた。だが捕まったのだ。この先輩に。
生徒が必ず通る校門前で、先輩が壁に寄りかかるようにして立っていた。
誰か待っているのか、と一瞥したが、声をかけずに通り過ぎようとした時に、「あ、ねぇ君」と声をかけられた。
そして、
「ちょっと、男手が欲しいんでさ。お願い!ちょっとだけ私に付き合ってください!」
と頭を下げられたのだ。
初めは断るつもりだった。だが、
「あ……っ私ったら、ごめんなさい。あなたの都合も聞かないで」
と涙ぐんだ。
当然、女の涙を見た周りの生徒たちからの視線が痛くて、俺は渋々了承した。
実際、男手は必要だった。
ベニヤ板だの釘だのと、花の苗と土を購入していたため、量も重さも結構なものになった。
そして少し疲れ始めた時間帯、彼女が「今日付き合ってくれたお礼」と、カフェに寄ったのだ。
だが、正直早く離れたかった。
このカフェは、陽菜さんの勤める会社の近くなのだ。
出会すなんて、そんな漫画のフラグ回収のようなことにはならないだろうが、なんとなく落ち着かない。
「……ねぇ、きいてます?」
むぅ、と頬をふくらませる伴田先輩に、「すみません。」と謝る。
「私は名乗ったのに、君の名前は教えてくれてないじゃないですか。ね、教えてくださいよ」
ずい、と身を乗り出す先輩に、たじたじと重心を後ろにかける。
「……えっと……そんなに、会う気は無いですので……名乗る必要ないかと」
ド直球に言い過ぎた。
みるみるうちに先輩の目が潤んでいく。
「わ、私……あなたに嫌われてたんですね。ごめんなさい」
「え、いや」
撤回するにしても、言ってしまったことは本心なので何てフォローを被せれば良いのかわからない。
「か、帰ります」
バッグ一つ片手に、彼女は慌ただしく席を立った。その拍子に、バッグの紐がテーブルの金具に引っかかってしまっていたらしい。彼女の上体がぐらりと傾いた。
「危ない!」
慌てて支えようと身を乗り出すと、伴田先輩と抱き合う形になってしまった。
「こ……こわかったぁ」
キュッとシャツを掴まれる。小刻みに震える手が、この人は女子なんだと思わせる。
「あの」
離してください、と言おうとすると、
「ちょっとでいいの」
と涙ぐんだ声が耳に入ってきた。シャツを握る力がちょっと強くなった気がする。
「……ほんの、ちょっとでいいから……っイケナイことって分かってるけど……少しの間だけ、私の事、抱きしめて貰えませんか」
耳まで真っ赤にしているのが見えた。
流石にここまでされたら、いくら何でも思い過ごしじゃないだろう。自意識過剰というわけでもないだろう。
ふと、好きな相手に彼女がいると分かっていても諦められない心は、何処へやればいいのだろう、と思った。
願いを叶えてやるのが、せめてもの慰めになったりするのだろうか。
──たとえ、そうだとしても。
「すみません。無理です」
ぐい、と押し返し、身体を引き剥がす。
「……っ少しも、ほんのちょっともダメなの……?」
潤んだ瞳を向けられたが、良心が痛むだけで愛しさは湧かない。
「期待は、させたくありません。俺はこの先、あなたを好きにはなりません。……だから、ごめんなさい」
辛いのは相手だ。振っておいて、何勝手に傷ついてんだ。
突き放さないと、中途半端になる気がした。陽菜さんに対する後ろめたい気持ちが一ミリもないようにしたい。これは勝手な、俺のワガママだ。
「……未来なんてわからないじゃない!」
先輩の瞳から溢れ出た小さな雫が筋をつくる。
「けど今、俺は彼女のことが好きなんだ。あなたじゃない」
「彼女一筋なのはとてもステキ。だけど、彼女のためにって近づいてくる子を全員切り捨てるの?別れた時に彼女なんて作れなくなるわよ」
「要りません」
伴田先輩の瞳に動揺が走った。
「俺は、彼女さえいてくれればいいんだ。振られないよう頑張るけど、俺から手を離すことはないです」
そのくらい、執着してしまっている。彼女という存在は、出会った当初よりも遥かに大きくなっていて、かけがえのないものとなっていた。
「だから、ごめんなさい。俺はあなたの気持ちに応えられない」
先輩は、黙って俯いた。身体がブルブル震えていた。
テーブルに代金を置いて、そのままの先輩を残して、俺は無言でカフェを出た。
腹の当たりが掻き乱されて、心臓を舐められたようなザリザリとした感覚が残った。
どうしようもなく、陽菜さんの顔が見たくなった。
だが、どういう顔をすればいいかも分からずにいた。
「あら、彼方。なにをぼんやりしてんの」
隣人の姉が、いつもの如く両手にスーパーの袋を提げて立っていた。
帰り道じゃない気がするんだが。
俺は今、家からは一番近い公園に来ていた。何の気なしにブランコに腰掛け、呆けていたのだ。
「ちょっと、ぼーっとしてた」
「だからそのちょっとってやつを聞いてんのよ」
と顰め面をされる。
「まぁいいわ。もう帰りなさいよ。今日鍋なんだから、早く人が揃うに越したことはないでしょ」
また鍋なのか、と突っ込みたくなったが、夕飯を抜かれたくないので黙ることにした。
「それから、その悩みってやつも聞いてやるわよ」
パチン、とウインクした姉は、
「早く帰らないと、私が料理するからね?」
と可愛らしく笑った。
そのコンマ数秒後に、俺と姉は並んで家へと向かった。
「これ、美味しいですねぇ」
目の前でパフェを頬張る先輩を見ながら、俺は溜息を吐いた。
放課後、俺は普通に帰ろうとしていた。だが捕まったのだ。この先輩に。
生徒が必ず通る校門前で、先輩が壁に寄りかかるようにして立っていた。
誰か待っているのか、と一瞥したが、声をかけずに通り過ぎようとした時に、「あ、ねぇ君」と声をかけられた。
そして、
「ちょっと、男手が欲しいんでさ。お願い!ちょっとだけ私に付き合ってください!」
と頭を下げられたのだ。
初めは断るつもりだった。だが、
「あ……っ私ったら、ごめんなさい。あなたの都合も聞かないで」
と涙ぐんだ。
当然、女の涙を見た周りの生徒たちからの視線が痛くて、俺は渋々了承した。
実際、男手は必要だった。
ベニヤ板だの釘だのと、花の苗と土を購入していたため、量も重さも結構なものになった。
そして少し疲れ始めた時間帯、彼女が「今日付き合ってくれたお礼」と、カフェに寄ったのだ。
だが、正直早く離れたかった。
このカフェは、陽菜さんの勤める会社の近くなのだ。
出会すなんて、そんな漫画のフラグ回収のようなことにはならないだろうが、なんとなく落ち着かない。
「……ねぇ、きいてます?」
むぅ、と頬をふくらませる伴田先輩に、「すみません。」と謝る。
「私は名乗ったのに、君の名前は教えてくれてないじゃないですか。ね、教えてくださいよ」
ずい、と身を乗り出す先輩に、たじたじと重心を後ろにかける。
「……えっと……そんなに、会う気は無いですので……名乗る必要ないかと」
ド直球に言い過ぎた。
みるみるうちに先輩の目が潤んでいく。
「わ、私……あなたに嫌われてたんですね。ごめんなさい」
「え、いや」
撤回するにしても、言ってしまったことは本心なので何てフォローを被せれば良いのかわからない。
「か、帰ります」
バッグ一つ片手に、彼女は慌ただしく席を立った。その拍子に、バッグの紐がテーブルの金具に引っかかってしまっていたらしい。彼女の上体がぐらりと傾いた。
「危ない!」
慌てて支えようと身を乗り出すと、伴田先輩と抱き合う形になってしまった。
「こ……こわかったぁ」
キュッとシャツを掴まれる。小刻みに震える手が、この人は女子なんだと思わせる。
「あの」
離してください、と言おうとすると、
「ちょっとでいいの」
と涙ぐんだ声が耳に入ってきた。シャツを握る力がちょっと強くなった気がする。
「……ほんの、ちょっとでいいから……っイケナイことって分かってるけど……少しの間だけ、私の事、抱きしめて貰えませんか」
耳まで真っ赤にしているのが見えた。
流石にここまでされたら、いくら何でも思い過ごしじゃないだろう。自意識過剰というわけでもないだろう。
ふと、好きな相手に彼女がいると分かっていても諦められない心は、何処へやればいいのだろう、と思った。
願いを叶えてやるのが、せめてもの慰めになったりするのだろうか。
──たとえ、そうだとしても。
「すみません。無理です」
ぐい、と押し返し、身体を引き剥がす。
「……っ少しも、ほんのちょっともダメなの……?」
潤んだ瞳を向けられたが、良心が痛むだけで愛しさは湧かない。
「期待は、させたくありません。俺はこの先、あなたを好きにはなりません。……だから、ごめんなさい」
辛いのは相手だ。振っておいて、何勝手に傷ついてんだ。
突き放さないと、中途半端になる気がした。陽菜さんに対する後ろめたい気持ちが一ミリもないようにしたい。これは勝手な、俺のワガママだ。
「……未来なんてわからないじゃない!」
先輩の瞳から溢れ出た小さな雫が筋をつくる。
「けど今、俺は彼女のことが好きなんだ。あなたじゃない」
「彼女一筋なのはとてもステキ。だけど、彼女のためにって近づいてくる子を全員切り捨てるの?別れた時に彼女なんて作れなくなるわよ」
「要りません」
伴田先輩の瞳に動揺が走った。
「俺は、彼女さえいてくれればいいんだ。振られないよう頑張るけど、俺から手を離すことはないです」
そのくらい、執着してしまっている。彼女という存在は、出会った当初よりも遥かに大きくなっていて、かけがえのないものとなっていた。
「だから、ごめんなさい。俺はあなたの気持ちに応えられない」
先輩は、黙って俯いた。身体がブルブル震えていた。
テーブルに代金を置いて、そのままの先輩を残して、俺は無言でカフェを出た。
腹の当たりが掻き乱されて、心臓を舐められたようなザリザリとした感覚が残った。
どうしようもなく、陽菜さんの顔が見たくなった。
だが、どういう顔をすればいいかも分からずにいた。
「あら、彼方。なにをぼんやりしてんの」
隣人の姉が、いつもの如く両手にスーパーの袋を提げて立っていた。
帰り道じゃない気がするんだが。
俺は今、家からは一番近い公園に来ていた。何の気なしにブランコに腰掛け、呆けていたのだ。
「ちょっと、ぼーっとしてた」
「だからそのちょっとってやつを聞いてんのよ」
と顰め面をされる。
「まぁいいわ。もう帰りなさいよ。今日鍋なんだから、早く人が揃うに越したことはないでしょ」
また鍋なのか、と突っ込みたくなったが、夕飯を抜かれたくないので黙ることにした。
「それから、その悩みってやつも聞いてやるわよ」
パチン、とウインクした姉は、
「早く帰らないと、私が料理するからね?」
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