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出会ったのは、きっと。〈彼方語り〉

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 思わず、何度も瞬きを繰り返した気がする。
「……彼方君の言ってたお姉さんて、まさか千秋のこと?」
 まだ呆然としている陽菜さんに、俺は説明する。
「えと……いえ。姉ちゃんの友人で、俺は小さい頃から遊んでもらっていたので、自然と姉さん呼びに……。」
 だけど、身内に見られたことと変わりない。
 すごく恥ずかしい。
「……じゃあまさか、その友人って」
 陽菜さんがポツリと呟いた時だった。
 家のドアがガチャッと開いた。
「あら、お帰りなさい。さっき言ってた彼女さん……は……」
 案の定、実の姉の語尾が小さくなっていく。
「……好恵このえ
 陽菜さんは、小さな声で姉の名を呼んだ。
 まさか知り合いだったとは。
 でも、さっきから様子がおかしい。知り合いにしては、空気が重い。
「……え、陽菜……よね……?」
 いつもポヤンとしている姉の、ここまで驚いている顔は久々に見た。
 近くの川辺で大きな蛙が跳ねたのに驚いた時と同じ顔をしている。
「どうして陽菜が……え、彼方のお知り合い?」
 姉さんはどこまでも鈍かった。
「彼女、だよ」
 まだこの単語に慣れないけど、何だろう。この言葉は、すごく高揚感がある。
「え?彼方の彼女……が、陽菜?嘘だぁ……だって歴代の彼氏と明らかに……」
「ちょっと、好恵」
 と、横から千秋姉さんが窘める。
「あ、えと……ごめんなさい。取り敢えず、どうぞ」
 姉さんはニコリともせずに、ただ動揺を浮かべながら招き入れた。
 間に挟まれている俺は、なんとも気まずい。
 部屋に入って、取り敢えずほっとする。
──が、すぐに我に返った。
「びしょ濡れじゃん!陽菜さんお風呂入って!」
「え?いや……いいよー、別に。タオルも買ったし……」
 眉を下げて手を横に振る陽菜さんに、
「駄目です。入って。風邪ひくから。ちゃんと湯船浸かってよ?多分風呂沸いてるし」
「いや、申し訳ないし……」
 なおも食い下がろうとする陽菜さんの背中を押して洗面所に連れていく。
「すぐ出てきたらもっかい風呂連れてくからね!」
 と言い残して扉を閉めた。
 ふと後ろに気配を感じた。
「……姉さん怖いよ。無言で背後に立つのやめてったら」
 と、溜息混じりに振り返る。
「ごめんなさいね。……ホントに陽菜が彼女なの?」
 まだ信じられないといった目をしている姉に、大きく頷いてみせる。
「知り合い……だったんだよね。なんでそんなにぎこちないの」
 思っていた疑問をぶつけると、
「べ、別に……特に何かがあったわけではないのよ」
 と、好恵姉さんは長い黒髪を指先で弄びながらごにょごにょと喋った。
「ただ……自然と距離が出来ちゃったのよ」
 女の子は色々あるの、と姉さんは目を伏せて重い溜息を吐いた。
「好恵ー。鍋の準備できてるよ」
「えっちょ、まって、行くから。いじらないでね!?」
 好恵姉さんはさっと顔を青くしてキッチンへと走った。
 千秋姉さんは、料理音痴という言葉では済ませられないくらい、料理下手なのだ。あの人に包丁を持たせたら凶器となり、コンロを扱わせれば火事の元となる。つまり、キッチンに入れたくない人間である。
 それゆえ、鍋もまともに作ることが出来ない。
 俺の通っていた小学校で千秋姉さんを知らない者はいない。調理実習で毒を作ると言われた彼女は、皆から恐れられていた。
 そのお目付け役が、実の姉こと好恵姉さんだった。
 その件以降、彼女らは親友となるわけだが。
 好恵姉さんは人当たりもいいしおっとりしていて敵も少ない。男にモテて他の女性を敵に回す、なんてことにはならない。なぜなら…………。
「あ、あの」
 ふと、風呂場から声がした。
「お風呂、ありがとう……」
 そう言って出てきた陽菜さんの髪は、まだ少し濡れていた。
 ……なんていうか、ありがとうございます。
「あ、じゃあ俺も、入ってこようかなっ」
 かなり挙動不審になってしまったが、その場から離れることはできた。
 だって、湯上りだよ!?平常心でいられる彼氏がどこに居るよ!?
 頬が少し赤いし、なんか目が心做しか潤んで見えるし、自分家の石鹸と同じ匂いするし。
 駄目だ。変態になってしまう。
 煩悩を捨てるため、俺は着替えを持って風呂場の扉を閉めた。


 リビングに戻ろうとすると、話し声が聞こえた。
「……私が、……先輩と……たからでしょ?」
 と言う陽菜さんの声。
「それ…………うけど……」
 聞き取りづらい。おそらく好恵姉さんの声だろうけど。
 先輩?何の話だ。
 音を出さないように、そっとドアノブを捻って様子を伺う。
「でも、どうして……言ってくれたら私……付き合ったりしなかったよ?」
 と、陽菜さんは俯いた。
「どうしてそういうこと言うの!?」
 好恵が声を張り上げた。
 どうしよう。修羅場にしか見えない。
「陽菜はいつもそう!なんでそう極端なの!」
「だって私……別にあの人のこと好きなわけじゃなかったし」
 と、陽菜さんが答える。
 元彼が少し可哀想だな。
 好恵姉さんもぽかんとしている。
「えっ……そう、だったの?私たちの勘違い?え?」
 好恵姉さんと千秋姉さんが目を瞬かせた。
「私にしてみれば……二人のほうが、よっぽど大事だったんだよ」
「あ……」
 二人同時に、声を漏らした。
 なんだか、良い雰囲気になってきたかも。
「なのに二人とも……急によそよそしくなるし……き、嫌われたのかなって」
 いつもしゃんとしてて凛々しい雰囲気の陽菜さんが、肩を震わせていた。
 友達には、こういう面も見せるのか。
「ち、ちがっ!それは……その……」
 もごもごと口ごもる千秋姉さんの姿が見えた。
「だから、もしかしたら……二人のうちどっちかが先輩を好きだったのにとられたから……気まずいのかなって」
「え?それはナイナイ」
 と、ついうっかり口を挟んでしまった。
 三人の視線が注がれる。
「ご、ごめんなさい。立ち聞きするつもりは……でも、陽菜さん。好恵姉さんがその先輩を好きだったワケないです」
「え、どうして…………」
 俺は好恵姉さんに視線を投げる。
 好恵姉さんは少し躊躇っていた様子だったが、「あのね」と口を開いた。
「…………私、女の子がすきなの」
 と言う姉の告白に、陽菜さんは「え」と固まった。
 そりゃ、昔の友人(だったんだよな?)が実はレズでした、なんて告白されたら驚くだろう。
 告白した好恵姉さんの肩を引き寄せ、千秋姉さんが笑った。
「で、その彼女あいてが私」
 千秋姉さんの腕の中で、好恵姉さんは頬を赤く染めた。
 好恵姉さんがレズなことは、近所じゃかなり有名だ。
 ビジュアルの良い彼女の断り文句が、「私、女の子がすきなの」だからだ。
 勿論それを信じない輩もいっぱいいたが、実際に千秋姉さんと付き合い出してから「あ、マジなのか」と納得されるようになった。
 千秋姉さんはもともとレズではなかったのだが、高校生の頃に好恵姉さんからの告白とアプローチに屈伏、今では相互溺愛状態だ。
「知らなかったわ」
 ポツリと呟いた陽菜さんに、
「ま、そういうことだから──また遊ぼうよ」
 と、千秋姉さんがニッと笑う。
 三人はへらっと相好を崩して、鍋をよそい始めた。
 その三人を見て、俺も嬉しくなった。


 その日の鍋は、底が少し焦げてはいたけど美味しかった。
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