上 下
24 / 102
第三章《籠姫伝と焔の能力》

【四】

しおりを挟む
 情報を収集していくと、なかなか面白い報が入ってきた。
「籠姫伝ですか」
「ええ」
 弥生たち一行が向かったのは、街では有名な社だったのだが、そこには神主だという老人一人とかんなぎが二人、祝詞人のりとびとが一人しか居なかった。廃業寸前にしか見えない。
 覡は双子のようで、見目が鏡から出てきたのかと思う程にそっくりだった。
 この覡の双子は神楽を踊ることができ、神力を地に下ろすことが出来ると紹介された。
 一方の祝詞人は、神に捧げる祈りを唄うことが仕事で、その他は雑務を請け負っているとのことだ。
 そして老人はというと、社に住まう巫女一族の婿養子で、自称神のお声を聞くことができるすごい人物、らしい。
「それより、おめぇさんはなかなか見ないくらい大物を連れていますね」
 老人は目をすがめながら言った。
 弥生は少し目を見開き、
「本物のようですね」
 と呟いた。
「水色ね。ああ、じゃあ領主様の血縁者でしたか。それはそれは失礼」
 全く心のこもってない謝罪を口にし、「それで」と老人は弥生を見た。
「能力を持つ者たちのことを知っていると。しかし解せませんね。能力を持つ者というのは得てしてひた隠しにする奴らが多い。なぜ次期領主の耳に入っているのか……」
「無礼だぞ!」
 弥生の後ろに控えていた従者の一人が声を張り上げた。
「いやはやこれは失礼失礼……まぁ、聞かんでおきましょう」
 と背を向けた。
 え、と困惑する弥生たちに、覡の双子らしき宮仕えが「どうぞこちらへ」と老人の背を指した。
「お話はお部屋で」
「お話は神のおわすところで」
 双子は切り揃えた髪を優しく揺らして微笑んだ。

「「さぁ、参りましょう」」


 通された部屋は、ただの和室と思われた。
 しかし、二対の龍が彫られた木版が飾られたその部屋は、どこか空気が違っていた。
 従者は別部屋にて待機させられ、弥生とクロの二人だけが和室へと通されたのだ。
「さて……まず籠姫伝というのは、能力を持つ者たちの一部しか知りません」
 ゴソゴソと棚から少し茶色くなった紙を取り出し、机に広げた。それは地図であったが、現在の国の地形とはだいぶ異なっていた。
「これ、三十一年前の地図ですね」
「ほほ、流石領主様のご長男。博識でいらっしゃる」
 愉快そうに笑う老人は、一つ咳払いをして話し始めた。
「籠姫伝を知るものたちは、この国の北端にいる者たちだけです」
 と、国の端に位置する場所を指した。
「彼等を探す理由は何でしょうか」
 老人の疑問に、クロは背筋を伸ばした。
「私はこの通り、神に使える仕事を何十年とやってきました。そして、私はそれと同時に守り人もしてきたのです」
 老人の告白に、弥生も顎を少し下げた。
「私は能力持ちの彼等を守る義務、持たざる者たちとの間に割って入り中和を図る義務があります」
 要は、能力持ちに何らかの危害を与えるなら教えないということらしい。
 ちら、とクロは隣に座る主に目線を向けた。
「お約束はできかねます」
 なんの間もなく言ってのけた主に、クロは吹き出すのをこらえた。
「……なら、居場所をお教えすることはできませんな。いくら領主様のご子息であろうと、これだけは我が命と代えても聞き入れることはできません」
 失礼、と腰を上げようとした老人に、
「神主殿」
 と弥生の声が引き止めた。
「誰が、彼らの居所を知りたいと言いました?」
「は?」
 眉を寄せる老人に、弥生はにっこりと目を細めた。
「私は『籠姫伝』というのを聞きに来たのです。賊の居場所など聞いてはいませんよ」
 老人は目を丸くし、「はぁ」と唸った。
「面倒くさそうなお坊ちゃまですね」
「よく言われます」
 折れる気のない弥生に、老人は「いいでしょう」と座り直した。
「しかし、不思議なもんですな」
 老人は湯呑みを手で弄りながら呟いた。
「おめぇさん、よう動けるなぁ」
 と、クロに視線を遣った。
「そん体、もう死に体だろう。……いや、もうとっくにこの世とおさらばしとるんかな」
 老人の指摘に、クロは何も言わずに微笑んだ。
「主によう似とるな。からかいがいのない客人だ」
 音を立てて茶を啜り、コンッと湯呑みを机に置いた。
「こんな得体の知れん客、よう入れる気になったな」
 と、老人は双子を振り返った。
 双子はくるっと四十五度首を回して互いに目を合わせると、神主に向き直り笑顔で言う。
「だって、主が拒否しなかったから」
「だって、主が結界通したから」
「それに、私のこと可愛いって従者さんが」
「双子なのに気持ち悪いなんて言われなかったもん」
「「ねー」」
 双子は顔を見合わせてまた笑う。
 双子というのは、地方によって扱いが違う。弥生の住む国は、双子というのは忌み嫌われる存在であった。例えどれほど見目麗しくとも、どれほど身分が高かろうとも、この風習はなかなか抜けなかった。むしろ高貴な身分の者ほど、そういった外聞の良くないことは避ける傾向にあった。そしてこの覡の双子もまたそういった対象であった。
 しかしこの双子の親は、その風習を信じてはいたものの、我が子可愛さに泣く泣く社に置き去りにしただけで神に捧げはしなかった。そんな双子を、当時神主だった男が拾ったのだった。
 しかしそんな話は弥生たちが知るところではなかった。
「そりゃ、珍しい連中の集まりだことだ」
 嫌味のように言ってはいるが、目元が微かに緩められていた。
「そうですね。しかし、私がそういう風に刷り込んだのではありません。私の従者がたまたま、そういう集まりだっただけのことです」
 よく言う、と老人は喉を鳴らした。
「分かった分かった。覡の許可も取れているようだし話しましょうか」
 いつの間にか改まるのをやめた老人は、ぽつぽつと語り出した。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪女のなみだ

じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」 双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。 カレン、私の妹。 私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。 一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。 「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」 私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。 「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」 罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。 本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

処理中です...