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【プロローグ】猫好きな彼女

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──勇者、ドラゴン、そして魔王……。

 これらの単語が並ぶ時代、人々は躍起になって魔物を狩り、魔王を倒さんと国が同盟を結び、王は自らの娘を勇者の嫁にして人々の心を掌握しようとする。

「くだらねぇな」

 自慢の長い足をテーブルの下で組み、男は新聞に向かって嘲笑した。
 いったい今年で何件目だ。ドラゴンを狩った英雄がどこぞの令嬢と結ばれたなんて話が、そんじょそこらで囁かれている。
 そんな話を書く暇があるなら、世界情勢だの商売のことでも書いておくほうが民のためになるだろうに。貴族としての価値を上げることのためにこの情報誌ビラは使われていると言っても過言ではない。

 新聞をたたみ、そのままテーブルに放置して玄関の扉を開く。
 目の前に広がるのは、一面緑の、一見雑草だらけにしか見えない草の景色。
 これらが全部薬草だと知った時は驚いたものだ、と彼は視線を右から左へと落ち着きなくさまよわせる。
 そして、左奥の方にいる人影に目を留めた。
「……おい。何をやってる」
 近づき、かがんでいる女に声をかけた。
 声をかけられた方の女はびくりと肩を震わせ、ぎこちない動きで首だけ振り返った。
「る、ルド……もう新聞はいいの?」
 サッと立ち上がり、にっこりと女は微笑む。
 その背後では草がガサガサッと揺れ、女の注意がそちらに向かう。表情は苦く、何かを隠していることは明白だった。
「その後ろに隠しているのを出せ」
「隠してなんかないですー」
 と、女はぷいと顔を背ける。

──可愛い……ッ。

 男はただでさえ良くない目をさらに細くし、鋭い眼差しで女を睨む。本人は睨んでいるつもりは無いのだが、傍から見れば相手を射殺さんとしているようにしか見えない。
「……っいいから」
 と強引に彼女の腕を引く。もちろん脱臼しないよう手加減はした。
 退いたことで、彼女のすぐ背後に隠されていたものが明らかになった。
 シマシマ模様の毛、明るい太陽を吸い込んだかのような黄色、それにきゅるんと見上げてくる大きな瞳。
「だから、猫は飼えねぇって。うちには危険な材料もあるし、そもそもそこまで家計に余裕はないって何回も言ってんだろ」
 強面らしからぬセリフを吐きながら女にくどくどと言い聞かせる。
「わかってるけど、可愛いんだもの」
 と彼女は猫を抱き寄せる。
 それがまた画になって、心臓を射抜かれた男はぐっと押し黙る。
「駄目だ。病気もってるかもしれないんだから」
「……けち」
 拗ねる表情で連続三コンボくらった男は、顔を勢いよく背ける。このままでは間違いなく男の負け、すなわち猫を受け入れることになってしまう。
 どうしたものか、と思考を巡らせていると、表門の鈴がチリンと爽やかな音を奏でた。

「ほら、客が来たみたいだ。猫は諦めてさっさと仕事に戻るぞ」
 と促すと、彼女は未だにむすっとした表情で、
「わかってる」
 と膝についていた草を払い、ぺちりと自分の頬を叩く。
「──よし」
 眉をきゅっと寄せ、彼女は口角を上げた。
「ルド、一応水瓶に水が溜まってるか確認お願い。あと乾燥させてたヤツは全部家の中に取り込んじゃってくれない?」
「了解」
 さっきまでの年に似合わない幼い顔をしまい込み、彼女はテキパキと動き始める。
 そして、門前の客に堂々たる態度で言うのだ。

「こんにちは。魔法使いの宿へようこそ」

 宿屋、占い、そして薬屋を兼ねるこの家の主は、ミシュラと名乗る魔法使い。

──『最底辺の魔法使い』という烙印を押された、魔法使いである。
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