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6.復讐の相手
会議
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「──全員揃いましたね。それでは会議を始めます」
アランジュ家の会議室には、当主と奥方、リヨク騎士団団長、 ブラク騎士団団長と中隊長、末席にはソッフィオーニとアレクが顔を揃えていた。
話題は当然の事ながら、不法侵入をした輩についてである。ひりつくほどの緊張感の中、当主のツェルン・アランジュが普段の温厚な空気を仕舞いつつ開会を宣言した。
「まず侵入者についてですが、現在はブラク騎士団が身柄を押さえているということで間違いないですか」
「ええ 仰る通りです」
当主の問いに答えたのはブラク騎士団団長のアインベル・リデルトだ。目に見える筋肉はなく細身だが、雰囲気に貫禄がある。
「アランジュ邸を抜け出した後、駆けつけたイーゼル中隊長が捕縛。牢に繋がれております」
名が上がったイーゼルは一礼し、
「抱えていた子猫のような生き物をみたアランジュ家のメイド殿が誘拐だと主張したので、当人に尋ねようとしたところ煙幕を使って逃げ出したので、住民に対する迷惑行為という名目で捕らえました。その後の聴取で、誘拐ならびに不法侵入、貴族への冒涜行為諸々の罪状に変わっております。煙幕の騒動で一時騒然としましたが、すぐに元の空気に戻りました」
と述べた。それを端で聞いていたソッフィオーニは「よく言う」と内心鼻を鳴らす。
街が騒然とし、すぐに元の空気に戻ったのは事実として違いは無い。しかし赤毛という目立つ容姿をもつ中隊長に恐れをなした住民たちがそそくさとその場から立ち去ったというほうが正しい。
「……なんと、あのイーゼルが」
アインベル団長は信じられないものを見る目で隣の息子を見た。どうやら友人がいない話は本当だったらしい。社交性に欠ける息子を彼なりに心配していたようだ。
「ついに女性に興味をもつとは」
興味深そうな視線を受けたソッフィオーニは思わずイーゼルを睨んだ。完全に誤解をされているが、この場での発言権はないに等しい。胸中で「社交性無し男め」と罵ることしかできない。
「話を戻すが、侵入者に抱えられた動物が『獣人』だとすぐに気づいた、ということだな」
視線を受けたソッフィオーニは臆せずに「はい」と答えた。
「既に団長様はお聞き及びと存じますが、アランジュ家第二子のオルガ様が保護している獣人はテルベ家から非人道的扱いを受けており、その証人である獣人が他家に渡ってしまったことを酷く恐れている様子だったため、誘拐の線もあると考えておりました。また獣人の血であることは確実に知られていることでしょう。今回の強行な誘拐がそれを裏付けていると思っております」
メイドの考察にその場が静まり返る。口を開いたのはブラク騎士団の団長だ。
「とても一介のメイドと思えない考察だな。王宮に仕えていると言われても信じてしまうほどだ。それにしてもどこかで訓練を積んだような動体視力と危機察知能力だね」
探る視線に、
「お褒め頂き光栄です」と端的に答えた。
団長相手に「答える気はない」と宣言したかのような態度に、場はうすら寒い空気が漂う。アインベルは「まあ別にそこはどうでもいい」と腕を組み、
「その特異な力を隊で活かす気は無いかい?我が団初の女騎士として」
唐突な勧誘を受けたソッフィオーニは眉をひそめ、
「ご冗談がお上手ですね。私は長く大きな剣を振るうことに長けているわけではありません」と即答するも、
「無論そなたに合わせた剣を作らせるさ。私は本気だぞ」
威厳ある声にソッフィオーニは口を噤む。のらりくらり躱そうとしていた魂胆ではご納得頂けないらしい。
「私はお嬢様に生涯仕えると決めております。無礼であることは承知の上で、お申し出はお断りさせて頂きます」
「そこまで入れ込む人物なのか?そなたの人生を費やしても損は無いと思えるようには見えなかったがな」
「損得で考える団長様にはきっとお分かりになりますまい。私はただ、壊れそうになっていたお嬢様をお守りしたいと思った。それだけにございます」
しん、と再び部屋に静寂が落ちた。話の行き先が迷子になる会議で、
「息子の相手はどうしてこうも……」
と私情を露わにするアインベルは眉間をおさえた。
「本題に戻しましょう。アランジュ家のメイドの隣に座しているのが拐われたという獣人です。事実上妾子で貧民と変わらぬ生活をしていたようです。しかし唐突にテルベ家の次男だと告げられ、我が家の催しに参加をさせられた──ということで間違いはありませんか」
「はい」
話を振られたアレクは緊張で強ばらせた面持ちでうなずいた。初対面のときはあれだけ食ってかかっていたのが嘘のようだ。おそらく貴族と話をすることの重みを知ったからであろう。
「犯罪に加担させられたというのが事実だったとしても、平民の意見は通らないでしょう。なにを根拠にテルベ家を潰すおつもりです」
ため息とともに吐き出されたアインベルの意見に、リヨク騎士団団長ことフィリップ・ラルドが「潰せるでしょう」と初めて口を開いた。
「強大な力の存在を知っていたにも関わらず国王に進言することもなく、あまつさえ自身が保有して隠し持っていた──充分国家転覆を図っていたととれますよね。仮にその気がなかったという主張が通ったとしても、アレク殿をテルベ家から引き離すことはできるのでは?」
フィリップの主張にアインベルは不機嫌な顔を隠す様子もなく「なるほどたしかにそうですな」と棒読みで首肯した。会議の場でなければ舌打ちでも飛び出していただろう態度に、イーゼルは軽くため息を吐いた。
「それでは、一次の会議は閉じましょう。二次では屋敷の防犯と捕らえる算段について──」
とアランジュ当主は淡々と進行させていった。
アランジュ家の会議室には、当主と奥方、リヨク騎士団団長、 ブラク騎士団団長と中隊長、末席にはソッフィオーニとアレクが顔を揃えていた。
話題は当然の事ながら、不法侵入をした輩についてである。ひりつくほどの緊張感の中、当主のツェルン・アランジュが普段の温厚な空気を仕舞いつつ開会を宣言した。
「まず侵入者についてですが、現在はブラク騎士団が身柄を押さえているということで間違いないですか」
「ええ 仰る通りです」
当主の問いに答えたのはブラク騎士団団長のアインベル・リデルトだ。目に見える筋肉はなく細身だが、雰囲気に貫禄がある。
「アランジュ邸を抜け出した後、駆けつけたイーゼル中隊長が捕縛。牢に繋がれております」
名が上がったイーゼルは一礼し、
「抱えていた子猫のような生き物をみたアランジュ家のメイド殿が誘拐だと主張したので、当人に尋ねようとしたところ煙幕を使って逃げ出したので、住民に対する迷惑行為という名目で捕らえました。その後の聴取で、誘拐ならびに不法侵入、貴族への冒涜行為諸々の罪状に変わっております。煙幕の騒動で一時騒然としましたが、すぐに元の空気に戻りました」
と述べた。それを端で聞いていたソッフィオーニは「よく言う」と内心鼻を鳴らす。
街が騒然とし、すぐに元の空気に戻ったのは事実として違いは無い。しかし赤毛という目立つ容姿をもつ中隊長に恐れをなした住民たちがそそくさとその場から立ち去ったというほうが正しい。
「……なんと、あのイーゼルが」
アインベル団長は信じられないものを見る目で隣の息子を見た。どうやら友人がいない話は本当だったらしい。社交性に欠ける息子を彼なりに心配していたようだ。
「ついに女性に興味をもつとは」
興味深そうな視線を受けたソッフィオーニは思わずイーゼルを睨んだ。完全に誤解をされているが、この場での発言権はないに等しい。胸中で「社交性無し男め」と罵ることしかできない。
「話を戻すが、侵入者に抱えられた動物が『獣人』だとすぐに気づいた、ということだな」
視線を受けたソッフィオーニは臆せずに「はい」と答えた。
「既に団長様はお聞き及びと存じますが、アランジュ家第二子のオルガ様が保護している獣人はテルベ家から非人道的扱いを受けており、その証人である獣人が他家に渡ってしまったことを酷く恐れている様子だったため、誘拐の線もあると考えておりました。また獣人の血であることは確実に知られていることでしょう。今回の強行な誘拐がそれを裏付けていると思っております」
メイドの考察にその場が静まり返る。口を開いたのはブラク騎士団の団長だ。
「とても一介のメイドと思えない考察だな。王宮に仕えていると言われても信じてしまうほどだ。それにしてもどこかで訓練を積んだような動体視力と危機察知能力だね」
探る視線に、
「お褒め頂き光栄です」と端的に答えた。
団長相手に「答える気はない」と宣言したかのような態度に、場はうすら寒い空気が漂う。アインベルは「まあ別にそこはどうでもいい」と腕を組み、
「その特異な力を隊で活かす気は無いかい?我が団初の女騎士として」
唐突な勧誘を受けたソッフィオーニは眉をひそめ、
「ご冗談がお上手ですね。私は長く大きな剣を振るうことに長けているわけではありません」と即答するも、
「無論そなたに合わせた剣を作らせるさ。私は本気だぞ」
威厳ある声にソッフィオーニは口を噤む。のらりくらり躱そうとしていた魂胆ではご納得頂けないらしい。
「私はお嬢様に生涯仕えると決めております。無礼であることは承知の上で、お申し出はお断りさせて頂きます」
「そこまで入れ込む人物なのか?そなたの人生を費やしても損は無いと思えるようには見えなかったがな」
「損得で考える団長様にはきっとお分かりになりますまい。私はただ、壊れそうになっていたお嬢様をお守りしたいと思った。それだけにございます」
しん、と再び部屋に静寂が落ちた。話の行き先が迷子になる会議で、
「息子の相手はどうしてこうも……」
と私情を露わにするアインベルは眉間をおさえた。
「本題に戻しましょう。アランジュ家のメイドの隣に座しているのが拐われたという獣人です。事実上妾子で貧民と変わらぬ生活をしていたようです。しかし唐突にテルベ家の次男だと告げられ、我が家の催しに参加をさせられた──ということで間違いはありませんか」
「はい」
話を振られたアレクは緊張で強ばらせた面持ちでうなずいた。初対面のときはあれだけ食ってかかっていたのが嘘のようだ。おそらく貴族と話をすることの重みを知ったからであろう。
「犯罪に加担させられたというのが事実だったとしても、平民の意見は通らないでしょう。なにを根拠にテルベ家を潰すおつもりです」
ため息とともに吐き出されたアインベルの意見に、リヨク騎士団団長ことフィリップ・ラルドが「潰せるでしょう」と初めて口を開いた。
「強大な力の存在を知っていたにも関わらず国王に進言することもなく、あまつさえ自身が保有して隠し持っていた──充分国家転覆を図っていたととれますよね。仮にその気がなかったという主張が通ったとしても、アレク殿をテルベ家から引き離すことはできるのでは?」
フィリップの主張にアインベルは不機嫌な顔を隠す様子もなく「なるほどたしかにそうですな」と棒読みで首肯した。会議の場でなければ舌打ちでも飛び出していただろう態度に、イーゼルは軽くため息を吐いた。
「それでは、一次の会議は閉じましょう。二次では屋敷の防犯と捕らえる算段について──」
とアランジュ当主は淡々と進行させていった。
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