ダンデリオンの花

木風 麦

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4. ブラク騎士団の中隊長

形見となったチョーカー

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 ひとまずお嬢様の部屋の蝋燭が消えていないか見に行こう、とその場からようやく動いた。
 令嬢はもう寝ているはずだ。起こさないように、と静かに扉を開けて隙間から蝋燭の残りを窺う。もうろうが半分以上解けて、いつ消えてもおかしくない長さになっていた。
「失礼します」と断ってから部屋に入り、手早く蝋燭を変える。
 部屋を出ようとしたが、汗をびっしょりかいている令嬢が視界に映った。眉間を険しくし、苦しそうに呻いている。
「お嬢様」
 とんとん、と肩を軽く叩くと、令嬢はうっすら目を開いた。眠りが浅かったせいか、悪夢を見てしまっていたようだ。うっすら涙を浮かべている。滅多に涙を見せない方なのに。
「うなされておりましたので起こしてしまいました。大丈夫ですか?」
 浅い呼吸を繰り返しながら、令嬢は小さく顎を引いた。
「大丈夫よ。……大丈夫」
 と言いつつ、その顔色は芳しくない。今にも血が通わなくなりそうなほどに白い顔になっている。
「ホットミルクをお持ちしましょうか。気分が落ち着くやもしれません。少々お待ちいただけますか」
「……ありがとう」
 足早に部屋を飛び出しキッチンへと向かう。
 瓶のミルクを鍋に移して火にかける。その間に棚から蜂蜜を取り出してトレーに載せておく。
 沸騰する前にミルクをカップに移し、トレーを手に再び令嬢の部屋の扉を開けた。
「お嬢様、お待たせ致しました」
 小さなテーブルにトレーを置き、令嬢が起き上がるのを手助けする。やはりネグリジェが汗でびっしょりと濡れていた。
「湯を沸かしましたので、お体も拭いて着替えもしましょう」
 クローゼットを開けて新しいネグリジェを取りだしながら言う。
 令嬢はミルクを両手で包むようにして口に運び、ふぅっと息を吹きかけてちびりと飲んだ。ほっと息をついた令嬢だが、すこし残念そうな顔を上げた。
『ソフィ、明日からはまた仮面も眼帯もするから、用意しておいて頂戴』
「……かしこまりました」
 悪夢は、オルガ嬢が悪魔に憑かれてからよく見るようになってしまった。つまり悪夢を見たということは、若騎士の予想よりも早く、また呪いが力を取り戻してきているのだろう。

──久々にお声を出されたというのに。

 目線が下に向かうソッフィオーニを前に、令嬢は「忘れるところだった」と手を合わせた。
「これを渡し損ねてしまうところだった」
 令嬢はタンスの引き出しを開けるなり小さな箱を取り出した。ラッピングもされていない簡素な木の箱だ。見覚えのないものにソッフィオーニは首を捻る。
「中隊長さんが、ソフィに渡してくれって。と」
 あの男からのプレゼントなど贈られる理由がない。ご機嫌とりだろうか、と訝りながら箱を開けた手が止まる。
 中に入っていたのはチョーカーだった。黒布と星屑を閉じ込めたような青い石とでできたシンプルなデザイン。

 きっと良く似合うと、が装身具を扱っていた露店で言っていたものだ。

 そのときは装身具アクセサリーなんて買う余裕なくて、持っていた金はほとんど飲食に消えていった。そのとき彼が手にしていたものにも似ているが、記憶の物とはすこし違う。
 もしかしたら、別の物をわざわざ買ってプレゼントしてくれる気だったのかもしれない。
 今となっては、真意を確かめることもできないが。

 イーゼルが贈ってきたのなら、これは「もらっても良い」のだろう。

 形見となってしまったチョーカーを箱にしまい、ソッフィオーニは「ありがとうございます。たしかに受け取りました」と令嬢に頭を下げる。
「……ねぇ ソフィは、イヤになったりしてない?気になることがあれば言ってね」
 そう呟いた令嬢の瞳は不安に揺れていた。
「イヤになどなりません。私はずっと、お嬢様のお傍におります。誰になんと言われようが、お嬢様や奥方様から解雇を言い渡されない限り離れません」
「ありがとう………………ごめんね」
 最後の謝罪は、ソッフィオーニには聞こえていなかった。聞き直そうとしたソッフィオーニだが、「ここは星がよく見えるね」と令嬢が窓の方へ視線を向けてしまった。
「そうですね」
 相槌をうったソッフィオーニは、そろりと令嬢の横顔を盗み見る。
 令嬢は家の中でもベールや仮面、眼帯を取りたがらない。それは呪いのせいだと思っていたのだが、そもそも聖品がベールになったのは令嬢たっての希望だったはず。

 家族に素顔を見られたくない──とか。

 考えすぎ、ということもないだろう。けれどそれを聞くのははばかられた。きっとその答えとやらが、アランジュ家のよそよそしい態度と結びついているのだろうから。
「今夜は雲がありませんから、一層星々が煌めいて見えますね」
 ソッフィオーニの言葉に令嬢は首肯する。
「明日また晴れましたら、今度はマントを持ってベランダへ出てみましょうか。窓越しではすこし遠いですものね」
 窓際に立ち微笑むと、令嬢は顔を綻ばせながら「ええ」と言った。

 令嬢が上掛けを被り横になったのを確認してからカーテンに手をかける。窓には星屑が降ったような青白い光が差していた。

「きっと良く似合う。だって──君の瞳の色と同じだろう?」

 あの日の彼が、目を細めながら言う。

──私の瞳は、ここまで煌めいていませんよ。

 幼い日の光景に目を瞑り、ソッフィオーニはカーテンをシャッと引いた。
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