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2. 専属メイドの戸惑い
隠された素顔
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「お嬢様、ソッフィオーニです」
声をかけると、中からビビが扉を開けた。彼女はソッフィオーニと同色のワンピースに真っ白なフリル付きエプロンをしていた。
以前までの彼女であれば、もっと派手なものを主にねだっていただろう。成長を感じる部下に、ソッフィオーニは頬を緩ませる。
「身支度は整いましたか?」
「ええと……ドレスを着るお手伝いはさせてもらったのですが、髪型が定まらなくて」
鏡台の前に佇む主のほうへ視線を向ける。いつもの年齢にそぐわない黒いドレスではなく、スカートがふわりと膨らんだデザインの浅緑のドレスを着ていた。しかし、色は白になっているもののベールは外していない。
「ええ 充分です。後は大丈夫なので、パーティー会場設営の手伝いをお願いします」
とメイドを下がらせる。
髪をいじるにはベールが邪魔だ。しかしそれを外すことをビビは許されていない。というより、外すことを恐れている。
現に、外へ出ろと言われたビビは安堵したようにうなずいた。
髪を整えるにはベールを外す必要があるがそれができない旨を暗に伝える。ここまで気遣いができるようになっているとは、と感心する。
欲を言えばその安心したような表情をしないでほしかったが、それは求めすぎというものだろう。
扉が閉まったのを確認し、ソッフィオーニは鏡台の前に立つ。
「お嬢様、ベールを外しますね」
『ええ お願い』
オルガ嬢の声が震えた。
ソッフィオーニは「大丈夫です」と鏡に映った令嬢に微笑みかける。
「いつも平気でしょう?今日も大丈夫です。それに私の強さはお嬢様が一番よく知っているはずですよ」
令嬢はくすりと微笑む。
『そうね。わたしに躊躇なく手刀を入れられるのはソフィだけだもの』
その日を思い出したのか、令嬢はくすくすと笑った。
「ええ ですから安心して身を委ねてください」
決まりが悪いソッフィオーニは、早口になりながらベールのピンを外していく。
外されたベールの下は、さらに仮面で覆われていた。ベールと同色のアイマスクには小さな宝石が散らされている。そのマスクをさらに外す。
右目は鮮やかなピーコックグリーン、左目は黒眼帯をした少女の素顔が露となる。
まだ齢14の面影を残しつつも、大人びた表情になりつつある。微笑むだけで、そこいらの人間の心を掴んで虜にしてしまうだろう美貌だ。
──けれどこの素顔を知られてはならない。
美形の噂が隣国にまで轟けば、破滅の道をまっしぐらだ。なにせ隣国の第二王子は危険思想の持ち主な上に美姫好きだと噂がある。それが真であることはソッフィオーニがよく知っていた。
(私が隠したい理由はそれだけだ。けれど──)
たとえメイドが懇願せずとも、令嬢は決して素顔を晒そうとしない。家族が集うときは一層素顔が晒されないよう気にされる。
「眼帯も外しますね」
と断りを入れてから、紐を解く。
左目は、かつては右目と同色であった。
しかし令嬢が七つになるとき瞳の色が変化したのだとか。
──呪いの証とも言える、濃く毒々しい紫の瞳。
令嬢が頑なにベールとマスク、さらには眼帯まで着ける理由の一つがこの瞳だ。これらには各々呪いを抑え込む聖力が込められているのだとか。
裏を返せば、これほどの装備をしなければ呪いの力は抑えきれないのだ。初めはベールだけで事足りていた。だが歳を経るにつれ、内側に巣食う力も増していったのだ。
『ソフィ、早くお願いね。適当でいいから』
オルガ嬢の声に焦燥が滲む。
同時に、ぞわりと鳥肌が立つような感覚がソフィの腕をなぞった。
「……お嬢様、恐れるほどに制御ができなくなるのです。厳しいことを申しますが、自制なさってください。それはまだお嬢様の支配下にあります」
『でも』と令嬢は喘ぐ。
ソッフィオーニは「お嬢様」と笑む。
「私を信じてくださいませ。主を裏切るような真似は致しません」
瞳を揺らがせたオルガ嬢は、『どうして』と眉を下げ呟いた。
『どうして、ソフィはわたしの側に居てくれるの。危ない目に遭うかもしれないのに』
疑問をぶつけられたソッフィオーニは「どうして、ですか」と呟き、
「私はいつ死んでもおかしくない状況を生き抜いてきました。それが当たり前であり、私の生きる価値はそういった危険に晒されることでしか発揮できないものだと──……今でも、思っているからでしょうか」
メイドの独り言じみた答えに、オルガ嬢は「そっか」と受け入れた。同時に嫌な感覚がスッと引いていく。
しかし主の受容になぜだか胸に靄が生まれた。じわりと侵食していく感覚にふと顔を上げる。鏡に映る己と目が合う。陽射しが柔らかく窓から差し込み、二人を照らしている。自分の口角が知れずに持ち上がっていたことに今さら気づく。
髪を梳く手を止め、
「……いえ、やはり少しだけ違いますね。以前はそのように考えていましたが、今はお嬢様やアランジュ邸の方々のお傍にいることで暖かな居場所を得たように思っているから、この場所に居続けているのだと思います」
と紡ぐと、心に湧いた靄がさっと薄まったように思えた。
(今は、私が居たくてここに居るんだ)
当初とは違う心持ちがなぜだか嬉しく感じる。
髪を結うメイドを鏡越しに見つめていた令嬢は、
『……それは、嬉しいかも』と微笑んだ。
声をかけると、中からビビが扉を開けた。彼女はソッフィオーニと同色のワンピースに真っ白なフリル付きエプロンをしていた。
以前までの彼女であれば、もっと派手なものを主にねだっていただろう。成長を感じる部下に、ソッフィオーニは頬を緩ませる。
「身支度は整いましたか?」
「ええと……ドレスを着るお手伝いはさせてもらったのですが、髪型が定まらなくて」
鏡台の前に佇む主のほうへ視線を向ける。いつもの年齢にそぐわない黒いドレスではなく、スカートがふわりと膨らんだデザインの浅緑のドレスを着ていた。しかし、色は白になっているもののベールは外していない。
「ええ 充分です。後は大丈夫なので、パーティー会場設営の手伝いをお願いします」
とメイドを下がらせる。
髪をいじるにはベールが邪魔だ。しかしそれを外すことをビビは許されていない。というより、外すことを恐れている。
現に、外へ出ろと言われたビビは安堵したようにうなずいた。
髪を整えるにはベールを外す必要があるがそれができない旨を暗に伝える。ここまで気遣いができるようになっているとは、と感心する。
欲を言えばその安心したような表情をしないでほしかったが、それは求めすぎというものだろう。
扉が閉まったのを確認し、ソッフィオーニは鏡台の前に立つ。
「お嬢様、ベールを外しますね」
『ええ お願い』
オルガ嬢の声が震えた。
ソッフィオーニは「大丈夫です」と鏡に映った令嬢に微笑みかける。
「いつも平気でしょう?今日も大丈夫です。それに私の強さはお嬢様が一番よく知っているはずですよ」
令嬢はくすりと微笑む。
『そうね。わたしに躊躇なく手刀を入れられるのはソフィだけだもの』
その日を思い出したのか、令嬢はくすくすと笑った。
「ええ ですから安心して身を委ねてください」
決まりが悪いソッフィオーニは、早口になりながらベールのピンを外していく。
外されたベールの下は、さらに仮面で覆われていた。ベールと同色のアイマスクには小さな宝石が散らされている。そのマスクをさらに外す。
右目は鮮やかなピーコックグリーン、左目は黒眼帯をした少女の素顔が露となる。
まだ齢14の面影を残しつつも、大人びた表情になりつつある。微笑むだけで、そこいらの人間の心を掴んで虜にしてしまうだろう美貌だ。
──けれどこの素顔を知られてはならない。
美形の噂が隣国にまで轟けば、破滅の道をまっしぐらだ。なにせ隣国の第二王子は危険思想の持ち主な上に美姫好きだと噂がある。それが真であることはソッフィオーニがよく知っていた。
(私が隠したい理由はそれだけだ。けれど──)
たとえメイドが懇願せずとも、令嬢は決して素顔を晒そうとしない。家族が集うときは一層素顔が晒されないよう気にされる。
「眼帯も外しますね」
と断りを入れてから、紐を解く。
左目は、かつては右目と同色であった。
しかし令嬢が七つになるとき瞳の色が変化したのだとか。
──呪いの証とも言える、濃く毒々しい紫の瞳。
令嬢が頑なにベールとマスク、さらには眼帯まで着ける理由の一つがこの瞳だ。これらには各々呪いを抑え込む聖力が込められているのだとか。
裏を返せば、これほどの装備をしなければ呪いの力は抑えきれないのだ。初めはベールだけで事足りていた。だが歳を経るにつれ、内側に巣食う力も増していったのだ。
『ソフィ、早くお願いね。適当でいいから』
オルガ嬢の声に焦燥が滲む。
同時に、ぞわりと鳥肌が立つような感覚がソフィの腕をなぞった。
「……お嬢様、恐れるほどに制御ができなくなるのです。厳しいことを申しますが、自制なさってください。それはまだお嬢様の支配下にあります」
『でも』と令嬢は喘ぐ。
ソッフィオーニは「お嬢様」と笑む。
「私を信じてくださいませ。主を裏切るような真似は致しません」
瞳を揺らがせたオルガ嬢は、『どうして』と眉を下げ呟いた。
『どうして、ソフィはわたしの側に居てくれるの。危ない目に遭うかもしれないのに』
疑問をぶつけられたソッフィオーニは「どうして、ですか」と呟き、
「私はいつ死んでもおかしくない状況を生き抜いてきました。それが当たり前であり、私の生きる価値はそういった危険に晒されることでしか発揮できないものだと──……今でも、思っているからでしょうか」
メイドの独り言じみた答えに、オルガ嬢は「そっか」と受け入れた。同時に嫌な感覚がスッと引いていく。
しかし主の受容になぜだか胸に靄が生まれた。じわりと侵食していく感覚にふと顔を上げる。鏡に映る己と目が合う。陽射しが柔らかく窓から差し込み、二人を照らしている。自分の口角が知れずに持ち上がっていたことに今さら気づく。
髪を梳く手を止め、
「……いえ、やはり少しだけ違いますね。以前はそのように考えていましたが、今はお嬢様やアランジュ邸の方々のお傍にいることで暖かな居場所を得たように思っているから、この場所に居続けているのだと思います」
と紡ぐと、心に湧いた靄がさっと薄まったように思えた。
(今は、私が居たくてここに居るんだ)
当初とは違う心持ちがなぜだか嬉しく感じる。
髪を結うメイドを鏡越しに見つめていた令嬢は、
『……それは、嬉しいかも』と微笑んだ。
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