ダンデリオンの花

木風 麦

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2. 専属メイドの戸惑い

尊厳は大事

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 主の部屋へ戻ると、既に騎士がいた。
 まだ勤務時間前だが、彼は良き上司の元で育ったせいか、時間厳守の精神で遅刻したことがない。
 その騎士と主の距離がやけに近い。あのお嬢様がパーソナルスペースに人がいても拒絶しないなんて稀だ。というか、ソッフィオーニ以外の人間を近づける姿など見た事がなかった。
「!お嬢様、その耳飾りは……」
 ベールの下で鈍く光った見覚えのない耳飾りを見咎めると、騎士が慌てて「私のものです」と名乗り出た。この場合は名乗り出ない方が得策だったろうに、とソッフィオーニは眉を寄せ溜息を吐く。
「主が従者のものを身につけるのはあまり外聞が良くありませんよ」
 それが歳の近い男女なら尚更、「好い仲」だと判断する輩は少なからずいる。
『ごめんなさい。すぐに外すから』
 とオルガ嬢は耳朶に手をかけた。
 その手を止めたのは騎士だった。
「いや、あの……なんていうか、この耳飾りしてると頭がはっきりするだとか。なんとなく体が軽くなるんだとか……」
 ソッフィオーニは怪訝な顔で主へ視線を向ける。オルガ嬢は騎士の言葉を肯定するように何度かうなずいてみせた。
「それは、聖品なのですか?」
 驚きにソッフィオーニの目が丸く見開かれる。少年は「え?」と首を捻る。
「このピアスは母から貰ったものなのでよくわかりませんが、聖品とかそういうものではないかと。だっておれ──じゃなくて私は別に加護とかそういうものは……」
「そうですか」
 期待は薄く、と言い聞かせていたのだが、想像よりもその言葉はソッフィオーニを落胆させた。だが主の体調に変化をもたらしたというのなら、騎士の持っていたピアスが聖品──すなわち天使の加護の力をもつ物品である可能性は高い。
 それならこの少年の母親について調べた方が早そうだ、とソッフィオーニは結論を出す。
「お嬢様のお身体は楽になられたんですね?それならばようございました。しかし、やはり部下の物を身につけることはあまり──」
 一度言葉を切ったメイドは「いえ」と碧眼を見張る。
「ありました。一つ、お嬢様の名誉が傷つかない方法が」
 口角を上げたメイドに見つめられた若い騎士は、一種の予感めいたものに冷や汗を垂らした。


***


──任命式前日。

 オルガ嬢の部屋には、メイドと令嬢、そして不機嫌な騎士が顔を合わせていた。
 騎士は眉をきつく中央に寄せ、出された紅茶を一気に飲み干す。これでもう三杯目だ。
『あの……ごめんなさい。不名誉な噂を作ることになってしまって』
 切り出したのはオルガ嬢だ。
「いえ 言い出したのはこのメイドですから。令嬢に対して憤りはありません」
 睨まれたソッフィオーニは気にした様子もなく、
「私はあくまで提案をしただけです。お嬢様が主体で任命式を執り行い、そのときラヴィール殿がピアスを差し出せばお嬢様の名誉は一切傷つかずにピアスを身につけられます──と申し上げまでです」
「だから、それはオレが令嬢に好意を持っているってアピールする公開告白になるじゃないか!」
 興奮する若輩騎士に対し、ソッフィオーニはしらっと「あらご存知でしたか」と言ってのける。
「ラヴィール殿はおいくつですか?」
 唐突な質問に若騎士は目を逸らしながら、
「……14だ」と応える。
「13でしょう?そんな子どもが、まして平民出身が、そのようなことをすれば笑いものです。しかしそれを優しく包み込むお嬢様──どこに問題が?」
「私が笑いものになるとこですよ」
 ソッフィオーニは「わかっていない」と言いたげに首を左右にやんわり振る。
「騎士ともあろう者がそれを言うとは情けないですね。騎士は主のためなら命をも捧げる……それが美徳なのでしょう?私には理解できませんが」
「説得するなら最後まで頑張ってくださいよ」
 若騎士は疲れた様子で頭を掻き、
「いらない恥をかくことに対して嫌だと言ってるんです。そもそも、元々令嬢のものだとすれば解決なんじゃないんですか」
 メイドは「なにも解決しませんよ」と抑揚なく言う。
「デザインはともかく、素材が安物でしょう?令嬢が身に付けるようなものではありません。アランジュ邸内だけならお咎めなどありませんが、公的なパーティーでは身につけられません。他の貴族の方々がいる前でこのような格好をしていたら舐められますし、なによりアランジュ家はそうした『常識』すらないのかと蔑まれますから」
 若騎士はぐっと言葉を詰まらせた。なにか言い返してやりたいが言葉が出てこない、と表情が語っている。
 よくもここまで感情豊かに生きられるものだ、とソッフィオーニは目をすがめる。
 静かに若騎士のほうへ歩み寄り、背もたれに手をかけた。メイドの長髪が若騎士の肩にかかる。神妙な顔で軽く上体を反らした肩がもう片方の手に捕えられる。
「──これは、未来を変えるために必要なのです。お嬢様には忠誠心をもった従者がいると周りに示す絶好の機会……まさか逃すだなんて、言いませんよね?」
 低められた声が騎士の耳に吹き込まれる。
 メイドはゆっくりと手を放した。その目は笑ってなどおらず、真剣そのものだ。むしろ殺気すら感じさせる。
 立場の低い、かつ実力がメイドよりも劣っていることを既に突きつけられた若騎士の答えなど、あってないようなものだった。
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