95 / 149
story .04 *** 忍び寄る影、崩れ去る日常
scene .22 兄の気持ち
しおりを挟む
「ふぅん……こんな板切れで船に乗れるのね」
ゴトゴトと眠気を誘う規則的なリズムの中、ロロが手形を見ながらそう言った。
「そうよ、ワタシが苦労して入手したのだから感謝しなさい?」
得意気にそう言うヴィオレッタに対して、ロロはそんな言葉は聞こえてないとでもいう様にふいっと横を向く。
ちなみに今は馬車で移動中である。昨日リェフ達との夕食の席で子供も一緒に行くという話をしたところ、リェフが手配してくれたのだ。屋敷までは予定通りヴェロベスティでの移動ではあったが、それからの移動は汽車と馬車。一番ホッとしているのがロルフであるのは言わずもがな、だ。
「とっても綺麗……」
モモが、暗闇の中離れていくモクポルトの街の明かりを眺めながらそう呟く。ロルフとヴィオレッタが屋敷を離れている間、一人で子供たちの世話をしていてくれたのだから無理もないだろう、その瞼は今にも閉じてしまいそうだ。
そんな中、御者台の方から聞き覚えのある声が飛んできた。
「大丈夫だとは思うけど、何かあったらすぐ言うんだぬ」
「はーい!」
「いい返事だぬ!」
返事をするシャルロッテに、御者の声はそう言う。
そう、手配した馬車の御者はウェネであった。というのも、先日出会った日から三日後、つまり今日で汽車の当番を終え帰宅しようとしていたところをリェフに引き留められたそうだった。本来であれば村への帰路方向でないと乗せないところ、ヴィオレッタの知り合いという事で乗せてくれることになったという。
「まさか本人も一緒だとは思わなかったぬ!」
「ワタシも驚いたわ、アナタ働き過ぎじゃない?」
二人は初めそんな会話をしていたが、今日は休んで明日の朝出発にしようというウェネの意見を押し切り夜通し走らせるよう言ったのはヴィオレッタであったりする。
「本当に昔から人使いが荒くて困る姫様だぬ……」
そんなことを言いながらもウェネの表情が楽しそうであったため、誰も反対しなかったのであった。
出発してどれほど経っただろう。乗車してすぐは元気にはしゃいでいたシャルロッテ達も、辺りの暗さと馬車の揺れに眠気を呼ばれたのかすっかり寝息を立て眠っている。
「何か悩み事か?」
ロルフは読んでいた本から目を離すと、眠る皆を起こさないよう小さな声で一人ぼぅっと空を眺め続けているクロンに声をかけた。
「……? あ、いえ……」
誰に掛けられた声であるかわからなかったのか、クロンは少しの間の後そう言った。その顔は普段以上に何かを思いつめているような表情をしている。
「リージアのこともあるしな、この先安全とも限らない。もしついて来るか決めかねているなら素直に言っていいんだからな」
その言葉に、クロンはロルフの隣ですやすやと眠る妹の顔をちらりと見る。
「ロロのことはまぁ、どうにかなるだろ」
「……はい」
クロンの苦笑いに合わせて自身も少し笑うと、ロルフは視線を本に戻した。
そして少しの沈黙の後、クロンがゆっくりと口を開いた。
「あの」
その声に、ロルフは再び視線を本からクロンに移す。
「ん、どうした?」
「あの……僕も、行きます。ロロが行くって言うから」
わざわざ、そう口に出して言う必要があったのだろうか。そう思ってしまうような台詞に、ロルフが少し目を丸くする。
「……そんな理由じゃだめですかね、僕は皆さんの足を引っ張ってしまうでしょうか」
俯きながらそう言うクロンは、膝の上で組んだ手の親指で、反対の手の親指をさすっている。
「あの日の、ロルフさん達について行くって言う前の日の夜、ロロはすごく悩んでました。あの時何を考えているのか、僕にはわからなかったんですけど……あんなに真剣に考えているロロを初めて見て」
ちらりとロロの方へ視線をやると、クロンは言葉を続けた。
「僕だって母が帰ってこない理由を知りたいとは思います。でも、僕にはロロみたいに決断する強さがないから」
そこで言葉を区切ると、クロンは不安そうにロルフを見つめた。
「そんな僕に、ついて行く資格なんてあるんでしょうか。もし母に会えたとして、僕には」
「な、クロン」
ロルフは本を脇へ置くと、真っ直ぐにクロンを見つめた。
「クロンは何のために付いて来ようと思ったんだ?」
「それは……」
答えを探し求めてか、視線を泳がせ続けるクロンにロルフは自身の考えを言い渡す。
「あの時ロロを行かせてやってくれってお父さんに頼んだだろ? その時点でクロン、お前もロロと同じだけの決断をしたって言っていいんじゃないかと思うんだ」
「でも……」
クロンは未だ納得いかない様子で俯いている。そこでロルフは、初めにクロンが口にした言葉を思い出す。クロンは不安なのだろう、ロロにとって自分が必要なのかどうかが。ロロにとって本当は自分が邪魔な存在なのではないかと。
クロンもロロも、お互いがかけがえのない存在であろうことは外側にいる者からすれば明らかであるが、当人たちには気づけないものなのかもしれない。
「これは俺の推測でしかないが」
あの夜にロロとした会話の内容を思い出しつつ、ロルフは怒られないであろう範囲で言葉を選ぶ。
「ロロはきっと、クロンが付いてきてくれると思ってあの決断を下したんじゃないか?」
その言葉を聞いて、クロンはハッとしたように前を向いた。そして、少しだけ考えるように視線を一度下げると、再びロルフの方に視線を向ける。
「父にお願いされたんです。妹を、ロロを頼んだって」
真っ直ぐとロルフを見つめるその瞳には、話し始めた頃の弱さや迷いは見えない。
どうやらクロンは気付いたようだ。「ロロが行くから自分も行く」それが立派な理由になるという事に。
「僕、頑張ります。ロロの事守れるように」
「ああ、よろしくな」
「はい!」
クロンはいつも通りの、いや、いつもよりも少し頼もしい表情ではにかんだ。
ゴトゴトと眠気を誘う規則的なリズムの中、ロロが手形を見ながらそう言った。
「そうよ、ワタシが苦労して入手したのだから感謝しなさい?」
得意気にそう言うヴィオレッタに対して、ロロはそんな言葉は聞こえてないとでもいう様にふいっと横を向く。
ちなみに今は馬車で移動中である。昨日リェフ達との夕食の席で子供も一緒に行くという話をしたところ、リェフが手配してくれたのだ。屋敷までは予定通りヴェロベスティでの移動ではあったが、それからの移動は汽車と馬車。一番ホッとしているのがロルフであるのは言わずもがな、だ。
「とっても綺麗……」
モモが、暗闇の中離れていくモクポルトの街の明かりを眺めながらそう呟く。ロルフとヴィオレッタが屋敷を離れている間、一人で子供たちの世話をしていてくれたのだから無理もないだろう、その瞼は今にも閉じてしまいそうだ。
そんな中、御者台の方から聞き覚えのある声が飛んできた。
「大丈夫だとは思うけど、何かあったらすぐ言うんだぬ」
「はーい!」
「いい返事だぬ!」
返事をするシャルロッテに、御者の声はそう言う。
そう、手配した馬車の御者はウェネであった。というのも、先日出会った日から三日後、つまり今日で汽車の当番を終え帰宅しようとしていたところをリェフに引き留められたそうだった。本来であれば村への帰路方向でないと乗せないところ、ヴィオレッタの知り合いという事で乗せてくれることになったという。
「まさか本人も一緒だとは思わなかったぬ!」
「ワタシも驚いたわ、アナタ働き過ぎじゃない?」
二人は初めそんな会話をしていたが、今日は休んで明日の朝出発にしようというウェネの意見を押し切り夜通し走らせるよう言ったのはヴィオレッタであったりする。
「本当に昔から人使いが荒くて困る姫様だぬ……」
そんなことを言いながらもウェネの表情が楽しそうであったため、誰も反対しなかったのであった。
出発してどれほど経っただろう。乗車してすぐは元気にはしゃいでいたシャルロッテ達も、辺りの暗さと馬車の揺れに眠気を呼ばれたのかすっかり寝息を立て眠っている。
「何か悩み事か?」
ロルフは読んでいた本から目を離すと、眠る皆を起こさないよう小さな声で一人ぼぅっと空を眺め続けているクロンに声をかけた。
「……? あ、いえ……」
誰に掛けられた声であるかわからなかったのか、クロンは少しの間の後そう言った。その顔は普段以上に何かを思いつめているような表情をしている。
「リージアのこともあるしな、この先安全とも限らない。もしついて来るか決めかねているなら素直に言っていいんだからな」
その言葉に、クロンはロルフの隣ですやすやと眠る妹の顔をちらりと見る。
「ロロのことはまぁ、どうにかなるだろ」
「……はい」
クロンの苦笑いに合わせて自身も少し笑うと、ロルフは視線を本に戻した。
そして少しの沈黙の後、クロンがゆっくりと口を開いた。
「あの」
その声に、ロルフは再び視線を本からクロンに移す。
「ん、どうした?」
「あの……僕も、行きます。ロロが行くって言うから」
わざわざ、そう口に出して言う必要があったのだろうか。そう思ってしまうような台詞に、ロルフが少し目を丸くする。
「……そんな理由じゃだめですかね、僕は皆さんの足を引っ張ってしまうでしょうか」
俯きながらそう言うクロンは、膝の上で組んだ手の親指で、反対の手の親指をさすっている。
「あの日の、ロルフさん達について行くって言う前の日の夜、ロロはすごく悩んでました。あの時何を考えているのか、僕にはわからなかったんですけど……あんなに真剣に考えているロロを初めて見て」
ちらりとロロの方へ視線をやると、クロンは言葉を続けた。
「僕だって母が帰ってこない理由を知りたいとは思います。でも、僕にはロロみたいに決断する強さがないから」
そこで言葉を区切ると、クロンは不安そうにロルフを見つめた。
「そんな僕に、ついて行く資格なんてあるんでしょうか。もし母に会えたとして、僕には」
「な、クロン」
ロルフは本を脇へ置くと、真っ直ぐにクロンを見つめた。
「クロンは何のために付いて来ようと思ったんだ?」
「それは……」
答えを探し求めてか、視線を泳がせ続けるクロンにロルフは自身の考えを言い渡す。
「あの時ロロを行かせてやってくれってお父さんに頼んだだろ? その時点でクロン、お前もロロと同じだけの決断をしたって言っていいんじゃないかと思うんだ」
「でも……」
クロンは未だ納得いかない様子で俯いている。そこでロルフは、初めにクロンが口にした言葉を思い出す。クロンは不安なのだろう、ロロにとって自分が必要なのかどうかが。ロロにとって本当は自分が邪魔な存在なのではないかと。
クロンもロロも、お互いがかけがえのない存在であろうことは外側にいる者からすれば明らかであるが、当人たちには気づけないものなのかもしれない。
「これは俺の推測でしかないが」
あの夜にロロとした会話の内容を思い出しつつ、ロルフは怒られないであろう範囲で言葉を選ぶ。
「ロロはきっと、クロンが付いてきてくれると思ってあの決断を下したんじゃないか?」
その言葉を聞いて、クロンはハッとしたように前を向いた。そして、少しだけ考えるように視線を一度下げると、再びロルフの方に視線を向ける。
「父にお願いされたんです。妹を、ロロを頼んだって」
真っ直ぐとロルフを見つめるその瞳には、話し始めた頃の弱さや迷いは見えない。
どうやらクロンは気付いたようだ。「ロロが行くから自分も行く」それが立派な理由になるという事に。
「僕、頑張ります。ロロの事守れるように」
「ああ、よろしくな」
「はい!」
クロンはいつも通りの、いや、いつもよりも少し頼もしい表情ではにかんだ。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜
流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。
偶然にも居合わせてしまったのだ。
学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。
そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。
「君を女性として見ることが出来ない」
幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。
その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。
「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」
大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。
そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。
※
ゆるふわ設定です。
完結しました。
やり直し令嬢の備忘録
西藤島 みや
ファンタジー
レイノルズの悪魔、アイリス・マリアンナ・レイノルズは、皇太子クロードの婚約者レミを拐かし、暴漢に襲わせた罪で塔に幽閉され、呪詛を吐いて死んだ……しかし、その呪詛が余りに強かったのか、10年前へと再び蘇ってしまう。
これを好機に、今度こそレミを追い落とそうと誓うアイリスだが、前とはずいぶん違ってしまい……
王道悪役令嬢もの、どこかで見たようなテンプレ展開です。ちょこちょこ過去アイリスの残酷描写があります。
また、外伝は、ざまあされたレミ嬢視点となりますので、お好みにならないかたは、ご注意のほど、お願いします。
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
騎士団長のお抱え薬師
衣更月
ファンタジー
辺境の町ハノンで暮らすイヴは、四大元素の火、風、水、土の属性から弾かれたハズレ属性、聖属性持ちだ。
聖属性持ちは意外と多く、ハズレ属性と言われるだけあって飽和状態。聖属性持ちの女性は結婚に逃げがちだが、イヴの年齢では結婚はできない。家業があれば良かったのだが、平民で天涯孤独となった身の上である。
後ろ盾は一切なく、自分の身は自分で守らなければならない。
なのに、求人依頼に聖属性は殆ど出ない。
そんな折、獣人の国が聖属性を募集していると話を聞き、出国を決意する。
場所は隣国。
しかもハノンの隣。
迎えに来たのは見上げるほど背の高い美丈夫で、なぜかイヴに威圧的な騎士団長だった。
大きな事件は起きないし、意外と獣人は優しい。なのに、団長だけは怖い。
イヴの団長克服の日々が始まる―ー―。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる