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story .04 *** 忍び寄る影、崩れ去る日常
scene .21 神の涙
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「ねぇ」
「何だ?」
夕食を取った後、ロルフが部屋のバルコニーから村を眺めていると、誰かが声をかけてきた。音もなく部屋に入って来た何者かに内心肝を冷やしかけたロルフだったが、その面持ちが珍しく真剣なものだったためか、声の主であるヴィオレッタの姿が確認できるとすぐに平静を取り戻す。
手形を貰った後、日もかなり傾いてきていたこともあり、リェフは二人に一泊していくことを提案した。ヴィオレッタは早く真相を掴みたいためか初めは少し躊躇っていたが、ロルフの様子を見て諦めるように了承したのだった。
「どう思う、かしら」
ヴィオレッタはロルフの真似をするように自身も手すりに両腕を乗せながら、ロルフの隣に立ちそう言う。
前置きも無く投げかけられた問いに、ロルフは頭を捻った。どう思うって……
「クロンのことか?」
「ちっがうわよ! アナタって本当におバカね」
いつもの調子でキッとロルフを睨むヴィオレッタだったが、すぐに視線を村に戻して「はぁ」と大きな溜息をつく。
「リージアの話よ。本当に色持ちと同じ能力を普通の獣人に付与するなんてことができるのかしら」
色持ち能力の強制付与。昨日の話し合いでも話題になった事項だ。
ロルフの意見としては昨日答えた通り「聞いたことがないため分からない」というものであるが、わざわざ聞きに来たという事はそんな意見を聞きたい訳ではないのだろう。とは言え、実例や実験が行われた事があると本で読んだことはもちろんなく、そんなことを考える者すらいないためか、噂で聞いたこともない。
回答に悩んでいると、痺れを切らしたのかヴィオレッタが口を開いた。
「色持ちがなぜ通常の獣人達と違う力を持っているかは知っているでしょう?」
「まぁ、それ位はな」
ロルフは魔術を中心に先行している研究者だ。魔術に似た力である色持ちの能力についてもある程度の知見はある。
色持ち達は、能力を持たない獣人達とは異なり、“神の涙”と呼ばれる魔石を身体に秘めて生まれてくるという。その魔石は、体内の奥深くに存在するとされ、宿した獣人が生を全うした後に、“魂の運び人”と呼ばれる者達に魂と共に回収されると言われている。――子供向けの絵本やなんかにもよく描かれる神話の一部でもある。
「神の涙に近い力を秘めた魔石を生成することはできるのかしらね」
「難しいだろうな」
ロルフは率直に意見を述べる。
そもそも神の涙が実際に存在するか、という話は置いておいたとして、色持ちが能力を使うのに消費するのが魔力ではないことを考えると、通常の魔石と神の涙とでは性質が全く異なると考えられる。その上、色持ち能力で消費されるとする気力というのは、実際に気力であるか定かでないだけではなく、魔力の様に目に見えるよう計測する事ができないのだ。
そのことから、多くの色持ちの協力があったとしても、神の涙を取り出すことができない限りその構造を見出すことはかなり困難だろう。
「でしょうね。でももし……仮にの話だけれど」
そう前置くと、ヴィオレッタは可能性の一つを指摘した。
「作れないとして、他に入手する方法があるとすれば?」
「……まさか」
「そういう事」
作れないのならば奪い取ればよい、ヴィオレッタはそう言っているのだろう。
だがこのご時世、色持ちを探すというのはかなり難しい事である。魔術どころか科学が発展した今、色持ち能力を使わずとも十分に生活していくことができるため、自身が色持ちである事を知っていたとしても、差別を受ける可能性を考えてそのことを伏せ生活しているものも多い。ロルフ達六人が全員色持ちであり、それを全員が認知しあっているという状況が奇跡に近いのだ。
――いや、ちょっと待てよ。ロルフは世界図書館で目にした記録を思い出す。
十年程前から数年にわたって相次いだ科学者と色持ちの失踪事件……それらがその計画のために起きた事件だとしたら?
「心当たりは有りそうね」
仮説に仮説を重ねるというのはロルフの性格としてあまり好めないことではあるが、状況からして可能性は否定できない。事件で失踪した色持ちは数人ではなく、数十人規模であったはずだ。彼等が皆実験に協力させられていたとすると、神の涙の生成や抽出が成功している可能性は高まって来る。
そして、そんな大掛かりな実験を堂々と遂行しながらも、世間から問題視されない存在があるとすれば……
「科学帝国、って訳か」
「ふふん、やるじゃない」
突飛なようでいて、なかなか筋の通った話だ。
憶測が多く正しいとは言いきれないものの、科学帝国であればそれくらいの事をしかねないという歴史背景も相まって、現在知り得ている情報から推論する限り今の案はかなり濃厚だと言える。
「ま、そういう訳だから」
そこまで話したところで、ヴィオレッタは手をひらひらと振りながら部屋を出て行った。
ロルフはヴィオレッタが来るまで考えていたことを思い出す。ゴルトの無事がわかった今、実のところロルフ達は科学帝国どころか白水の大陸に行く理由すら無くなった訳だが、
「なるほどな……」
神の涙の話はあくまで体裁で、ヴィオレッタはロルフに釘を刺しに来たつもりなのだろう。最後まで手伝え、と。
リェフ達にここまで世話をかけておいて今更ゴルトが帰ってくるのを屋敷でのんびりと待つなんてことは鼻から考えてはいなかったが、目指すべきが本当に科学帝国である場合、生半可な気持ちでいては命を取られかけない。
そこまで考えて、ロルフは村の明るさでいつもよりも霞んだ星空を見つめた。だが、知らないことはいくら考えた所で答えが出る訳もなかった。それよりもまずは明日確実にやってくる帰路の事を考えるべきだろうか。ロルフはまた半日ヴェロベスティで移動しなくてはならないことを思い出すと、少し疲れた様子でいつもより早めに床に就いた。
「何だ?」
夕食を取った後、ロルフが部屋のバルコニーから村を眺めていると、誰かが声をかけてきた。音もなく部屋に入って来た何者かに内心肝を冷やしかけたロルフだったが、その面持ちが珍しく真剣なものだったためか、声の主であるヴィオレッタの姿が確認できるとすぐに平静を取り戻す。
手形を貰った後、日もかなり傾いてきていたこともあり、リェフは二人に一泊していくことを提案した。ヴィオレッタは早く真相を掴みたいためか初めは少し躊躇っていたが、ロルフの様子を見て諦めるように了承したのだった。
「どう思う、かしら」
ヴィオレッタはロルフの真似をするように自身も手すりに両腕を乗せながら、ロルフの隣に立ちそう言う。
前置きも無く投げかけられた問いに、ロルフは頭を捻った。どう思うって……
「クロンのことか?」
「ちっがうわよ! アナタって本当におバカね」
いつもの調子でキッとロルフを睨むヴィオレッタだったが、すぐに視線を村に戻して「はぁ」と大きな溜息をつく。
「リージアの話よ。本当に色持ちと同じ能力を普通の獣人に付与するなんてことができるのかしら」
色持ち能力の強制付与。昨日の話し合いでも話題になった事項だ。
ロルフの意見としては昨日答えた通り「聞いたことがないため分からない」というものであるが、わざわざ聞きに来たという事はそんな意見を聞きたい訳ではないのだろう。とは言え、実例や実験が行われた事があると本で読んだことはもちろんなく、そんなことを考える者すらいないためか、噂で聞いたこともない。
回答に悩んでいると、痺れを切らしたのかヴィオレッタが口を開いた。
「色持ちがなぜ通常の獣人達と違う力を持っているかは知っているでしょう?」
「まぁ、それ位はな」
ロルフは魔術を中心に先行している研究者だ。魔術に似た力である色持ちの能力についてもある程度の知見はある。
色持ち達は、能力を持たない獣人達とは異なり、“神の涙”と呼ばれる魔石を身体に秘めて生まれてくるという。その魔石は、体内の奥深くに存在するとされ、宿した獣人が生を全うした後に、“魂の運び人”と呼ばれる者達に魂と共に回収されると言われている。――子供向けの絵本やなんかにもよく描かれる神話の一部でもある。
「神の涙に近い力を秘めた魔石を生成することはできるのかしらね」
「難しいだろうな」
ロルフは率直に意見を述べる。
そもそも神の涙が実際に存在するか、という話は置いておいたとして、色持ちが能力を使うのに消費するのが魔力ではないことを考えると、通常の魔石と神の涙とでは性質が全く異なると考えられる。その上、色持ち能力で消費されるとする気力というのは、実際に気力であるか定かでないだけではなく、魔力の様に目に見えるよう計測する事ができないのだ。
そのことから、多くの色持ちの協力があったとしても、神の涙を取り出すことができない限りその構造を見出すことはかなり困難だろう。
「でしょうね。でももし……仮にの話だけれど」
そう前置くと、ヴィオレッタは可能性の一つを指摘した。
「作れないとして、他に入手する方法があるとすれば?」
「……まさか」
「そういう事」
作れないのならば奪い取ればよい、ヴィオレッタはそう言っているのだろう。
だがこのご時世、色持ちを探すというのはかなり難しい事である。魔術どころか科学が発展した今、色持ち能力を使わずとも十分に生活していくことができるため、自身が色持ちである事を知っていたとしても、差別を受ける可能性を考えてそのことを伏せ生活しているものも多い。ロルフ達六人が全員色持ちであり、それを全員が認知しあっているという状況が奇跡に近いのだ。
――いや、ちょっと待てよ。ロルフは世界図書館で目にした記録を思い出す。
十年程前から数年にわたって相次いだ科学者と色持ちの失踪事件……それらがその計画のために起きた事件だとしたら?
「心当たりは有りそうね」
仮説に仮説を重ねるというのはロルフの性格としてあまり好めないことではあるが、状況からして可能性は否定できない。事件で失踪した色持ちは数人ではなく、数十人規模であったはずだ。彼等が皆実験に協力させられていたとすると、神の涙の生成や抽出が成功している可能性は高まって来る。
そして、そんな大掛かりな実験を堂々と遂行しながらも、世間から問題視されない存在があるとすれば……
「科学帝国、って訳か」
「ふふん、やるじゃない」
突飛なようでいて、なかなか筋の通った話だ。
憶測が多く正しいとは言いきれないものの、科学帝国であればそれくらいの事をしかねないという歴史背景も相まって、現在知り得ている情報から推論する限り今の案はかなり濃厚だと言える。
「ま、そういう訳だから」
そこまで話したところで、ヴィオレッタは手をひらひらと振りながら部屋を出て行った。
ロルフはヴィオレッタが来るまで考えていたことを思い出す。ゴルトの無事がわかった今、実のところロルフ達は科学帝国どころか白水の大陸に行く理由すら無くなった訳だが、
「なるほどな……」
神の涙の話はあくまで体裁で、ヴィオレッタはロルフに釘を刺しに来たつもりなのだろう。最後まで手伝え、と。
リェフ達にここまで世話をかけておいて今更ゴルトが帰ってくるのを屋敷でのんびりと待つなんてことは鼻から考えてはいなかったが、目指すべきが本当に科学帝国である場合、生半可な気持ちでいては命を取られかけない。
そこまで考えて、ロルフは村の明るさでいつもよりも霞んだ星空を見つめた。だが、知らないことはいくら考えた所で答えが出る訳もなかった。それよりもまずは明日確実にやってくる帰路の事を考えるべきだろうか。ロルフはまた半日ヴェロベスティで移動しなくてはならないことを思い出すと、少し疲れた様子でいつもより早めに床に就いた。
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