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story .04 *** 忍び寄る影、崩れ去る日常
scene .14 古き日の記憶
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ひと筆で描けるようになっているその形は、簡易的な魔法陣になっているようだった。
「ふぅ……」
全てをなぞり終えると、ロルフは何かを搾取されたような感覚を吐き出すように深く息を吐く。実際に魔力などを吸い取られている訳ではないものの、何かしらのエネルギーを消耗しているのは確かだろう。
少しだけ重くなった体とは裏腹に、魔法陣から広がった光が部屋を明るく照らし出した。そして、先程びくともしなかった本棚が上部に五分の一ほど身を隠していた。
「上だったか……」
思いもしなかった方向に移動した本棚に、思わず言葉が漏れる。
上に引き上げようとしていたら動いていたのだろうか、ロルフはそんなことを思いながら自分の腰下程まで開いた空間を覗き込んだ。
あちら側にも魔法陣からの光が明かりとして届いたのか、室内は明るい。四方を本棚に囲まれ、中央に大きめのテーブルが置いてあるようだった。
「よっ……と」
大人の男性であるロルフが通るには少し低い隙間を、かがむことで通り抜ける。
「ここは……!」
この部屋は、紛れもなく過去に訪れたことのある場所だった。つい最近、ゴルトから鍵を渡された際に思い出した……
「……ん?」
テーブルの方へ近づこうとして、足元に散らばる本の中に千切られた紙のようなものが紛れていることに気づいたロルフは、それを数枚拾い上げた。そして、その紙の正体がわかると、ロルフは何か苦い記憶を思い出したかのように目を閉じた。
――約十七年前、ゴルトはロルフと共に出掛けた先で見つけ連れ帰った一匹の仔犬を、何を思ったか獣人化した。彼はロルフよりも二、三歳程年下の少年の姿となり、ロルフの弟として生活をすることとなった。
数日はぎこちなかった関係も、十日、二十日と寝食を共にしていくうちに段々と打ち解け本当の兄弟のようになっていった。
しかし、彼がこの屋敷に来てから数か月もしないある日。この紙――ロルフの日記帳を読んでしまった少年は、自分の出生にショックを受けたのか、夜中であるにも関わらず屋敷を飛び出した。追いかけられていることに焦ってしまったためか、暗がりで足元が見えなかったためか、詳しい理由はわからない。ロルフが少年に追いついた時にはすでに、彼は崖から転落し掛けていた。
飛び出た木の根を必死で掴む彼の小さな手を、表情を、ロルフは今でも痛い程に覚えている。
そう、ロルフは転落しそうになっている彼を――ブラウを助けてやることができなかったのだ。
「ふぅ……」
気持ちを落ち着かせるように、ロルフは近くの椅子を手繰り寄せ腰を掛ける。
ロルフは自分の手を見つめた。――もしあの時、俺が自分の能力に気づいていたら彼を助けることができたのだろうか。…………いや、考えるのはやめよう。
今はこんな場所で感傷に浸っている場合ではないのだ。それに、当日と翌朝、ゴルトと共に崖下を確認したがブラウの姿は見当たらなかった。もしかしたらどこかへ辿り着き、今は幸せに暮らしているかもしれない。
ロルフは嫌な思い出をかき消すように首を振ると、テーブルの上に置かれたメモを手に取り視線を向けた。
「……ついにそなたにも傾向が現れたか。案ずることはあらぬ。手を添え開けと念じる、ただそれだけじゃ。……?」
その手紙にはゴルトの字でそう書かれていた。
簡潔なのか、無駄な事しか書いていないのか、そのメモを読んでも何を伝えたいのかさっぱり理解できなかったが、恐らく共に置かれているこの本について書いてあるのだろう。
ロルフはメモをテーブルに戻すと、本に視線を移した。これほどに荒らされている室内で、なぜかこのメモと本だけは置かれてから動かされていない様子で、薄っすらと埃をかぶっている。
ロルフはそんな本のタイトルを読み上げる。
「精、霊の……書?」
普段読むことなどほとんどない魔術語で書かれているため定かではないが、この本は恐らく“精霊の書Ⅰ”と題されていた。
「ええ、と」
ロルフはメモに書かれている通り本に手を添え、開け、と念じた。
「………………んな訳ないか」
が、十数秒程経過しても本が開くことはなく、静まり返った室内に少し気恥ずかしくなったロルフの苦笑が僅かに響く。
本を読めばゴルトのメモの意味が分かるかもしれない、そう思ったロルフは本を手に取り軽く叩いた。舞い上がる埃に、ロルフは眉をしかめる。この様子だと、この本はかなり前からこの場所に置かれていたのだろう。テーブルにも、本の置かれていた跡が埃でくっきりと残っている。
「なんだ?」
ロルフが本を開こうと、左手に乗せた本の表紙を右手で持ち上げる。だが、何度やっても本全体が動いてしまい開くことができなかった。
これは、古いがためにページが張り付いてしまった訳ではないだろう。ロルフはつい最近リェフから受け取った開けない本を思い出した。
「どうしてこんなもの……」
開いたところで白紙であろうこの本を、ゴルトはなぜロルフに渡そうとしたのだろうか。
それに、昔から渡すことを想定していたかのような……と、そこまで考えた所で、入口の方からコツコツと木を叩く音が聞こえた。
「ふぅ……」
全てをなぞり終えると、ロルフは何かを搾取されたような感覚を吐き出すように深く息を吐く。実際に魔力などを吸い取られている訳ではないものの、何かしらのエネルギーを消耗しているのは確かだろう。
少しだけ重くなった体とは裏腹に、魔法陣から広がった光が部屋を明るく照らし出した。そして、先程びくともしなかった本棚が上部に五分の一ほど身を隠していた。
「上だったか……」
思いもしなかった方向に移動した本棚に、思わず言葉が漏れる。
上に引き上げようとしていたら動いていたのだろうか、ロルフはそんなことを思いながら自分の腰下程まで開いた空間を覗き込んだ。
あちら側にも魔法陣からの光が明かりとして届いたのか、室内は明るい。四方を本棚に囲まれ、中央に大きめのテーブルが置いてあるようだった。
「よっ……と」
大人の男性であるロルフが通るには少し低い隙間を、かがむことで通り抜ける。
「ここは……!」
この部屋は、紛れもなく過去に訪れたことのある場所だった。つい最近、ゴルトから鍵を渡された際に思い出した……
「……ん?」
テーブルの方へ近づこうとして、足元に散らばる本の中に千切られた紙のようなものが紛れていることに気づいたロルフは、それを数枚拾い上げた。そして、その紙の正体がわかると、ロルフは何か苦い記憶を思い出したかのように目を閉じた。
――約十七年前、ゴルトはロルフと共に出掛けた先で見つけ連れ帰った一匹の仔犬を、何を思ったか獣人化した。彼はロルフよりも二、三歳程年下の少年の姿となり、ロルフの弟として生活をすることとなった。
数日はぎこちなかった関係も、十日、二十日と寝食を共にしていくうちに段々と打ち解け本当の兄弟のようになっていった。
しかし、彼がこの屋敷に来てから数か月もしないある日。この紙――ロルフの日記帳を読んでしまった少年は、自分の出生にショックを受けたのか、夜中であるにも関わらず屋敷を飛び出した。追いかけられていることに焦ってしまったためか、暗がりで足元が見えなかったためか、詳しい理由はわからない。ロルフが少年に追いついた時にはすでに、彼は崖から転落し掛けていた。
飛び出た木の根を必死で掴む彼の小さな手を、表情を、ロルフは今でも痛い程に覚えている。
そう、ロルフは転落しそうになっている彼を――ブラウを助けてやることができなかったのだ。
「ふぅ……」
気持ちを落ち着かせるように、ロルフは近くの椅子を手繰り寄せ腰を掛ける。
ロルフは自分の手を見つめた。――もしあの時、俺が自分の能力に気づいていたら彼を助けることができたのだろうか。…………いや、考えるのはやめよう。
今はこんな場所で感傷に浸っている場合ではないのだ。それに、当日と翌朝、ゴルトと共に崖下を確認したがブラウの姿は見当たらなかった。もしかしたらどこかへ辿り着き、今は幸せに暮らしているかもしれない。
ロルフは嫌な思い出をかき消すように首を振ると、テーブルの上に置かれたメモを手に取り視線を向けた。
「……ついにそなたにも傾向が現れたか。案ずることはあらぬ。手を添え開けと念じる、ただそれだけじゃ。……?」
その手紙にはゴルトの字でそう書かれていた。
簡潔なのか、無駄な事しか書いていないのか、そのメモを読んでも何を伝えたいのかさっぱり理解できなかったが、恐らく共に置かれているこの本について書いてあるのだろう。
ロルフはメモをテーブルに戻すと、本に視線を移した。これほどに荒らされている室内で、なぜかこのメモと本だけは置かれてから動かされていない様子で、薄っすらと埃をかぶっている。
ロルフはそんな本のタイトルを読み上げる。
「精、霊の……書?」
普段読むことなどほとんどない魔術語で書かれているため定かではないが、この本は恐らく“精霊の書Ⅰ”と題されていた。
「ええ、と」
ロルフはメモに書かれている通り本に手を添え、開け、と念じた。
「………………んな訳ないか」
が、十数秒程経過しても本が開くことはなく、静まり返った室内に少し気恥ずかしくなったロルフの苦笑が僅かに響く。
本を読めばゴルトのメモの意味が分かるかもしれない、そう思ったロルフは本を手に取り軽く叩いた。舞い上がる埃に、ロルフは眉をしかめる。この様子だと、この本はかなり前からこの場所に置かれていたのだろう。テーブルにも、本の置かれていた跡が埃でくっきりと残っている。
「なんだ?」
ロルフが本を開こうと、左手に乗せた本の表紙を右手で持ち上げる。だが、何度やっても本全体が動いてしまい開くことができなかった。
これは、古いがためにページが張り付いてしまった訳ではないだろう。ロルフはつい最近リェフから受け取った開けない本を思い出した。
「どうしてこんなもの……」
開いたところで白紙であろうこの本を、ゴルトはなぜロルフに渡そうとしたのだろうか。
それに、昔から渡すことを想定していたかのような……と、そこまで考えた所で、入口の方からコツコツと木を叩く音が聞こえた。
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