黒狼さんと白猫ちゃん

翔李のあ

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story .04 *** 忍び寄る影、崩れ去る日常

scene .7 いつかの記憶

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 そう思うのであれば教えてやればよいのに、誰もがそう思うであろうが、ゴルトは魔術や能力に関して一切助言や手助けをしてはくれない。少なくともロルフにはそうであった。何かモットーや拘りがあるのかもしれないが、そんなものは当時幼かったロルフにとって、いい迷惑だったとしか言えない。
 苦悩しているロロに過去の自分を重ね合わせ苦い顔をしながら、ロルフは少し皮肉を込めてゴルトに問いかける。

「そう言えばどうしたんだ? 急にアイテムの大盤振る舞いなんて。一体どういう風の吹き回しだ?」
「まぁ、よいではないか」

 静かに、ゴルトはそう言うようにロルフの口元に人差し指を立てる。そしてぽつりと「備えがあれば憂いはあらぬからの」そう呟いた。
 シャルロッテの飾りはただの装飾品のようだが、他の面々に渡されたアイテムはどれも高純度の魔石が組み込まれたアイテムの様だった。他人にあまり干渉しないゴルトが初めて出会った人物に物を与えるというのは、このご時世に高価なアイテムを沢山所持しているという事以上に珍しい。それも、不要になった物を押し付けた訳ではなく、個々にあわせて製造されたようなアイテムを、だ。

「あぁそうじゃ」

 ゴルトの言動の意味を考えようとしたロルフの思考を遮るように、ゴルトは何かを閃いたように指をピンと立てた。
 そして考えるような表情をしながら、「そなたにやるものは……」そう言ってから意地悪そうに笑う。

「特に何も無いのぅ」
「あぁ、別にいいよ」

 元々自分は貰うつもりなど無かったロルフは、ゴルトの言葉を軽くいなす。
 そうは言うものの、流れからして自分も何か貰えるのかと少し期待してしまったことはロルフの心の中だけの秘密だ。

「そう言えば」

 今の会話で頼まれた資料の事を思い出したロルフは、自分の魔道ポーチをごそごそとまさぐった。そして、ゴルト用にまとめた紙束を取り出すと、ゴルトへ渡す。

「あぁ……すまぬの」
「それと、これもだな」

 受け取った資料に素直に目を通し始めようとしたゴルトに、ロルフはリェフから預かってきた開かない本を差し出した。
 するとゴルトは、「ほぅ」とそれだけ口にし、本を受け取り観察し始めた。そしてしばらく表紙やら背表紙を撫でまわしたかと思うと、

「あやつも役に立つことがあるものじゃの」

 そう言って満足そうに頷いた。どうやら探している本のうちの一冊だったようだ。
 そんなゴルトの様子に、ロルフは前々から思っていた疑問をぶつける。

「どうしてそんな開かない……白紙の本なんて集めてるんだ?」

 その言葉を聞いたゴルトは、驚いたように目を見開いてロルフの方を見た。
 ――な、なんだ? なにか聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか……ロルフがそう思うと同時に、ゴルトが口を開いた。

「なぜじゃ?」
「……?」

 文脈の読めぬ質問に、ロルフは首を捻る。

「なぜ、白紙だと思った?」

 そんなロルフの様子を見て質問の内容を補足するゴルトは、いつもしないような真剣な表情をしている。
 本の内容が白紙であることが、何かを意味するのだろうか。そう思いつつも、ロルフは本の中身を見た経緯を簡潔に伝える。

「ちょっとばかしハプニングがあって、本が開いたんだ。その時見えたページが白紙だった。……そんなところだな」
「開いた?」

 怪訝そうに眉根を寄せるゴルトに、ロルフは先日リェフの家で起きた騒動の内容を説明した。

「ああ、この本をリェフさんから受け取った後、ライザが本を開こうとしたんだが、あまりにも無理やり引っ張って破きそうだったから取り返そうとしたんだ。その時に取りはぐって落ちた時になぜか開いていた。……そういえば落とす前に光った気もするな」
「ほぅ……」

 話を聞き終えたゴルトは、細めた目でロルフを見定めるように見つめた。暫く目を合わせていたロルフであったが、まるで心を見通すかの様な鋭い視線に、少しの後思わず視線を逸らした。
 するとゴルトは不敵な笑みを浮かべたかと思うと、

「前言撤回じゃ。そなたにはこれをやろう」

 そう言いながら、どこから出したのか、細めの鎖が通された一本の鍵を指にぶら下げロルフの前に差し出した。

「これは?」
「屋敷の地下室の鍵じゃ。中の書物を好きに使用してよいぞ」
「地下の鍵……?」

 ――屋敷に地下なんてあったか……? そう思いながらゴルトの手から鍵を受け取ろうとした瞬間、ロルフの脳裏に、いつか遠い日の記憶がフラッシュバックした。
 沢山の本に囲まれた部屋。大掛かりな陣の中央で眠る白い子猫。何も書かれていない本から浮かび上がる呪文の羅列。
 突風が本棚から多くの本を引きずり出すと共に、部屋中に蔓延する白煙と雷のような光の筋。
 しばらくして煙によって塞がれていた視界が少しずつ晴れると、目前に居たのは先程までの子猫ではなく、きょとんとした表情で座り込む白髪の幼い少女だった。そして、焦った様子で部屋に駆け込んできた女性は、少しの間の後、嬉しそうな柔らかな笑顔で何かを言って自分の頭を優しく撫でた。
 ――どうして“そのこと”に関係する記憶だけぽっかりと抜け落ちていたのだろうか。記憶と共に湧き上がる感情や疑問を処理しようと懸命に頭を働かせようとするが、その度に襲ってくる激しい動悸に、ロルフの視界は少しずつ回転するように狭まっていく。
 ゴルトはふらつくロルフの身体を支えると、優しい口調でこう言った。

「どうやら疲れた様じゃの。何も心配はいらぬ、今はゆっくりとお休み」

 そんなゴルトの声を聞きながら、ロルフはゆっくりと意識を手放した。
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