16 / 149
story .01 *** うさぎと薬草と蛇
scene .7 辣腕術師とその家族
しおりを挟む
「ふぁ……寒い……」
風がモモのショートカットの髪をなびかせる。
「そろそろ戻ろうかな……」
上着を着ているとはいえ、初冬の森から吹いてくる風は、病み上がりのモモには少し冷たかったようだ。
この街に来てから、もう一週間と一日の時が過ぎていた。ゴルト曰く、本来であれば三日程で完治するものだが、モモにはニュンフェが三体憑いているため少し長めの時間を要するとのことだった。
最初はどうなることか、ハラハラしていたモモだったが、ゴルトの腕は確かだった。――少し雑だったような気もするけれど……話を聞きながら、繊細であるはずの陣を雑に書きなぐっていくゴルトの様子を思い出し、ふるふると首を横に振る。
「帰ろっか」モモが元気を取り戻したニュンフェ達の入ったポケットに向かって話しかけると、後ろから聞きなれた男性の声がした。
「もう体調は大丈夫そうなのか?」
「あ、はい、おかげさまで大分気分は良くなりました」
モモがくるっと振り返りながら言うと、買い物帰りなのか、いくつか荷物を抱えたロルフが少し心配そうにモモを見ていた。
「そういえば、ゴルトさんは……?」
「多分だが、今日の夕方には戻るんじゃないかと」
ゴルトは三日前から外出していた。先日保護した、少年を襲った動物についてロルフとあれこれ話した後、どこへ行くなどと言って出て行ったのだが、モモにはよくわからなかった。シャルロッテの頭の上にも「?」が浮かんでいた――というよりほとんど聞いていなかったので、モモも聞き流すことにしたのだ。
「店が心配だよな……帰れるまで時間がかかってすまない」
「あ、それは大丈夫です。ロルフさん達に張り紙をしてきてもらいましたし」
そう、完治するまで一週間はかかるとゴルトに言い渡されたので、ロルフに頼んでお店のドアに「しばらくお休みします」という張り紙をしてきてもらったのだ。常連さんは心配するかもしれないが、帰ってから説明でもすれば大丈夫だろう。
「へくちっ」
少し強い風が吹き、モモは寒かったことを思い出した。
「ああ……引き留めてすまないな。シャルも退屈しているだろうし、早いところ戻ろうか」
ロルフはそう言いながら荷物を下に置き、自分のジャケットをモモに掛ける。さっきまで着ていたロルフの温もりが伝わってきて、じんわり暖かい。モモがお礼の言葉を口にすると、二人は足早にゴルトの店へと戻っていった。
*****
****
***
「ああー! ずるーい! 二人で遊んでたんでしょー!」
モモとロルフが店に戻ると、二人が中に入るが早いか、シャルロッテの怒声が飛んだ。
「私だけ店番させて! ロルフのばかぁー!」
「まぁまぁ落ち着けって……」
ぽかすかとロルフの胸を叩きながら、シャルロッテは自分だけ店番をさせられていた不満をぶつけている。
――ふふ、なんだかやっぱり楽しいな。そんなことを思いながら、ほっこりしたモモが二人を眺めていると、
「モモもそう思わない⁉」
「えっ? あ、うん……」
唐突に質問を投げかけられ、思わず「うん」と答えてしまった。「ほら! モモだってそうだって言ってるー!」と言いながらシャルロッテの文句がヒートアップする。
「あーはいはい」などと言いながら、買ってきた物を片付けるロルフの後を追いかけ、器用にも叩くことを止めないシャルロッテを見ながら――私のせい、かな? とモモが口を開こうとした時だった。
「なんだい、ずいぶん賑やかじゃないか。わしも混ざろうか」
カランというドアベルの音と共にゴルトの嬉しそうな声がした。
「ゴルトー! きいてよぉ!」と話し出したシャルロッテに、帰ってきたばかりのゴルトは「そうかい、そうかい」と相槌を打ちながら笑っている。シャルロッテの追尾から解放されたロルフは「ふぅ……」とため息をついた。
ちなみにゴルトはロルフとシャルロッテの育ての親なのだそうだ。詳しいことは聞きずらかったため質問しなかったが、この何日間か共に過ごして、三人が仲良く暮らしてきたということはよくわかった。ほとんどウサギ族としか関わったことのないモモからすると、種族の違う三人が仲睦まじくしている姿は、感興をそそられる程だった。
――そう、今だって本当の家族みたい。私も久しぶりに両親のところに顔を出そうかな。モモは最近会っていない両親の顔を思い浮かべる。
「そうじゃモモ」
突然ゴルトに話しかけられ、ビクッとモモの背筋が伸びた。いつの間にかシャルロッテの話は終わっていたようだ。
「は、はいっ」
ドキドキしながらゴルトの方へ体を向けると、ゴルトの細く長い指がスッと頬から首を撫でた。
「ひっ……」
「……もう大丈夫そうだの。気分はどうじゃ?」
「あ、え、はい、えとっ……大丈夫です……」
「ふむ」
満足そうに相槌を打つと、ゴルトは部屋の奥へと向かっていく。
「ロルフ、明日にでもモモに街を案内したらどうじゃ? モモはコンメル・フェルシュタットが初めての様だしの」
部屋の入り口で立ち止まり、軽く首をこちらに向けロルフにそう伝えると、部屋の奥へゆるりと消えていった。
「ん……そうだな、モモはどうしたい?」
「ぜ、ぜひっ」
「私も行くー!」
「それじゃあ明日は軽く街案内と店巡りでもするか」
――な、なんだったんだろう……モモは先程ゴルトに撫でられた部分に触れる。そして少し感じた違和感に首を傾ける。
「楽しみだね、モモ!」
「うん、そうだね」
違和感の正体は分からなかった。だが、せっかくの誘いに、とりあえずは明日を楽しもう、そう思うモモであった。
風がモモのショートカットの髪をなびかせる。
「そろそろ戻ろうかな……」
上着を着ているとはいえ、初冬の森から吹いてくる風は、病み上がりのモモには少し冷たかったようだ。
この街に来てから、もう一週間と一日の時が過ぎていた。ゴルト曰く、本来であれば三日程で完治するものだが、モモにはニュンフェが三体憑いているため少し長めの時間を要するとのことだった。
最初はどうなることか、ハラハラしていたモモだったが、ゴルトの腕は確かだった。――少し雑だったような気もするけれど……話を聞きながら、繊細であるはずの陣を雑に書きなぐっていくゴルトの様子を思い出し、ふるふると首を横に振る。
「帰ろっか」モモが元気を取り戻したニュンフェ達の入ったポケットに向かって話しかけると、後ろから聞きなれた男性の声がした。
「もう体調は大丈夫そうなのか?」
「あ、はい、おかげさまで大分気分は良くなりました」
モモがくるっと振り返りながら言うと、買い物帰りなのか、いくつか荷物を抱えたロルフが少し心配そうにモモを見ていた。
「そういえば、ゴルトさんは……?」
「多分だが、今日の夕方には戻るんじゃないかと」
ゴルトは三日前から外出していた。先日保護した、少年を襲った動物についてロルフとあれこれ話した後、どこへ行くなどと言って出て行ったのだが、モモにはよくわからなかった。シャルロッテの頭の上にも「?」が浮かんでいた――というよりほとんど聞いていなかったので、モモも聞き流すことにしたのだ。
「店が心配だよな……帰れるまで時間がかかってすまない」
「あ、それは大丈夫です。ロルフさん達に張り紙をしてきてもらいましたし」
そう、完治するまで一週間はかかるとゴルトに言い渡されたので、ロルフに頼んでお店のドアに「しばらくお休みします」という張り紙をしてきてもらったのだ。常連さんは心配するかもしれないが、帰ってから説明でもすれば大丈夫だろう。
「へくちっ」
少し強い風が吹き、モモは寒かったことを思い出した。
「ああ……引き留めてすまないな。シャルも退屈しているだろうし、早いところ戻ろうか」
ロルフはそう言いながら荷物を下に置き、自分のジャケットをモモに掛ける。さっきまで着ていたロルフの温もりが伝わってきて、じんわり暖かい。モモがお礼の言葉を口にすると、二人は足早にゴルトの店へと戻っていった。
*****
****
***
「ああー! ずるーい! 二人で遊んでたんでしょー!」
モモとロルフが店に戻ると、二人が中に入るが早いか、シャルロッテの怒声が飛んだ。
「私だけ店番させて! ロルフのばかぁー!」
「まぁまぁ落ち着けって……」
ぽかすかとロルフの胸を叩きながら、シャルロッテは自分だけ店番をさせられていた不満をぶつけている。
――ふふ、なんだかやっぱり楽しいな。そんなことを思いながら、ほっこりしたモモが二人を眺めていると、
「モモもそう思わない⁉」
「えっ? あ、うん……」
唐突に質問を投げかけられ、思わず「うん」と答えてしまった。「ほら! モモだってそうだって言ってるー!」と言いながらシャルロッテの文句がヒートアップする。
「あーはいはい」などと言いながら、買ってきた物を片付けるロルフの後を追いかけ、器用にも叩くことを止めないシャルロッテを見ながら――私のせい、かな? とモモが口を開こうとした時だった。
「なんだい、ずいぶん賑やかじゃないか。わしも混ざろうか」
カランというドアベルの音と共にゴルトの嬉しそうな声がした。
「ゴルトー! きいてよぉ!」と話し出したシャルロッテに、帰ってきたばかりのゴルトは「そうかい、そうかい」と相槌を打ちながら笑っている。シャルロッテの追尾から解放されたロルフは「ふぅ……」とため息をついた。
ちなみにゴルトはロルフとシャルロッテの育ての親なのだそうだ。詳しいことは聞きずらかったため質問しなかったが、この何日間か共に過ごして、三人が仲良く暮らしてきたということはよくわかった。ほとんどウサギ族としか関わったことのないモモからすると、種族の違う三人が仲睦まじくしている姿は、感興をそそられる程だった。
――そう、今だって本当の家族みたい。私も久しぶりに両親のところに顔を出そうかな。モモは最近会っていない両親の顔を思い浮かべる。
「そうじゃモモ」
突然ゴルトに話しかけられ、ビクッとモモの背筋が伸びた。いつの間にかシャルロッテの話は終わっていたようだ。
「は、はいっ」
ドキドキしながらゴルトの方へ体を向けると、ゴルトの細く長い指がスッと頬から首を撫でた。
「ひっ……」
「……もう大丈夫そうだの。気分はどうじゃ?」
「あ、え、はい、えとっ……大丈夫です……」
「ふむ」
満足そうに相槌を打つと、ゴルトは部屋の奥へと向かっていく。
「ロルフ、明日にでもモモに街を案内したらどうじゃ? モモはコンメル・フェルシュタットが初めての様だしの」
部屋の入り口で立ち止まり、軽く首をこちらに向けロルフにそう伝えると、部屋の奥へゆるりと消えていった。
「ん……そうだな、モモはどうしたい?」
「ぜ、ぜひっ」
「私も行くー!」
「それじゃあ明日は軽く街案内と店巡りでもするか」
――な、なんだったんだろう……モモは先程ゴルトに撫でられた部分に触れる。そして少し感じた違和感に首を傾ける。
「楽しみだね、モモ!」
「うん、そうだね」
違和感の正体は分からなかった。だが、せっかくの誘いに、とりあえずは明日を楽しもう、そう思うモモであった。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
前世の記憶さん。こんにちは。
満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。
周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。
主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。
恋愛は当分先に入れる予定です。
主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです!
小説になろう様にも掲載しています。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
騎士団長のお抱え薬師
衣更月
ファンタジー
辺境の町ハノンで暮らすイヴは、四大元素の火、風、水、土の属性から弾かれたハズレ属性、聖属性持ちだ。
聖属性持ちは意外と多く、ハズレ属性と言われるだけあって飽和状態。聖属性持ちの女性は結婚に逃げがちだが、イヴの年齢では結婚はできない。家業があれば良かったのだが、平民で天涯孤独となった身の上である。
後ろ盾は一切なく、自分の身は自分で守らなければならない。
なのに、求人依頼に聖属性は殆ど出ない。
そんな折、獣人の国が聖属性を募集していると話を聞き、出国を決意する。
場所は隣国。
しかもハノンの隣。
迎えに来たのは見上げるほど背の高い美丈夫で、なぜかイヴに威圧的な騎士団長だった。
大きな事件は起きないし、意外と獣人は優しい。なのに、団長だけは怖い。
イヴの団長克服の日々が始まる―ー―。
異世界は流されるままに
椎井瑛弥
ファンタジー
貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。
日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。
しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。
これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。
巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる