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第二十三章 火口での攻防

3 『精霊王の証』が使えそうですわ!

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「いくよっ!」

 マリエの声が周囲に響き渡った。

 と同時に、陣の四方に立つアリツェたち精霊使いが、陣中央に向けて各々の精霊術を放つ。

「くっ!」

 アリツェは顔を歪めつつ、眼前の状況を睨みつけた。

 風の精霊術のかまいたちによる突風が吹き荒れ、その風の渦の中を、地の精霊術による細かく鋭い無数の岩石が飛び交う。

 闇の精霊術により精神を冒されて、身動きの取れなくなった哀れな犠牲者は、肉をずたずたに切り裂かれ、断末魔の叫び声を上げつつ、光の精霊術による熱線に焼かれた。

 先ほどまで魔獣だったなにかが、陣の中央に転がっている。

 すさまじい威力だ。精霊使い四人が、全霊素を消費して精霊術を放っているので、当然と言えば当然だが。

 しかし――。

「また、失敗か……」

 ラディムは落胆の声を上げて、剣先で黒い塊を突いた。黒塊はそのまま崩れ落ち、灰になる。
 
「どうにも困ったねぇ。陣の描画と魔獣の誘導は、もう問題なさそうだ。でも、肝心の発動タイミングがこれじゃ、ダメダメだよ」

 マリエは不満げに口をとがらせ、地面を蹴った。

 確かに、魔獣は倒せている。だが、『四属性陣』の効果で屠ったわけではない。各々の精霊術が個別に発動し、魔獣に襲い掛かったにすぎなかった。

 マリエに言わせると、意図した『四属性陣』の威力は、この程度のものではないらしい。

「こんなに微妙なタイミングが要求されるだなんて、なかなか厳しいですわ」

 何度試みても成功しない現状に、アリツェは頭が痛かった。

 ここまで発動条件が繊細であるのならば、実戦で使うには無理があるのではないか。

『四属性陣』の使用を断念すべきか、何度もアリツェたちは話し合った。だが、マリエは必死に食い下がり、今もこうして、先の見えない試みを繰り返していた。

 しかし、そろそろ限界かもしれない。

 余剰地核エネルギーを消費させられる副次効果があるとは言っても、こう連日、霊素が空っぽになるまで精神をすり減らしていては、身が持たない。

「何らかの補助的な手段が必要か? 私たちをリンクできるような、何かを」

 魔獣の死骸を見分しながら、ラディムがつぶやいた。

「使い魔たちに協力してもらえないかしら」

「使い魔を使うのはいいが、具体的にはどうする?」

「うーん……。とりあえず口にしただけで、私にも策はないのよね」

 ラディムの返しに答えられず、クリスティーナは苦笑した。

 もっと考えてから発言を、と言うべき状況ではなかった。たとえ、単なる思い付きでもかまわない。今はとにかく、何か使える手段はないかと意見を出し合い、深めていくべきだろうと、アリツェは思う。

 クリスティーナから出た、使い魔を活用する案を、アリツェなりに考える。

「わたくしたちの肉眼で、マリエさんからの合図を確認して、それから精霊術発動をしております。使い魔を通したところで、今度は使い魔の視覚に頼るだけで、今の一連の流れとそう大差がないような気も致しますわ。各々の使役している使い魔の種族も違いますし、結局は、余計に発動タイミングがずれそうな気も……」

 使い魔の活用も、現状でうまくいくとは思えなかった。

 クリスティーナもあきらめたような顔つきで、「やっぱり、ダメよねぇ……」とぼやいた。

「可能性がありそうな方法は、誰が使っても一定の効果が見込める、何らかのマジックアイテムを使う作戦かなぁ」

 マリエはそう口にすると、陣構築用のマジックアイテム――青の毛糸球を取り出し、手遊びをした。

 マリエの発言を聞くや、ラディムは腕を組み、小首をかしげながら考え込む。

「私たちや使い魔の視覚を通しての精霊術発動では、陣の成功がおぼつかない。なぜなら、生身の生物では、反応に個体差が出るのは避けられないからだ。となると、代わりに非生物的なものの力を借りる方法が、自然な流れという訳か」

「陛下の言うとおりさ。……さて、どんなマジックアイテムがいいかなぁ」

 ラディムの出した答えを聞いて、マリエは嬉しそうに微笑んだ。

「マジックアイテムと言えば、お兄様ですわ。何か妙案はございませんか?」

 アリツェはラディムに顔を向け、じいっと見つめた。

 ラディムは元々、マジックアイテムの研究に熱心に取り組んでいた。使い魔を否定し、無生物の物体を霊素発動の触媒とする『魔術』に、傾倒していたせいだが。

 当時の経験を生かせるラディムが、マジックアイテム作成に最も力を発揮できるだろうと、アリツェは思った。

「そうは言っても、うーん……」

 ラディムは難しい表情を浮かべ、唸り声を上げた。






 その後、ダメで元々で、使い魔を介した陣発動を試みた。だが、やはり失敗に終わる。

 ラディムも適切なマジックアイテムが思い浮かばないようで、『四属性陣』の成功に黄信号がともっていた。

 何度目かの『四属性陣』試行――。

 今回は魔獣なしで、発動タイミングを合わせる練習に特化させていた。

 アリツェたちは四方に散り、各々の精霊術を待機させる。魔獣相手ではないので、傷害性の精霊術は避けた。

「いくよ!」

 マリエの号令の下、アリツェたちは精霊術を放つ。

 と、その時――。

「あっ!」

 アリツェは思わず大声で叫んだ。

「どうした?」

 ラディムから声がかかる。

「もしかしたら、これって」

 アリツェは精霊術を放っているラディムの姿を凝視した。

「一旦、精霊術をとめてっ!」

 マリエが怒鳴り声を上げると、アリツェたちはすぐさま、発動していた精霊術を中断する。

「アリツェちゃん、何か気になる?」

 マリエがアリツェの元に駆け寄ってきた。

 ラディムとクリスティーナも、使い魔を引き連れ、アリツェのそばに歩いてくる。

「お兄様の懐が、精霊術発動と同時に、何か光っていたような……」

 アリツェはラディムの胸元を指さした。

「これか? 『精霊王の証』?」

 ラディムは懐から『精霊王の証』を取り出した。

 アリツェ以外、全員が首をかしげている。今、ラディムの持つ『精霊王の証』には、これといって異常は見られないからだ。

 だが、アリツェは見ていた。陣の発動を試みていた際、『精霊王の証』に、妙な変化が生じていた様子を。

「お兄様、何でもよいので精霊術を、使ってみてもらえませんか?」

 アリツェの提案に、ラディムはうなずいた。傍らに侍るミアを通して、水の精霊術を発動する。

 と、その時。

「うわぁ!?」

 マリエの頓狂な声が響き渡った。
 
「精霊術に反応して、光っているな……。腕輪と違い、単に霊素を込めただけでは反応しない?」

 ラディムは、光輝く自身の『精霊王の証』をまじまじと見つめ、指先で何度か表面を叩いた。

「わずかに振動しているわね。ちょっと貸して?」

 クリスティーナの指摘のとおり、『精霊王の証』は小刻みに震えている。

 ラディムは首から下げていた『精霊王の証』を取り、クリスティーナに渡した。

「って、きゃっ!」

 クリスティーナは突然、悲鳴とともに渡された『精霊王の証』を取り落とした。

 と同時に、クリスティーナの頭上に水の塊が現れ、はじける。

「あぶない! クリスティーナ!」

 アリツェは、即座にクリスティーナに体当たりをした。そのまま二人で、絡み合いながら地面に倒れ込む。

 先ほどまでクリスティーナが立っていた場所は、ラディムの水の精霊術で作られた水の塊によって、びしょびしょに濡れていた。

「び、びっくりしたわ……。でも、今のって」

 クリスティーナは、倒れた拍子に打った頭を片手で抑えつつ、水に濡れた地面を見つめた。

「クリスティーナが『精霊王の証』に触れた途端、お兄様が発動を待機させていた精霊術が、勝手に発動された?」

 アリツェは体を起こし、状況を確認する。

「しかし、私がメダルに触れても、特に問題はなかったぞ?」

 ラディムは首を傾げ、地面に落ちた『精霊王の証』を拾った。

 確かに、クリスティーナが触れる前に、ラディムもメダルに手を触れていた。ラディムが触れても何ともなかったのに、クリスティーナが触れた途端に精霊術が発動された。

 違いは、どこにあるのか。

「今、試しに霊素を込めた状態で触れてみたのよ……。もしかして、メダルが光っている状態で霊素に触れると、発光の原因になっていた精霊術が自動で発動される?」

 クリスティーナはそう口にすると、立ち上がってラディムの隣に移動した。

「ちょっと、試してみるか……」

 ラディムはミアに目配せし、風の精霊具現化を施した。極々低威力の風が発生する精霊術だ。

 精霊術が発動し、待機状態になると、ラディムが右手に持つ『精霊王の証』が輝きだす。

 ラディムは左手に霊素を込めだした。そのまま、霊素を溜めた左の掌で『精霊王の証』に触れる。

 すると、ラディムの外套がふわっと浮き上がった。待機させていた精霊術が、見事発動した証だ。

「うまくいったねぇ……」

 マリエのつぶやきが漏れる。

「この現象を使って、うまく発動タイミングを合わせられませんか?」

 アリツェはラディムたちをぐるっと見まわした。

『精霊王の証』は、霊素に反応して、待機させていた精霊術を発動できる。使いようによっては、各人の精霊術発動タイミングの統合が、可能になるのではないか。

 これまでの課題が一気に解決できると、アリツェは睨んだ。

「それはいいが、このメダル、マリエは持っているのか?」

「『精霊王の証』が転生のキーアイテムになっているんだから、当然、僕も持っているよ」

 ラディムがマリエに顔を向けて確認をすると、マリエはすかさず、腰に下げたポーチから金のメダルを取り出した。

 外見上は、アリツェたち転生者が持つ『精霊王の証』と同一の物だった。ここでマリエが嘘を付くとも思えない。メダルは本物なのだろう。

「全員が指定の精霊術を起動させて、メダルを光らせた状態で待機。そこに、何らかのマジックアイテムで、各メダルに同時に霊素をぶつける。こんなところかしら?」

 クリスティーナの言葉に、アリツェたちは首肯する。

「これなら、完全にタイミングを合わせて、精霊術が発動できそうだな」

 ラディムは光を失った『精霊王の証』を、首から下げ直した。

「お兄様、起動のキーになるマジックアイテム、お願いできますか?」

「作ってみよう」

 制作が難航していた、起動のタイミングを合わせるためのマジックアイテム。その作成にめどが立ち、ラディムは嬉しそうに笑っていた。






「さて、試そうか!」

 マリエの合図とともに、アリツェたちは各々の精霊術を発動し、待機状態にした。

 各人が首から下げている『精霊王の証』が、細かい振動とともに輝きだす。

「いくよっ!」

 マリエは、黄色く色づけられた毛糸の束を取り出し、空に向かって放り投げた。

 宙に浮いた束はすぐさまほどけ、毛糸の先は東西南北の四方向――アリツェたちの立つ場所に向かって伸び始めた。

 やがて伸びた毛糸の先は、地面で青く色づく陣文様に触れる。と同時に、陣自体が発光を始め、その光は次第に精霊使いたちを包み、『精霊王の証』へと光が届いた。

 その瞬間――。

「うわっ!」

「きゃあ!」

 アリツェたちは悲鳴を上げた。

『精霊王の証』の発光が止み、待機状態の各人の精霊術が、一斉に陣の中心点に向かって発動された。各属性の霊素の塊が、陣の中央付近で渦巻き始める。

 一瞬の後、渦巻く巨大な霊素の塊は、一気に地面へと降り注いだ。

 耳をつんざくすさまじい轟音が鳴り響く。もうもうと土煙が舞い上がった。

 アリツェは視界が完全にふさがれる。痛みで思わず目を閉じた。

 しばらく目を閉じたまま、辺りの様子をうかがう。

 しんと静まり返っていた。周囲は静寂に包まれている。

 恐る恐る目を開くと、視界を遮っていた土煙は、すでに消え去っていた。

「こいつはすごいねぇ。予想以上の威力だ」

 マリエは感嘆の声を上げた。

「山の斜面の一部が、えぐれておりますわ」

 アリツェの眼前には、ぽっかりとクレーターが開いている。外傷性の精霊術を使っていないにもかかわらず、この威力だ。

「とりあえず、『四属性陣』は成功だね。威力がすさまじすぎるから、時と場所を選ばないとダメっぽいけれど。ただ、発動できそうであれば、練習も兼ねて積極的に使っていくべきかな。余剰地核エネルギーの消費も兼ねて、ね」

 マリエはウキウキ顔で、早口にまくし立てた。

「陛下。じゃあ、発動用の毛糸束、ある程度の量産をお願いするよ」

 マリエはラディムに顔を向けて、にっこりと微笑む。

「陣描画の毛糸玉との連携を取るだけのアイテムだ。簡単だし、任せてくれ!」

 ラディムは胸を叩き、うなずいた。






 その後、何度か機会を見て、『四属性陣』を放つ。実際に魔獣に対して使ってみれば、骨すら残らず、周囲の地面ごと消滅した。オーバーキルどころの騒ぎではない。

 あまりの威力に、アリツェは背筋が凍る思いだった。悪用はできない、と。

「よし、いくよ!」

 マリエの声が周囲に響き渡った。

 何度目の『四属性陣』だろうか。今回は熊型と猪型の魔獣にぶつけようと、陣発動の準備に入る。

「『四属性陣』発動!」

 マリエは叫び、黄色の毛糸束を天に放った。

 すぐさまマジックアイテムが発動し、『精霊王の証』とリンクされる。

 メダルの輝きが消えると同時に、待機状態の精霊術が発動し、周囲の霊素反応が一気に膨らんだ。

 と、その時――。

「きゃあ!」

 アリツェは悲鳴を上げた。
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