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第二十二章 マリエと名乗る少女とともに

1-1 本物のマリエ様ですか?~前編~

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 マリエは淑女の礼を解き、戸惑いを隠せない様子のラディムを見つめた。

「本物のマリエか、ですか? うーん……そうだとも言えますし、違うとも言えますね」

 口元に手を当てながら、マリエは微笑を浮かべ、こくりと小首をかしげている。

「結局、どっちなのよ!」

 はっきりとしない答えに、クリスティーナがいら立ちを隠さずに怒鳴り声を上げた。

 マリエは笑みを崩さず、顔を真っ赤に染めるクリスティーナへと一瞥を加える。

「色々と、複雑な事情があるんです。……あぁ、やっぱり話しにくいなぁ。ちょっと、言葉遣いを戻させてもらうよ」

 マリエは口元にあてていた手を離すと、今度は後頭部に持っていき、軽く掻いた。

「端的に言えば、君たちの知っているマリエの転生体だね、今の私は」

 とんでもない言葉を、マリエはさも大したこともないような態で、さらりと口にする。

「はぁ!?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。どういう意味だ?」

 クリスティーナは素っ頓狂な声を上げ、一方でラディムはますます混乱したのか、頭を抱えている。

「どういう意味って、そのままの意味さ。そこのアリツェちゃんに殺された私は、とある事情で、こうして新たな命として生まれ変わった。かつてのマリエの脳内にあった記憶や人格を、すべて含んだままね」

 突然マリエに指を刺されて、アリツェはびくっと身体を震わせ、目をむいた。

 幼女マリエの言葉を素直に信じるのであれば、彼女はどうやら、かつてのマリエそのものではない。だが、記憶と人格はすべて受け継いでいる。なるほど、確かにマリエの転生体だといえる。

 だが、まだまだ疑問は尽きない。

「先ほどまで、まるでわたくしたちを知らないかのような態度を、取っていらっしゃった理由は?」

 アリツェ自身は認めたくなかったが、悲しいかな、八年前にマリエと一戦を交えた時と今とで、アリツェの容貌はそれほど変わっていない。相変わらずのちんちくりんだ。

 ラディムも双子だけあり、身長はともかく、顔の作りの変化はアリツェと似たり寄ったりだ。はっきりと、童顔だといえる。

 幼女マリエにかつてのマリエの記憶があるのであれば、少なくともラディムとアリツェの顔はわかるはずだ。

「それこそ、簡単な話だよ。さっきの頭痛の瞬間に、君たちの知っているあのマリエとしての記憶を、すべて取り戻した」

 マリエの言葉に、アリツェは「あぁ……」と納得した。なぜなら、アリツェ自身もかつて経験した痛みだったからだ。

 十二歳の誕生日、横見悠太の人格と記憶がよみがえったあの日、アリツェは強烈な頭の痛みに襲われたのだから。

「……ただ、もう一つ別な記憶も一緒に、だけどね」

 ぽつりと続けられたマリエの言葉に、アリツェはハッと息をのんだ。

 別な記憶――。いったい何を意味するのか。

「ラディムでん――陛下は……。あぁ、どうにも言い慣れないので、陛下でなく殿下呼びで勘弁してほしいな。殿下ならおそらく、気になっていたんじゃない? かつてのマリエが、もしかしたら、君たちの世界からの転生者じゃないかって」

 アリツェはどきりとした。思わず、さっと胸の前に片手を置く。

「……そのとおりだ」

 ラディムはピクリと片眉を上げた。

 マリエの指摘は正しい。アリツェも以前、ラディムから聞かされていた。マリエが三人目の転生者である可能性があると。だが後になって、クリスティーナがその三人目の転生者と判明し、この件はうやむやになっていたのだが……。

「そのあたりの事情をご存じということは、やはりあなたも転生者?」

 実際の転生者であるアリツェ、ラディム、クリスティーナ以外に、この世界で転生の事実を知っている者はドミニクくらいだ。それ以外の人間の口から、違う世界からの転生などという話が、出てくるはずもない。

 だが、このマリエの話しぶり……。どう考えても、マリエがアリツェたちと同じ現実世界からの転生者だとしか思えなかった。

「ピンポーン、大当たり。察しがよくて嬉しいよ」

 マリエは手をパンっと叩き、嬉しそうに微笑んだ。

「でも、ちょっとおかしくない? ヴァーツラフは私の転生で終わりだって、言っていたわよ?」

 納得がいかないとばかりに、クリスティーナが横から口を挟む。

 クリスティーナは転生処置がされる直前、このゲーム世界の管理者たるヴァーツラフから、自分が最後の転生者であると聞かされたとアリツェたちに語っていた。そう考えれば、幼女マリエのこの話は、確かにおかしい。

「クリスティーナが聞いた話、別に間違ってなんかいないさ。『本来の』転生対象者は、クリスティーナ――ミリア・パーラヴァが最後で、間違いない」

 マリエはニヤリと口角を上げた。

 この幼女、可愛い顔をしてはいるのだが、なぜだかいちいち採る態度が癇に障る……。

 アリツェは戸惑った。この感覚、以前どこかで感じたような気がしてならない。

「……おい、この話し方にこの態度。なんだか妙な既視感があるんだが」

「あら奇遇ね。私もよ」

「……わたくしもですわ」

 アリツェたちの意見は一致した。

「ばれちゃったかな? ご推察のとおり、マリエの中に転生していたのは、世界の管理者、ヴァーツラフ君でしたー」

 マリエ――ヴァーツラフはバッと両手を広げ、胸を逸らす。

 四人目の転生者はいない。ヴァーツラフの頭の中では、確かにそのとおりなのだろう。ただし、『本来の』転生対象者――もっと言えば、このゲームのテストプレイヤーになる資格を持った者に限っては、と条件が付くが。

 つまりは、ゲーム管理者たるヴァーツラフはテストプレイヤーでもなんでもないので、自らの転生は『本来の』転生対象者の数には入らない例外扱いだと、そのように判断していたに違いない。アリツェたちとヴァーツラフとの間の、至極単純な認識の差に過ぎない話なのだと、アリツェは理解した。

 かつてのマリエの記憶と人格のすべてが受け継がれたという目の前の幼女は、当然ではあるが転生したヴァーツラフの人格も一緒に継承している。今こうして表に現れている人格は、話しぶりからしてかつてのマリエのものではなく、ヴァーツラフのものだと想像がつく。

「何で世界の管理者が、役割を放棄してゲーム内に遊びに来ているんだ。本来の目的は、どうしたんだ?」

 ヴァーツラフは言っていた。ゲームの外から、この世界に生きるNPCたちのAIが、どのように自律進化をしていくのかを、じっくりと観察したいと。

 だが、今の状況はどうだ。ゲームキャラクターの中に転生をしてしまっては、ゲーム外からの観察などできないではないか。

「これもまた、色々と複雑な事情があってねぇ。僕だって最初から、ゲーム内に自ら入り込むつもりなんて、さらさらなかったよ」

 マリエ――ヴァーツラフは頭を振り、大きく嘆息した。

 ということは、今この瞬間に、目の前の幼女の中に転生している状況は、ヴァーツラフにとっても想定外の事態なのだろうか。

「……そもそも、私には信じがたいのだ。かつてマリエに転生していた人格が、ヴァーツラフだったという話自体が、な」

 ラディムはあからさまにうさん臭そうに、目の前のマリエ――ヴァーツラフをじろじろと見つめている。

「なぜだい?」

 ラディムの態度など気にも留めず、マリエ――ヴァーツラフはニタッとした笑みを顔に張り付けた。

 マリエ――ヴァーツラフのこの振る舞い様では、ラディムが不審がるのも無理はない。わざわざ反感を買いそうな態度など採らなければいいのにと、アリツェはため息をつきながら目の前の推移を見守る。

「以前マリエは言っていたぞ。自分の中にある別人格は、女性だって」

 ラディムはどうだと言わんばかりに、びしっと鋭く幼女を指さした。

「むぅ、失礼だなー。僕は、れっきとした女の子だよ。君たちの前で見せたアバターは、僕の個人的趣味で、あえて少年の姿にしていたけれど、ね」

 またまたマリエ――ヴァーツラフはとんでもない事実を口にすると、そのままゲラゲラと声を上げて笑い出した。

 アリツェ――横見悠太がヴァーツラフと初めて対面した時、ゲーム管理者としては似つかわしくない幼い少年の姿に、わずかに違和感を抱いた。だがそれも、こちらの警戒心を解こうと、大人の男性がわざと少年の姿を取っただけなのだろうと思っていたのだが……。

 まさか、男性ですらないとは思いもよらなかった。ヴァーツラフの一人称が、『僕』だったせいもあるが。

「……でしたら、そのヴァーツラフという名も?」

『ヴァーツラフ』は男性名だ。女性であると主張するヴァーツラフの言葉が真実であるならば、真の名前が別にあるはずだと推測できる。

「うん、偽名だねぇ。本名はまぁ、知っても意味がないだろうし、あえては語らないよ。……僕が地球人じゃないとは、以前に話したことがあったよね」

 アリツェはうなずいた。

 当時は単なる戯言と思って聞き流したが、ヴァーツラフが自ら、宇宙人であると口にしていたのは間違いがない。……真実かどうかはわからないが、今は確かめる術もなし、信じるしかないだろう。

 確かに、宇宙人の名前を知ったところで、今現在のアリツェたちにとっては、ヴァーツラフの言葉どおり大した意味はなさそうだ。

「だからね、この世界では、僕のことは見た目どおりの『マリエ』呼びにしてもらえると、嬉しいかなぁ。こんな幼女の成りをしているのに、男性名で呼びかけられるのはさすがに不自然だからねぇ。別に、『ヴァーツラフ』の女性形の『ヴァーツラヴァ』呼びでもいいけれど、『マリエ』のほうが呼びやすいでしょ?」

 マリエ――ヴァーツラフの提案に、アリツェはラディムとうなずきあった。

 単純に音数を考えれば、『マリエ』のほうが呼びかけやすいのは間違いがない。以後も、目の前の幼女を『マリエ』と呼ぼうと決めた。

「じゃあ、次の質問をさせてもらおうかな」

 ラディムは一つ咳ばらいをし、マリエの顔をじっと見つめる。

「かつて、ヴァーツラフとしての記憶を失っていたというのは、本当か? 当時のマリエが、そのように語っていたが」

 ラディムの問いに、マリエはわずかに顔を曇らせた。

 しかし、すぐに元のニタニタ顔に戻り、口を開いた――。
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