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第十九章 説得
5-1 どうにか同意を得ましたわ~前編~
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謁見の間には、昨日と同様に国王、宰相、財務長官の三名の姿があった。他には衛兵が数名控えている。上位貴族の姿は、今日もない。
アリツェはドミニクの後に付き、玉座の前へ進み出た。大理石の床に敷かれた赤の絨毯の上を、音をたてないように歩く。
国王らは静かにアリツェたちの様子を注視している。アリツェはちらりと玉座の様子を見遣るが、国王はこれといった表情を浮かべていないため、その腹の内まではうかがい知れなかった。
玉座の前にたどり着くと、ドミニクとともに、アリツェはゆっくりと膝をついて臣下の礼をとった。
「どうだ、一晩経ったが、考えは変わったか?」
国王の低くくぐもった声が、謁見の間に響き渡った。
「父上、幾晩考えようとも、私たちの結論は変わりません。どうか、大司教討伐の許可を!」
ドミニクは顔を上げ、父王の顔を鋭く見遣りながら、声を張り上げた。
「お願いいたします、陛下!」
アリツェも続いて、声高に訴えた。
大理石で冷やされた空気が、アリツェの肌にべっとりとまとわりついてくる。
しばしの沈黙が、流れた――。
「困ったものだ……」
国王は右手で顎髭を撫でつけながら、重い口を開いた。
やはりというべきか、国王からの色よい返事は、期待できそうもない。
左隣から、ドミニクがゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえた。
今のこの状況下で、ドミニクはいったい何を考えているのだろうか。秘策があると言っていたが、詳細を聞かされていないアリツェには、ドミニクがその秘策をいつ、どのタイミングで披露するのかがまったくわからない。
先ほどから何度か、ドミニクは何かを言いかけようとしては、ぐっと押し黙ってを繰り返している。件の秘策とやらを、今、披露したいのだろうかとアリツェは訝しんだ。
「ドミニク?」
アリツェはドミニクに顔を向けた。
ドミニクは苦笑いを浮かべながら、両拳をぎゅっと握りしめている。しばらく逡巡すると、最後に大きくうなずいた。
「……私の秘めた力を使って、フェイシア王国のために役立たせる機会を、どうかいただけないでしょうか」
ドミニクは父王へ顔を向け、重い口を開いた。
「……どういう意味だ」
国王は顔をさっと曇らせる。
「父上にご心配をおかけしてはいけないと愚考し、お伝えしていなかった事実が一つあります」
ドミニクの声は少し上ずり、震えていた。
「申してみよ」
ドミニクとは反対に、国王の声は一段と低くなった。
「私は……。私は、この身に、異能を、持っております」
ドミニクは言いづらそうに、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
ドミニクの異能――。
二日前に道場で見た、あの『瞬間移動』まがいのドミニクの動きのことだろう。結局あの時は、ドミニクにはぐらかされて能力の詳細までは聞いていない。アリツェが口にした『瞬間移動』に対し、ドミニクは『半分正解』だと答えた。どういった意味なのだろうか。
また、ドミニクはなぜ、実の父に異能を隠していたのだろうか。異能持ちの才能を高く買われ、兄を差し置いて王太子にされる危険性を避けたかったというのが、もっともらしい理由だとアリツェは思うが、果たして、実際のところは――。
「なんだと!?」
ドミニクの告白に、国王は顔をさっと紅潮させて、怒鳴り声をあげた。
隠し事をされていたのが、よほど気にいらなかったのだろうか。ドミニクに向けられる国王の目線は、途端に厳しいものに変化した。
はたから見ているアリツェにも、その国王の眼光から、まるで細剣の切っ先を突き付けるかのような、冷え冷えとした鋭さを感じる。
「カレル・プリンツ前辺境伯の一件で、父上が異能持ちに対して抱いておられる懸念は、私も理解をしております」
ドミニクの言葉に、アリツェはハッとした。
隠し事をされた点に腹を立てているのではなく、ドミニクが異能を持っている事実そのものに、国王は強烈な不快感を抱いている。ドミニクはそう指摘をした。
「しかし、その認識は誤っております! カレル卿の異能が特殊なのであって、異能持ちがすべて、その寿命を削って能力を行使しているわけではないのです!」
ドミニクは立ち上がると、声を張り上げた。
今の話を聞いて、なぜドミニクが秘密にしていたのか、アリツェも理解をした。
国王が絶大な信頼を置いていたカレル前辺境伯は、『祈願』の技能才能の行使による副作用で、その命を散らした。その事実が、国王の異能全般に対するゆがんだ認識を作り出している。ドミニクは、その国王の誤った認識を刺激してはいけないと考え、自身が異能持ちだという事実を、今までひたすらに黙っていたのだろう。
「……お前の話、信じてもよいのか?」
国王はますます目を細め、鋭くドミニクを見据えている。
「カレル卿は能力行使のたびに寝込み、その臥せる日数は、回数を重ねるごとに増えていったと聞いています。ですが、私の能力に関しては、そういった副作用とは無縁です」
国王は「フム……」と呟き、顎に手を置いて目をつむった。
「私の能力は、一日に三回の使用が限度です。ですが、限度回数まで使っても、身体には何らの影響もありません。睡眠をとるまで、能力が使えなくなるだけです」
ドミニクは早口で、一気にまくしたてた。
「お前以外に、その能力について知っておる者はいるのか?」
国王はドミニクとは対照的に、ゆっくりとした口調で問いただす。
ドミニクはちらりとアリツェに目線を寄こすと、「私の、剣の師匠のみです」と答えた。
国王は、「あ奴か……」と口にし、ため息をついた。
ドミニクの剣の師匠と国王は、おそらくは顔見知りなのだろう。王子に付ける武術師範だけあって、下手な人物を選ぶはずもないとアリツェは思った。
「あ奴は何と言っておるのだ? 相談したのだろう、異能を私に告白しようと考えた際に」
「師匠は、何もおっしゃってはくださいませんでした。ただ、その視線から、私の好きにしなさいと言っているように思えました。ですので、こうして私は、父上に事実を告白する勇気をもらえたのです」
国王は頭を振り、「相変わらずだな」とぼやいた。
剣の師匠は、多くを語らないタイプなのだろう。国王も、剣の師匠のそういった性格を、どうやら熟知しているようだ。
「私は、この自分に与えられた天賦の才を、王国のために使いたいのです。次期国王にはアレシュが就きますし、万が一、私に何かがあっても、王国の未来には大きな影響はないでしょう?」
ドミニクは、いずれ臣籍降下して王族を離れる身だ。ドミニクの身に何かがあっても、将来の王位継承に問題が起きるような事態にはならない。ドミニクは王族としては幾分身軽な自身の立場を、精いっぱい活用する腹づもりのようだ。
「それはそうなのだが……。親としては少々、複雑だな」
ドミニクの言葉に、国王は顔をしかめる。
「私を、一人前の王国の男にさせてください!」
国王の煮え切らない態度に、ドミニクは業を煮やしたのだろうか。より一層、声高に叫んだ。
「臣籍降下する前に、王家の人間としての責務を果たしたいのです! 王国を護るという、重大な責務を!」
これまで、ドミニクは王子という立場を前面に押し出したりはせず、精霊教のいち伝道師としての活動に重きを置いていた。だが、ラディムやクリスティーナを間近に見てきて、自身の王子としての地位に、何やら思うところがあったようだ。
「私は、王家の人間の果たすべき責務を、いまだに何も果たせてはいない!」
事あるごとに皇家の責務を口にするラディムや、同盟国への派遣軍の責任者として近衛を率いてきたクリスティーナの姿と、聖職者として王家とは一定の距離を置いているドミニク自身の現状とを比較し、今のままでいいのかと思い悩んでいたのだろう。今この時が、王子としての務めを果たす好機だと、ドミニクは考えているようだった。
「私の能力は、大司教捜索に必ず役に立ちます。精霊使いたちの身の安全を護るための、強力な武器にもなります!」
ドミニクの言葉には、ますます熱がこもっていく。
「どうか! どうか、父上っ!」
そのまま玉座ににじり寄らんばかりに、ドミニクは言葉の勢いを増した。顔をより一層紅潮させ、身体を震わせている。
「お前の熱意はわかった。そう興奮をするな」
国王は両手で押さえるような仕草をとってドミニクを落ち着かせ、「それで結局、お前の異能とは、いったい何なのだ?」と、問いただした。
ドミニクは大きく一つ、息を吐いた。昂った感情を冷まそうとしているのか、何度か首をぐるぐると回している。
再び大きく息をついたところで、ドミニクはぽつりぽつりと自身の異能について語り始めた。
アリツェも気になっていた話なので、一つも聞き洩らさないようにと、意識をドミニクに集中する。
ドミニクの異能は、『瞬間移動』ではなく、ごく短時間の『時間停止』だった。
一.ドミニク以外のすべての時を止める。
二.止める対象は、生物ばかりでなく、無生物も含まれる。
三.止められる時間は、ドミニクの一呼吸の間のみ。
四.『時間停止』を意識したうえで、呼吸を止めれば発動する。
五.呼吸を再開した段階で、停止の効果は消える。
六.発動による副作用はないが、使用できるのは一日三回までで、六時間以上の睡眠をとると、再度使用できるようになる。
ドミニクの話をまとめると、以上だった。
「確かにその力があれば、とっさの際に、精霊使いたちの安全を確保するのに役立つだろうし、大司教の捕縛にも強力な武器となろう」
国王はうなずいた。険しかった表情も、わずかに緩んだ。ドミニクの説明に、ある程度の納得をしたのだろう。
肯定的な返事が国王の口から漏れたことで、「では、父上!」と叫びながら、ドミニクは身を乗り出すように前のめりになった。
「だが、それでもだな……」
国王は緩めた頬を再び締め直し、頭を振った。
「ヤゲル王国やバイアー帝国の動向はどうなのだ。そもそも、ラディム皇帝やクリスティーナ王女の協力がなければ、話は進まないであろう? お前とアリツェの二人旅というのであれば、私は何があろうとも、決して認めはしないぞ」
片眉を上げながら、国王は肩をすくめた。
「でしたら、実際に当人と話をするのはいかがでしょうか?」
アリツェは腕を差し出し、トマーシュの銀の腕輪を国王に示した。
腕輪の特殊効果を使えば、ラディムとなら直接会話ができる。帝国の動向であれば、この場ですぐに確認が可能だ。
「件の腕輪か……。それがあれば、対になる腕輪を持つラディム皇帝と、交信ができると言ったな?」
国王の問いかけに、アリツェは静かに首を縦に振った。
「ここ数日の間は、急に交信の連絡がいくかもしれいないと、兄にはあらかじめ伝えてあります。ですので、今から兄との通信を開こうと思えば、可能な状況でございますわ」
アリツェは少し肩をすくめながら、ニヤリと笑った。
このような事態もあろうかと、アリツェは事前にラディムに話を通していた。準備は無駄にはならなかったと、アリツェは胸をなでおろす。
「……確かに、実際に話をしたほうが、早いかもしれんな」
国王の同意の声が、謁見の間に静かに響き渡った。
アリツェはドミニクの後に付き、玉座の前へ進み出た。大理石の床に敷かれた赤の絨毯の上を、音をたてないように歩く。
国王らは静かにアリツェたちの様子を注視している。アリツェはちらりと玉座の様子を見遣るが、国王はこれといった表情を浮かべていないため、その腹の内まではうかがい知れなかった。
玉座の前にたどり着くと、ドミニクとともに、アリツェはゆっくりと膝をついて臣下の礼をとった。
「どうだ、一晩経ったが、考えは変わったか?」
国王の低くくぐもった声が、謁見の間に響き渡った。
「父上、幾晩考えようとも、私たちの結論は変わりません。どうか、大司教討伐の許可を!」
ドミニクは顔を上げ、父王の顔を鋭く見遣りながら、声を張り上げた。
「お願いいたします、陛下!」
アリツェも続いて、声高に訴えた。
大理石で冷やされた空気が、アリツェの肌にべっとりとまとわりついてくる。
しばしの沈黙が、流れた――。
「困ったものだ……」
国王は右手で顎髭を撫でつけながら、重い口を開いた。
やはりというべきか、国王からの色よい返事は、期待できそうもない。
左隣から、ドミニクがゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえた。
今のこの状況下で、ドミニクはいったい何を考えているのだろうか。秘策があると言っていたが、詳細を聞かされていないアリツェには、ドミニクがその秘策をいつ、どのタイミングで披露するのかがまったくわからない。
先ほどから何度か、ドミニクは何かを言いかけようとしては、ぐっと押し黙ってを繰り返している。件の秘策とやらを、今、披露したいのだろうかとアリツェは訝しんだ。
「ドミニク?」
アリツェはドミニクに顔を向けた。
ドミニクは苦笑いを浮かべながら、両拳をぎゅっと握りしめている。しばらく逡巡すると、最後に大きくうなずいた。
「……私の秘めた力を使って、フェイシア王国のために役立たせる機会を、どうかいただけないでしょうか」
ドミニクは父王へ顔を向け、重い口を開いた。
「……どういう意味だ」
国王は顔をさっと曇らせる。
「父上にご心配をおかけしてはいけないと愚考し、お伝えしていなかった事実が一つあります」
ドミニクの声は少し上ずり、震えていた。
「申してみよ」
ドミニクとは反対に、国王の声は一段と低くなった。
「私は……。私は、この身に、異能を、持っております」
ドミニクは言いづらそうに、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
ドミニクの異能――。
二日前に道場で見た、あの『瞬間移動』まがいのドミニクの動きのことだろう。結局あの時は、ドミニクにはぐらかされて能力の詳細までは聞いていない。アリツェが口にした『瞬間移動』に対し、ドミニクは『半分正解』だと答えた。どういった意味なのだろうか。
また、ドミニクはなぜ、実の父に異能を隠していたのだろうか。異能持ちの才能を高く買われ、兄を差し置いて王太子にされる危険性を避けたかったというのが、もっともらしい理由だとアリツェは思うが、果たして、実際のところは――。
「なんだと!?」
ドミニクの告白に、国王は顔をさっと紅潮させて、怒鳴り声をあげた。
隠し事をされていたのが、よほど気にいらなかったのだろうか。ドミニクに向けられる国王の目線は、途端に厳しいものに変化した。
はたから見ているアリツェにも、その国王の眼光から、まるで細剣の切っ先を突き付けるかのような、冷え冷えとした鋭さを感じる。
「カレル・プリンツ前辺境伯の一件で、父上が異能持ちに対して抱いておられる懸念は、私も理解をしております」
ドミニクの言葉に、アリツェはハッとした。
隠し事をされた点に腹を立てているのではなく、ドミニクが異能を持っている事実そのものに、国王は強烈な不快感を抱いている。ドミニクはそう指摘をした。
「しかし、その認識は誤っております! カレル卿の異能が特殊なのであって、異能持ちがすべて、その寿命を削って能力を行使しているわけではないのです!」
ドミニクは立ち上がると、声を張り上げた。
今の話を聞いて、なぜドミニクが秘密にしていたのか、アリツェも理解をした。
国王が絶大な信頼を置いていたカレル前辺境伯は、『祈願』の技能才能の行使による副作用で、その命を散らした。その事実が、国王の異能全般に対するゆがんだ認識を作り出している。ドミニクは、その国王の誤った認識を刺激してはいけないと考え、自身が異能持ちだという事実を、今までひたすらに黙っていたのだろう。
「……お前の話、信じてもよいのか?」
国王はますます目を細め、鋭くドミニクを見据えている。
「カレル卿は能力行使のたびに寝込み、その臥せる日数は、回数を重ねるごとに増えていったと聞いています。ですが、私の能力に関しては、そういった副作用とは無縁です」
国王は「フム……」と呟き、顎に手を置いて目をつむった。
「私の能力は、一日に三回の使用が限度です。ですが、限度回数まで使っても、身体には何らの影響もありません。睡眠をとるまで、能力が使えなくなるだけです」
ドミニクは早口で、一気にまくしたてた。
「お前以外に、その能力について知っておる者はいるのか?」
国王はドミニクとは対照的に、ゆっくりとした口調で問いただす。
ドミニクはちらりとアリツェに目線を寄こすと、「私の、剣の師匠のみです」と答えた。
国王は、「あ奴か……」と口にし、ため息をついた。
ドミニクの剣の師匠と国王は、おそらくは顔見知りなのだろう。王子に付ける武術師範だけあって、下手な人物を選ぶはずもないとアリツェは思った。
「あ奴は何と言っておるのだ? 相談したのだろう、異能を私に告白しようと考えた際に」
「師匠は、何もおっしゃってはくださいませんでした。ただ、その視線から、私の好きにしなさいと言っているように思えました。ですので、こうして私は、父上に事実を告白する勇気をもらえたのです」
国王は頭を振り、「相変わらずだな」とぼやいた。
剣の師匠は、多くを語らないタイプなのだろう。国王も、剣の師匠のそういった性格を、どうやら熟知しているようだ。
「私は、この自分に与えられた天賦の才を、王国のために使いたいのです。次期国王にはアレシュが就きますし、万が一、私に何かがあっても、王国の未来には大きな影響はないでしょう?」
ドミニクは、いずれ臣籍降下して王族を離れる身だ。ドミニクの身に何かがあっても、将来の王位継承に問題が起きるような事態にはならない。ドミニクは王族としては幾分身軽な自身の立場を、精いっぱい活用する腹づもりのようだ。
「それはそうなのだが……。親としては少々、複雑だな」
ドミニクの言葉に、国王は顔をしかめる。
「私を、一人前の王国の男にさせてください!」
国王の煮え切らない態度に、ドミニクは業を煮やしたのだろうか。より一層、声高に叫んだ。
「臣籍降下する前に、王家の人間としての責務を果たしたいのです! 王国を護るという、重大な責務を!」
これまで、ドミニクは王子という立場を前面に押し出したりはせず、精霊教のいち伝道師としての活動に重きを置いていた。だが、ラディムやクリスティーナを間近に見てきて、自身の王子としての地位に、何やら思うところがあったようだ。
「私は、王家の人間の果たすべき責務を、いまだに何も果たせてはいない!」
事あるごとに皇家の責務を口にするラディムや、同盟国への派遣軍の責任者として近衛を率いてきたクリスティーナの姿と、聖職者として王家とは一定の距離を置いているドミニク自身の現状とを比較し、今のままでいいのかと思い悩んでいたのだろう。今この時が、王子としての務めを果たす好機だと、ドミニクは考えているようだった。
「私の能力は、大司教捜索に必ず役に立ちます。精霊使いたちの身の安全を護るための、強力な武器にもなります!」
ドミニクの言葉には、ますます熱がこもっていく。
「どうか! どうか、父上っ!」
そのまま玉座ににじり寄らんばかりに、ドミニクは言葉の勢いを増した。顔をより一層紅潮させ、身体を震わせている。
「お前の熱意はわかった。そう興奮をするな」
国王は両手で押さえるような仕草をとってドミニクを落ち着かせ、「それで結局、お前の異能とは、いったい何なのだ?」と、問いただした。
ドミニクは大きく一つ、息を吐いた。昂った感情を冷まそうとしているのか、何度か首をぐるぐると回している。
再び大きく息をついたところで、ドミニクはぽつりぽつりと自身の異能について語り始めた。
アリツェも気になっていた話なので、一つも聞き洩らさないようにと、意識をドミニクに集中する。
ドミニクの異能は、『瞬間移動』ではなく、ごく短時間の『時間停止』だった。
一.ドミニク以外のすべての時を止める。
二.止める対象は、生物ばかりでなく、無生物も含まれる。
三.止められる時間は、ドミニクの一呼吸の間のみ。
四.『時間停止』を意識したうえで、呼吸を止めれば発動する。
五.呼吸を再開した段階で、停止の効果は消える。
六.発動による副作用はないが、使用できるのは一日三回までで、六時間以上の睡眠をとると、再度使用できるようになる。
ドミニクの話をまとめると、以上だった。
「確かにその力があれば、とっさの際に、精霊使いたちの安全を確保するのに役立つだろうし、大司教の捕縛にも強力な武器となろう」
国王はうなずいた。険しかった表情も、わずかに緩んだ。ドミニクの説明に、ある程度の納得をしたのだろう。
肯定的な返事が国王の口から漏れたことで、「では、父上!」と叫びながら、ドミニクは身を乗り出すように前のめりになった。
「だが、それでもだな……」
国王は緩めた頬を再び締め直し、頭を振った。
「ヤゲル王国やバイアー帝国の動向はどうなのだ。そもそも、ラディム皇帝やクリスティーナ王女の協力がなければ、話は進まないであろう? お前とアリツェの二人旅というのであれば、私は何があろうとも、決して認めはしないぞ」
片眉を上げながら、国王は肩をすくめた。
「でしたら、実際に当人と話をするのはいかがでしょうか?」
アリツェは腕を差し出し、トマーシュの銀の腕輪を国王に示した。
腕輪の特殊効果を使えば、ラディムとなら直接会話ができる。帝国の動向であれば、この場ですぐに確認が可能だ。
「件の腕輪か……。それがあれば、対になる腕輪を持つラディム皇帝と、交信ができると言ったな?」
国王の問いかけに、アリツェは静かに首を縦に振った。
「ここ数日の間は、急に交信の連絡がいくかもしれいないと、兄にはあらかじめ伝えてあります。ですので、今から兄との通信を開こうと思えば、可能な状況でございますわ」
アリツェは少し肩をすくめながら、ニヤリと笑った。
このような事態もあろうかと、アリツェは事前にラディムに話を通していた。準備は無駄にはならなかったと、アリツェは胸をなでおろす。
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