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第十九章 説得
4-2 ドミニクにおまかせですわ!~後編~
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アリツェは大きく息を吐き、ゆっくりと顔を上げた。
眼前には、複雑な文様がかたどられた巨大な扉が佇んでいる。金箔で豪華に彩られたその扉は、天窓から差し込む陽光に照らされ、眩いばかりに輝いていた。この扉の奥には、フェイシア国王が待っている。
「いよいよだね……」
隣に立つドミニクは、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「緊張しますわ……」
アリツェはドミニクの手を強く握り締めた。ドミニクもぎゅっと握り返してくる。
体に感じる熱は、決して天から降り注ぐ光のせいだけではない。昂る気持ちが、内からアリツェを燃やしている。……喉が、渇く。
「自分の実の父とはいえ、公式の場所で会うのは、やはり精神的にしんどいねぇ」
ドミニクはふぅっと息をつき、目線を扉に向け、一歩前へと進んだ。手を扉に添えると、グイっと押し込む。
扉はその大きさに似合わぬ僅かな軋み音を発しながら、ゆっくりと開いていった。
アリツェはドミニクの後について、謁見の間へと足を踏み入れた。
大理石で作られた謁見の間は、控えの間とは違いひんやりとしている。火照った肌を撫でる冷えた空気が、かえってアリツェの内の熱を一層際立たせた。
素早く目線で周囲を窺うと、正面の玉座にはフェイシア国王が、その左右には王国の宰相と財務長官が控えているのが見えた。本来であれば、国王の謁見に際しては、他の上位貴族も参列するのが通常だった。だが、今日はその姿を見かけない。
多くの上位貴族が居並ぶ謁見の間は、アリツェにとっては思い出したくない悪夢の一つだった。ドミニクの事前の計らいで、会談はごく少数の者のみで行う手はずになっており、国王はその意向をきちんと果たしてくれたようだった。
対帝国戦でアリツェの評判は相当程度回復した。とはいえ、悪役令嬢アリツェを目の当たりにした上位貴族の一部には、いまだにアリツェに対して否定的な目を向ける者もいた。今日はそういった悪意ある視線を避けられるので、アリツェは幾分か肩の荷が下りる思いだった。
「父上、ご無沙汰しております」
ドミニクは玉座の前まで進むと、膝をついて恭しく臣下の礼をとった。アリツェもドミニクに倣う。
「おぉ、ドミニクよ。健勝にしていたか?」
国王は立ち上がり、笑みを浮かべながら両腕を大きく広げた。
「おかげさまで、このとおりでございます」
ドミニクはゆっくりと顔を上げ、父王の姿を注視した。
「アリツェとも協力し、グリューンを、領地を栄え富まそうと、日々努力を続けております」
「引き続き、領の発展に寄与できるよう頑張るのだ」
ドミニクの言葉に国王は満足したのか、大きくうなずいた。
「して、今日はどうしたのだ?」
国王は蓄えた口ひげを撫でつけながら、ドミニクに問うた。
「実は……」
ドミニクは許可を求めに参内した経緯を説明した。
話が進むにつれ、明らかに国王の顔は引きつっていった。あまり好ましい反応には見えない。
ドミニクの説明が終わると、謁見の間はしんと静まり返った。
「……許可できんなぁ」
一瞬の間をおいて、国王のつぶやきが漏れた。
「父上っ!」
父王の言葉に、思わずといった態でドミニクは立ち上がり、声を張り上げた。
「お前もわかっていたのだろう? 私が許すはずがないと」
国王はため息をつき、頭を振った。
「……」
ドミニクはぐっと押し黙り、うつむく。
「しかし陛下。わたくしたちが向かわねば、貴重な腕輪の入手機会を失ってしまいかねませんわ」
ドミニクの劣勢を感じ取り、アリツェは加勢に入った。ここですんなりと引き下がるわけにはいかない、と。
「そうはいってもだな、アリツェよ……」
国王は視線をドミニクからアリツェに移し、苦笑を浮かべた。
「我が王国には、お前の持つその腕輪がすでにある。唯一無二の実力を持つ精霊使いであるお前の身を、危険にさらしたくはない。新たな腕輪を欲する動機が、王国にはないのだよ」
「大司教をこのまま野放しにはできませんわ! せっかく安定した世界情勢が、また引っ掻き回されます」
アリツェは立ち上がり、国王の変心を迫った。
だが、国王は変わらず渋い表情を浮かべたままだ。
「父上、もし大司教が腕輪を持っていれば、新たな脅威になりかねないのです。そして、その大司教を追う役目は、現状では精霊使いが最適なのは、誰の目にも明らかでしょう」
ドミニクはうつむいていた顔をあげて、冷静に説得の言葉を紡いだ。だが、その腕は小刻みに震えている。感情を必死で抑え込むかのように。
「……たとえ私が許可をしたところで、ヤゲル王や帝国のムシュカ侯爵が、すんなりと許可を出すとは限らんだろう? ……私は、二人とも許可は出さないと思うのだがな」
国王は大きくため息をついた。
「しかし……」
ドミニクはなおも食い下がろうと、国王を鋭く見据えて口を開いた。
「まぁ、お前たちが納得いかない気持ちもわからないではない。今日は下がり、一晩、もう一度よく考えなさい」
国王はドミニクの言葉を遮り、話は終わったとばかりに衛兵へ目配せをした。
衛兵の退室を促す声に、アリツェとドミニクはすごすごとその場を後にした。
宿の部屋に戻り、アリツェはソファーへ崩れ落ちた。
「ドミニクのおっしゃっていたとおりの展開になりましたわ……」
半ば覚悟していたとはいえ、予想どおりの国王の反応に、アリツェは失望を禁じえなかった。
「参ったなぁ。父上も頑固なところがあるし、こうと決めたらなかなか意見を変えてくださらないぞ」
ドミニクは頭を掻きながら、窓際に置かれた照明に火を入れた。薄暗い室内を、ほのかに赤い光が照らす。
「陛下は精霊術の威力を、間近でご覧になっていらっしゃいません。大司教一派を野放しにして、再び魔術による悪だくみをされる事の重大さを、正しく認識なされていないのでしょう。王国軍を編成して追討に出ようという動きもありませんし」
アリツェはソファーのひじ掛けにもたれかかり、大きく息を吐きだした。
いくら報告で、精霊術の威力に関して正しい情報を耳に入れていたとしても、霊素に免疫のないこの世界の大人たちにとっては、どうにも実感に乏しいようだった。精霊術の確かな認識を知らしめるまでには、まだまだ骨が折れそうだとアリツェは悩ましく感じた。
「軍の編成作業の困難さにぶち当たってさえいれば、精霊使いでの少数行動が理にかなっていると、すぐにもわかるはずなんだけれどねぇ」
ドミニクはアリツェの隣に腰を下ろし、後頭部で腕を組みつつ背もたれに寄りかかった。天井を見上げながら、「どうしたものかなぁ」と呟く。
「事前に、叔父様に相談しておくべきでしたわ」
強力な援軍を用意しておくべきだったと、アリツェは後悔していた。
今次の戦争で、アリツェの叔父であるフェルディナント・プリンツ辺境伯は、国王からの大いなる信頼を得ていた。そのフェルディナントからの助言があれば、もっと違った結論を国王から引き出せたのではないかと、いまさらながらアリツェは思った。
「確かに、フェルディナント卿であれば、精霊術の真価を十分に知っていらっしゃる。卿経由での父上説得も、できたかもしれないね」
ドミニクも同意の言葉を口にし、大きくため息をついた。
「今から叔父様へ渡りをつけようと思っても、時間が足りませんわね……」
新たな説得材料として、フェルディナントの助勢が得られれば、この上ない力となるのは間違いない。だが、王都プラガから辺境伯領のオーミュッツまでの物理的な距離が、アリツェたちの上に重くのしかかる。フェルディナントがプラガまで来るには、伝書鳩でのオーミュッツへの連絡と、高速馬車でのオーミュッツからプラガまでの道のりで、合計二週間弱はかかる。どう考えても、時間が足りない。
「さて、説得材料がなくなってしまいましたわ。いったいどうすればよいのでしょうか……」
妙案が浮かばない。ふつふつとこみ上げる焦りに、アリツェは頭を抱えた。
「このままでは、ラディムとクリスティーナの二人旅になってしまう。さすがに二人だけじゃ厳しいだろう」
ドミニクも弱々し気に頭を振った。
ラディムとクリスティーナは、二人とも当代きっての精霊使いではある。だが、大司教側の戦力が未知数なのが問題だった。山中での大規模精霊術の展開は、場所によっては難しい場合が想定される。二人旅では、多勢に無勢で返り討ちに遭う危険性が高い。
「この機会を逃しては、大司教側に起死回生の好機を与えてしまいますわ。絶対に、わたくしたちも同行しなければなりません!」
アリツェは身を起こし、手を強く握りしめた。
なかなか展望は開けない。だが、あきらめるわけにはいかない。たびたび夢に見る、ラディムに討たれて崩れ落ちる皇帝ベルナルドの姿。言外に託された思いを、なんとしても果たさなければならない。帝国動乱の諸悪の根源は、決して見過ごせない。アリツェも、ギーゼブレヒト皇家とは決して無関係ではないのだから。
「……事ここに至っては、ボクも腹を決めないといけないかな」
ドミニクは立ち上がると、意味深な言葉を口にした。その表情は険しい。
「ドミニク?」
アリツェは訝しみながら、ドミニクの顔を見上げた。
「アリツェ、ボクはちょっと所用があって出るよ。就寝までには戻るから」
アリツェにやさしく笑いかけると、ドミニクはソファーを離れて部屋の入口へ向かった。
「わたくしも同行いたしましょうか?」
アリツェはドミニクの背中に声をかけた。
ドミニクのどこか愁いを帯びた笑顔に、不安が募る。ドミニクは何やら重大な決断を下しに行くのではないか。アリツェはそう考えると、いてもたってもいられなかった。
「すまない、できれば一人にさせてほしい。ちょっと師匠に相談が、ね」
ドミニクはドアの取っ手に手をかけながらアリツェへ振り返ると、申し訳なさげに拒絶した。
「正直申しまして、心配です。心配ですが、わたくしはあなたを信じておりますわ。おとなしく、宿で待っております」
後ろ髪を引かれる思いはあったが、ドミニクのはっきりとした拒絶の言葉に、アリツェは素直に従おうと決めた。アリツェの助けが必要なときには、ドミニクはきっとアリツェを頼ってくれる。そう信じられるからこそ、この場で無理に引き留める気は起らなかった。
ドミニクは結局、就寝の直前に宿へ戻ってきた。アリツェは話を聞き出そうとしたものの、明日の朝が早いという理由で、ドミニクは何も語ってはくれなかった。
翌朝、アリツェとドミニクは、再び王宮の謁見の間へと赴いた。
「さて、再び陛下と見えるわけですが」
妙案もないまま、こうして二度目の謁見に臨む状況を迎えた。ドミニクは何やら秘策を引っ提げてきたのか、昨夜とはうって変わって、どこか吹っ切れたような表情を浮かべている。
「奥の手を用意してきた。これでダメだったら、どうしようもないね」
ニヤリと笑うドミニクに、アリツェは一抹の不安を覚える。
「奥の手、ですか? もしかして、昨日のドミニクとお師匠様の一件、ですの?」
昨晩、ドミニクは剣の師匠と会って、いったい何を話してきたのだろうか。その話の内容が、国王に対する説得の切り札にでもなるのだろうか。
詳しい話を聞くことができないまま、こうして控えの間までやって来た。これからの展開が読めないため、アリツェは少々居心地が悪く感じた。
「まぁ、そんなところさ」
ドミニクは片目をつむり、腰に下げた剣の柄を軽く叩いた。
「さて、と。はたして、鬼が出るか蛇が出るか……」
小声でつぶやきながら、ドミニクは謁見の間の扉に手をかけた。
眼前には、複雑な文様がかたどられた巨大な扉が佇んでいる。金箔で豪華に彩られたその扉は、天窓から差し込む陽光に照らされ、眩いばかりに輝いていた。この扉の奥には、フェイシア国王が待っている。
「いよいよだね……」
隣に立つドミニクは、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「緊張しますわ……」
アリツェはドミニクの手を強く握り締めた。ドミニクもぎゅっと握り返してくる。
体に感じる熱は、決して天から降り注ぐ光のせいだけではない。昂る気持ちが、内からアリツェを燃やしている。……喉が、渇く。
「自分の実の父とはいえ、公式の場所で会うのは、やはり精神的にしんどいねぇ」
ドミニクはふぅっと息をつき、目線を扉に向け、一歩前へと進んだ。手を扉に添えると、グイっと押し込む。
扉はその大きさに似合わぬ僅かな軋み音を発しながら、ゆっくりと開いていった。
アリツェはドミニクの後について、謁見の間へと足を踏み入れた。
大理石で作られた謁見の間は、控えの間とは違いひんやりとしている。火照った肌を撫でる冷えた空気が、かえってアリツェの内の熱を一層際立たせた。
素早く目線で周囲を窺うと、正面の玉座にはフェイシア国王が、その左右には王国の宰相と財務長官が控えているのが見えた。本来であれば、国王の謁見に際しては、他の上位貴族も参列するのが通常だった。だが、今日はその姿を見かけない。
多くの上位貴族が居並ぶ謁見の間は、アリツェにとっては思い出したくない悪夢の一つだった。ドミニクの事前の計らいで、会談はごく少数の者のみで行う手はずになっており、国王はその意向をきちんと果たしてくれたようだった。
対帝国戦でアリツェの評判は相当程度回復した。とはいえ、悪役令嬢アリツェを目の当たりにした上位貴族の一部には、いまだにアリツェに対して否定的な目を向ける者もいた。今日はそういった悪意ある視線を避けられるので、アリツェは幾分か肩の荷が下りる思いだった。
「父上、ご無沙汰しております」
ドミニクは玉座の前まで進むと、膝をついて恭しく臣下の礼をとった。アリツェもドミニクに倣う。
「おぉ、ドミニクよ。健勝にしていたか?」
国王は立ち上がり、笑みを浮かべながら両腕を大きく広げた。
「おかげさまで、このとおりでございます」
ドミニクはゆっくりと顔を上げ、父王の姿を注視した。
「アリツェとも協力し、グリューンを、領地を栄え富まそうと、日々努力を続けております」
「引き続き、領の発展に寄与できるよう頑張るのだ」
ドミニクの言葉に国王は満足したのか、大きくうなずいた。
「して、今日はどうしたのだ?」
国王は蓄えた口ひげを撫でつけながら、ドミニクに問うた。
「実は……」
ドミニクは許可を求めに参内した経緯を説明した。
話が進むにつれ、明らかに国王の顔は引きつっていった。あまり好ましい反応には見えない。
ドミニクの説明が終わると、謁見の間はしんと静まり返った。
「……許可できんなぁ」
一瞬の間をおいて、国王のつぶやきが漏れた。
「父上っ!」
父王の言葉に、思わずといった態でドミニクは立ち上がり、声を張り上げた。
「お前もわかっていたのだろう? 私が許すはずがないと」
国王はため息をつき、頭を振った。
「……」
ドミニクはぐっと押し黙り、うつむく。
「しかし陛下。わたくしたちが向かわねば、貴重な腕輪の入手機会を失ってしまいかねませんわ」
ドミニクの劣勢を感じ取り、アリツェは加勢に入った。ここですんなりと引き下がるわけにはいかない、と。
「そうはいってもだな、アリツェよ……」
国王は視線をドミニクからアリツェに移し、苦笑を浮かべた。
「我が王国には、お前の持つその腕輪がすでにある。唯一無二の実力を持つ精霊使いであるお前の身を、危険にさらしたくはない。新たな腕輪を欲する動機が、王国にはないのだよ」
「大司教をこのまま野放しにはできませんわ! せっかく安定した世界情勢が、また引っ掻き回されます」
アリツェは立ち上がり、国王の変心を迫った。
だが、国王は変わらず渋い表情を浮かべたままだ。
「父上、もし大司教が腕輪を持っていれば、新たな脅威になりかねないのです。そして、その大司教を追う役目は、現状では精霊使いが最適なのは、誰の目にも明らかでしょう」
ドミニクはうつむいていた顔をあげて、冷静に説得の言葉を紡いだ。だが、その腕は小刻みに震えている。感情を必死で抑え込むかのように。
「……たとえ私が許可をしたところで、ヤゲル王や帝国のムシュカ侯爵が、すんなりと許可を出すとは限らんだろう? ……私は、二人とも許可は出さないと思うのだがな」
国王は大きくため息をついた。
「しかし……」
ドミニクはなおも食い下がろうと、国王を鋭く見据えて口を開いた。
「まぁ、お前たちが納得いかない気持ちもわからないではない。今日は下がり、一晩、もう一度よく考えなさい」
国王はドミニクの言葉を遮り、話は終わったとばかりに衛兵へ目配せをした。
衛兵の退室を促す声に、アリツェとドミニクはすごすごとその場を後にした。
宿の部屋に戻り、アリツェはソファーへ崩れ落ちた。
「ドミニクのおっしゃっていたとおりの展開になりましたわ……」
半ば覚悟していたとはいえ、予想どおりの国王の反応に、アリツェは失望を禁じえなかった。
「参ったなぁ。父上も頑固なところがあるし、こうと決めたらなかなか意見を変えてくださらないぞ」
ドミニクは頭を掻きながら、窓際に置かれた照明に火を入れた。薄暗い室内を、ほのかに赤い光が照らす。
「陛下は精霊術の威力を、間近でご覧になっていらっしゃいません。大司教一派を野放しにして、再び魔術による悪だくみをされる事の重大さを、正しく認識なされていないのでしょう。王国軍を編成して追討に出ようという動きもありませんし」
アリツェはソファーのひじ掛けにもたれかかり、大きく息を吐きだした。
いくら報告で、精霊術の威力に関して正しい情報を耳に入れていたとしても、霊素に免疫のないこの世界の大人たちにとっては、どうにも実感に乏しいようだった。精霊術の確かな認識を知らしめるまでには、まだまだ骨が折れそうだとアリツェは悩ましく感じた。
「軍の編成作業の困難さにぶち当たってさえいれば、精霊使いでの少数行動が理にかなっていると、すぐにもわかるはずなんだけれどねぇ」
ドミニクはアリツェの隣に腰を下ろし、後頭部で腕を組みつつ背もたれに寄りかかった。天井を見上げながら、「どうしたものかなぁ」と呟く。
「事前に、叔父様に相談しておくべきでしたわ」
強力な援軍を用意しておくべきだったと、アリツェは後悔していた。
今次の戦争で、アリツェの叔父であるフェルディナント・プリンツ辺境伯は、国王からの大いなる信頼を得ていた。そのフェルディナントからの助言があれば、もっと違った結論を国王から引き出せたのではないかと、いまさらながらアリツェは思った。
「確かに、フェルディナント卿であれば、精霊術の真価を十分に知っていらっしゃる。卿経由での父上説得も、できたかもしれないね」
ドミニクも同意の言葉を口にし、大きくため息をついた。
「今から叔父様へ渡りをつけようと思っても、時間が足りませんわね……」
新たな説得材料として、フェルディナントの助勢が得られれば、この上ない力となるのは間違いない。だが、王都プラガから辺境伯領のオーミュッツまでの物理的な距離が、アリツェたちの上に重くのしかかる。フェルディナントがプラガまで来るには、伝書鳩でのオーミュッツへの連絡と、高速馬車でのオーミュッツからプラガまでの道のりで、合計二週間弱はかかる。どう考えても、時間が足りない。
「さて、説得材料がなくなってしまいましたわ。いったいどうすればよいのでしょうか……」
妙案が浮かばない。ふつふつとこみ上げる焦りに、アリツェは頭を抱えた。
「このままでは、ラディムとクリスティーナの二人旅になってしまう。さすがに二人だけじゃ厳しいだろう」
ドミニクも弱々し気に頭を振った。
ラディムとクリスティーナは、二人とも当代きっての精霊使いではある。だが、大司教側の戦力が未知数なのが問題だった。山中での大規模精霊術の展開は、場所によっては難しい場合が想定される。二人旅では、多勢に無勢で返り討ちに遭う危険性が高い。
「この機会を逃しては、大司教側に起死回生の好機を与えてしまいますわ。絶対に、わたくしたちも同行しなければなりません!」
アリツェは身を起こし、手を強く握りしめた。
なかなか展望は開けない。だが、あきらめるわけにはいかない。たびたび夢に見る、ラディムに討たれて崩れ落ちる皇帝ベルナルドの姿。言外に託された思いを、なんとしても果たさなければならない。帝国動乱の諸悪の根源は、決して見過ごせない。アリツェも、ギーゼブレヒト皇家とは決して無関係ではないのだから。
「……事ここに至っては、ボクも腹を決めないといけないかな」
ドミニクは立ち上がると、意味深な言葉を口にした。その表情は険しい。
「ドミニク?」
アリツェは訝しみながら、ドミニクの顔を見上げた。
「アリツェ、ボクはちょっと所用があって出るよ。就寝までには戻るから」
アリツェにやさしく笑いかけると、ドミニクはソファーを離れて部屋の入口へ向かった。
「わたくしも同行いたしましょうか?」
アリツェはドミニクの背中に声をかけた。
ドミニクのどこか愁いを帯びた笑顔に、不安が募る。ドミニクは何やら重大な決断を下しに行くのではないか。アリツェはそう考えると、いてもたってもいられなかった。
「すまない、できれば一人にさせてほしい。ちょっと師匠に相談が、ね」
ドミニクはドアの取っ手に手をかけながらアリツェへ振り返ると、申し訳なさげに拒絶した。
「正直申しまして、心配です。心配ですが、わたくしはあなたを信じておりますわ。おとなしく、宿で待っております」
後ろ髪を引かれる思いはあったが、ドミニクのはっきりとした拒絶の言葉に、アリツェは素直に従おうと決めた。アリツェの助けが必要なときには、ドミニクはきっとアリツェを頼ってくれる。そう信じられるからこそ、この場で無理に引き留める気は起らなかった。
ドミニクは結局、就寝の直前に宿へ戻ってきた。アリツェは話を聞き出そうとしたものの、明日の朝が早いという理由で、ドミニクは何も語ってはくれなかった。
翌朝、アリツェとドミニクは、再び王宮の謁見の間へと赴いた。
「さて、再び陛下と見えるわけですが」
妙案もないまま、こうして二度目の謁見に臨む状況を迎えた。ドミニクは何やら秘策を引っ提げてきたのか、昨夜とはうって変わって、どこか吹っ切れたような表情を浮かべている。
「奥の手を用意してきた。これでダメだったら、どうしようもないね」
ニヤリと笑うドミニクに、アリツェは一抹の不安を覚える。
「奥の手、ですか? もしかして、昨日のドミニクとお師匠様の一件、ですの?」
昨晩、ドミニクは剣の師匠と会って、いったい何を話してきたのだろうか。その話の内容が、国王に対する説得の切り札にでもなるのだろうか。
詳しい話を聞くことができないまま、こうして控えの間までやって来た。これからの展開が読めないため、アリツェは少々居心地が悪く感じた。
「まぁ、そんなところさ」
ドミニクは片目をつむり、腰に下げた剣の柄を軽く叩いた。
「さて、と。はたして、鬼が出るか蛇が出るか……」
小声でつぶやきながら、ドミニクは謁見の間の扉に手をかけた。
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何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
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