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第十八章 帝都決戦

4 ザハリアーシュの最期ですわ

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 翌日、街門を確保した反皇帝軍は、一気に帝都ミュニホフ内へとなだれ込んだ。

 アリツェはこの日も、上空から精霊術で支援に回った。だが、昨日とは違い、この日は総大将のラディムが前線に出張っている。特にラディム周辺の敵兵に対し、暴風と目つぶしでかく乱を行った。

「導師部隊は私が引き受ける! お前たちは先行し、他の一般兵の相手をしろ!」

 地上で近衛部隊を率いるラディムの怒声が響き渡った。

 ラディムは街門と皇宮との中間地点、ギーゼブレヒト大通り上にある大きな噴水広場前で、騎乗する使い魔のラースの動きを止めた。広い噴水広場前は、精霊術を使うには適した場所だ。ラディムは大規模精霊術を行使して、導師部隊の関心を惹き付ける算段のようだ。

 一方で、近衛兵たちはラディムの指示に従い、ミュニホフ中央を縫うギーゼブレヒト大通りを皇宮に向けて進み始め、そうはさせじと対峙する帝国軍の部隊と交戦に入った。

「お兄様は今、ギーゼブレヒト大通り上の噴水広場ですわね。このまま、導師部隊と接触するつもりでしょうか」

 魔術による攻撃を一手に引き受け、導師部隊の狙いを完全にラディム一人に集中させる。たしかにそのようにすれば、一般兵の数で勝る反皇帝軍が、戦況を有利に進められるのは間違いがない。だが、ラディムに万が一があってはいけない。ラディムの死イコール反皇帝軍の敗北だ。ここで無理をさせるわけにもいかなかった。

「どうする、アリツェ。ラディムにこのまま突っ込ませるのか?」

「いいえ、今のお兄様に何かがあってはいけませんし、わたくしたちで先制攻撃をいたしましょう」

 ドミニクの確認の声に、アリツェは頭を振った。

 導師部隊の気を惹くのは、ラディムではなくアリツェが行うべきだ。ラディムが大規模精霊術の準備をする前に、機先を制しアリツェが大規模精霊術を導師部隊に放てば、ラディムばかりに魔術攻撃が集中する事態にはならないだろう。

「何度か交戦をしているから、こっちの手の内は知られているよね。妙案はあるの?」

 ドミニクは訝しんだ声を上げる。

「今までと違って、今日は空から導師部隊を相手にできますわ。そこで、お兄様から預かってきたこれを」

 アリツェは懐から毛糸球を取り出した。マリエが開発した拘束玉だ。ラディムが空いた時間で量産をしており、そのいくつかをアリツェは事前に受け取っていた。

「お、拘束玉かい? なるほど、空からばら撒こうって算段かな」

 ニヤリとドミニクは笑った。

「ご推察のとおりですわ。上空から一方的に攻撃できる利点を、せっかくなので生かしましょう。これならば、わたくし一人でも多数を相手に拘束玉を使えますわ」

 地上から投げつけるのでは、一人で多数を相手にするのは厳しい。だが、空からなら別だ。アリツェ一人でも広範囲に拘束玉をばら撒け、一気に複数の導師を行動不能にできるはずだった。

「身動きを止めてしまえば、あとはラディムに任せても大丈夫だね」

 アリツェによる仕込みはそこまでだ。仕上げはラディムの役割。

「ええ。……ザハリアーシュはお兄様にお任せするべきだと思いますし、わたくしたちはすぐに、正規兵たちの応援へ回りましょう」

 導師部隊と、その中でも特に、指揮官のザハリアーシュとの因縁が深いラディムが、直々に手を下すべきだとアリツェは判断した。






「くそ! こいつはマリエの拘束玉か! よりによって上空からばら撒かれるとはっ」

 ザハリアーシュの罵声が飛んだ。

 アリツェの放った拘束玉で、次々と導師たちは身柄を拘束されていく。地べたに倒れこんだ導師たちは、もはやまな板の上の鯉だ。一切の行動がとれなくなっている。

「ここまでかっ! 私たちの、野望が……」

 ついにザハリアーシュをも拘束し、すでに立っている導師の姿はない。役目は果たしたと、アリツェは再び高度を取り、ラディムとザハリアーシュとの対峙を見守った。ペスに霊素を纏わせ、聴覚を強化して二人の対話に耳を傾ける。

「ザハリアーシュ、年貢の納め時だ」

 ラディムはラースから降り、腰に下げた剣を鞘から引き抜いた。

「くっ、殿下! そこまで育て上げた私を害するので?」

 拘束され地面に転がっているザハリアーシュは、苦々しげにつぶやいた。

「……お前が私をだまそうとしていたと聞いたときは、かなりの衝撃を受けた。だがな、私もこの国を守るべき皇帝一家の人間だ。私利私欲で帝国に害をなそうとしていたお前を、許すわけにはいかない」

 ラディムはゆっくりとザハリアーシュの傍に歩み寄った。放つ言葉は冷たい。

「……第一皇子としての心構えを説いたのは、私でしたからな。確かに、いまさらここでジタバタと抵抗をしても、無駄でしょうな……」

 ザハリアーシュは観念したかのように、大きくため息をついた。

「失望したよ、ザハリアーシュ。お前が邪な思惑を持って、私に近づいただなんてな……」

 ラディムは手に持つ剣の刃を、ザハリアーシュの首元にあてた。

 アリツェはドキリとした。まさか、ラディム自身が手を下すのだろうか……。

「世界再生教こそが、この世界を統べるべきなのですよ。いずれ殿下にもわかる日が来ます。あなたの決断は、きっと帝国に不幸をもたらすでしょうな」

 ザハリアーシュは「ガッハッハ」と豪快に笑い捨て、以後沈黙を貫いた。

 ラディムはいたたまれないといった表情で、押し黙るザハリアーシュの後頭部をにらみつけた。やがて、剣を引き、傍に控える近衛兵に「連れていけっ!」と怒鳴るように指示を送った。






 その晩、陣地に下がったアリツェは、フェルディナントに呼ばれて司令本部を訪れた。

 本部の天幕の中には、フェルディナントとムシュカ伯爵、ラディムが待っていた。

「ザハリアーシュはあの後、斬首されましたか……」

 ザハリアーシュ確保後の顛末をフェルディナントから聞き、アリツェはラディムの精神状態が心配になった。敵対したとはいえ、幼いころから教育係として深くかかわってきた人物だ。冷静でいられるわけがない。

 泣いたのだろうか。横目で盗み見たラディムの目は、赤く染まっていた。

 それに、結局ザハリアーシュからは、トマーシュの持っていた霊素感知用の腕輪の出所について、問い詰められなかった。拘束した際は、とても尋問をできるような状況ではなかったからだ。

 腕輪の真実は気になったが、しかし、今はそれよりもラディムの様子の痛々しさのほうが問題だった。

「さすがに今回の騒ぎの黒幕だ。生かしておくわけにはいかなかったからね」

 ラディムの落ち込み様を見て、フェルディナントは困ったように頭を掻いた。

「下手に世界再生教の大司教と連絡を取られ、何やら罠を張り巡らされてはたまらんからな」

 伯爵は嘆息し、頭を振る。

「……どうしてだ、ザハリアーシュ」

 ラディムは目線も定まらず頭をフラフラとさせながら、呆然と立ち尽くし、力なくつぶやいた。

「お兄様……」

 ラディムの嘆きを思うと、アリツェは胸がふさがる思いだった。
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