上 下
178 / 272
第十六章 王国軍対帝国軍

5 精霊術をお見舞いするのですか?

しおりを挟む
 国境の森の端で、王国軍と帝国軍のにらみ合いが始まった。布陣している戦力はほぼ同数、互いに相手の出方を探る状況になっている。地の利のある王国軍側も導師部隊の動向がいまだつかめていないため、性急な突撃は避けていた。

 結局、冬場の日没の早さも相まって、会戦初日は多少の小競り合いのみで終結した。双方軍を引き、翌日の戦闘の準備に戻っていく。

 アリツェはルゥに指示を出し、日中、上空から霊素反応がないかを警戒していた。森の中も含めて近くにそれらしき反応はなかったので、どうやら現時点では、導師部隊は前線に出てきてはいないようだった。

 翌日以降も同様に、アリツェは油断なく周囲に目を光らせた。だが、結果は変わらない。正規兵同士の会戦も、今のところは一進一退で、どちらが優勢といった判断が付く段階ではなかった。

 優劣のつかない拮抗状態が続き四日が経過したころ、アリツェはフェルディナントに呼ばれ、司令部の天幕を訪れた。

 天幕に入ると、フェルディナントはじめ首脳陣とラディム、ドミニクがいた。戦況が膠着しているためか、やや重苦しい雰囲気が漂っている。

 ドミニクがアリツェに気づき、片手をあげながら微笑みかけてきたので、アリツェもぱっと笑顔で返す。ラディムにも簡単に挨拶を済ませた後、アリツェはフェルディナントへ向き直った。

「アリツェ、悪いね朝早くから」

 フェルディナントがすまなそうに口を開いた。

「今のところ敵軍内に、ザハリアーシュたちの存在は確認できない。悪いが以前話したとおり、一発でかい精霊術をお見舞いしてきてはくれないか?」

 ちらりと話の端に上っていた作戦を、フェルディナントは正式に頼み込んできた。

「承知いたしましたわ。一応このような手段を取れますけれど、どれがよいでしょう?」

 アリツェはいざというときに備え、事前に三つの案を練っていた。

一.風の精霊術による突風で、敵兵を吹き飛ばして陣形を崩す。

二.地の精霊術で地中にいくつか穴を作り、落とし穴とする。落とし穴にはカモフラージュを施し、敵兵が穴の上を通過すると、地面が陥没し穴に落ちるように調整する。

三.光の精霊術による強烈な光で、一時的に敵兵の目を潰し、視覚を遮断する。

「光の精霊術による目くらましがいいかな? 他の二つは、規模によっては地形に影響が出そうだ」

 フェルディナントの懸念も然り、今後の行軍を考えれば、地面が穴だらけになったり、木々が倒壊して道を塞いだりしては面倒だろう。目潰しが一番影響の少ない方法なのは間違いがない。

 アリツェはフェルディナントの意見に同意すると、首を縦に振った。

「では行ってまいりますわ。ドミニク、護衛をお願いいたしますわね」

 フェルディナントに出立の挨拶をすませ、アリツェは傍らに立つドミニクへと向き直る。

「もちろんだよ、ボクのお姫様」

 ドミニクは突然ひざまずくと、アリツェの手を取って甲に口づけをした。

「ちょっ、戦いの前に、おかしな真似は慎んでくださいませ!」

 想定外のドミニクの行動に、アリツェは目を丸くした。触れたドミニクの唇の熱を感じ、アリツェはかあっと全身が火照る。この重苦しい雰囲気の中でのドミニクの奇行に、アリツェは何が何やらと一瞬、頭の中が真っ白になった。

「アリツェ、気負いすぎているよ。緊張で体がこわばっている。もっとリラックス、リラックス」

 ドミニクは立ち上がると、一転しておどけた表情を浮かべた。どうやら、ドミニクなりの冗談で、アリツェの緊張をほぐそうとしたらしい。

「もう、ドミニクったら……。でも、ありがとうございますわ」

 ドミニクの心遣いがアリツェはうれしかった。やり方はともかくとして……。

「アリツェ、くれぐれも無茶はしないでくれ。できればミアとラースも同行させたいのだが……」

 ラディムは言葉を濁した。わずかに居心地の悪そうな、微妙な表情を浮かべている。

「お気遣い感謝ですわ、お兄様。ですが、形式的とはいえお兄様が総大将。絶対の身の安全を図らなければなりませんわ。すでに戦端が開かれた以上、ミアとラースは、常にお傍に侍らせておいてくださいませ」

 正直に言えば、使い魔の協力は欲しい。使える属性が増えれば、それだけ戦略の幅が広がるからだ。だがそれ以上に、今はラディムの身の安全確保が最優先だった。後方の司令部は安全とはいえ、戦場に変わりはない。何があるかわからない以上、使い魔をラディムから引き離す選択肢は絶対に取れなかった。

「ドミニク、妹を頼んだぞ」

「言われるまでもないさ」

 ラディムの鋭い視線に、ドミニクは真剣な眼差しで応えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

団長サマの幼馴染が聖女の座をよこせというので譲ってあげました

毒島醜女
ファンタジー
※某ちゃんねる風創作 『魔力掲示板』 特定の魔法陣を描けば老若男女、貧富の差関係なくアクセスできる掲示板。ビジネスの情報交換、政治の議論、それだけでなく世間話のようなフランクなものまで存在する。 平民レベルの微力な魔力でも打ち込めるものから、貴族クラスの魔力を有するものしか開けないものから多種多様である。勿論そういった身分に関わらずに交流できる掲示板もある。 今日もまた、掲示板は悲喜こもごもに賑わっていた――

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

処理中です...