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第十六章 王国軍対帝国軍

3 戦う覚悟を決めねばなりませんわ

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 対バイアー帝国軍との最前線へ戻ってから、一週間が過ぎようとしていた。

 昼食を終え、アリツェはフェルディナントの指示の下、ドミニク、ルゥを伴い、主に風の精霊術で周囲の哨戒を行った。ザハリアーシュ率いる導師部隊の急襲があってはまずいので、定期的な巡回は欠かせない。

 明確に相手の霊素を感知できるのは、今の王国軍にはアリツェとラディムしかいない。ラディムは総指揮官になっているので身動きが取れない以上、アリツェ一人にかかる負担は大きい。そこで、少しでもかかる負担を軽減すべく、使い魔たちとある程度の分担をした。午後の時間はアリツェとドミニクにルゥ、夜はペスが見回り、深夜から午前中にかけては、ラディムの使い魔のミアとラースが交代で巡回した。

「ふぅ、今日の監視業務はこんなところかしら。特に異常はないですわね」

 巡回コースを回り終えて、アリツェは体をほぐそうとぐっと体を伸ばした。

 ずっと気を張り詰めていたためか、こうして一気に緊張感から解放されれば、自然と喉も渇いてくる。アリツェはドミニクとお茶にしようかと、自身の天幕へと歩を進めた。とその矢先、一人の兵士がアリツェの元へ駆け寄ってきた。伝令の下級兵だ。何事かと話を聞けば、とうとう帝国軍に動きが出たらしい。

「ついに来たか!」

 報告を聞くや、ドミニクは叫んだ。

「ドミニク! わたくしたちも急いでお兄様のお傍に!」

 事態は急速に動くはずだ。急いでラディムやフェルディナントと打ち合わせに入る必要があった。






「アリツェ、ドミニク! 来てくれたか」

 司令部の天幕に入るや、ラディムが両手を広げてアリツェたちを迎え入れた。興奮しているのか、ラディムはうっすらと顔を紅潮させている。

「お兄様、状況はどうなっておりますの?」

「今朝の報告で、帝国軍が国境の森の街道へ進軍を始めたとあった。行軍スピードからいくと、二日後くらいにはこちらの陣の近くまで来るぞ」

 二日――。

 戦に備えてアリツェ自身が準備をしなければならない装備品などは特にない。精霊使いなので、身一つに使い魔さえいれば十分だ。

 しかし、今、アリツェには心の準備が必要だった。戦争ともなれば、最悪、相手の命を奪う可能性がある。しっかりと意識付けをしておかなければ、いざというときに動けなくなる。

 二日もあれば、何とか最後の心の整理を付けられるだろうと、そうアリツェは自身に言い聞かせた。

「では、わたくしとドミニクは当初の予定どおり、お兄様の護衛に努めさせていただきますわ」

 ラディムの死は、王国側の敗北を意味する。帝国に攻め入る最大の大義名分を失ってしまうのだから。なので、アリツェとドミニクに求められている役割は、ラディムの絶対死守だった。

「ああ、頼んだ。……ただ、導師部隊が同行していて、前線をひっかき回されるようなら、応援に行ってもらうかもしれない。その点だけは気に留めておいてくれ」

 ラディムは申し訳なさげに顔を歪めた。

「わかりましたわ!」

 アリツェは大きくうなずいた。

 魔術に対抗できるのは精霊術のみだ。であるならば、導師部隊が出てきたらアリツェが出向くのが一番合理的なのも承知していた。理解はしている、あとはアリツェの気持ちを固めるだけ。殺し合いをやれるだけの覚悟を。

「ボクも了解だ、ラディム」

 ドミニクは腰に下げた剣の柄に手を当てながら、ラディムの目をじっと見つめた。






 打ち合わせ後、アリツェとドミニクは与えられている天幕に戻り、休憩に入った。

「アリツェ、辛くはないかい?」

 ドミニクが疲れた身体をほぐすように、全身の筋肉を伸ばしながら尋ねてきた。

「いいえ、大丈夫ですわ。わたくしも貴族の娘、覚悟くらいできていますわ」

 アリツェはゆっくりと頭を振った。

 貴族として生まれた以上は、その責務を果たさなければいけない。アリツェにはそれだけの能力も与えられている。ここで逃げるわけにはいかなかった。

 ドミニクは立ち上がると、アリツェの傍まで来て座り込んだ。

「ボクの前では、弱音を吐いたっていいんだよ?」

 ドミニクはアリツェの顔を覗き込み、やさしく声をかける。

「いけませんわ、ドミニク! あまりわたくしを甘やかさないでくださいませ!」

 アリツェは慌てて両手を振った。ドミニクの顔が間近に迫り、熱い吐息が顔にかかる。……身体が火照ってくる。

「そうは言うけれど、ボクは君の夫になるんだ。少しはカッコつけさせてほしいな」

 ドミニクはアリツェの頭をやさしく撫でた。

「ふふ、そんなことをしなくたって、わたくしの瞳には、あなただけしか見えていないですわ」

 不本意な悪役令嬢をこなしはした。だが、結果として、アリツェはドミニクに対する気持ちがさらに盛り上がったと自覚している。怪我の功名……なのだろうか。いまさら他の男性の元へなど、行けやしない。

「そういわれると、参ったなぁ……」

「ふふふ」

 赤面しながら頭を掻くドミニクを見て、アリツェは微笑した。

「でも、これから本格的に危険な状況に入る。お互いに何があるかわからない。今だけでも、ボクに甘えてはくれないか?」

 ドミニクは改めてアリツェを見つめると、そのままゆっくりと顔を近づけてきた。

「ドミニク……」

「アリツェ……」

 アリツェは唇に感じたドミニクの熱で、抱いていた不安が消えていくのを感じた。大丈夫、戦えると、アリツェは想いを新たにした。
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