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第十一章 婚約
8 婚約の儀を迎えますわ
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「ドーミーニークーさーまっ!」
屋敷の廊下をドミニクと連れ立って歩いていると、背後からクリスティーナの大声がこだました。
「クリスティーナ様、そんなにくっつかないでください」
クリスティーナは傍のアリツェを跳ね飛ばすと、ドミニクの腕に自分の腕を絡めて密着した。
(ちょ、ちょっと! 何をなさるんですか!)
アリツェは怒鳴りつけたくなる気持ちをどうにか押しとどめた。廊下で声を張り上げるなんて、はしたないと思ったからだ。
「うふふ、いいじゃないですか。私たち、すぐに婚約者になるんですから」
ニコニコと微笑みながら、クリスティーナはドミニクにしな垂れかかった。
(誰が婚約者になるんですか! ドミニクの婚約者はあなたではありませんわ! このわたくしです!)
アリツェの脳内では、怒りの声が鳴り響いている。アリツェは精いっぱいの怒気を込めて、クリスティーナをにらみつけた。
だが、クリスティーナはドミニクしか視界に入れていないようで、アリツェの態度にはまったく気付いていなかった。
「ですから! 私はアリツェとの婚約を解消する気は、さらさらありません!」
ドミニクはクリスティーナの腕を振りほどいて、離れようとした。
「またまた、恥ずかしがらなくてもいいんですよ、ドミニク様」
逃がすまいと、クリスティーナは再びがっちりとドミニクの腕を抱え込む。
「はぁぁー……」
ドミニクはあきらめたのか、深くため息をついてうなだれた。
このようなやり取りが、婚約の儀の前日まで延々と繰り返された。クリスティーナのあまりのしつこさに、アリツェとドミニクの精神は大分疲弊した。これから婚約の儀に臨むというのに、すでにクタクタだった。
「いいなぁ、クリスティーナ様……」
ぼそりと少年の声がアリツェの耳に入った。
声のする方を振り返ると、ドミニクの弟、第三王子のアレシュが通路の陰からアリツェたちをうかがっていた。
アリツェよりも一つ年下のアレシュは、まだ成長期を迎えておらず、身長はアリツェとそう変わらない程度だ。中性的な雰囲気を漂わせる、物静かな王子という印象だった。
「兄上などより、ボクの方がクリスティーナ様を大事にするのに……」
あの奔放なクリスティーナが、なぜだかアレシュの琴線に触れたようだ。……一波乱起こらなければいいなと、アリツェは祈った。
アリツェの不安は杞憂に終わり、婚約の儀は予定どおり盛大に催され、アリツェとドミニクは晴れて婚約者同士となった。
「アリツェ、改めて、これからもよろしく頼むよ」
ドミニクは純白の手袋をはめているアリツェの手を取った。
「こちらこそ、不束者ではありますが、よろしくお願いいたしますわ、ドミニク」
アリツェはドミニクの顔をジッと見つめ、ゆっくりと噛みしめながら誓いの言葉を述べた。
しばらく見つめあった後、ドミニクは懐から金のブローチを取り出した。以前、十三歳の誕生日プレゼントにとアリツェに贈ったものだ。婚約の儀の誓いに使うため、ドミニクはいったんアリツェから預かっていた。
ドミニクはブローチを手に取り、アリツェのドレスの胸元につけた。王家の正式な婚約のしるしである金のブローチを婚約者の胸に飾ることで、王国法に基づく王族の正式な婚約が成立する。
アリツェは喜びで胸がいっぱいだった。まさに、足が地につかない状態だ。ふわふわと浮かぶアリツェの心は、今、ドミニクの温もりに優しく包まれていた。
アリツェは恍惚としながら、胸元に輝く金のブローチを眺めた後、首にかけたペンダントを外した。
「ドミニク、少しかがんでいただけますか?」
アリツェの言葉に、ドミニクはゆっくりと中腰になる。
アリツェは微笑みながら、手に持つペンダントをドミニクの首元に掛けた。ドミニクからの婚約のしるしへの、アリツェの精いっぱいの返礼だった。父カレル・プリンツの形見で、精霊教のご神体である龍をかたどった金のメダルが使われているペンダント……。
「これで、ボクたちは晴れて正式な婚約者だ。この今日という喜ばしい日を、ボクは一生忘れないだろう」
「わたくしもですわ、ドミニク」
アリツェとドミニクがしるしを交換し合ったところで、周囲から大きな歓声が上がった。ラディムやエリシュカ、フェルディナントをはじめとした辺境伯家の人間、フェイシア国王夫妻と、皆アリツェたちを祝福した。
ただ、会場の隅では、クリスティーナが不満げな表情を浮かべてたたずんでいる。側近らしき人物と何やら言葉を交わしているようだが、アリツェのところまでは聞こえない。
婚約の儀が終わろうかという頃合いには、クリスティーナ一行は会場を後にした。そのすぐ後を、アレシュが追っていく様子が目に入ったが、特に咎める者はいなかった。
(アレシュ様ったら、クリスティーナ様の件、本気なんですの?)
アレシュは将来、アリツェの義弟になる。なので、アレシュの行動を、フェイシアの王族としてよろしくないと咎めてもよかった。だが、アリツェは今の幸せ絶頂の興奮の中で、無粋な真似をする気も起らなかった。
屋敷の廊下をドミニクと連れ立って歩いていると、背後からクリスティーナの大声がこだました。
「クリスティーナ様、そんなにくっつかないでください」
クリスティーナは傍のアリツェを跳ね飛ばすと、ドミニクの腕に自分の腕を絡めて密着した。
(ちょ、ちょっと! 何をなさるんですか!)
アリツェは怒鳴りつけたくなる気持ちをどうにか押しとどめた。廊下で声を張り上げるなんて、はしたないと思ったからだ。
「うふふ、いいじゃないですか。私たち、すぐに婚約者になるんですから」
ニコニコと微笑みながら、クリスティーナはドミニクにしな垂れかかった。
(誰が婚約者になるんですか! ドミニクの婚約者はあなたではありませんわ! このわたくしです!)
アリツェの脳内では、怒りの声が鳴り響いている。アリツェは精いっぱいの怒気を込めて、クリスティーナをにらみつけた。
だが、クリスティーナはドミニクしか視界に入れていないようで、アリツェの態度にはまったく気付いていなかった。
「ですから! 私はアリツェとの婚約を解消する気は、さらさらありません!」
ドミニクはクリスティーナの腕を振りほどいて、離れようとした。
「またまた、恥ずかしがらなくてもいいんですよ、ドミニク様」
逃がすまいと、クリスティーナは再びがっちりとドミニクの腕を抱え込む。
「はぁぁー……」
ドミニクはあきらめたのか、深くため息をついてうなだれた。
このようなやり取りが、婚約の儀の前日まで延々と繰り返された。クリスティーナのあまりのしつこさに、アリツェとドミニクの精神は大分疲弊した。これから婚約の儀に臨むというのに、すでにクタクタだった。
「いいなぁ、クリスティーナ様……」
ぼそりと少年の声がアリツェの耳に入った。
声のする方を振り返ると、ドミニクの弟、第三王子のアレシュが通路の陰からアリツェたちをうかがっていた。
アリツェよりも一つ年下のアレシュは、まだ成長期を迎えておらず、身長はアリツェとそう変わらない程度だ。中性的な雰囲気を漂わせる、物静かな王子という印象だった。
「兄上などより、ボクの方がクリスティーナ様を大事にするのに……」
あの奔放なクリスティーナが、なぜだかアレシュの琴線に触れたようだ。……一波乱起こらなければいいなと、アリツェは祈った。
アリツェの不安は杞憂に終わり、婚約の儀は予定どおり盛大に催され、アリツェとドミニクは晴れて婚約者同士となった。
「アリツェ、改めて、これからもよろしく頼むよ」
ドミニクは純白の手袋をはめているアリツェの手を取った。
「こちらこそ、不束者ではありますが、よろしくお願いいたしますわ、ドミニク」
アリツェはドミニクの顔をジッと見つめ、ゆっくりと噛みしめながら誓いの言葉を述べた。
しばらく見つめあった後、ドミニクは懐から金のブローチを取り出した。以前、十三歳の誕生日プレゼントにとアリツェに贈ったものだ。婚約の儀の誓いに使うため、ドミニクはいったんアリツェから預かっていた。
ドミニクはブローチを手に取り、アリツェのドレスの胸元につけた。王家の正式な婚約のしるしである金のブローチを婚約者の胸に飾ることで、王国法に基づく王族の正式な婚約が成立する。
アリツェは喜びで胸がいっぱいだった。まさに、足が地につかない状態だ。ふわふわと浮かぶアリツェの心は、今、ドミニクの温もりに優しく包まれていた。
アリツェは恍惚としながら、胸元に輝く金のブローチを眺めた後、首にかけたペンダントを外した。
「ドミニク、少しかがんでいただけますか?」
アリツェの言葉に、ドミニクはゆっくりと中腰になる。
アリツェは微笑みながら、手に持つペンダントをドミニクの首元に掛けた。ドミニクからの婚約のしるしへの、アリツェの精いっぱいの返礼だった。父カレル・プリンツの形見で、精霊教のご神体である龍をかたどった金のメダルが使われているペンダント……。
「これで、ボクたちは晴れて正式な婚約者だ。この今日という喜ばしい日を、ボクは一生忘れないだろう」
「わたくしもですわ、ドミニク」
アリツェとドミニクがしるしを交換し合ったところで、周囲から大きな歓声が上がった。ラディムやエリシュカ、フェルディナントをはじめとした辺境伯家の人間、フェイシア国王夫妻と、皆アリツェたちを祝福した。
ただ、会場の隅では、クリスティーナが不満げな表情を浮かべてたたずんでいる。側近らしき人物と何やら言葉を交わしているようだが、アリツェのところまでは聞こえない。
婚約の儀が終わろうかという頃合いには、クリスティーナ一行は会場を後にした。そのすぐ後を、アレシュが追っていく様子が目に入ったが、特に咎める者はいなかった。
(アレシュ様ったら、クリスティーナ様の件、本気なんですの?)
アレシュは将来、アリツェの義弟になる。なので、アレシュの行動を、フェイシアの王族としてよろしくないと咎めてもよかった。だが、アリツェは今の幸せ絶頂の興奮の中で、無粋な真似をする気も起らなかった。
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