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第十一章 婚約

2 わたくし婚約いたしますわ

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「ボクは、……実は、フェイシア王国の第二王子、ドミニク・ルホツキーという。ヴェチェレクは母方の姓なんだ」

 アリツェは卒倒しそうになった。まさか、王子様とは。

「今までだますような真似をしてきて、すまなかったよ。実はね、ボクがアリツェの指導伝道師になったのも、将来の結婚を見越してなんだ」

「なん……ですって……」

 アリツェは呆然とドミニクの顔を見つめた。

「あ、でもね。別に仕組まれたから君に結婚を申し込んでいるわけじゃない。ボクは本当に、君のことが好きになってしまったんだ」

 アリツェの様子を見て、ドミニクは慌てて弁明をした。

「大司教側は、精霊教最大の庇護者である辺境伯家とフェイシアの王家がつながりを持つことで、王国内の精霊教の地盤を確かなものにしたいといった思惑があるようだね」

 あの人のよさそうな大司教、とんだ食わせ物だった。さすがに教会のトップに上り詰めただけのことはあった。

「辺境伯家の娘であれば、王家の結婚相手として、身分上の問題もないから」

 ドミニクは頭を掻きながら、「王家って面倒だからねぇ」とこぼした。

 事の発端の裏事情はどうあれ、今はもう、アリツェはドミニクを好きになってしまった。大司教たちの手のひらの上で踊らされていた不快感はあるものの、ドミニクとの結婚に異存があるわけでもなかった。

「ドミニク様……、わたくしを、幸せにしていただけますか?」

 ドミニクの瞳を、アリツェは鋭く見据えた。

「当然だ! ボクは生涯を、君のために捧げると誓う!」

 ドミニクはアリツェの手を取り、ぎゅっと握りしめた。

「……不束者ではございますが、精いっぱい尽くしますわ。ドミニク様、末永くよろしくお願いいたします」

 アリツェはニコリと微笑んだ。






 それからの辺境伯邸は、非常にあわただしかった。

 急使が国境沿いの軍にとどまっているフェルディナントの下に送られた。フェルディナントは軍の指揮を副官に一時的に預け、急ぎオーミュッツへと戻ってきた。

 すぐさまフェルディナント、アリツェ、ドミニクの三者で話し合いがもたれ、今後の方針が決定された。王家側の意向については、ドミニクが王都に滞在している際に、すでに指示を受けているとの話だった。今回ドミニクが王都に呼ばれた理由も、どうやらこの婚約に関するあれこれの指示を受けるためだったらしい。

一.婚約の儀は、ひと月後にオーミュッツの辺境伯邸で行われ、この際、国王夫妻も呼ばれる。

二.結婚自体はアリツェの十五歳の誕生日――成人を待って執り行われる。

三.ドミニクは結婚を持って臣籍降下し、公爵となる。領地については近いうちに選定する。

 ひと月後に婚約の儀を持ってきたのは、その時期に王国軍の編成が終わり、辺境伯領への進軍が始まるからだ。王国軍の動きに合わせて、国王夫妻もオーミュッツ入りする形になる。

「アリツェ、本当にいいんだね? もう、後戻りはできないぞ?」

 フェルディナントはアリツェに向き直り、確認した。

「わたくしも、将来を共にするならドミニク様がいいですわ。後悔いたしません」

 アリツェは力強くうなずいた。

「それならいい。……王子殿下、今まではアリツェに隠すためとはいえ、無礼な態度、すみませんでした。どうか姪を……、アリツェをよろしくお願いいたします」

 フェルディナントはドミニクに深く頭を垂れた。

「プリンツ卿、そんなにかしこまらないでください。これからは親族になるのですから」

 ドミニクは慌てて両手でフェルディナントを制し、顔を上げるよう頼んだ。

「それにボクはあくまで第二王子、結婚すれば王族を離れる身ですからね」

 ドミニクは自嘲した。

 その後は少し砕けた雰囲気になり、三人であれこれと現状の報告やら今後についてやらを語り合った。






 二週間後、王都から早馬が来訪した。

「フェルディナント卿はいらっしゃるか! あと、ドミニク王子殿下は?」

 辺境伯邸に駆け込んできた使者は、大分取り乱しているようだった。

「いったい何事だ。フェルディナント卿は今前線だ、私だけだが、話を聞こう」

 息を切らせている使者に向けて、ドミニクは告げた。

「王子殿下、た、大変でございます。王太子殿下が……、王太子殿下が、危篤にございます!」

「なんだって!? 兄上が?」

 突然の事態にドミニクは動転したのか、使者の両肩をつかみ揺さぶった。

「ドミニク様、いけませんわ! 使者の方が……」

 疲労困憊の中、ドミニクに激しくゆすられたためか、使者の表情は真っ青だった。ドミニクはアリツェの指摘で、慌てて使者をつかむ手を離した。

「すまなかった。動転してしまったようだ」

 ドミニクの謝罪に、使者は頭を振った。

「いえ、だいじょうぶです。それで、王太子殿下なのですが、昨今王都周辺で流行っていた伝染病に不幸にも罹患し、私が王都を発った時には、意識ももうろうとしていらっしゃる状態で……」

(王太子であるドミニク様の兄上様が危篤……、つまり、ドミニク様に王位が回ってくる可能性が出てくる……?)

 アリツェは血の気が引いた。今までは、ドミニクと結婚しても王族になるわけではなかったので、ある程度気楽に考えることができた。だが、ドミニクが王に立ち、アリツェが王妃の立場になるのだとしたら……。

(王族では自由な身動きが取れなくなりますわ……。それでは、わたくしのもう一つの人生の目標、精霊教の布教と精霊術による地核エネルギーの消費に、支障が出てしまうのではないでしょうか?)

 アリツェは王太子の無事を祈った。王妃といち公爵夫人とでは、立場上の自由度がまったく変わってくる。

 アリツェは胸中がざわめきだした。
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