上 下
120 / 272
第十章 皇子救出作戦

10 伯爵領へ逃亡ですの?

しおりを挟む
「何者だ!」

「おいおい、ラディム。やはり待ち伏せされているじゃないか」

 ドミニクは頭を抱えて、ラディムに文句を言った。

「いや、あの服装、もともとこの周辺の見回りをしている警備兵だ。宮殿の衛兵ではない。ということは、陛下の指示ではないな」

 ラディムは頭を振った。

「では、さっさと精霊術で行動不能にさせてしまいましょう」

 アリツェはペスに指示を送り、ベルナルドやザハリアーシュと同様に行動不能にしてしまおうと考えた。

「多勢に無勢か!? 応援を呼ぼう」

 警備兵は叫ぶや、懐から一本の笛を取り出し口に当てた。先ほどザハリアーシュが手に持った笛と同様に、わずかに霊素を感じる。

 こんな末端の警備兵にまでマジックアイテムが広まっている事実に、悠太は不安が募った。今後、本格的に帝国軍を相手にする際、マジックアイテムの存在を頭に入れて行動しなければならないかもしれない。

 これらマジックアイテムは、おそらくは世界再生教の編成した導師部隊の作品だと思われる。いずれはかの部隊とも戦わなければならないかもしれない。子供同士、そして、同じ霊素持ちでもある。できれば戦わずに仲間に引き入れたいが、そのためにはまず、ザハリアーシュを帝国から排除しなければならないだろう。

 先は長そうだった……。

「チッ、面倒をかけて!」

 ドミニクが舌打ちをした。

 と、その時、大きな蹄の音が響き渡り、一匹の仔馬が警備兵に突進した。

 警備兵は仔馬の不意打ちに跳ね飛ばされ、そのまま気絶する。

「何事ですの!?」

 突然の出来事に、悠太とペスは身動きが取れなかった。

「うっ、なんだこの声は? ……ラースだと?」

 そばではラディムがうずくまり、何やらつぶやいている。

「ラースですって!? お兄様、仔馬のラースは『精霊たちの憂鬱』のカレル・プリンツが使役していた使い魔ですわ」

 VRMMO『精霊たちの憂鬱』時代にカレルの操った四匹の使い魔、最後の一匹がラースだ。

「こいつが、使い魔……。確かに、カレルの記憶の中にいる仔馬の使い魔とそっくりだ」

 ラディムはジッとラースの姿を見つめた。ラースも気づき、ラディムに向かっていなないた。

「どうやらわたくしとは精神リンクがつながっていないようですわ。精霊使いの熟練度がまだ低くて、三体目の使い魔登録ができませんの。お兄様と繋がってはおりませんか?」

 悠太にラースの声は聞こえなかった。今の悠太の精霊使いの熟練度は、まだ五〇に達していない。熟練度二五ごとに使役できる使い魔の数が増える関係上、今悠太が扱える使い魔の数は二だ。すでにペスとルゥで埋まっている。

「すまない、わからないな。私はまだ、自分が精霊使いだという事実を受け入れ切れていない。使い魔登録もよくわからないのだ。ミアは向こうから勝手に登録をしていたし」

 ラディムは長い間、精霊術を悪と洗脳されてきたのだ。仕方がないだろう。

「おいっ、話はあとだ。警備兵の意識が戻る前に、早く伯爵の下に行こう」

 ドミニクが少し苛立ちを見せている。

「あとでわたくしがじっくり、精霊使いの何たるかをお教えいたしますわ。お兄様、今は急ぎましょう」

 ドミニクの言うとおり、この場にとどまっていては危険だった。まずは伯爵との合流を果たさねば。

「ラース、あなたもわたくしたちについていらっしゃい」

 ラースは悠太の言葉に嬉しそうに声を上げ、後をついてきた。






「あれはラディム殿下!」

 悠太たちが皇宮の傍まで近づいたところで、ムシュカ伯爵の声が響いた。

「伯爵様! お兄様を無事、確保いたしましたわ!」

 悠太は大声で伯爵に答えた。

「よし、目的は果たした! 全軍撤退、急ぎ帝都を脱出するぞ!」

 伯爵はすぐさま撤兵の指示を出した。事前の入念な打ち合わせが功を奏し、先遣部隊の撤収のスピードは速かった。

「お兄様、わたくしたちも!」

 悠太はラディムの手を引き、帝都の街門へ駆けだした。

 殿の部隊がうまくけん制をしており、悠太たちは問題無く帝都を脱出した。






 帝都脱出後、悠太たちは伯爵の用意した馬車に乗り込み、いったんムシュカ伯爵領に落ちのびることにした。

 馬車には悠太、ドミニク、ラディム、エリシュカが乗っている。

「殿下! ご無事でよかったです……」

 エリシュカは涙を浮かべた。

「エリシュカ。……すまない、心配をかけた」

 ラディムはエリシュカの手を取り、ぎゅっと握りしめた。

「そんな……、私は、殿下がご無事なお姿を、こうして拝見できただけで、それで……」

 感極まったのか、エリシュカはそれ以上しゃべれなくなった。

「エリシュカ……」

 ラディムは震えるエリシュカをそっと抱きしめる。

「殿下……」

 エリシュカもラディムに腕を回した。

(……見ていられないな。小っ恥ずかしすぎるぞ)

 抱き合う二人を見ないように、悠太は外の景色に目を遣った。

(ただ、ああやってお互いを心配しあえる仲は、うらやましくもあるな……)

 悠太は優里菜の姿を脳裏に描いた。だが、その優里菜は、いまだラディムの中で眠ったままだった。






 帝国の西のはずれ、ムシュカ伯爵の領地についたアリツェたちは、いったん落ち着くまで屋敷に滞在した。

 今後の方針を伯爵と入念に話し合い、時期を決めて帝都に攻め入る方針を確認する。また、定期的な連絡を伝書鳩を通じて行う約束も取り交わした。

 一週間ほど滞在したのち、フェルディナントと伯爵家との連携を図るために、アリツェとドミニクはこのまま辺境伯家へと戻ることになった。対帝国戦に参加するにしても、アリツェもドミニクも帝国の人間ではないので、ムシュカ伯爵軍としてではなく、プリンツ辺境伯軍に属して戦うべきだという理由もある。

「お兄様、本当にこの場に残るのですか?」

 アリツェは目の前に立つラディムを見つめた。

「すまんな、アリツェ。私はやはり帝国の人間だ。帝国内にとどまっていたい。……それに、マリエの件もまだ、私は消化しきれていないからな」

 ラディムは渋面を浮かべた。

「あ……」

 アリツェは次の句が継げなかった。今はいくら説得したところで、ラディムは辺境伯家には戻らないだろう。アリツェは確信した。

 翌日、アリツェとドミニク、ペスは、伯爵家一同に見送られながら、辺境伯領へ向けて出発した。






 中央大陸歴八一三年八月――。

 再会を果たした双子の兄妹は、再び袂を分かつ。

 そして、二人はこの先、重大な決断を迫られることとなる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

処理中です...