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第十章 皇子救出作戦
7 お兄様、助けに参りましたわ!
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悠太たちはザハリアーシュの部屋の前から離れて、気配を消しながら奥のラディムの私室を目指した。
ラディムの部屋の扉が見える距離に差し掛かったところで、いったん立ち止まり周囲を警戒する。
「さすがに見張りがいるか。アリツェ、どうする?」
ドミニクが小声で悠太にささやいた。
「一人だけみたいですわね。……ドミニク様、こっそり近づいて、気絶させたりはできませんかしら?」
「うーん、今は嗅覚と聴覚をごまかしているだけで、姿は丸見えだからねぇ。接近すればさすがにバレそうだよ?」
悠太の提案に、ドミニクは渋い顔をする。
「幸いあの見張り、大分緊張感がなさそうに見受けられますわ。ここで一回、風から光の精霊術に変更いたしますので、ドミニク様の姿を周囲に溶け込ませます。抜き足差し足で近づいて、ひと思いに気絶させてもらえませんかしら」
「今の気付かれていない状態からなら、慎重に進めば音と臭いは大丈夫そうだね。よし、じゃあその手でいこう」
人間相手であれば、臭いの問題はないだろう。音も、この距離からなら足音をうまく忍ばせれば、相当直近までは気づかれないはずだ。まさかここが襲われるとはつゆほども思っていないのか、警備の見張りは油断しきっている。
視覚を保護色でごまかせば、ドミニクの姿は薄暗さも相まって、周囲に完全に溶け込める。奇襲には十分なはずだった。ドミニクの剣の腕なら、剣スキルの『峰打ち』で、すぐに気絶させられるはずだ。
悠太は素早く属性を切り替え、ドミニクの姿を消した。準備ができたと悠太がうなずくと、ドミニクはこっそりと見張りに近づき、一息に剣の鞘で後頭部を叩き、気絶させた。
……ふと、現実世界でこんなことをやったら、脳震盪程度では済まないだろうなと悠太は思った。この辺りは、さすがスキル制のゲームシステムを使っているだけのことはあるなと痛感する。
「うまくいきましたわね」
成果は上々、ドミニクの腕前はさすがの一言だった。
「よし、さっさと中に入ろう」
ドミニクは素早く扉に手をかけ、ゆっくりと押し開いた。
「……なんだ、もう食事の時間か?」
扉が開くや、弱々しい男の声が漏れてきた。
「お兄様っ!」
声を聞くや悠太は叫び、縄で椅子に縛り付けられているラディムの傍に駆け寄った。
「なっ――。アリツェ、なぜここにいる!」
ラディムは驚愕に目を見開いた。
「当然、お兄様の救出ですわ!」
悠太は「何を当たり前の話を」と付け加えながら、背負った槍を下ろし、刃先をラディムを拘束している縄に当て、一気に切断した。
「馬鹿な真似を……。捕まったら殺されるぞ。それに、あんな別れ方をしたのに、わざわざ来る奴があるか」
ラディムは怒りと嬉しさとをまぜこぜにした、複雑な表情を浮かべながら、縛られてうっ血気味だった両手首をぐりぐりと回している。
「双子の兄を見捨てるほど、わたくしは薄情ではありませんわ! それに、お兄様の中の優里菜様は、わたくしの母でもあるんですのよ?」
悠太は少しの不満を込めて、口を尖らせた。
「御託は抜きだ、ラディム。時間がない。表でムシュカ伯爵が時間を稼いでくれている」
戸惑うラディムに、ドミニクは鋭く叱責をし、立ち上がらせた。
「ムシュカ伯爵……、エリシュカの父上か!」
意外な人物の名が上がり、ラディムの声は上ずった。
ドミニクに腕を引かれて立ち上がる瞬間、ラディムは身体をふらつかせ、倒れこみそうになる。ドミニクは慌ててラディムの肩を支えた。
「お兄様、大分弱っていらっしゃるわね。……食事は、どうやらきちんとお取りになられているようですね。長期間ろくに体を動かせなかったせいで筋力が落ちている、といったところかしら」
部屋に乗り込んだ際に、ラディムは食事の時間かと口にしていたので、絶食による衰弱ではなさそうだ。椅子に座りっぱなしによる筋力低下で、うまく体を支えられないのだろう。
「私の処刑までは、生かしておかなければならないからな。無理やりにでも食わされていたさ」
ラディムは自嘲するような薄笑いを浮かべた。
「優里菜様の人格は無事ですの?」
悠太の最大の懸念事項だった。正直なところを言えば、悠太にとってはラディムよりも優里菜の方が重要だ。
「ああ、大丈夫なはずだ。今は体の衰弱が激しくて、人格をコロコロ入れ替えるのは体に負担がかかりそうだったから、私が主に動いているがな」
どうやら優里菜の人格は、体力温存のためにあえて眠りについているようだ。二つの人格でああだこうだと口論したりすれば、余計に体力を食うだろうし、何より脳は消費するエネルギーが大きい。優里菜の人格領域だけでも休眠していれば、体力は相当に温存できるだろう。なかなかよく考えた行動だった。
「それと、お兄様にお伝えしなければならない話があります……」
弱っているラディムに伝えるのは、心苦しかった。だが、伝えなければいけない。先ほどのザハリアーシュの会話を。
「マリエの件か?」
ラディムはギュッと顔をこわばらせた。
「いえ、今はその話ではありません。……その、ザハリアーシュという名の男についてです」
頭を振ってラディムの問いを否定する。
悠太は内心で、しまったと思った。最初にはっきりとザハリアーシュの話と伝えておけば、むやみにマリエの件を思い出させなかっただろう。
「私の教育係だったザハリアーシュか? 拘束されてからは会っていないが、どうかしたのか?」
ここまでの話の流れとは無関係の人物の名が出てきたため、ラディムは首をかしげた。
「実は……」
悠太はザハリアーシュと世界再生教の大司教との会話の内容を、かいつまんで説明した。
ザハリアーシュが教師という立場を利用し、ベルナルドとラディムのプライベートに深くかかわり、世界再生教に有利な方向に洗脳工作をしたこと。
精霊が世界を救うという精霊教の教義が誤りではないと知りながら、精霊教を排除したいがために、皇帝一家に偽の情報を流したこと。
皇帝を通じて、誤った教義をでっちあげている世界再生教を、帝国全土に広めさせたこと。
「なん、だと……?」
ラディムは頭を抱えている。
「お兄様にとっては信じられないかもしれませんが、事実ですわ」
ザハリアーシュはラディムや帝国のためを思って行動していたわけではない。あくまで、世界再生教を利する目的で動いていたにすぎない。
「しかし、あのザハリアーシュが……。嘘だろ?」
ラディムはぽつぽつと、ザハリアーシュとの思い出を語りだした。
指導は厳しいながらも、きちんとこなせたときは頭を撫でて褒めるなど、やさしさも見せていたと。
街への巡回時も、必ず同行して周囲の警戒に努めていたと。
そして、気落ちしている時は必ず発破をかけてくれたと。
ラディムの語るザハリアーシュと、さきほど盗み聞いたザハリアーシュとでは、印象があまりにも違いすぎて、悠太はただただ驚いた。
「お兄様のお話しくださるザハリアーシュと、私たちの知るザハリアーシュは、まるで別人のようですわ」
これほどまで自分の行動を変えられるとなると、ザハリアーシュという男はなかなかの役者だった。皇帝まで騙しきるとは、恐れ入る。
「なるほどね、ラディムが信じきったのも仕方がないかな。相手の印象操作がうますぎる。特に、幼いころから一緒だったのであれば、刷り込み効果もあって余計だよ」
ドミニクの指摘に、ラディムはがくりとうなだれた。
ラディムの部屋の扉が見える距離に差し掛かったところで、いったん立ち止まり周囲を警戒する。
「さすがに見張りがいるか。アリツェ、どうする?」
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「一人だけみたいですわね。……ドミニク様、こっそり近づいて、気絶させたりはできませんかしら?」
「うーん、今は嗅覚と聴覚をごまかしているだけで、姿は丸見えだからねぇ。接近すればさすがにバレそうだよ?」
悠太の提案に、ドミニクは渋い顔をする。
「幸いあの見張り、大分緊張感がなさそうに見受けられますわ。ここで一回、風から光の精霊術に変更いたしますので、ドミニク様の姿を周囲に溶け込ませます。抜き足差し足で近づいて、ひと思いに気絶させてもらえませんかしら」
「今の気付かれていない状態からなら、慎重に進めば音と臭いは大丈夫そうだね。よし、じゃあその手でいこう」
人間相手であれば、臭いの問題はないだろう。音も、この距離からなら足音をうまく忍ばせれば、相当直近までは気づかれないはずだ。まさかここが襲われるとはつゆほども思っていないのか、警備の見張りは油断しきっている。
視覚を保護色でごまかせば、ドミニクの姿は薄暗さも相まって、周囲に完全に溶け込める。奇襲には十分なはずだった。ドミニクの剣の腕なら、剣スキルの『峰打ち』で、すぐに気絶させられるはずだ。
悠太は素早く属性を切り替え、ドミニクの姿を消した。準備ができたと悠太がうなずくと、ドミニクはこっそりと見張りに近づき、一息に剣の鞘で後頭部を叩き、気絶させた。
……ふと、現実世界でこんなことをやったら、脳震盪程度では済まないだろうなと悠太は思った。この辺りは、さすがスキル制のゲームシステムを使っているだけのことはあるなと痛感する。
「うまくいきましたわね」
成果は上々、ドミニクの腕前はさすがの一言だった。
「よし、さっさと中に入ろう」
ドミニクは素早く扉に手をかけ、ゆっくりと押し開いた。
「……なんだ、もう食事の時間か?」
扉が開くや、弱々しい男の声が漏れてきた。
「お兄様っ!」
声を聞くや悠太は叫び、縄で椅子に縛り付けられているラディムの傍に駆け寄った。
「なっ――。アリツェ、なぜここにいる!」
ラディムは驚愕に目を見開いた。
「当然、お兄様の救出ですわ!」
悠太は「何を当たり前の話を」と付け加えながら、背負った槍を下ろし、刃先をラディムを拘束している縄に当て、一気に切断した。
「馬鹿な真似を……。捕まったら殺されるぞ。それに、あんな別れ方をしたのに、わざわざ来る奴があるか」
ラディムは怒りと嬉しさとをまぜこぜにした、複雑な表情を浮かべながら、縛られてうっ血気味だった両手首をぐりぐりと回している。
「双子の兄を見捨てるほど、わたくしは薄情ではありませんわ! それに、お兄様の中の優里菜様は、わたくしの母でもあるんですのよ?」
悠太は少しの不満を込めて、口を尖らせた。
「御託は抜きだ、ラディム。時間がない。表でムシュカ伯爵が時間を稼いでくれている」
戸惑うラディムに、ドミニクは鋭く叱責をし、立ち上がらせた。
「ムシュカ伯爵……、エリシュカの父上か!」
意外な人物の名が上がり、ラディムの声は上ずった。
ドミニクに腕を引かれて立ち上がる瞬間、ラディムは身体をふらつかせ、倒れこみそうになる。ドミニクは慌ててラディムの肩を支えた。
「お兄様、大分弱っていらっしゃるわね。……食事は、どうやらきちんとお取りになられているようですね。長期間ろくに体を動かせなかったせいで筋力が落ちている、といったところかしら」
部屋に乗り込んだ際に、ラディムは食事の時間かと口にしていたので、絶食による衰弱ではなさそうだ。椅子に座りっぱなしによる筋力低下で、うまく体を支えられないのだろう。
「私の処刑までは、生かしておかなければならないからな。無理やりにでも食わされていたさ」
ラディムは自嘲するような薄笑いを浮かべた。
「優里菜様の人格は無事ですの?」
悠太の最大の懸念事項だった。正直なところを言えば、悠太にとってはラディムよりも優里菜の方が重要だ。
「ああ、大丈夫なはずだ。今は体の衰弱が激しくて、人格をコロコロ入れ替えるのは体に負担がかかりそうだったから、私が主に動いているがな」
どうやら優里菜の人格は、体力温存のためにあえて眠りについているようだ。二つの人格でああだこうだと口論したりすれば、余計に体力を食うだろうし、何より脳は消費するエネルギーが大きい。優里菜の人格領域だけでも休眠していれば、体力は相当に温存できるだろう。なかなかよく考えた行動だった。
「それと、お兄様にお伝えしなければならない話があります……」
弱っているラディムに伝えるのは、心苦しかった。だが、伝えなければいけない。先ほどのザハリアーシュの会話を。
「マリエの件か?」
ラディムはギュッと顔をこわばらせた。
「いえ、今はその話ではありません。……その、ザハリアーシュという名の男についてです」
頭を振ってラディムの問いを否定する。
悠太は内心で、しまったと思った。最初にはっきりとザハリアーシュの話と伝えておけば、むやみにマリエの件を思い出させなかっただろう。
「私の教育係だったザハリアーシュか? 拘束されてからは会っていないが、どうかしたのか?」
ここまでの話の流れとは無関係の人物の名が出てきたため、ラディムは首をかしげた。
「実は……」
悠太はザハリアーシュと世界再生教の大司教との会話の内容を、かいつまんで説明した。
ザハリアーシュが教師という立場を利用し、ベルナルドとラディムのプライベートに深くかかわり、世界再生教に有利な方向に洗脳工作をしたこと。
精霊が世界を救うという精霊教の教義が誤りではないと知りながら、精霊教を排除したいがために、皇帝一家に偽の情報を流したこと。
皇帝を通じて、誤った教義をでっちあげている世界再生教を、帝国全土に広めさせたこと。
「なん、だと……?」
ラディムは頭を抱えている。
「お兄様にとっては信じられないかもしれませんが、事実ですわ」
ザハリアーシュはラディムや帝国のためを思って行動していたわけではない。あくまで、世界再生教を利する目的で動いていたにすぎない。
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街への巡回時も、必ず同行して周囲の警戒に努めていたと。
そして、気落ちしている時は必ず発破をかけてくれたと。
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「お兄様のお話しくださるザハリアーシュと、私たちの知るザハリアーシュは、まるで別人のようですわ」
これほどまで自分の行動を変えられるとなると、ザハリアーシュという男はなかなかの役者だった。皇帝まで騙しきるとは、恐れ入る。
「なるほどね、ラディムが信じきったのも仕方がないかな。相手の印象操作がうますぎる。特に、幼いころから一緒だったのであれば、刷り込み効果もあって余計だよ」
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