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第十章 皇子救出作戦
1 お兄様のにおいですの?
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ルゥの力を借り、悠太たちは皇宮から無事に脱出した。
いったんスラム街の近くに降り立ち、再度ペスに風の精霊術を施して、気配を消す。深夜ということもあり、街はしんと静まり返っていた。わずかな物音も周囲に響き渡るため、用心に用心を重ねたほうがいいと悠太は判断した。
「どういたしましょう。このまま宿に戻りましょうか?」
悠太は小声で、隣を歩くドミニクに話しかけた。
「そうだね。見つかった以上は、皇宮内はいつも以上に警戒されるだろう。しばらくはおとなしくした方がいいかもしれない」
翌晩に再挑戦をしたところで、地下牢への階段の場所もわかっていない状況では、今日同様に敵に見つけられるのがオチだろう。少し冷却期間を置くべきだった。
「しかし困りましたわね。結局、地下牢の場所はわからずじまい。しかも、相手に精霊術を行使してくる部隊までいる。正直なところを言いますと、わたくしたちだけでの救出は、不可能なのではないかと思い始めていますわ……」
二人でこっそりと動き回り目的の場所を探し出すには、宮殿内はあまりにも広すぎた。しかも、精霊術によるカモフラージュが効きにくい導師部隊が巡回までしている。これでは、何度挑戦したところで、作戦を成功させるのは難しい気がした。
「確かに、アリツェの精霊術頼みな部分はあったからね。その精霊術が生かせないとなっては、ちょっとマズいな」
ドミニクは顔をしかめ、隠密行動ではあまり力になれないと、悔しさをあらわにしていた。
「フェルディナント叔父様の進軍を待った方がよいのでしょうか……。ただ、あまり時間がありませんわ。万が一、辺境伯軍が間に合わなかったら……」
悠太は生唾をゴクリと飲み込んだ。嫌な想像をした。
「やはり、帝国内で協力者を探し出すしかないなぁ。どうにかムシュカ伯爵と、渡りをつけられないものか……」
現状でラディムの明確な味方といえるのは、ムシュカ伯爵家だけだった。だが、今、伯爵は領軍編成のために領地に戻っている。八方塞がりだった。
「とにかく、こうしていても仕方がないですわ。いったん宿に戻りましょう」
久しぶりに飛行の精霊術を使ったため、悠太の霊素はすでに限界に近かった。ベッドでゆっくりと休息を取らないと、翌日の行動に支障が出そうだった。
悠太の疲労の濃さに気づいたようで、ドミニクはうなずいた。
翌日、アリツェたちは再び情報収集を始めた。
新たに使い魔に加わったルゥに、上空から皇宮内に動きがないかを見張ってもらった。何らかの異常な動きがあれば、すぐにアリツェに報告が入る手はずになっている。
「今のところ、昨晩私たちが起こした騒ぎについて、街中に情報が流れている様子はありませんわね」
市中は平穏そのものだった。宮殿に族が侵入したといったうわさ話も、一切聞こえてこない。ラディムの処刑までは、市民に不安が広がらないようきっちりと情報統制をしているのだろうか。
『ご主人、ちょっといいですかワンッ』
突然ペスが立ち止まり、鼻をクンクンと鳴らし始めた。
「ペス、どうしましたか? 何か見つけましたの?」
使い魔であるペスの嗅覚は、通常の犬以上だ。かなり頼りになる。
『なんだか懐かしいにおいを感じるワンッ。ご主人の片割れの匂いに似ているワンッ』
「片割れ……と言いますと、お兄様?」
ラディムの匂いがする……。いったいどういう事態だろうか。まさか、ラディム自身で牢を抜け出してきた?
『こっちですワンッ』
ペスはアリツェのスカートの裾を咥えて、引っ張り出した。
「あ、お待ちになってくださいまし」
アリツェはペスに引かれるまま、後をついていった。
路地を曲がろうとしたところで、ペスは咥えていたアリツェのスカートの裾を離すと、一気に奥へと駆けて行った。
「きゃっ、何々、どうしたの!?」
路地の奥から、女性の声が響いた。
何事だと、アリツェは慌てて路地を曲がった。
「可愛いワンちゃんですね。どうしたのかな? 飼い主さんとはぐれたのかしら?」
アリツェよりも少し年上に見える、きれいな身なりの女性が、まとわりつくペスの頭をなでていた。
『ご主人、この女の人から匂うワンッ!』
どうやら、ペスは目の前の女性から、ラディムと同種の匂いを感じ取ったようだ。いったい何者だろうか、この女性は。
「あ、あの、申し訳ございません。うちのペスが」
少し警戒心を持ちつつ、アリツェは女性に話しかけた。
「あら、あなたの飼い犬ですか?」
女性はアリツェにニコリと微笑んだ。
アリツェは女性の顔を見て目をむいた。あまりにも美しかったからだ。浮かべた笑みが、美貌をより一層際立たせている。
(きれいな人ですわ……。いったい何者なのでしょうか)
「はい。……あの、ぶしつけで大変申し訳ないのですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。わたくしのペスが懐くなんて、大変珍しいのですわ」
非常に興味を引かれる女性だった。ラディムの匂いを纏わせる絶世の美女……。いったい、ラディムとどんな関係があるのか。
いったんスラム街の近くに降り立ち、再度ペスに風の精霊術を施して、気配を消す。深夜ということもあり、街はしんと静まり返っていた。わずかな物音も周囲に響き渡るため、用心に用心を重ねたほうがいいと悠太は判断した。
「どういたしましょう。このまま宿に戻りましょうか?」
悠太は小声で、隣を歩くドミニクに話しかけた。
「そうだね。見つかった以上は、皇宮内はいつも以上に警戒されるだろう。しばらくはおとなしくした方がいいかもしれない」
翌晩に再挑戦をしたところで、地下牢への階段の場所もわかっていない状況では、今日同様に敵に見つけられるのがオチだろう。少し冷却期間を置くべきだった。
「しかし困りましたわね。結局、地下牢の場所はわからずじまい。しかも、相手に精霊術を行使してくる部隊までいる。正直なところを言いますと、わたくしたちだけでの救出は、不可能なのではないかと思い始めていますわ……」
二人でこっそりと動き回り目的の場所を探し出すには、宮殿内はあまりにも広すぎた。しかも、精霊術によるカモフラージュが効きにくい導師部隊が巡回までしている。これでは、何度挑戦したところで、作戦を成功させるのは難しい気がした。
「確かに、アリツェの精霊術頼みな部分はあったからね。その精霊術が生かせないとなっては、ちょっとマズいな」
ドミニクは顔をしかめ、隠密行動ではあまり力になれないと、悔しさをあらわにしていた。
「フェルディナント叔父様の進軍を待った方がよいのでしょうか……。ただ、あまり時間がありませんわ。万が一、辺境伯軍が間に合わなかったら……」
悠太は生唾をゴクリと飲み込んだ。嫌な想像をした。
「やはり、帝国内で協力者を探し出すしかないなぁ。どうにかムシュカ伯爵と、渡りをつけられないものか……」
現状でラディムの明確な味方といえるのは、ムシュカ伯爵家だけだった。だが、今、伯爵は領軍編成のために領地に戻っている。八方塞がりだった。
「とにかく、こうしていても仕方がないですわ。いったん宿に戻りましょう」
久しぶりに飛行の精霊術を使ったため、悠太の霊素はすでに限界に近かった。ベッドでゆっくりと休息を取らないと、翌日の行動に支障が出そうだった。
悠太の疲労の濃さに気づいたようで、ドミニクはうなずいた。
翌日、アリツェたちは再び情報収集を始めた。
新たに使い魔に加わったルゥに、上空から皇宮内に動きがないかを見張ってもらった。何らかの異常な動きがあれば、すぐにアリツェに報告が入る手はずになっている。
「今のところ、昨晩私たちが起こした騒ぎについて、街中に情報が流れている様子はありませんわね」
市中は平穏そのものだった。宮殿に族が侵入したといったうわさ話も、一切聞こえてこない。ラディムの処刑までは、市民に不安が広がらないようきっちりと情報統制をしているのだろうか。
『ご主人、ちょっといいですかワンッ』
突然ペスが立ち止まり、鼻をクンクンと鳴らし始めた。
「ペス、どうしましたか? 何か見つけましたの?」
使い魔であるペスの嗅覚は、通常の犬以上だ。かなり頼りになる。
『なんだか懐かしいにおいを感じるワンッ。ご主人の片割れの匂いに似ているワンッ』
「片割れ……と言いますと、お兄様?」
ラディムの匂いがする……。いったいどういう事態だろうか。まさか、ラディム自身で牢を抜け出してきた?
『こっちですワンッ』
ペスはアリツェのスカートの裾を咥えて、引っ張り出した。
「あ、お待ちになってくださいまし」
アリツェはペスに引かれるまま、後をついていった。
路地を曲がろうとしたところで、ペスは咥えていたアリツェのスカートの裾を離すと、一気に奥へと駆けて行った。
「きゃっ、何々、どうしたの!?」
路地の奥から、女性の声が響いた。
何事だと、アリツェは慌てて路地を曲がった。
「可愛いワンちゃんですね。どうしたのかな? 飼い主さんとはぐれたのかしら?」
アリツェよりも少し年上に見える、きれいな身なりの女性が、まとわりつくペスの頭をなでていた。
『ご主人、この女の人から匂うワンッ!』
どうやら、ペスは目の前の女性から、ラディムと同種の匂いを感じ取ったようだ。いったい何者だろうか、この女性は。
「あ、あの、申し訳ございません。うちのペスが」
少し警戒心を持ちつつ、アリツェは女性に話しかけた。
「あら、あなたの飼い犬ですか?」
女性はアリツェにニコリと微笑んだ。
アリツェは女性の顔を見て目をむいた。あまりにも美しかったからだ。浮かべた笑みが、美貌をより一層際立たせている。
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「はい。……あの、ぶしつけで大変申し訳ないのですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。わたくしのペスが懐くなんて、大変珍しいのですわ」
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