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第九章 二人の真実

10 ミュニホフの街を調査いたしますわ

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 翌日、お昼を少し回るころに、アリツェたちは帝都ミュニホフに到着した。

 今のところ検問のようなものはやっていなかったため、街の中にはすんなりと入ることができた。

 活気あふれるギーゼブレヒト大通りを進み、拠点となる宿を探した。数日は滞在することになるので、なるべくしっかりとしたところを選びたい。

 ドミニクとともに、きょろきょろと周囲を見回しながら歩いた。傍を歩くペスも、久しぶりの散歩のためか、嬉しそうにしっぽを振っている。馬で移動中はずっとアリツェのバッグの中にいたため、大分欲求不満がたまっていたようだ。

「アリツェ、あそこの宿でどうかな?」

 アリツェはドミニクの指さす方向を見遣った。目に飛び込んできたのは、歴史を感じさせる重厚なレンガ造りの建物だった。ぱっと見の客層も悪くなさそうだ。

「よろしいと思いますわ。では、あの宿にいたしましょうか」

「実は以前、一回ミュニホフに来たことがあるんだけれど、その時に利用した宿なんだ。質は保障するよ」

 なんと、ドミニクはミュニホフに来た経験があるらしい。言ってくれればよかったのに、とアリツェは思った。

「まだ七、八歳くらいの頃だったからね。はっきりと覚えているわけじゃないんだ。実際にこの場に来て初めて、泊まった宿の存在を思い出せた程度だよ」

 ドミニクは自嘲した。

 そのままドミニクの案内の下、宿にチェックインを済ませた。資金的に別々の部屋を取るのは難しかったため、今回はドミニクと相部屋だ。少し、緊張する。

「じゃあ、これから少し、市中に出て情報収集かな?」

「そうですわね。手分けして探しましょうか」

 ドミニクの提案に、アリツェは首肯した。何よりまずは、帝都の情勢調査だ。そして、できるだけラディムの現状についても確認をしたい。

「アリツェを一人にするのは不安だなぁ。いくらミュニホフの治安は良好とは言っても」

 二手に分かれるのは危険だと、ドミニクは渋った。

「心配ご無用ですわ、ドミニク様。ペスがいれば、精霊術でいかようにでもなりますもの」

 アリツェはドミニクの顔を見上げて、「わたくしの腕前、ドミニク様はよくご存じでいらっしゃいますよね」と言いながら微笑んだ。

「確かにそうなんだけれど……」

 ふうっとドミニクはため息をついた。「少しはボクにもいい格好をさせてほしいなぁ」と呟いている。

「まぁ、二人で別々に調べたほうが効率的なのは、間違いないか。ペス、アリツェをくれぐれも頼むよ」

 ドミニクの言葉に、ペスは元気よく吠えて答えた。






 その夜、情報収集を終えて宿に戻った悠太(夜モード)とドミニクは、部屋で今後の作戦会議を始めた。

 街を歩いて得られた情報は、大きく四つだ。

一.ラディム処刑の具体的日程が告知され、処刑までの残り日数が一か月半。ラディムは地下牢で監禁され、一切の面会が不能。

二.ミュニホフの治安はすこぶる良好で、反乱等の兆しもなし。皇帝ベルナルドの治世への不満も特になし。皇帝親征軍の途中帰還も、裏切り者の第一皇子を連れての続行は無理だと皇帝が判断したのは当然だと、市民は理解している模様。

三.ラディムに対する批判の声が大きい。準成人の儀式での宣言を破った裏切り者だとの罵倒の声も有り。現状でラディムを救出しても、ラディム側に立って動いてくれる帝国国民がどれほどいるか未知数。

四.フェルディナントに情報をもたらしたムシュカ伯爵家は、おそらく戦準備のためだろう、帝都の屋敷を空にして領地に帰っているらしく、接触ができなかった。

「だいぶ、皇帝側の宣伝工作がうまくいっているみたいだね。完全に悪役になっているよ、ラディムは」

 ドミニクは渋面を浮かべた。

「困りましたわね。これでは帝都内で協力者を探すのは無理でしょうか。誰か内情に詳しい者を、引き入れられればよろしいかと思ったのですが」

「そうなんだよねぇ。宮殿に侵入するにしても、内部の状況がまったく分からない。どうにか皇帝に不満を持つ人間を協力者に仕立て上げたかったんだけれど、現状では、難しいと言わざるを得ないね。頼みのムシュカ伯爵家も、今帝都にいないのでは仕方がない」

 悠太もドミニクも、ミュニホフの内情にはまったく明るくない。いくら精霊術を駆使して隠密行動がとれるとはいっても、宮殿の潜入経路さえわからない現状では、どうしようもなかった。

 ムシュカ伯爵と接触できれば、伯爵の娘でラディム付きだった侍女の話も聞け、一気に情報が得られそうだったのだが……。

「それに、この状況では無事に助け出せたとしても、その後が大変そうですわ。叔父様の言うとおりに反皇帝でお兄様を担ぎ上げても、帝国国民にそっぽを向かれてしまう可能性が高いですわ」

 たとえ帝国軍を打ち破れたとしても、今のラディムの評判では国民が付いてこない。ラディムが新皇帝に即位すれば外征は止まるだろうが、今度は帝国内がボロボロになりかねない。国民が従わなければ、治世は立ち行かないからだ。

 それに、一般民衆だけではない。現状では、ムシュカ伯爵以外の貴族に関しても、どう転ぶかが予測不能だった。

「前途多難だねぇ……」

 ドミニクは頭を振り、大きくため息をついた。

「とりあえず明日、もう少し情報収集に回ってみたいと思うのですがいかがかしら?」

「アリツェの望むままに。じゃあ、また明日も二手に分かれて、今日は回れなかった地域を回ってみようか」

 悠太とドミニクはうなずきあった。

「では、今日はもう就寝しよう」

 ドミニクは水浴びをするため、部屋を出た。






(夜がオレでよかったな。アリツェのままじゃ、ドミニクと二人っきりで夜を過ごすなんて、きっと無理だろう)

 悠太は苦笑をした。

(けれど、最近、オレもちょっとおかしいんだよなぁ……。ドミニクに触れられても、以前のような、男にベタベタ触られているといった不快感は、感じなくなってきている。もしかして、アリツェの精神に引きずられているのか?)

 馬鹿な想像に、悠太は慌てて頭を振った。

(いまさらアリツェの人格との統合が始まっているのか? いやいや、この期に及んで女になりきれと言われても、オレには無理だぞ。それに、せっかく優里菜に出会えたんだ。オレは、優里菜が好きなんだ)

 悠太は自らを言い含める。

(……でも、オレがこのまま女になってしまえば、身体は男になっている今の優里菜と、結ばれることも可能になるんじゃ?)

 悠太は今、自分が思い至った考えに戦慄した。

(ああああああああっ! オレのバカバカバカ! 何てこと、考えているんだ)

 頭をぽかぽかと叩き、悠太は必死に邪念を振り払おうとした。

(やっぱりオレ、ちょっとおかしいな。さっさと寝てしまうか……)

 これ以上の思考は泥沼にはまる、そう悠太は感じ、すぐさまベッドに飛び込んだ。






 翌日、悠太の悩みなどまったく知らないアリツェは、ご機嫌に街へと繰り出した。

 ドミニクと別れて、今日は貴族街周辺の聞き込みに回る。

「悠太様、どのあたりを回ればよろしいでしょうか?」

 アリツェは悠太に話しかけた。だが――。

(……)

 悠太の返事はなかった。

「悠太様?」

 やはり返事が返ってこなかった。アリツェは訝しんだが、もしかしたら疲れているのかもしれないと思い、これ以上の問いかけは止めた。

 アリツェはそのまま、ペスとともに街を回る。

「うーん、やはりこれ以上の情報は集まりそうにないですわ。困りましたわね……」

 ムシュカ伯爵邸は、昨日の情報どおり空っぽだった。その後、夕方まで歩き回ったものの、他にめぼしい情報もない。残念ながら、ドミニクも同様だった。

 結局、これ以上はらちが明かないと判断したアリツェたちは、深夜に宮殿へ、精霊術を駆使して無理やり忍び込むことを決意した。
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