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第八章 皇帝親征
10 あの声が再び聞こえる!?
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理解の追い付かない話を聞かされ、ラディムは精神的にすっかり擦り切れていた。おぼつかない足取りでベルナルドの取った宿へと戻る。
宿に着くや、ベルナルドに一言断り、早々に自室へと引きこもった。ベルナルドに訝しんだ表情をされたが、どうやら単に遠征の疲れが出ただけだと思われたらしい。深く追及されずに解放された。
外套を脱ぐと、ラディムはそのままベッドへと飛び込んだ。うつ伏せになり、顔を枕に押し付ける。
「あー、あー、いったい何なんだこの街は! わけがわからない」
露店主の言葉がぐるぐるとラディムの脳裏を回り続けていた。
帝国軍を全く敵視している様子のない住民。前辺境伯カレルの息子として、ラディムを歓迎する様子もあった。辺境伯家はいったいどういった意図でこのような情報操作をしたのだろうか。
「疲れもあって、ダメだ、頭が回らん。今日は寝るか」
ラディムはそのまま目を閉じた――。
「――ディム君。ラディム君」
(なんだ……、うるさいな……)
今寝ているんだ、静かにしてくれ、とラディムはイラついた。
「ラディム君!」
女の怒鳴り声が、頭の中に大きく響き渡った。
「うわぁぁぁぁっ!」
ラディムは脳裏に反響する声に、たまらず頭を抱えた。
「気が付いたね、ラディム君」
「あ、あんた、誰だ……? 見覚えがあるようなないような……」
声のする方へと目を遣ると、見慣れない女が立っている。
「ん? ここは、夢の中か?」
確かに夢の中だった。証拠に、今ラディムの立つこの空間は、先ほどベッドに飛び込んだ宿屋の部屋ではない。一面の真っ白な世界。目の前に立つ名も知らぬ女性とラディムがいるのみの、閉じた空間。
「何を言っているの? ラディム君の母の優里菜じゃない」
おかしなことを言う。目の前の女性、いや、少女といったらよいだろうか。わずかにラディムよりも年上であろう少女が、母親のはずがない。しかも、母の名前まで騙る不届きさだ。
「ユリナ? なぜ私の母上の名を騙るのだ?」
少女の態度に苛立ちを覚え、ラディムは語気を荒げた。
「え? あなたどうしちゃったの? 私のこと、忘れている?」
少女はきょとんとした表情を浮かべている。
(……何言っているんだ、この少女は?)
忘れているも何も、初対面だろう。
(……ん? 本当に初対面か? マリエの薬で抑えられるまで頭の中に響き渡っていた、あの幻聴と同じ声ではないか? 声質が同じような気がする)
思い出そうとすると、頭に痛みが走る。うまく思い出せない。
「私の人格を封じられていたみたいだけれど、もしかして何かあった?」
「人格? 封じられる? ……何の話だ」
優里菜と名乗る少女は、また、わけのわからない話を始めた。人格を封じるとは、いったい何の話だろうか。
「封じられていたことに気づいていなかったの? タイミング的に、あなたのお母さんに会いに行った前後が怪しいな……」
少し待ってほしかった。
だが、考える時間が欲しいラディムの様子には気づかず、優里菜はどんどん持論を展開していく。ラディムはまったく話についていけない。
「母上が? ちょっと、何を言っているのかわからん。わかりやすく説明してくれ」
ラディムはたまらず優里菜の言葉を制止した。
優里菜が言うには、すでに一度、優里菜とラディムは記憶の中で、お互いの自己紹介も含めてしっかりと話し合いを持っていたらしい。
ラディムはただ耳障りな幻聴が聞こえていた程度にしか覚えていなかった。しかし、どうやらこれも、マリエの薬の作用のせいではないかとの優里菜の見立てだった。人格だけでなく、付随する記憶まで封じられていたと。
「ということは、私はマリエの薬によって何らかの術を掛けられ、あなたに関する記憶を封じられていたと?」
優里菜の推論は、素直に納得のできないものだった。マリエがラディムを害するような真似をするとは、どうしても思えない。
「そういうこと。あ、あと、前にも言ったけれど、私のことは『優里菜』って呼び捨てでお願いね」
「あ、ああ。わかった」
にかっと笑いかける優里菜に、ラディムは困惑した。今は重い話をしているはずのに、ずいぶんと軽い対応だなとラディムは思う。それとも、単に動揺しているラディムに気を使って、明るく振舞っているだけなのか。
宿に着くや、ベルナルドに一言断り、早々に自室へと引きこもった。ベルナルドに訝しんだ表情をされたが、どうやら単に遠征の疲れが出ただけだと思われたらしい。深く追及されずに解放された。
外套を脱ぐと、ラディムはそのままベッドへと飛び込んだ。うつ伏せになり、顔を枕に押し付ける。
「あー、あー、いったい何なんだこの街は! わけがわからない」
露店主の言葉がぐるぐるとラディムの脳裏を回り続けていた。
帝国軍を全く敵視している様子のない住民。前辺境伯カレルの息子として、ラディムを歓迎する様子もあった。辺境伯家はいったいどういった意図でこのような情報操作をしたのだろうか。
「疲れもあって、ダメだ、頭が回らん。今日は寝るか」
ラディムはそのまま目を閉じた――。
「――ディム君。ラディム君」
(なんだ……、うるさいな……)
今寝ているんだ、静かにしてくれ、とラディムはイラついた。
「ラディム君!」
女の怒鳴り声が、頭の中に大きく響き渡った。
「うわぁぁぁぁっ!」
ラディムは脳裏に反響する声に、たまらず頭を抱えた。
「気が付いたね、ラディム君」
「あ、あんた、誰だ……? 見覚えがあるようなないような……」
声のする方へと目を遣ると、見慣れない女が立っている。
「ん? ここは、夢の中か?」
確かに夢の中だった。証拠に、今ラディムの立つこの空間は、先ほどベッドに飛び込んだ宿屋の部屋ではない。一面の真っ白な世界。目の前に立つ名も知らぬ女性とラディムがいるのみの、閉じた空間。
「何を言っているの? ラディム君の母の優里菜じゃない」
おかしなことを言う。目の前の女性、いや、少女といったらよいだろうか。わずかにラディムよりも年上であろう少女が、母親のはずがない。しかも、母の名前まで騙る不届きさだ。
「ユリナ? なぜ私の母上の名を騙るのだ?」
少女の態度に苛立ちを覚え、ラディムは語気を荒げた。
「え? あなたどうしちゃったの? 私のこと、忘れている?」
少女はきょとんとした表情を浮かべている。
(……何言っているんだ、この少女は?)
忘れているも何も、初対面だろう。
(……ん? 本当に初対面か? マリエの薬で抑えられるまで頭の中に響き渡っていた、あの幻聴と同じ声ではないか? 声質が同じような気がする)
思い出そうとすると、頭に痛みが走る。うまく思い出せない。
「私の人格を封じられていたみたいだけれど、もしかして何かあった?」
「人格? 封じられる? ……何の話だ」
優里菜と名乗る少女は、また、わけのわからない話を始めた。人格を封じるとは、いったい何の話だろうか。
「封じられていたことに気づいていなかったの? タイミング的に、あなたのお母さんに会いに行った前後が怪しいな……」
少し待ってほしかった。
だが、考える時間が欲しいラディムの様子には気づかず、優里菜はどんどん持論を展開していく。ラディムはまったく話についていけない。
「母上が? ちょっと、何を言っているのかわからん。わかりやすく説明してくれ」
ラディムはたまらず優里菜の言葉を制止した。
優里菜が言うには、すでに一度、優里菜とラディムは記憶の中で、お互いの自己紹介も含めてしっかりと話し合いを持っていたらしい。
ラディムはただ耳障りな幻聴が聞こえていた程度にしか覚えていなかった。しかし、どうやらこれも、マリエの薬の作用のせいではないかとの優里菜の見立てだった。人格だけでなく、付随する記憶まで封じられていたと。
「ということは、私はマリエの薬によって何らかの術を掛けられ、あなたに関する記憶を封じられていたと?」
優里菜の推論は、素直に納得のできないものだった。マリエがラディムを害するような真似をするとは、どうしても思えない。
「そういうこと。あ、あと、前にも言ったけれど、私のことは『優里菜』って呼び捨てでお願いね」
「あ、ああ。わかった」
にかっと笑いかける優里菜に、ラディムは困惑した。今は重い話をしているはずのに、ずいぶんと軽い対応だなとラディムは思う。それとも、単に動揺しているラディムに気を使って、明るく振舞っているだけなのか。
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