72 / 272
第七章 封じられた記憶
9 薬を飲んで頭がすっきりした
しおりを挟む
その夜、自室のベッドにもぐりこんだラディムは、意識の中の優里菜を呼んだ。
「優里菜、母上の態度、どう見た?」
(取り付く島もなかったねー。確かにあの様子じゃ、精霊の話題は絶対に出せない)
優里菜は、「あれじゃ、どうにもならないね」とつぶやいた。
「父上の話題も、結局は何もわからずじまいだったな。君の人格のことも完全否定されたし」
(まぁ私でも、夢で聞いたなんて言ったら、バカにしてるのかと怒るかもしれない。その点は仕方がなかったかも)
優里菜の言うとおりではあった。優里菜同様に、ラディムも夢が云々だなんて話をされたとしても、正直、対応に困りそうだ。
だが、あの場ではあくまで夢として話すしか、ラディムには手がなかったのも事実だった。
「とりあえず明日、冷静になっている状態でもう一度挑戦だな」
母のほうから、もう一度来るようにと言ってきた。乗らない手はないだろう。
(そうだね。明日こそは、もう少しいい情報を引き出したいところだね)
優里菜も同意する。
本当に、何かちょっとした手掛かりでもいいから、情報が欲しかった。同姓同名の二人の父。いったい何の関係があるのかを。
「じゃ、明日に備えて英気を養うか。おやすみ優里菜」
(はい、おやすみラディム)
挨拶を交わし、ラディムは眠りに落ちた――。
翌日、約束通りラディムは母の私室を訪ねた。
母の様子は、どうやらすっかり落ち着いているようだ。母に促され、昨日と同じ椅子に腰を下ろした。
「おはよう、よく来ましたね、ラディム」
ラディムも母に挨拶を返した。母はにこやかに微笑んでいる……ように見える。
「まずは、昨日話した疲労に効く薬。これを飲みなさい。私の精神面を見てもらっている薬師に、処方してもらいました。ラディム、あなた、かなり疲れているように見えるわよ」
ラディム自身はそこまで疲れているとは思っていなかった。だが、ここ数日、かなりのハードスケジュールだった点は間違いがなかった。知らずに表情に出ていたのかもしれない。
「お気遣い、痛み入ります」
母の行為に、ラディムは素直に応じた。渡された粉末を口に含むと、水で一気に流し込んだ。
そこで、ラディムは意識を失った――。
「……ん、あ、あれ? ……私はいったい」
ラディムは体を起こした。
わずかに感じる頭の鈍痛に、思わずこめかみを指で押さえた。痛みは幸い、すぐに治まった。
ラディムは改めて周囲を見遣る。見飽きた景色だ。……いつの間にか、自室のベッドで寝ていたようだ。
「あ、殿下! 気づかれましたか?」
ラディムが起き上がる様子に気づいたのか、エリシュカがパタパタとラディムの傍まで小走りでやってきた。エリシュカは少し顔を曇らせている。心配をかけたのだろう。
「エリシュカ……。私は、いったいどうしたのだ?」
ラディムは状況がつかめていなかった。
「覚えていらっしゃいませんか? お母上のユリナ様の部屋で、殿下は突然倒れられたのですよ?」
あいまいだった記憶がよみがえってきた。確か、呼ばれて母の私室に行ったのだ、と。
だが、なぜだか、それ以上を思い出せなかった。
「ユリナ様がおっしゃるには、殿下は疲労回復のお薬をお飲みになり、すぐに卒倒されたそうです」
「ああ……、そういえば、母に薬をもらい、飲み込んだまでは覚えているが、そこから先が思い出せない。母の言うとおり、そこで倒れたのだろう」
確かに、疲労に効く薬といって手渡された。その薬を飲んで以降のラディムの記憶は、途切れていた。
「よほど精神的に疲れていたのだろうって、ユリナ様はおっしゃっていました。殿下が飲んだお薬、マリエちゃんが処方した精神安定剤のようなものなんだそうですよ」
「精神安定剤?」
疲労に効くとは言っていたが、精神面の疲労を取り除くものだったのか。それにしても、マリエの処方薬とは。いつの間に薬師のまねごとを……。
「殿下が精神的にお疲れのご様子だったから、ユリナ様がマリエちゃんに頼んで、心に作用をする魔術を込めたお薬を作ってもらったそうです」
なるほど、純粋な薬というよりは、『生命力』を練りこんだマジックアイテムみたいなものか。
「即座に卒倒するほど効果てきめんだった、ということだな。確かに、何か頭に掛かっていたもやが晴れたような気がする。すごく、すっきりした気分だ」
ここ数日の間、さんざん悩まされていた頭の中に響き渡る妙な女の声も、すっかり聞こえなくなっていた。精霊を善だとうそぶく、何やら妄想を垂れ流していたあの忌々しい声。結局は母の言うとおり、精神的な疲れからくる、単なる白昼夢だったのだろう。
「それはよかったです!」
ラディムがにこやかに笑えば、エリシュカはぴょんと跳ねて喜んだ。
「明日、マリエにお礼をしに行くか」
母にはもちろん、薬を作ったマリエにも感謝をしなければ、とラディムは思った。
「優里菜、母上の態度、どう見た?」
(取り付く島もなかったねー。確かにあの様子じゃ、精霊の話題は絶対に出せない)
優里菜は、「あれじゃ、どうにもならないね」とつぶやいた。
「父上の話題も、結局は何もわからずじまいだったな。君の人格のことも完全否定されたし」
(まぁ私でも、夢で聞いたなんて言ったら、バカにしてるのかと怒るかもしれない。その点は仕方がなかったかも)
優里菜の言うとおりではあった。優里菜同様に、ラディムも夢が云々だなんて話をされたとしても、正直、対応に困りそうだ。
だが、あの場ではあくまで夢として話すしか、ラディムには手がなかったのも事実だった。
「とりあえず明日、冷静になっている状態でもう一度挑戦だな」
母のほうから、もう一度来るようにと言ってきた。乗らない手はないだろう。
(そうだね。明日こそは、もう少しいい情報を引き出したいところだね)
優里菜も同意する。
本当に、何かちょっとした手掛かりでもいいから、情報が欲しかった。同姓同名の二人の父。いったい何の関係があるのかを。
「じゃ、明日に備えて英気を養うか。おやすみ優里菜」
(はい、おやすみラディム)
挨拶を交わし、ラディムは眠りに落ちた――。
翌日、約束通りラディムは母の私室を訪ねた。
母の様子は、どうやらすっかり落ち着いているようだ。母に促され、昨日と同じ椅子に腰を下ろした。
「おはよう、よく来ましたね、ラディム」
ラディムも母に挨拶を返した。母はにこやかに微笑んでいる……ように見える。
「まずは、昨日話した疲労に効く薬。これを飲みなさい。私の精神面を見てもらっている薬師に、処方してもらいました。ラディム、あなた、かなり疲れているように見えるわよ」
ラディム自身はそこまで疲れているとは思っていなかった。だが、ここ数日、かなりのハードスケジュールだった点は間違いがなかった。知らずに表情に出ていたのかもしれない。
「お気遣い、痛み入ります」
母の行為に、ラディムは素直に応じた。渡された粉末を口に含むと、水で一気に流し込んだ。
そこで、ラディムは意識を失った――。
「……ん、あ、あれ? ……私はいったい」
ラディムは体を起こした。
わずかに感じる頭の鈍痛に、思わずこめかみを指で押さえた。痛みは幸い、すぐに治まった。
ラディムは改めて周囲を見遣る。見飽きた景色だ。……いつの間にか、自室のベッドで寝ていたようだ。
「あ、殿下! 気づかれましたか?」
ラディムが起き上がる様子に気づいたのか、エリシュカがパタパタとラディムの傍まで小走りでやってきた。エリシュカは少し顔を曇らせている。心配をかけたのだろう。
「エリシュカ……。私は、いったいどうしたのだ?」
ラディムは状況がつかめていなかった。
「覚えていらっしゃいませんか? お母上のユリナ様の部屋で、殿下は突然倒れられたのですよ?」
あいまいだった記憶がよみがえってきた。確か、呼ばれて母の私室に行ったのだ、と。
だが、なぜだか、それ以上を思い出せなかった。
「ユリナ様がおっしゃるには、殿下は疲労回復のお薬をお飲みになり、すぐに卒倒されたそうです」
「ああ……、そういえば、母に薬をもらい、飲み込んだまでは覚えているが、そこから先が思い出せない。母の言うとおり、そこで倒れたのだろう」
確かに、疲労に効く薬といって手渡された。その薬を飲んで以降のラディムの記憶は、途切れていた。
「よほど精神的に疲れていたのだろうって、ユリナ様はおっしゃっていました。殿下が飲んだお薬、マリエちゃんが処方した精神安定剤のようなものなんだそうですよ」
「精神安定剤?」
疲労に効くとは言っていたが、精神面の疲労を取り除くものだったのか。それにしても、マリエの処方薬とは。いつの間に薬師のまねごとを……。
「殿下が精神的にお疲れのご様子だったから、ユリナ様がマリエちゃんに頼んで、心に作用をする魔術を込めたお薬を作ってもらったそうです」
なるほど、純粋な薬というよりは、『生命力』を練りこんだマジックアイテムみたいなものか。
「即座に卒倒するほど効果てきめんだった、ということだな。確かに、何か頭に掛かっていたもやが晴れたような気がする。すごく、すっきりした気分だ」
ここ数日の間、さんざん悩まされていた頭の中に響き渡る妙な女の声も、すっかり聞こえなくなっていた。精霊を善だとうそぶく、何やら妄想を垂れ流していたあの忌々しい声。結局は母の言うとおり、精神的な疲れからくる、単なる白昼夢だったのだろう。
「それはよかったです!」
ラディムがにこやかに笑えば、エリシュカはぴょんと跳ねて喜んだ。
「明日、マリエにお礼をしに行くか」
母にはもちろん、薬を作ったマリエにも感謝をしなければ、とラディムは思った。
0
お気に入りに追加
291
あなたにおすすめの小説
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
追放された聖女の悠々自適な側室ライフ
白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
【完結】彼女以外、みんな思い出す。
❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。
幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。
団長サマの幼馴染が聖女の座をよこせというので譲ってあげました
毒島醜女
ファンタジー
※某ちゃんねる風創作
『魔力掲示板』
特定の魔法陣を描けば老若男女、貧富の差関係なくアクセスできる掲示板。ビジネスの情報交換、政治の議論、それだけでなく世間話のようなフランクなものまで存在する。
平民レベルの微力な魔力でも打ち込めるものから、貴族クラスの魔力を有するものしか開けないものから多種多様である。勿論そういった身分に関わらずに交流できる掲示板もある。
今日もまた、掲示板は悲喜こもごもに賑わっていた――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる