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第七章 封じられた記憶

3 エリシュカとダンス

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「さて、思いがけない状況になった……」

 ラディムは自室に戻り、ドカッと椅子に座り込んだ。

 いろいろなことがありすぎて、精神的な疲労が甚だしかった。準成人の儀での大衆への演説、与えられた新たな任務……。

 特に、騎士団入団が回避され、魔術の研究に専念できるようになった事実は大きい。

「殿下、どうされたんです?」

 ラディムが戻ったのを確認し、侍女の控室からエリシュカがやってきた。

 ラディムが抜け殻のように椅子に座り込んでいたためか、エリシュカは心配そうな声をかけてくる。

「エリシュカ……。実はな、準成人を迎えたら慣例どおり騎士団に入るのかと思っていたのだが、私の場合は特例で別の道を用意された」

「えっ、そうなんですか?」

 一瞬きょとんとした顔を浮かべたエリシュカだが、すぐに表情を崩し始めた。

「私としてはうれしいです。殿下が騎士団に入ってしまいますと、殿下のお世話ができないですから!」

 声を弾ませて、エリシュカは手を叩きながらピョンピョン跳ねた。

 十六歳らしからぬ喜び方のエリシュカに、ラディムは苦笑が漏れる。だが、これもエリシュカらしいといえばエリシュカらしい。ラディムとしても、こうも喜んでもらえると、主人冥利に尽きる。

「教会で魔術の研究に専念することになった。騎士団入団とは違い、教会へはここから通いになるから、今までどおりエリシュカ、私の身の回りの世話を頼むぞ」

 くるくる舞っているエリシュカに、ラディムは笑いながら声をかけた。

「もちろんです!」

 エリシュカははしゃぎながら、大きくうなずいた。

「来週から殿下のいない潤いのない毎日になるかと思っていたので、私嬉しいです!」

 飛び跳ねるのをいったん止めると、エリシュカは吐息が届かんばかりまでグイっと、ニコニコした顔をラディムに近づけた。

 本来であれば、エリシュカは一時的にラディム付きから外れて、他の仕事に就くはずだった。だが、傍付きから外れる必要がなくなったので、当面は今までどおりラディムの世話をすることになる。……それにしたって、少々喜びすぎな気もするが。

「そ、そうか。そういってもらえると、私としても悪い気はしない」

 エリシュカの勢いに、ラディムはすっかりたじろいだ。

「それにしても殿下! 殿下の魔術の才能、陛下も高く評価なさっているんですね!」

 「さすがは陛下ですね!」と、エリシュカは破顔した。

「どうやらそのようだ、私としても努力が認められたようで誇らしいな」

 過去の慣例を破ってまで、ベルナルドはラディムを魔術研究の道へ進ませた。ザハリアーシュの助言はあっただろうにせよ、嬉しくないわけがなかった。長く続くギーゼブレヒト家の伝統の例外を作ったのだ。相当に思い切った決断だったに違いない。

「私も、普段の殿下のたゆまぬ努力を見続けてきただけあって、こうして周囲に認められる殿下を見ると嬉しくて舞い上がりそうです」

 エリシュカはそう言うや、ラディムの腕をつかんで一緒にくるくると回り出した。

(目、目が回るぞー……)

 エリシュカがあまりにも楽しそうにしているので、ラディムは抵抗せずに好きなようにさせた。エリシュカはさっきから回りっぱなしだ。細い体のどこにそんな体力があるのだろうか。

 本当に喜びを全身で表現するのが好きなんだな、とラディムは思う。フラフラと目を回しながらも、ラディムもエリシュカとのひと時を一緒に楽しんだ。






「民へのお披露目やら何やらと、今日は忙しくてさすがに疲れた。休みたいのだが、ベッドの準備はできているか?」

 流れでエリシュカとダンスの練習みたいになったが、さすがに疲労が限界に達した。ラディムは『生命力』切れの時に襲ってくるような虚脱感を覚えた。

「はい、もちろんです。きっと殿下がそうおっしゃるかと思い、今日は早めにベッドメイクを済ませてあります」

 当然ですといわんばかりにエリシュカは胸を張った。

「相変わらずエリシュカは気が利くな。ありがとう」

「いえ、殿下のためですし。では、すぐお休みになられますか?」

 ラディムが褒めれば、エリシュカは少しはにかんだ。

「ああ、そうさせてもらう。お休み、エリシュカ」

「はい、おやすみなさい、殿下」

 ラディムがベッドにもぐりこむのを確認すると、エリシュカは部屋から退出していった。
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