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第六章 一人の少女と一匹の猫

8 子猫に名付けをしたぞ

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「……よし、『ミア』だ! お前の名前は、今日から『ミア』だ」

 天啓を得たかのように、自然と頭に浮かんだ。この子猫にはこれ以外の名はないと思った。うまく言葉で言い表せない、不思議な感覚だった。

「ミアちゃんですかー。うん、いいですね。かわいらしいです!」

 パッとエリシュカは赤子のように無邪気に笑い、ラディムに抱かれているミアの頭を撫でた。

「にゃーお」

 ミアはさっきからぐりぐりと、顔をラディムの胸に擦り付けつづけている。

「うふふ、ミアもうれしいって。よかったわねー」

 エリシュカは優しげな眼で、ミアの小刻みに震えるしっぽを眺めている。

「なんか、ますます懐かれた……」

 あまりのミアの興奮ぶりに、ラディムはたじろぐばかりだった。なぜこんなに懐かれるのか、まったく解せない。

『ご主人様、名付け、ありがとにゃ!』

「え? え?」

 突然、脳裏に直接語り掛けてくるような声が響いた。

「どうしました? 殿下」

 戸惑うラディムを見て、エリシュカはコテンと首をかしげた。

「えと、エリシュカ、お前今、何かしゃべったか?」

 この場にいるのはエリシュカのみだ。あの声はエリシュカのものだったのだろうか。それにしては、声が違うような……。

「ほへ? いえ、とくには」

 頓狂な声を上げ、エリシュカは目を見開いた。

 どうやら声はエリシュカのものではなかったらしい。

「誰かに、ご主人さまって呼ばれたような気が……」

 ラディムはきょろきょろと周囲をうかがった。

 少女らしいピンクを基調とした部屋。天蓋付きベッドには、当然誰も寝てはいない。窓に目を遣るが、外には何もない。ここは二階だから、あたりまえだ。廊下にも人の気配はない。……エリシュカも否定する以上、声の主がわからなかった。

「そもそも、殿下を『ご主人様』なんて呼ぶ人が、この国にいますか? みんな、『殿下』と呼んでますよ?」

 エリシュカの指摘に、ラディムはハッとした。

 確かに、みな『殿下』とラディムのことを呼ぶ。『ご主人様』なんて呼ばれた記憶は、一度としてない。

「そうだよなぁー。空耳か? 疲れているのかな」

 ラディムは頭を振って、意識を覚醒させようとする。

 なぜだか少し、ぼんやりする。記憶の深いところを探ろうとすると、何かに拒否をされるような感覚を覚えた。

(なんだろうか、これは……。疲労で頭がおかしくなったか?)

「それはいけませんね。もう、宮殿にお戻りになりますか?」

 ラディムは普段人前で疲れているそぶりは見せないようにしているので、エリシュカは少し不安げな表情を浮かべていた。

「そう……だな」

「では、私もご一緒させていただきます」

 エリシュカはそういって、ラディムの腕を抱えた。

「お、おい、腕を絡めるな。恥ずかしい」

 急に密着してきたエリシュカに、ラディムは動揺した。エリシュカはいつになく積極的だった。

「うふふ、いいじゃないですか。殿下はお疲れなんです。たまにはお姉さんに甘えてください。もたれかかっても、いいんですよ」

 急に年上ぶるエリシュカ。だが、無理しているのはバレバレだった。顔が真っ赤だ。

 どうやら、エリシュカに弱みを見せたのは失敗だったようだ。エリシュカの母性本能?のスイッチを入れてしまったようだった。

「母さん、殿下を宮殿まで送っていくねー!」

 屋敷を出るところで、エリシュカは大声で伯爵夫人に呼び掛けた。

「殿下、こんなせまっ苦しい家にわざわざお越しいただき、すみません。エリシュカをお願いします」

 エリシュカの声に応じて伯爵夫人はすぐに奥から出てきて、ラディムに深く一礼をした。

「とんでもない、私もミアに会いたかったしな。では、また来週寄らせてもらう」

 名付けもしたのだ。ミアとも毎週必ず顔を合わせるようにしようとラディムは誓った。

「はい、お待ちしております殿下」

 伯爵夫人は、娘のエリシュカがラディムに密着している様子を微笑みながら見つめていた。
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