45 / 272
第五章 帝国の皇子
7 いずれ辺境伯へ鉄槌を
しおりを挟む
ラディムの自室――。
ラディムは今日も朝からザハリアーシュによる講義を受けていた。
昼を過ぎ、今は『フェイシア王国関係史』という、帝国とフェイシア王国との間の過去の歴史について学んでいる。
今日の範囲である皇家と辺境伯家との関係についてを説明し終えたザハリアーシュは、お茶を飲みつつ一息ついていた。
「プリンツ辺境伯家は、私を失って跡継ぎはどうなったんだ?」
講義を聞いて疑問に思ったラディムは、さっそくザハリアーシュに尋ねた。
当主のカレルに世継ぎがいなかった以上、辺境伯家にとってはラディムを失った結果は致命的だったろう。王国としても、辺境伯家は国境警備の要の重臣だ。そのまま捨て置けるような問題ではなかったはずだ。
「何度かラディム殿下を返すように要請はありました。フェイシア国王を通じての要請もあったと聞いていますな。だが、陛下はすべてを突っぱねております。最後にはあきらめ、カレル・プリンツの弟フェルディナント・プリンツが辺境伯を継いだようですぞ」
実父カレルには弟がいたらしい。だったら、なぜ早々にフェルディナントを跡継ぎにしなかったのだろうか。帝国と無理に事を構えるよりも、よほど話が早い気もする。
ラディムはその点についてもザハリアーシュに尋ねた。
「その当時はまだフェルディナントが成人しておりませんでした。また、軍人として育てようとしていたため、領主としての教育をまったく施しておらず、辺境伯として跡を継がせることに躊躇したということです。それで、正当性を持つラディム殿下を是が非でも確保したかった、と。殿下が成長するまでは、王都から派遣される代官に領を任せるつもりだったようですな」
「別に、さっさとフェルディナントが継いで、経験を積むまでは王都からの代官に政務をとらせる形でもよかったんじゃないか?」
ラディムは首をかしげた。代官を置けるのなら、フェルディナントに領主教育を施している間だけ、代官を置けば済む話にも思えた。やはり、ラディムに固執する必要性を感じられない。
「それが、ですね。王国法で健康な成人の跡継ぎが就爵する場合、代官は派遣されないらしいのです。あくまで未成年の領主のための後見人という位置づけらしいですな。フェルディナントに関しては、未成年とはいえ翌年には成人を迎える年齢でした。さすがに一年に満たない間に領主教育を施し、成人したらすぐに政務につけ、とは言えなかったのでしょうな。言葉は悪いですが、脳筋に育ててたわけですし」
大口を開けて「ガッハッハ」と笑うザハリアーシュ。
脳筋ということは、おそらくはずっと軍務に関することしか教えられてこなかったのだろう。確かに、いきなり書類仕事をやれと言われても、戸惑うに違いない。
「ふーん。ま、でも、フェルディナントが無事に跡を継いだ以上、もう辺境伯家は私の奪還に固執はしていないということだな?」
「おそらくは」
ザハリアーシュは頷いた。
ラディムは既に身も心も帝国の人間だ。バイアー帝国を離れて王国側に下れと言われても困る。ラディムはホッと安堵した。
「逆に、いまさら殿下が辺境伯家へ戻っても、いたずらに継承問題を引き起こすだけでしょう。むしろ、帰ってくるなと思っているのではないですかな?」
ザハリアーシュはまた、「ガッハッハ」と大声で派手に笑っている。
「確かにそうだな。私自身も、そんな面倒くさいところに戻れと言われても、戻りたくはない」
泥沼の継承争いだなんて、ラディムもごめんだった。
それに、辺境伯領は王国の中でも精霊教が強い地域だ。しかも、あろうことか辺境伯家自身が積極的に精霊教に帰依している。とんでもない話だった。そのような場所に行けるはずがあろうか。母も異能の一種である精霊を激しく恨んでいる。あり得ない。まったくあり得ない話だ。
「陛下とも約束したのだ。ギーゼブレヒト家の一員として、平穏な帝都の姿をずっと護るのだ、と」
テラスで交わしたベルナルドとの約束。帝国の守護者として、民の平穏を守り抜く。たとえ自らの血を流してでも……。
民を護るため、帝国を護るため、そして、世界を護るためならば、たとえ血縁があろうとも、プリンツ辺境伯を討つことにためらいなどない。プリンツ辺境伯家が邪教たる精霊教を妄信している以上は、いずれ帝国の安寧のために排除しなけばならない時が来る。その時にプリンツ辺境伯へ鉄槌を下すのは、血縁者である自分の役目ではないだろうか、とラディムは思った。
「素晴らしいお心掛けでございますな、殿下」
ザハリアーシュは大げさにうなずくと、ラディムの言葉に満足したのか破顔した。
「私はラディム・プリンツではない。ラディム・ギーゼブレヒトなのだ」
ラディムは改めて、自身がギーゼブレヒト皇家の人間なのだと心に刻んだ。いずれ帝国の敵となることが必至のプリンツ辺境伯家の人間では、決してない。
ラディムは今日も朝からザハリアーシュによる講義を受けていた。
昼を過ぎ、今は『フェイシア王国関係史』という、帝国とフェイシア王国との間の過去の歴史について学んでいる。
今日の範囲である皇家と辺境伯家との関係についてを説明し終えたザハリアーシュは、お茶を飲みつつ一息ついていた。
「プリンツ辺境伯家は、私を失って跡継ぎはどうなったんだ?」
講義を聞いて疑問に思ったラディムは、さっそくザハリアーシュに尋ねた。
当主のカレルに世継ぎがいなかった以上、辺境伯家にとってはラディムを失った結果は致命的だったろう。王国としても、辺境伯家は国境警備の要の重臣だ。そのまま捨て置けるような問題ではなかったはずだ。
「何度かラディム殿下を返すように要請はありました。フェイシア国王を通じての要請もあったと聞いていますな。だが、陛下はすべてを突っぱねております。最後にはあきらめ、カレル・プリンツの弟フェルディナント・プリンツが辺境伯を継いだようですぞ」
実父カレルには弟がいたらしい。だったら、なぜ早々にフェルディナントを跡継ぎにしなかったのだろうか。帝国と無理に事を構えるよりも、よほど話が早い気もする。
ラディムはその点についてもザハリアーシュに尋ねた。
「その当時はまだフェルディナントが成人しておりませんでした。また、軍人として育てようとしていたため、領主としての教育をまったく施しておらず、辺境伯として跡を継がせることに躊躇したということです。それで、正当性を持つラディム殿下を是が非でも確保したかった、と。殿下が成長するまでは、王都から派遣される代官に領を任せるつもりだったようですな」
「別に、さっさとフェルディナントが継いで、経験を積むまでは王都からの代官に政務をとらせる形でもよかったんじゃないか?」
ラディムは首をかしげた。代官を置けるのなら、フェルディナントに領主教育を施している間だけ、代官を置けば済む話にも思えた。やはり、ラディムに固執する必要性を感じられない。
「それが、ですね。王国法で健康な成人の跡継ぎが就爵する場合、代官は派遣されないらしいのです。あくまで未成年の領主のための後見人という位置づけらしいですな。フェルディナントに関しては、未成年とはいえ翌年には成人を迎える年齢でした。さすがに一年に満たない間に領主教育を施し、成人したらすぐに政務につけ、とは言えなかったのでしょうな。言葉は悪いですが、脳筋に育ててたわけですし」
大口を開けて「ガッハッハ」と笑うザハリアーシュ。
脳筋ということは、おそらくはずっと軍務に関することしか教えられてこなかったのだろう。確かに、いきなり書類仕事をやれと言われても、戸惑うに違いない。
「ふーん。ま、でも、フェルディナントが無事に跡を継いだ以上、もう辺境伯家は私の奪還に固執はしていないということだな?」
「おそらくは」
ザハリアーシュは頷いた。
ラディムは既に身も心も帝国の人間だ。バイアー帝国を離れて王国側に下れと言われても困る。ラディムはホッと安堵した。
「逆に、いまさら殿下が辺境伯家へ戻っても、いたずらに継承問題を引き起こすだけでしょう。むしろ、帰ってくるなと思っているのではないですかな?」
ザハリアーシュはまた、「ガッハッハ」と大声で派手に笑っている。
「確かにそうだな。私自身も、そんな面倒くさいところに戻れと言われても、戻りたくはない」
泥沼の継承争いだなんて、ラディムもごめんだった。
それに、辺境伯領は王国の中でも精霊教が強い地域だ。しかも、あろうことか辺境伯家自身が積極的に精霊教に帰依している。とんでもない話だった。そのような場所に行けるはずがあろうか。母も異能の一種である精霊を激しく恨んでいる。あり得ない。まったくあり得ない話だ。
「陛下とも約束したのだ。ギーゼブレヒト家の一員として、平穏な帝都の姿をずっと護るのだ、と」
テラスで交わしたベルナルドとの約束。帝国の守護者として、民の平穏を守り抜く。たとえ自らの血を流してでも……。
民を護るため、帝国を護るため、そして、世界を護るためならば、たとえ血縁があろうとも、プリンツ辺境伯を討つことにためらいなどない。プリンツ辺境伯家が邪教たる精霊教を妄信している以上は、いずれ帝国の安寧のために排除しなけばならない時が来る。その時にプリンツ辺境伯へ鉄槌を下すのは、血縁者である自分の役目ではないだろうか、とラディムは思った。
「素晴らしいお心掛けでございますな、殿下」
ザハリアーシュは大げさにうなずくと、ラディムの言葉に満足したのか破顔した。
「私はラディム・プリンツではない。ラディム・ギーゼブレヒトなのだ」
ラディムは改めて、自身がギーゼブレヒト皇家の人間なのだと心に刻んだ。いずれ帝国の敵となることが必至のプリンツ辺境伯家の人間では、決してない。
0
お気に入りに追加
291
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
追放された聖女の悠々自適な側室ライフ
白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
【完結】彼女以外、みんな思い出す。
❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。
幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。
団長サマの幼馴染が聖女の座をよこせというので譲ってあげました
毒島醜女
ファンタジー
※某ちゃんねる風創作
『魔力掲示板』
特定の魔法陣を描けば老若男女、貧富の差関係なくアクセスできる掲示板。ビジネスの情報交換、政治の議論、それだけでなく世間話のようなフランクなものまで存在する。
平民レベルの微力な魔力でも打ち込めるものから、貴族クラスの魔力を有するものしか開けないものから多種多様である。勿論そういった身分に関わらずに交流できる掲示板もある。
今日もまた、掲示板は悲喜こもごもに賑わっていた――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる