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第五章 帝国の皇子
4 わが麗しのバイアー帝国
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バイアー帝国――。
中央大陸の西側に位置し、面積的には大陸最大の版図を持つ強国だ。東に接するは、同じく大国のフェイシア王国。帝国建国から約六百年、代々ギーゼブレヒト家出身の皇帝が治世を担ってきた。
現皇帝は第十九代のベルナルド・ギーゼブレヒト。二十代後半の働き盛りの皇帝だ。皇后との仲は良好なもののいまだ子がおらず、ベルナルドの姉の息子であるラディム・ギーゼブレヒトが第一皇子の立場についている。皇位継承順位第一位ではあるが、まだラディムは九歳であり、また、ベルナルドの実子ができる可能性も考慮され、皇太子に立太子はされていない。
最初はフェイシア王国のいち侯爵領から始まったバイアー帝国だが、フェイシア王国からの独立を果たすや否や、周辺の小国を瞬く間に飲み込み、百年ほどで宗主国のフェイシア王国と肩を並べるまでになっていた。百五十年ほど前には帝国は完全に王国より決別し、対等の国同士となった。
大陸西部地域に独自の外交戦略を取り始めた帝国に対し、王国側は後手に回った。もともと王国の保護国だったいくつかの小国が帝国側に付いたことで、徐々に両国関係は悪化していった。現在は、さらに宗教がらみで問題が発生しており、険悪となっている。
皇帝の政策で世界再生教を国教としているバイアー帝国に対し、かつては世界再生教が優勢だったが、近年精霊教が中枢に食い込んできているフェイシア王国。精霊教を邪教とみなす皇帝は、フェイシア王国に対して精霊教の取り締まりを主張した。だが、フェイシア王国側は拒否をした。有力諸侯に精霊教信者が増えてきている王国で、精霊教の制限などもはやできる状況ではなかったからだ。
このまま精霊教を野放しにするのであれば戦争も辞さない態度の帝国に対し、王国側も反攻姿勢を見せ、関係は過去最悪となっていた。お互いに仮想敵国として警戒をするまでになっている。
そのような国際情勢ではあったが、帝国国内は比較的平穏であった。
帝都ミュニホフも同様だった。
全長二十キロメートルにも及ぼうかという城壁に囲まれた堅牢な城塞都市。中を覗けば、活発な交易によりにぎわうメインストリートであるギーゼブレヒト大通りを中心にした広大な商業地区と、清潔に保たれた居住区。一部にスラム街があるが、都市の規模に比すればごくごく小規模だ。皇帝の政治がうまくいっているあかしでもある。住民が安心して暮らせる、治安のよい街だった。
地方都市もおおむね同様の状況で、帝国内で反乱等の兆しは全くなかった。
ただ、フェイシア王国と接する東の国境地帯周辺だけは別だった。フェイシア王国内最大の軍事力を持つプリンツ辺境伯がいるからだ。
バイアー帝国は、フェイシア王国の王家自体と仲が悪いのは当然であったが、それ以上に、ギーゼブレヒト皇家とプリンツ辺境伯家との仲がとみに悪かった。このため、国境地帯は互いに常に臨戦態勢がとられており、一触即発の様相を見せていた。いつ爆弾が破裂してもおかしくはない情勢だった。
ラディムは大きくあくびをした。
「殿下、真面目に聞いていらっしゃいますかな」
ザハリアーシュはラディムを咎めた。
「ああ、もちろんさ。『帝国史』を学ぶのは楽しいからなぁ」
「では、なぜあくびなどされるのでしょうかな?」
ラディムの言葉に、ザハリアーシュはムッとした表情を浮かべる。
仕方がないではないか。ラディムは確かに歴史を学ぶことが好きだ。だが、好きすぎたのだ。ザハリアーシュの講義で教わる前に、歴史書を読み漁ったためにあらかたの知識はすでに頭に入っていた。
「すまん、すでにその範囲は自習済みなんだ。『大陸の興亡史』というタイトルの面白い書籍があってな、去年読みふけったのだ」
「なんと、そんな大人向けの本を読んでいらしたのですか……。であるならば、確かに私の講義では内容が平たんすぎて、退屈でしたでしょう」
ザハリアーシュは目を丸くした。九歳の子供が読むような本ではなかったので、かなり驚かれた。
ザハリアーシュの教え方が悪いわけではない。ただ単に、ザハリアーシュはラディムを初学者だと思い、広く浅く、かつ噛み砕いて教えていた。なので、すでに深い部分まで知っていたラディムにとっては、何ら興味をひかれるものがなかっただけだ。
「では、今日はここまでにいたしましょう。この後、陛下とお会いになられるのでしたな?」
ラディムは頷いた。
ラディムにとっては数少ない上の地位の者からの呼び出しだ。遅れるわけにもいかない。
「では、私は陛下の元へ行く。ザハリアーシュ、今日は悪かったな」
退屈さを隠しきれなかった点を、ラディムは謝った。
「なぁに、お気に召さるな。では、また明日」
授業を終えたラディムは、皇帝ベルナルドの待つ皇宮のテラス――皇帝一家が国民に顔を見せる際に使われている――へと向かった。
中央大陸の西側に位置し、面積的には大陸最大の版図を持つ強国だ。東に接するは、同じく大国のフェイシア王国。帝国建国から約六百年、代々ギーゼブレヒト家出身の皇帝が治世を担ってきた。
現皇帝は第十九代のベルナルド・ギーゼブレヒト。二十代後半の働き盛りの皇帝だ。皇后との仲は良好なもののいまだ子がおらず、ベルナルドの姉の息子であるラディム・ギーゼブレヒトが第一皇子の立場についている。皇位継承順位第一位ではあるが、まだラディムは九歳であり、また、ベルナルドの実子ができる可能性も考慮され、皇太子に立太子はされていない。
最初はフェイシア王国のいち侯爵領から始まったバイアー帝国だが、フェイシア王国からの独立を果たすや否や、周辺の小国を瞬く間に飲み込み、百年ほどで宗主国のフェイシア王国と肩を並べるまでになっていた。百五十年ほど前には帝国は完全に王国より決別し、対等の国同士となった。
大陸西部地域に独自の外交戦略を取り始めた帝国に対し、王国側は後手に回った。もともと王国の保護国だったいくつかの小国が帝国側に付いたことで、徐々に両国関係は悪化していった。現在は、さらに宗教がらみで問題が発生しており、険悪となっている。
皇帝の政策で世界再生教を国教としているバイアー帝国に対し、かつては世界再生教が優勢だったが、近年精霊教が中枢に食い込んできているフェイシア王国。精霊教を邪教とみなす皇帝は、フェイシア王国に対して精霊教の取り締まりを主張した。だが、フェイシア王国側は拒否をした。有力諸侯に精霊教信者が増えてきている王国で、精霊教の制限などもはやできる状況ではなかったからだ。
このまま精霊教を野放しにするのであれば戦争も辞さない態度の帝国に対し、王国側も反攻姿勢を見せ、関係は過去最悪となっていた。お互いに仮想敵国として警戒をするまでになっている。
そのような国際情勢ではあったが、帝国国内は比較的平穏であった。
帝都ミュニホフも同様だった。
全長二十キロメートルにも及ぼうかという城壁に囲まれた堅牢な城塞都市。中を覗けば、活発な交易によりにぎわうメインストリートであるギーゼブレヒト大通りを中心にした広大な商業地区と、清潔に保たれた居住区。一部にスラム街があるが、都市の規模に比すればごくごく小規模だ。皇帝の政治がうまくいっているあかしでもある。住民が安心して暮らせる、治安のよい街だった。
地方都市もおおむね同様の状況で、帝国内で反乱等の兆しは全くなかった。
ただ、フェイシア王国と接する東の国境地帯周辺だけは別だった。フェイシア王国内最大の軍事力を持つプリンツ辺境伯がいるからだ。
バイアー帝国は、フェイシア王国の王家自体と仲が悪いのは当然であったが、それ以上に、ギーゼブレヒト皇家とプリンツ辺境伯家との仲がとみに悪かった。このため、国境地帯は互いに常に臨戦態勢がとられており、一触即発の様相を見せていた。いつ爆弾が破裂してもおかしくはない情勢だった。
ラディムは大きくあくびをした。
「殿下、真面目に聞いていらっしゃいますかな」
ザハリアーシュはラディムを咎めた。
「ああ、もちろんさ。『帝国史』を学ぶのは楽しいからなぁ」
「では、なぜあくびなどされるのでしょうかな?」
ラディムの言葉に、ザハリアーシュはムッとした表情を浮かべる。
仕方がないではないか。ラディムは確かに歴史を学ぶことが好きだ。だが、好きすぎたのだ。ザハリアーシュの講義で教わる前に、歴史書を読み漁ったためにあらかたの知識はすでに頭に入っていた。
「すまん、すでにその範囲は自習済みなんだ。『大陸の興亡史』というタイトルの面白い書籍があってな、去年読みふけったのだ」
「なんと、そんな大人向けの本を読んでいらしたのですか……。であるならば、確かに私の講義では内容が平たんすぎて、退屈でしたでしょう」
ザハリアーシュは目を丸くした。九歳の子供が読むような本ではなかったので、かなり驚かれた。
ザハリアーシュの教え方が悪いわけではない。ただ単に、ザハリアーシュはラディムを初学者だと思い、広く浅く、かつ噛み砕いて教えていた。なので、すでに深い部分まで知っていたラディムにとっては、何ら興味をひかれるものがなかっただけだ。
「では、今日はここまでにいたしましょう。この後、陛下とお会いになられるのでしたな?」
ラディムは頷いた。
ラディムにとっては数少ない上の地位の者からの呼び出しだ。遅れるわけにもいかない。
「では、私は陛下の元へ行く。ザハリアーシュ、今日は悪かったな」
退屈さを隠しきれなかった点を、ラディムは謝った。
「なぁに、お気に召さるな。では、また明日」
授業を終えたラディムは、皇帝ベルナルドの待つ皇宮のテラス――皇帝一家が国民に顔を見せる際に使われている――へと向かった。
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