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第二章 出グリューン
2 今後の目標を決めますわ
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悠太の人格を受け入れる決断を下したアリツェは、次に、今後の生活について改めて考えた。具体的には、これからの目標だ。
悠太の記憶から、アリツェは欲していた『霊素』と『精霊術』の知識を、今のこの世界ではありえない水準で手に入れた。もはや、精霊教の教義や研究から学ぶものは何一つない。改めて研究をする必要もない。……この世界の精霊術のレベルが低すぎて、研究したくともできない、と言ったほうが正確ではあるが。
であるならば、今後、伝道師として活動するうえで何に力点を置くべきであるのか。無為に人生を送らないためにも、考える必要があった。
「各地の霊素持ちの方への教育が、わたくしの使命になるのでしょうか」
精霊教の勢力が及んでいない地域はまだまだ多い。そういった地では、『霊素』持ちも、その才能をただ埋もれさせているだけだろう。
埋もれさせているだけであれば、まだいい。知らずに暴発させて、取り返しのつかない事態を引き起こす可能性も、ないとは言えない。
「霊素を持たない人にも、正しい知識を持っていただかなければいけないですわ。霊素持ちへの無用な偏見が生じないように、普及活動も頑張らないといけませんわね」
おぼろげながら、見えてきた。自分が何をなすべきなのか。何を使命にこの世に生を受けたのか。
(ヴァーツラフの奴も言っていたよ。オレが、この世界の住人に、霊素と精霊術の効率的な使い方を教えなけばいけないってね)
やはり、教師――ここでは、伝道師としてだが――こそが転職だったのだと、アリツェは改めて思った。
(っと、そういえば、今のオレ自身の能力ってどうなっているんだろう? アリツェ、ステータスを確認してくれないか?)
「すてーたす……? とは何ですの」
唐突に話題を変えた悠太に、アリツェは戸惑う。聞きなれない言葉に首をかしげた。
(おいおい、オレの記憶にあっただろう? 今の自分の能力について、客観的な数値で確認できるんだ。『ステータス表示』っていう技能才能を持っていないと見られないらしいから、あまり知られていないんだろう)
『ステータス表示』では、他者の技能才能まで覗き見ることはできない。そこまで深く他者の才能を探る能力は、存在しないらしい。なので、自己申告がない限りは、誰が『ステータス表示』の能力を持っているかわからないようだ。巷で『ステータス』があまり知られていない件についても、能力持ちの多くが、その力を隠したがるためだろう。
人間同士を客観的な尺度で測れる能力だ。悪用される可能性もあるし、秘密にしたがるのもわかる。アリツェも、人にむやみに教える気は起こらない。
「そういえばそうでしたわね。ええっと、操作は確か……」
具体的な身体の動きは不要だった。ただ、見たい相手を凝視し『ステータス表示』と念じれば発動した。自身のステータスを見たいときは、目をつぶればいい。
【アリツェ・プリンツォヴァ(カレル・プリンツ)】
12歳 女 人間
HP 250
霊素 450
筋力 35
体力 35
知力 40
精神 45
器用 10
敏捷 35
幸運 80
クラス:精霊使い 15(最大1体の使い魔使役可能)
クラス特殊技能:表示できません
使い魔:ペス(子犬)
出自レベル:表示できません
技能才能:表示できません
(なるほどねぇ。やはり、器用さの成長がひどいことになっているな……)
悠太の言に、アリツェは記憶をたどる。
「たしか、器用さのみ成長速度が最低、でしたわよね」
他の能力はすべて成長速度Aなのに対し、器用さだけはC。それにしても、10は低すぎるだろう。
「わたくし、そんなに不器用でしたかしら?」
自覚はなかった。なので、なおさら、今知った事実にショックを受けた。
(それほど細かい動きが要求されるような作業を、してきたことがなかったんじゃないのか?)
言われて過去を思い出す。確かに、細かい手作業をした記憶はなかった。
屋敷では侍女がいた。孤児院では、割り当てられていた作業は、子供たちのお守り役だった。だから、繊細な作業を求められるような場面には、これまで遭遇した経験がなかった。
(今後は、繊細な動きを要する作業を、何かしら日課にしたほうがいいかもしれないな。裁縫なり、料理なり)
「裁縫に料理、ですか……。でしたら、料理を覚えたほうが良いかしら? 自分で何も作れなければ、旅先で困る事態になりかねませんわね」
伝道師として各地を旅することになる。野営をする機会も多いだろう。
アリツェ一人ならともかく、当面は先輩伝道師と一緒だ。先輩に料理を作らせておいて、自分はただ見ているだけだなんて、とても通用しないだろうとアリツェは思う。
(その辺が無難かねぇ。味付け自体はそれほど器用さは関係しないだろうし、失敗しても、野菜や肉の切り方で見栄えが悪くなる程度、かな?)
失敗の影響がそれほどないのであれば、実利を考えても、料理の練習をしたほうがいいと思う。
(それに、アリツェには『健啖』もある。このスキルのおかげで、毒さえなければ大抵のものはおいしく食べられるから、たとえ味付けに大失敗しても、問題ないと言えば問題ないかな? 一緒に食べることになる先輩伝道師には、同情するけれど……)
なるべく失敗しないように努力しようと、アリツェは心に誓った。先輩伝道師が料理の不味さで苦しんでいるところに、自分だけ『健啖』でおいしくいただいている……、心苦しいことこの上ないだろう。
「他の能力は、順調に育っているのでしょうか?」
器用さについては、あきらめてコツコツ上げていくしかない。では、それ以外の能力はどうだろうか。アリツェの見立てでは、それほど悪くはないと思うが。
(身体的な部分は、年齢と性別を考えれば普通かやや良い程度、学力や精神面は結構優秀なんじゃないかな。せっかく貴族家に生まれたのに、微妙な環境になってしまったのが、ちょっと惜しいね。『神童』をあまり生かせなかった)
十二歳までの成長速度上昇補正――神童の技能才能を持ってはいたが、貴族としての最低限の教育しか受けられず、また、最後二年間は孤児院生活だったため、お世辞にもその才を活用できていたとは言えなかった。
これが、子爵家の一人娘として大事に育てられていたならば、もっと成長の余地があったはずだ。ダンスなり教養なり、もっと高度な教育を受けられただろう。
(学力や精神面が割とよく伸びたのは、『読解』の技能才能と、ペスと繋がったことによる精神リンクの構築によるのかな)
精神リンクと言えば、アリツェは疑問に思っていた。
「そういえばわたくし、いつの間に、ペスを使い魔にし、精神リンクを交わしていたのでしょうか」
ステータス上は、使い魔にペスが登録されている。だが、アリツェがペスを使い魔にした記憶はない。ただ単に、名前を付けて、ペットとして一緒に連れまわしているだけ、という認識だった。
(いつの間に、というよりもおそらくは、生まれた時から、が正解だと思う)
「どういうことですの?」
意味が分からず、アリツェは首をかしげた。
(ペスを見てオレは気づいた。転生前のオレが従えていた子犬のペスと、まったくの同一個体だ、と)
悠太は確信を持っているのか、断言した。
「では、ペスはもともと悠太様のいらっしゃった世界の住人だと、そういうことですの?」
(オレのいた世界というか、プレイしていたゲームの世界かな。オレの記憶が転生すると同時に、ゲームの世界からこの世界に『転移』してきたのかもしれない。ベースシステムは同じって言っていたから、まぁ無くはないか)
『転移』ということは、ペスは『転生』した悠太と違う、ということだろう。この世界に生まれ落ちた子犬に、前世のペスの記憶が乗っかっているわけではなく、ペスそれ自体が、何らかの力でこの世界に飛ばされてきた、と。
(そして、アリツェの体は生まれた時から精霊使いの素養を持っていた。最初から一匹の使い魔を従えられるだけの能力を、持っていたんだよ)
この世界に精霊術を普及させる使命を帯びて生まれたアリツェ……。記憶で見たヴァーツラフの思惑を考えるなら、それだけの能力を生まれながらに持っていたとしても、不思議ではないのかもしれない、とアリツェは思った。
(精神リンクが重要な使い魔だ。そのまま、転移したペスが、自らあんたにつながりに行ったのではないか、とオレは睨んでいる)
悠太はそう結論付けた。
精神リンクの大切さを、使い魔との絆の尊さを、他の誰よりも知る悠太だ。実際に、そうなのだろう。
『その通りだワンッ、ご主人。この世界に目を覚ました瞬間に、ご主人の強い霊素を感じたワンッ。すぐに、リンクを結ばせてもらったのだワンッ』
不意に脳裏に響く、十二歳の誕生日を目前に控えた頃に、たった一度だけ聞いた不思議な声。その声と同じだった。
そして、悠太の記憶の中にあるペスの声とも一致する。
「え? え? もしかして、ペスですの?」
アリツェは戸惑いながらも、傍らに座るペスの顔を見つめながら問うた。
『そうだワンッ! 前のご主人の記憶が戻り、精神リンクのつながりが適切な形に変化したから、こうして以前のように言葉を交わせるようになったワンッ』
ペスはうれしそうにしっぽを振った。
精霊言語――悠太の記憶によれば、クラス『精霊使い』の固有能力らしい。
クラス特有の技能なので、本来はアリツェ自身、生まれ落ちたその時から有しているはずだった。実際に、持っていた。
だが、霊素の使い方をまだ理解できていなかったアリツェは、この能力をうまく使えていなかった。
今は悠太の記憶が戻ったため、きちんと使えるようになったようだ。
(久しぶり、ペス。元気そうで何よりだ)
『前のご主人も、元気そうで良かったワンッ!』
久しぶりに心を通じ合わせ、悠太もペスもうれしそうだった。二人の強い絆を感じる。
「わたくしも、早く悠太様の域までリンクを深めてみせますわ!」
アリツェは決意を新たにした。
『そういえばご主人、ご主人は、二人いたりしないですかワンッ?』
ペスが唐突に、おかしなことを聞いてきた。
(二人? オレの人格と、アリツェの人格ってことか?)
悠太の言うとおり、確かに、今、アリツェの中には二人の人格が共存している。二人いる、と言えばそう言えるだろう。
『違うワンッ! ご主人の中の二人のことではないワンッ』
ではいったい、誰のことを話しているのだろうか。アリツェは訝しんだ。
『この世界に転移した時に感じたワンッ。強く精神リンクがつながっている相手を、もう一人』
ペスと繋がる、もう一人の人間の存在。アリツェは目をつぶり、考え込んだ。
アリツェ自身の記憶も、悠太の記憶も、たどっていくが心当たりはない。
「わたくしは兄弟もいない、親にすら捨てられた哀れな娘。該当するような人物は思い浮かびませんわ」
(うーん、わからないなぁ。もしかして、もう一人のテストプレイヤーのことか?)
ぽつりとこぼれた悠太の言葉に、アリツェはふと思った。
「あの、もしかして、なのですが……」
自信はなかったが、それなりに根拠はありそうだと思った考えを、アリツェは披露した。
「そのもう一人のテストプレイヤー様? どなたかは存じ上げませんが、もしかしてこの世界への転生体として、父に悠太様のキャラクター、カレル・プリンツを選択しているのではないでしょうか。それならば、わたくしと同じような能力、才能構成になっていても、何ら不思議ではありませんもの」
(なるほど、その可能性があったか!)
悠太は興奮しだした。
(ってことは、だ。そのテストプレイヤー、オレの知り合いの可能性が限りなく高いな!)
まったく謎だったテストプレイヤーの手がかりを得て、悠太は高揚している。
(よーし、アリツェ! オレたちの今後の目標に、一つ追加だ。もう一人のテストプレイヤーの転生体を、探し出す!!)
「……構いませんけれど、でも、その、あなたのお知り合いだったとして、お会いしてどうなさるおつもりですの?」
悠太の願いは、アリツェの願いでもある。アリツェは悠太の申し出を受けることに、吝かではなかった。
しかし、探し出す理由も知りたかった。今のところ、件の情報はまったくない。当てもなく、やみくもに探さねばならない。であるならば、その苦労に見合うだけの根拠が欲しかった。
精霊術普及に全力を注ぐべきところで、その意識を探し人捜索に分散させることになる。果たして、そこまでの価値があるのだろうか、と。
(オレのかつてのパーティーメンバーなら、信用できるし、心強い味方になる。オレたちは、そういった相手を一人でも多く探すべきだ)
「なぜですの?」
根拠としては弱いと、アリツェは思った。
(わからないのかい? オレたちは、貴族に、プリンツ子爵家に、追われる身なんだぞ。今は安全に見えても、いつ何時、どんな危険が襲い来るかわからない。保険は、いくらでもあったほうがいい)
最近穏やかだったので忘れがちだったが、子爵家がアリツェの命、最低でも自由を、奪いたがっている。悠太の言うとおりなのだろう。
(それに、今は関係が悪化しているようだけれど、子爵家が辺境伯家とのつながりを復活させたとき、その辺境伯家もオレたちに害をなそうとする可能性は、無きにしも非ずじゃないか? 子爵家はともかくとして、王家に大きな影響力を持つ辺境伯家を敵に回す事態になれば、とても危険だ)
想像以上に自身の将来を深く考えていた悠太に、アリツェは感心した。と同時に、アリツェはそこまで考えていなかった自分を糾弾したかった。
「わかりましたわ。悠太様のおっしゃるとおりだと、わたくしも思います」
悠太の提案を受け入れ、アリツェは決心した。アリツェ自身も、同じ父を持つ兄弟に会えるかもしれないと想像すると、少し楽しみな気持ちもあった。
「では今後の目標は大きく二つ、精霊術の普及活動と、もう一人のテストプレイヤー転生者の捜索。これで、よいですわね?」
悠太もペスも同意した。
今後は、この二つの方針を前提として、動いていくことになる――。
悠太の記憶から、アリツェは欲していた『霊素』と『精霊術』の知識を、今のこの世界ではありえない水準で手に入れた。もはや、精霊教の教義や研究から学ぶものは何一つない。改めて研究をする必要もない。……この世界の精霊術のレベルが低すぎて、研究したくともできない、と言ったほうが正確ではあるが。
であるならば、今後、伝道師として活動するうえで何に力点を置くべきであるのか。無為に人生を送らないためにも、考える必要があった。
「各地の霊素持ちの方への教育が、わたくしの使命になるのでしょうか」
精霊教の勢力が及んでいない地域はまだまだ多い。そういった地では、『霊素』持ちも、その才能をただ埋もれさせているだけだろう。
埋もれさせているだけであれば、まだいい。知らずに暴発させて、取り返しのつかない事態を引き起こす可能性も、ないとは言えない。
「霊素を持たない人にも、正しい知識を持っていただかなければいけないですわ。霊素持ちへの無用な偏見が生じないように、普及活動も頑張らないといけませんわね」
おぼろげながら、見えてきた。自分が何をなすべきなのか。何を使命にこの世に生を受けたのか。
(ヴァーツラフの奴も言っていたよ。オレが、この世界の住人に、霊素と精霊術の効率的な使い方を教えなけばいけないってね)
やはり、教師――ここでは、伝道師としてだが――こそが転職だったのだと、アリツェは改めて思った。
(っと、そういえば、今のオレ自身の能力ってどうなっているんだろう? アリツェ、ステータスを確認してくれないか?)
「すてーたす……? とは何ですの」
唐突に話題を変えた悠太に、アリツェは戸惑う。聞きなれない言葉に首をかしげた。
(おいおい、オレの記憶にあっただろう? 今の自分の能力について、客観的な数値で確認できるんだ。『ステータス表示』っていう技能才能を持っていないと見られないらしいから、あまり知られていないんだろう)
『ステータス表示』では、他者の技能才能まで覗き見ることはできない。そこまで深く他者の才能を探る能力は、存在しないらしい。なので、自己申告がない限りは、誰が『ステータス表示』の能力を持っているかわからないようだ。巷で『ステータス』があまり知られていない件についても、能力持ちの多くが、その力を隠したがるためだろう。
人間同士を客観的な尺度で測れる能力だ。悪用される可能性もあるし、秘密にしたがるのもわかる。アリツェも、人にむやみに教える気は起こらない。
「そういえばそうでしたわね。ええっと、操作は確か……」
具体的な身体の動きは不要だった。ただ、見たい相手を凝視し『ステータス表示』と念じれば発動した。自身のステータスを見たいときは、目をつぶればいい。
【アリツェ・プリンツォヴァ(カレル・プリンツ)】
12歳 女 人間
HP 250
霊素 450
筋力 35
体力 35
知力 40
精神 45
器用 10
敏捷 35
幸運 80
クラス:精霊使い 15(最大1体の使い魔使役可能)
クラス特殊技能:表示できません
使い魔:ペス(子犬)
出自レベル:表示できません
技能才能:表示できません
(なるほどねぇ。やはり、器用さの成長がひどいことになっているな……)
悠太の言に、アリツェは記憶をたどる。
「たしか、器用さのみ成長速度が最低、でしたわよね」
他の能力はすべて成長速度Aなのに対し、器用さだけはC。それにしても、10は低すぎるだろう。
「わたくし、そんなに不器用でしたかしら?」
自覚はなかった。なので、なおさら、今知った事実にショックを受けた。
(それほど細かい動きが要求されるような作業を、してきたことがなかったんじゃないのか?)
言われて過去を思い出す。確かに、細かい手作業をした記憶はなかった。
屋敷では侍女がいた。孤児院では、割り当てられていた作業は、子供たちのお守り役だった。だから、繊細な作業を求められるような場面には、これまで遭遇した経験がなかった。
(今後は、繊細な動きを要する作業を、何かしら日課にしたほうがいいかもしれないな。裁縫なり、料理なり)
「裁縫に料理、ですか……。でしたら、料理を覚えたほうが良いかしら? 自分で何も作れなければ、旅先で困る事態になりかねませんわね」
伝道師として各地を旅することになる。野営をする機会も多いだろう。
アリツェ一人ならともかく、当面は先輩伝道師と一緒だ。先輩に料理を作らせておいて、自分はただ見ているだけだなんて、とても通用しないだろうとアリツェは思う。
(その辺が無難かねぇ。味付け自体はそれほど器用さは関係しないだろうし、失敗しても、野菜や肉の切り方で見栄えが悪くなる程度、かな?)
失敗の影響がそれほどないのであれば、実利を考えても、料理の練習をしたほうがいいと思う。
(それに、アリツェには『健啖』もある。このスキルのおかげで、毒さえなければ大抵のものはおいしく食べられるから、たとえ味付けに大失敗しても、問題ないと言えば問題ないかな? 一緒に食べることになる先輩伝道師には、同情するけれど……)
なるべく失敗しないように努力しようと、アリツェは心に誓った。先輩伝道師が料理の不味さで苦しんでいるところに、自分だけ『健啖』でおいしくいただいている……、心苦しいことこの上ないだろう。
「他の能力は、順調に育っているのでしょうか?」
器用さについては、あきらめてコツコツ上げていくしかない。では、それ以外の能力はどうだろうか。アリツェの見立てでは、それほど悪くはないと思うが。
(身体的な部分は、年齢と性別を考えれば普通かやや良い程度、学力や精神面は結構優秀なんじゃないかな。せっかく貴族家に生まれたのに、微妙な環境になってしまったのが、ちょっと惜しいね。『神童』をあまり生かせなかった)
十二歳までの成長速度上昇補正――神童の技能才能を持ってはいたが、貴族としての最低限の教育しか受けられず、また、最後二年間は孤児院生活だったため、お世辞にもその才を活用できていたとは言えなかった。
これが、子爵家の一人娘として大事に育てられていたならば、もっと成長の余地があったはずだ。ダンスなり教養なり、もっと高度な教育を受けられただろう。
(学力や精神面が割とよく伸びたのは、『読解』の技能才能と、ペスと繋がったことによる精神リンクの構築によるのかな)
精神リンクと言えば、アリツェは疑問に思っていた。
「そういえばわたくし、いつの間に、ペスを使い魔にし、精神リンクを交わしていたのでしょうか」
ステータス上は、使い魔にペスが登録されている。だが、アリツェがペスを使い魔にした記憶はない。ただ単に、名前を付けて、ペットとして一緒に連れまわしているだけ、という認識だった。
(いつの間に、というよりもおそらくは、生まれた時から、が正解だと思う)
「どういうことですの?」
意味が分からず、アリツェは首をかしげた。
(ペスを見てオレは気づいた。転生前のオレが従えていた子犬のペスと、まったくの同一個体だ、と)
悠太は確信を持っているのか、断言した。
「では、ペスはもともと悠太様のいらっしゃった世界の住人だと、そういうことですの?」
(オレのいた世界というか、プレイしていたゲームの世界かな。オレの記憶が転生すると同時に、ゲームの世界からこの世界に『転移』してきたのかもしれない。ベースシステムは同じって言っていたから、まぁ無くはないか)
『転移』ということは、ペスは『転生』した悠太と違う、ということだろう。この世界に生まれ落ちた子犬に、前世のペスの記憶が乗っかっているわけではなく、ペスそれ自体が、何らかの力でこの世界に飛ばされてきた、と。
(そして、アリツェの体は生まれた時から精霊使いの素養を持っていた。最初から一匹の使い魔を従えられるだけの能力を、持っていたんだよ)
この世界に精霊術を普及させる使命を帯びて生まれたアリツェ……。記憶で見たヴァーツラフの思惑を考えるなら、それだけの能力を生まれながらに持っていたとしても、不思議ではないのかもしれない、とアリツェは思った。
(精神リンクが重要な使い魔だ。そのまま、転移したペスが、自らあんたにつながりに行ったのではないか、とオレは睨んでいる)
悠太はそう結論付けた。
精神リンクの大切さを、使い魔との絆の尊さを、他の誰よりも知る悠太だ。実際に、そうなのだろう。
『その通りだワンッ、ご主人。この世界に目を覚ました瞬間に、ご主人の強い霊素を感じたワンッ。すぐに、リンクを結ばせてもらったのだワンッ』
不意に脳裏に響く、十二歳の誕生日を目前に控えた頃に、たった一度だけ聞いた不思議な声。その声と同じだった。
そして、悠太の記憶の中にあるペスの声とも一致する。
「え? え? もしかして、ペスですの?」
アリツェは戸惑いながらも、傍らに座るペスの顔を見つめながら問うた。
『そうだワンッ! 前のご主人の記憶が戻り、精神リンクのつながりが適切な形に変化したから、こうして以前のように言葉を交わせるようになったワンッ』
ペスはうれしそうにしっぽを振った。
精霊言語――悠太の記憶によれば、クラス『精霊使い』の固有能力らしい。
クラス特有の技能なので、本来はアリツェ自身、生まれ落ちたその時から有しているはずだった。実際に、持っていた。
だが、霊素の使い方をまだ理解できていなかったアリツェは、この能力をうまく使えていなかった。
今は悠太の記憶が戻ったため、きちんと使えるようになったようだ。
(久しぶり、ペス。元気そうで何よりだ)
『前のご主人も、元気そうで良かったワンッ!』
久しぶりに心を通じ合わせ、悠太もペスもうれしそうだった。二人の強い絆を感じる。
「わたくしも、早く悠太様の域までリンクを深めてみせますわ!」
アリツェは決意を新たにした。
『そういえばご主人、ご主人は、二人いたりしないですかワンッ?』
ペスが唐突に、おかしなことを聞いてきた。
(二人? オレの人格と、アリツェの人格ってことか?)
悠太の言うとおり、確かに、今、アリツェの中には二人の人格が共存している。二人いる、と言えばそう言えるだろう。
『違うワンッ! ご主人の中の二人のことではないワンッ』
ではいったい、誰のことを話しているのだろうか。アリツェは訝しんだ。
『この世界に転移した時に感じたワンッ。強く精神リンクがつながっている相手を、もう一人』
ペスと繋がる、もう一人の人間の存在。アリツェは目をつぶり、考え込んだ。
アリツェ自身の記憶も、悠太の記憶も、たどっていくが心当たりはない。
「わたくしは兄弟もいない、親にすら捨てられた哀れな娘。該当するような人物は思い浮かびませんわ」
(うーん、わからないなぁ。もしかして、もう一人のテストプレイヤーのことか?)
ぽつりとこぼれた悠太の言葉に、アリツェはふと思った。
「あの、もしかして、なのですが……」
自信はなかったが、それなりに根拠はありそうだと思った考えを、アリツェは披露した。
「そのもう一人のテストプレイヤー様? どなたかは存じ上げませんが、もしかしてこの世界への転生体として、父に悠太様のキャラクター、カレル・プリンツを選択しているのではないでしょうか。それならば、わたくしと同じような能力、才能構成になっていても、何ら不思議ではありませんもの」
(なるほど、その可能性があったか!)
悠太は興奮しだした。
(ってことは、だ。そのテストプレイヤー、オレの知り合いの可能性が限りなく高いな!)
まったく謎だったテストプレイヤーの手がかりを得て、悠太は高揚している。
(よーし、アリツェ! オレたちの今後の目標に、一つ追加だ。もう一人のテストプレイヤーの転生体を、探し出す!!)
「……構いませんけれど、でも、その、あなたのお知り合いだったとして、お会いしてどうなさるおつもりですの?」
悠太の願いは、アリツェの願いでもある。アリツェは悠太の申し出を受けることに、吝かではなかった。
しかし、探し出す理由も知りたかった。今のところ、件の情報はまったくない。当てもなく、やみくもに探さねばならない。であるならば、その苦労に見合うだけの根拠が欲しかった。
精霊術普及に全力を注ぐべきところで、その意識を探し人捜索に分散させることになる。果たして、そこまでの価値があるのだろうか、と。
(オレのかつてのパーティーメンバーなら、信用できるし、心強い味方になる。オレたちは、そういった相手を一人でも多く探すべきだ)
「なぜですの?」
根拠としては弱いと、アリツェは思った。
(わからないのかい? オレたちは、貴族に、プリンツ子爵家に、追われる身なんだぞ。今は安全に見えても、いつ何時、どんな危険が襲い来るかわからない。保険は、いくらでもあったほうがいい)
最近穏やかだったので忘れがちだったが、子爵家がアリツェの命、最低でも自由を、奪いたがっている。悠太の言うとおりなのだろう。
(それに、今は関係が悪化しているようだけれど、子爵家が辺境伯家とのつながりを復活させたとき、その辺境伯家もオレたちに害をなそうとする可能性は、無きにしも非ずじゃないか? 子爵家はともかくとして、王家に大きな影響力を持つ辺境伯家を敵に回す事態になれば、とても危険だ)
想像以上に自身の将来を深く考えていた悠太に、アリツェは感心した。と同時に、アリツェはそこまで考えていなかった自分を糾弾したかった。
「わかりましたわ。悠太様のおっしゃるとおりだと、わたくしも思います」
悠太の提案を受け入れ、アリツェは決心した。アリツェ自身も、同じ父を持つ兄弟に会えるかもしれないと想像すると、少し楽しみな気持ちもあった。
「では今後の目標は大きく二つ、精霊術の普及活動と、もう一人のテストプレイヤー転生者の捜索。これで、よいですわね?」
悠太もペスも同意した。
今後は、この二つの方針を前提として、動いていくことになる――。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る
拓海のり
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階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。
頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。
破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。
ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。
タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。
完結しました。ありがとうございました。
転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ
如月花恋
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…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白?
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「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」
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「異世界ってそんな子供みたいな…」
子供だし
小2
「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」
よろです
魔法使えるところがいいな
「更に注文!?」
…神様のせいで死んだのに…
「あぁ!!分かりました!!」
やたね
「君…結構策士だな」
そう?
作戦とかは楽しいけど…
「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」
…あそこ?
「…うん。君ならやれるよ。頑張って」
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「あ。爵位は結構高めだからね」
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「じゃ!!」
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ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
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マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
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16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
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マーテルリアのイラストを変更致しました。
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