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第零章 『精霊たちの憂鬱』

3 君はトカゲですか? それとも龍ですか?

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「みんな、準備はいいな?」

 オレはパーティーメンバーを一瞥した。

「いつでもいい。腕が鳴るぜ!」

「こっちもオッケーだよ。私の華麗な薙刀さばきを、見せてあげるっ!」

「ファーストアタックは私がいただくわよ」

 三人の同意を確認すると、オレは黄金色の扉に手を置き、ゆっくりと押し開いた。床を引き摺る扉の重苦しい音が、無音の空間に響き渡る。

 扉を開き終えると、オレたちは部屋の中へとなだれ込んだ。すぐさま、油断なく周囲を確認する。

 百メートル四方の広い部屋は、窓も何もなく、ただ照明のろうそくだけが淡い光を放っている。最奥に、玉座と思われる黄金色の装飾華美な椅子が置かれており、その椅子には誰も座ってはいない。

「誰も……、いない?」

 周囲への警戒を続けながら、オレは空っぽの玉座をにらみつけた。

「いったいどういうこと? 精霊王はどこ?」

「こいつは拍子抜けだ。肩透かしもいいところだぜ」

「さては、私の薙刀に恐れをなして逃げちゃったなっ」

 ミリア、ゲイル、ユリナも訝しがりながら玉座を見つめる。

 とその時、オレは不意に悪寒を感じた。この部屋は何かがおかしい、オレの直感がそう告げている。

「油断するな。何か妙だぞ」

 オレはみんなに告げると、子猫のミアに風の精霊力を纏わせた。風属性による知覚向上で、周囲を探らせる。

 ミアは飛び回りつつ、あちこちで臭いをかぎまわる。やがて、玉座の前でぴたりと立ち止まり、しきりに鼻をクンクンとし始めた。

『ご主人様、玉座の周囲の霊素が、どんどん濃くなっていくにゃ』

 ミアからの念話に、オレは玉座への注意をより一層強くした。霊素が集まっているのなら、おそらくそれは、精霊王のものに違いない。

「どうやら、玉座に霊素が集中し始めている。精霊王のお出ましっぽいぞ」

 オレの警告を受け、パーティーメンバーも各々の得物に手をかけた。いつ精霊王が現出しても、対処ができるように。

「でも、ちょっとおかしくない? 精霊王の具現化ってことは、その依り代になる使い魔なり武具なりがあるはずよね」

 ミリアは首をかしげた。

 確かにミリアの言うとおりだった。霊素単独では、この世界に何らの作用も及ぼせない。どこかに依り代がないのは変だ。

 この玉座が、依り代か? でも、無生物が依り代では、さすがの精霊王でも力を十分には発揮できないよな?

『にゃにゃっ! 玉座の後ろから、何か出てきたにゃ!』

 ミアの叫びに合わせるかのように、正体不明の黒い塊が、玉座の背もたれの後ろからぴょんっと飛び出してきた。

「――これはこれは」

 低く大きな声が、唸るように玉座から発せられた。この響き渡る声だけでも、オレたちを怯ませるのには十分な圧力がある。

 オレは思わず、身体をのけぞらせた。腹に響き渡る重低音に、顔をしかめる。

「いったい、何百年ぶりのお客様だろうか」

 目を凝らしてよく見ると、玉座には小さなトカゲが乗っている。重苦しい声は、どうやらこの小さなトカゲから発せられていた。

 しばらくすると、トカゲを中心として、オレたちにもはっきりとわかるほどに霊素が濃く集まり、渦巻きはじめた。このトカゲが、精霊王の依り代だったらしい。

「おお、お……。これが精霊王……。精霊たちの支配者、なのか……」

 渦巻く霊素によって、瞬く間に体長二十メートルほどの『龍』が形作られていく。オレは初めて見る精霊王の姿に、感嘆の声を上げた。

 精霊使いのオレにとって、他のクラスの人間以上に、精霊には愛着がある。その精霊たちの王だ。これが感動せずにいられようか。

 感じられる圧倒的な霊素に身震いしつつも、オレは決して目を離さない。その姿を脳裏に焼き付けるために。

 ミアは慌ててオレのもとへ戻ると、毛を逆立てて威嚇している。

『ミア、大丈夫か? オレよりもはるかに格上の、しかも、お前たちにとっては支配者に当たる精霊王と戦うことになるけれど』

『心配ご無用にゃ、ご主人様。この戦いはあくまで精霊王様の試練、別にあたいたちは精霊王様に逆らうわけではないにゃ。取って食われるような事態には、ならないはずにゃ』

 ミアの言うとおり、このクエストの目的は、精霊王に自分たちの力を示し、認められることだ。殲滅が目的ではない。

『あたいたちの力が、精霊王様にどこまで通用するか、楽しみなのにゃ!』

 そう念話で力強く答えると、ミアは周囲に聞こえるように大きく鳴いた。

『ご主人様。ペスたちもお役に立ちたくてうずうずしているにゃ。あいつらにも、精霊を具現化させてやってくれにゃ』

 オレは頷くと、すぐさまペス、ルゥ、ラースにも精霊具現化を施した。ペスには攻撃のための火を、ルゥには上空からの隙を突くための風を、ラースには機動力を生かし、負傷した仲間へすぐさま治癒がおこなえるよう光の属性を与えた。

 いつもの、霊素が身体から吸い出される間隔――。

 精霊術は霊素を大量に消費する。

 実は、この霊素の消費量には面白いところがある。同時に複数の精霊術を行使すればするほど、また、異なった種類の精霊術を行使すればするほど、その行使する属性一つ当たりの霊素使用コストは下がる。特に、異なる四属性以上を同時に行使した時、その変化は顕著になる。単体使用時のコストの約半分で具現化が可能だ。

 なぜこのような現象が起こるのか、理由は謎だった。だが、理屈はどうだっていい。ありがたい現象なのは間違いなかった。単体使用コストのままでは、四属性同時行使は霊素のステータスがカンストしているオレですら、霊素が足らず不可能なのだから。活用できる現象は、せいぜい活用させてもらうまでだ。

「しかし、すさまじい霊素だな。ただのちっこいトカゲが、伝説の獣たる龍になっちまったぜ」

 精霊王からオレたちを庇うように、ゲイルは盾を構えて一歩前に出た。呆れたように、「マジかよ……」とつぶやいている。

 ゲイルの言葉を聞いて、オレはふと思った。これほど莫大な量の霊素はどこからきたのだろうか、と。

「一人の人間が持てる霊素の量じゃない。……もしかして、神?」

 顎に手をやり、思考を整理しようとした。大量の霊素の供給主……。とても人間とは思えない。

 人間でないとしたら、その存在はやはり神としか考えられなかった。ただ、この世界に神は存在しただろうか。この世界のNPCたちは、皆が皆、程度の差はあれ『精霊』を信奉している。

「その答えには、否と言わせてもらおうか」

 オレはハッと顔を上げた。誰に聞かせるでもなくつぶやいたオレの言葉が、どうやら聞こえていたらしい。

「神などではない。この霊素は、お前たちの立つこの大地そのものから、生じたものだ」

 どういうことだろう。精霊を具現化させるために霊素を纏わせる依り代については、意志ある生命体が望ましいとはいえ、無生物でも大丈夫だ。しかし、霊素の提供元については、例外なく生命体でなければならないはずだ。霊素は生命体しか持てないのだから。

「この星も一つの生命体だ。星は生きている。その星の持つ『地核エネルギー』こそが、この私の霊素の素となっている」

 オレの抱いた疑問を察したのか、精霊王が理由を述べる。

「つまり、私たちは今から、この星そのものと戦うってこと?」

 ユリナはオレのほうへ顔を向けると、戸惑ったように聞いてきた。

「そういった認識で、間違いはないであろう……」

 オレが答えるよりも先に、精霊王が応じた。

 この星が生み出した霊素を元に、精霊王は具現化された。たしかに、オレたちはこの星そのものに、戦いを挑もうとしているのかもしれない。

 ずいぶんと、大げさな話になってきたな……。

 あまりに突飛な話だった。だが、『精霊王』だ。ラスボスの名をほしいままにしている、あの『精霊王』だ。それだけの大きな力を背負っているからこそ、この世界で最強と名乗るのにふさわしい、ともオレは思った。

「そっか……。精霊王に認められる、イコール、この星に認められるってことだよね。なんだか、面白そう」

 ユリナの顔に浮かんでいた戸惑いの色は、すっかり消えていた。強敵に臨む、挑戦者の顔に変わっていた。

「さっそく、お前たちの実力、試させてもらうぞ」

 問答は終わりとばかりに、精霊王は屈めていた体躯を伸ばし、戦闘態勢に入った。

 精霊王の巨体の動きに合わせ、背の翼が大きく動いた。生み出された暴風が、オレたちに襲い掛かる。

「しまった! 先制を取られた」

 小手調べとばかりに仕掛けてきた精霊王による突風攻撃に、一瞬対処が遅れた。

 吹き飛ばされないように、慌てて腰を落とし踏ん張る。

『あたいに任せてにゃ、ご主人様!』

 ミアは駆けだし、前方でパーティーの盾となっているゲイルの脇まで移動すると、纏った風の霊素を展開しはじめた。すぐさまオレたちの前に、逆向きの風による簡易の防風壁が構築される。

 状況を確認する間を得たオレは、素早く周囲を見渡す。

 ミアの対処が早かったおかげで、パーティーの被害はなかった。だが、事前想定とは違った流れになり、オレは歯噛みする。

(隙をついてミリアの先制攻撃をお見舞いする予定だったのに、完全に後手を踏んだな……)

 展開される防風壁を見て無駄だと悟ったのか、精霊王は翼の羽ばたきをやめた。ミアもすぐに防風壁を解除し、オレの脇へと戻ってくる。

 ミアにはこのまま突風攻撃へのけん制のために、いつでも防風壁が展開できるよう待機の指示を出した。

 そのまま両者にらみ合いの構図となる。仕切り直しだ。
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