22 / 31
22 sideシリル
しおりを挟む数ヶ月後、ああ今もあの瞬間を忘れる事はない。
アンジェリカ、アンは玉の様な元気に産声を上げる男の子を無事に産んでくれた。
本当にあの日は感動の連続だった。
いや感動だけではない。
彼女と家族になろうと告げたひと月後、俺達は領内にある教会で領民達に祝われての結婚式を行ったのだ。
秋の収穫祭も兼ねていたからな。
領民や騎士……その様なものはこのアッシュベリーには関係はない。
この地に生きて住む者全てが家族。
だから家族総出の結婚式と収穫祭で賑わい大盛り上がりだったのは言うまでもない。
ああ、これに比べれば王都の結婚式等三文役者とシナリオ通りの滑稽な劇に過ぎないだろう。
俺とアン……アンジェリカはこの頃よりアンジェと言う愛称をとても嫌っていた。
その理由は義兄である国王が愛おしむ様に呼んでいたからだと言う。
それはそうだろう。
強姦魔に愛おしげに呼ばれる名前等に愛着が持てる筈がない。
何もこれはアンだけではない。
この事実を知った俺やこのアッシュベリーに住む者皆がアンジェと言う愛称をそれ以降厭う様になれば、誰も彼女をアンジェとは呼ばなくなった。
そして彼女は自分の事は今まで誰も呼んではいないアンと呼んで欲しいと願い出た。
俺は勿論即答で了承した。
何故なら誰にも呼ばれる事のない名という事実がとても新鮮且つ特別なものに思えたからだ。
アッシュベリーの者しか知らない彼女の新しい呼び名。
そうアンはアッシュベリーの地で新たに生まれ変わったのだ。
王宮に住んでいた囚われの王女はもう死んだのであり、あの頃の彼女はもうこの世の何処にも存在はしない。
だからこれからは家族三人……いや、もしかするとそれ以上になるのかもしれない。
ああそうだ。
これより先は辛い思い等一切させやしない。
笑って笑い過ぎてお腹が捩れるまで笑わせれば、絶対にこの世界で一番に幸せにしてみせる!!
そうして改めて俺達は夫婦となったけれどもだ。
生憎と未だ初夜は迎えてはいない。
理由はまあそうだな。
アンの胎には子供がいたから……か。
これに関しては侍医やアン、それにリザに侍女長や家令にも散々言われたな。
いやそれだけではない。
視察へ赴けば領民達から、砦へ行けば騎士達からも言われたよ。
安定期だから無理をしなければ大丈夫だと。
だがその無理が俺には全く以ってわからない。
何しろ14歳の頃よりずっと抱いていた恋心なのだぞ。
然も初恋と言うものだ。
先ずそれだけでも自分を抑え込む自信が全くない。
そう今はまだいい。
まだ肌を合わせてはいない今だからこそ自制が出来る。
だが一度たりともアの新雪の様に真っ白で白い肌へ指を這わせれば――――ってま、不味い。
これ以上想像すれば色々と大変な事になる。
だから無事出産を終え、アンの体調が戻るのを待ちそこで改めてって〰〰〰〰⁉
考えるだけで勃つのではない俺の愚息よ。
今はまだ早いのだ。
解放されるまで今暫し待て――――だ。
それからの俺達は本当に幸せだった。
帝国側さえ大人しくしてくれればだ。
俺達アッシュベリーの騎士は戦う理由がまったくないのだからな。
ただしだからと言って警備を怠る事はしない。
そうして平和な時間はアンと共に過ごしていた。
共に食事をし、これまでのお互いの事を話しお茶をする。
毎朝と夕方の散歩に時には馬車へと乗って海岸近くでピクニックをする。
本当に穏やかで静かだった。
何気ない事がとても温かく、そして何物にも代え難いくらいに幸せな時間だった。
時折ぽこんと彼女の胎を蹴る元気な子を見てはお互いに顔を見合わせ思わず微笑んでしまう。
まるで自分もこの幸せの中へ混ぜろ……と主張しているみたいだったな。
そうして冬の寒い季節だった。
その日は今年一番の寒さで、おまけに雪深くしんしんと降り積もる雪はまるでアンの肌と同じだなと思っていた時にその時は訪れた。
ぱしゃん
「あ、ああ」
「大丈夫ですよ。これは破水と申しましてもう間もなくお子様とお会いする事が出来ますからね奥方様」
そう言われるとアンは安心したらしく、暫くは俺も傍で彼女の手を握ってはいたのだがそれも時間の問題だった。
「ここよりは女の戦に御座いますれば、旦那様はどうぞあちらでお待ち下さいませ」
「い、いや俺、は……」
情けなく慌てふためく俺を見てアンはふと優しげに微笑み……。
「もう直ぐですわ。もう、直ぐ……どうか後でこの子に会って下さい、ませ」
それから生まれるまで丸一日も掛かってしまった。
俺はアンと生まれてくる子を心配し屋敷の中を熊の様にウロウロと歩き回ればだ。
出産で忙しなく動く侍女達から生暖かい目で最初は見つめられていたのだが最後の方は――――。
「少しは落ち着いて下さいませっ。今頑張っておられるのは奥方様なのです。旦那様はお部屋でじっとお待ち下さい」
アンと然して変わりのないメイドにまで怒られてしまった。
そうして生まれたのが我がアッシュベリーを次代を背負う男児だ。
0
お気に入りに追加
219
あなたにおすすめの小説
将来の義理の娘に夫を寝取られた
無味無臭(不定期更新)
恋愛
死んだはずの私は、過去に戻ったらしい。
伯爵家の一人娘として、15歳で公爵家に嫁いだ。
優しい夫と可愛い息子に恵まれた。
そんな息子も伯爵家の令嬢と結婚したので私達夫婦は隠居することにした。
しかし幸せな隠居生活は突然終わりを告げた。
夫に離縁が切り出せません
えんどう
恋愛
初めて会った時から無口で無愛想な上に、夫婦となってからもまともな会話は無く身体を重ねてもそれは変わらない。挙げ句の果てに外に女までいるらしい。
妊娠した日にお腹の子供が産まれたら離縁して好きなことをしようと思っていたのだが──。
女官になるはずだった妃
夜空 筒
恋愛
女官になる。
そう聞いていたはずなのに。
あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。
しかし、皇帝のお迎えもなく
「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」
そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。
秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。
朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。
そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。
皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。
縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。
誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。
更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。
多分…
目を覚ましたら、婚約者に子供が出来ていました。
霙アルカ。
恋愛
目を覚ましたら、婚約者は私の幼馴染との間に子供を作っていました。
「でも、愛してるのは、ダリア君だけなんだ。」
いやいや、そんな事言われてもこれ以上一緒にいれるわけないでしょ。
※こちらは更新ゆっくりかもです。
婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。
鈴木べにこ
恋愛
幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。
突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。
ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。
カクヨム、小説家になろうでも連載中。
※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。
初投稿です。
勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و
気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。
【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】
という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
全てを諦めた令嬢の幸福
セン
恋愛
公爵令嬢シルヴィア・クロヴァンスはその奇異な外見のせいで、家族からも幼い頃からの婚約者からも嫌われていた。そして学園卒業間近、彼女は突然婚約破棄を言い渡された。
諦めてばかりいたシルヴィアが周りに支えられ成長していく物語。
※途中シリアスな話もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる