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20  sideシリル

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 そして俺は事の顛末を国境沿いで戦の最中において報告を受けた。

 此度のものは戦と言えども高が小競り合い。
 しかし相手は好戦的な帝国人。
 油断大敵と言うか下手をすればこちらの首が飛んでしまい兼ねないもの。

 だから決着をつけた上でなければ戦場から離脱出来ない。
 その間に先王ご夫婦は事故で身罷られればだ。
 アンジェリカ王女は王太子によってその身と心を穢されてしまった。

 だがたとえどの様に穢されようとも彼女が彼女であるのであれば俺はそれだけでよかったのだ。
 そう生きて彼女に逢う事が叶えられれば、そうたったそれだけしか俺は今も昔も変わらず望んではいない。

 ただ一つ王太子の暴挙によって彼女の繊細な心がどれ程傷ついてしまったのかと、それだけが何よりも心配だったのだ。
 

 そうして戦を終わらせ駆けつけてみればだ。
 アッシュベリーの力を欲した新王は彼女との婚姻を持ち掛け……そこは元より婚約者同士だと強く主張した。

 そう

 アンジェリカが成人した暁には晴れて婚約を交わしたと同時に式を挙げる心算だったと即答した。
 勿論その際に交わした書状も念の為持参したのが功を奏した。

 まだ座り慣れてはいない玉座で醜く歪む奴の顔を見た瞬間だった。

 これこそが先王陛下の危惧されていたものなのだと思い至ったのだが後の祭り。

 しかしこのままアンジェリカを奴の許にはおいては置けない。
 だが戦が終わったとは言えまだまだ仕事は片付いてはいない。

 でも迷いはなかった。

 アンジェリカをアッシュベリーへ連れ帰る事に……。
 
 現実はそれより後になってしまったのだがな。



「俺は貴女が俺の傍で生きてまたあの優しい微笑みが戻ってくる日まで待ちます」

「旦那……様?」
「今貴女は心身共に大きな傷を負っている。然も重症だ。とてもではないが直ぐに回復へは至らないでしょう。ですがそれでもこうして生きている限り時間が、そう時が心と身体を癒してくれるのです」

「で、ですが私はっ、私は既にけ、穢れて……⁉」
「アンジェリカ、貴女の美しさは損なわれる事はない」

 本当にはらはらと真珠の涙を流す姿でさえも思わず息を呑む程に美しい。

「それは外見だけ……なのです。でも私は最早純……」

 純潔ではないと言いたいのだろう。
 だがそれが一体どれ程の価値がある。
 そんな埃の被った古い考えよりも俺は――――。
 
「私が申し上げたいのは貴女の外見ではない。貴女の心がっ、心が穢れてはいないからこその外見なのだと思います。それに私は美醜の良し悪しが余りわからないのです。俺は見ての通りこうして毎日戦いに明け暮れている無骨ものです。戦場では常にお互いの命を懸けその一瞬で生死が分かたれるのです。どうかこの疲れきった戦士が羽を休める場所を作っては頂けないでしょうか。勿論貴女の胎の子も一緒に!!」

「だ、旦那……様やはりそれ……を⁉」

 恥辱で全身真っ赤になれば怒りと悲しみ、それとももっと他なる感情が綯交ぜとなっているのだろうか。
 アンジェリカは両手で顔を覆えばふるふると全身を震わせ泣き咽ぶ。

 だがまだ俺の胸の中では泣いてはくれない。

 王女として残された矜持なのだろうか。
 それとも――――。

 寝台の中央で一人悲しみに耐えているその姿が何と労しくも愛おしい。
 叶うならば直ぐにでもこの腕の中へ抱き寄せ、今まで抱えきれない想いを一気に泣き吐き出せたいものなのだが、それはまだ時期尚早なのだろう。

 そう彼女は実の兄より謂れのない暴力を何度もその身に受けていたのだ。

 きっと他人とは言え同じ男には変わりはない。
 異性に触れられるのはまだ……早い。

 もっと彼女が俺の事を信頼してからでも遅くはない。
 時間はまだまだ沢山あるのだ。
 そう全てはこれからなのだから……な。

「これよりは家族共にこの地で暮らそう。アッシュベリーでは誰も貴女と生まれてくるだろう子を苛めはしない。この地に住まう者は皆家族なのだから――――」

 辺境の地故に皆が生死を共に分かち合う。
 それがアッシュベリーに住まう者……即ちなのである。
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