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第五章 忘れられし過去の記憶
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しおりを挟む「世界とは一体どう言うものなのですか?」
大姉様の一件があってから数百年後の事だった。
久しぶりに神界へ戻った妾へそう問い掛けるのはリーゼ。
「世界……か」
「はい、ルルお姉様や他の兄妹神の育まれておられる世界と言うものを未だ私は知りませぬ。故に私は世界と言うものを知りたい」
ふくふくとした頬を膨らませつつぷくぷくとした柔らかな両手を握り締め、可愛らしく希えられれば、庇護欲とやらが駆り立てられどうしてもつい願いを叶えたくなってしまう。
この様に愛らしいリーゼを他の兄妹神は忌み嫌う。
可愛いは全てを凌駕する訳ではないのかと妾はしみじみと実感させられるのにな。
またリーゼと触れ合う事により妾の中で新たな感情と言うものが誕生するのも好ましい。
とは言え兄妹神の厭う理由はわかっておるのだ。
しかしそれでも同じ胎より誕生した兄妹なのにいや、兄妹故なのやもしれぬ……な。
「世界とは希望である」
「希望?」
「そうありとあらゆる希望が詰め込まれておるのだ。母の産みし世界の珠は真っ白に光輝いておる。我ら神々はその真っ白な世界に最初の色、つまりどの様な世界を育みたいのかを決めるのが最初の仕事なのだ」
「ではその最初の仕事をもし間違えればどうなるのでしょうか」
不思議そうに疑問を口にするリーゼ。
だが私にはその質問の正解は知らない。
「それはわからぬ。妾も世界を育み始めてまだ数千年……か」
「大姉様や大兄様ならば兎も角、末に近い妾の世界は未だ赤子同然にも等しい。だが父より世界の珠を託されし折りにな、くれぐれも最初の色を違えるなとお言葉を賜った」
「父様よりですか⁉」
「ああそうだ」
父より言葉を賜った事にリーゼは酷く驚いた。
然もあろう。
父は混沌の母より片時も傍を離れぬ愛妻家。
我ら神々は母より生み出されてしまうとはっきり言って後は基本放置。
故に親子若しくは家族と言う括りは殆ど存在せぬ。
兄妹と言う括りも……だ。
力ある神や自己主張の激しい神は当然存在する。
父が母の傍を離れぬのをいい事に神界を勝手に己が者と考える神も少なくはない。
だが大抵その様な阿呆過ぎる者は自然に淘汰されてしまう。
いや違うな。
大姉様と大兄様がそれとなく密かに対処されているらしい。
リーゼの事もまた然り。
日頃リーゼに対し厳しい態度であられる大姉様達が行動に出られないと言う事は、今はまだ様子見なのであろう。
何時の日か神の力を顕現させられるかもしれないと思っておいでなのか、はたまた存在の異議なしと判断したからこそ敢えて自ら手を下すまでもないと思われているのかは妾にもわからない。
妾自身リーゼが声を掛けてこなんだら、きっと今日の様にリーゼと親しくはしておらなんだだろう。
何故なら妾達生命体は元々感情等存在はしない。
無垢なる心で新たなる世界を育む。
それこそが神としてあるべき姿。
しかし妾達は基本不老で不死なる存在。
気の遠くなる程の時の流れの中に身を置けば、無垢なる心も時を経て何時しか様々なものへと染まっていく。
それが善なる心へと染まればよいのだが、中には悪しき心へと染まるものも少なからず存在する。
ただ何を以って善なるものと悪しきものが定められるかは今の妾にもまだわからぬ。
また希薄過ぎる妾らが一族故に父神が妾らと言葉を交わすのは非常に稀。
その稀の一つが世界の珠を譲り受けし時なのだ。
リーゼに至っては誕生して以降まだ一言も言葉を交わした事はない。
それ故言葉を交わした事のない父神への思慕とやらがあるのやもしれぬ。
「父様とはそれ以外にどの様なお言葉を交わされたのですか?」
「――――ない」
その様に期待の籠った眼差しで見つめないで欲しい。
逆に話し難いではないか。
「ない?」
豆鉄砲でも喰らったかの様な顔をするのではない。
妾も思ったのだ。
久々に会った子への言葉はそれだけなのか……とな。
「今は色を決めてから妾は愛情を込めて愛しんでおる。これが正しいのかどうかはわからぬ。しかし未だ小さな世界ではあるが、少しずつ成長をしていく様子を見守るだけで妾は幸せと言うものを感じるのだ」
愛情を込めるとは言うたが、愛情と言うものが抑々わからぬのによいのだろうか、と妾は思う。
だが実際に小さき世界を見るのは実に楽しいのも事実。
「見ているだけなのですか。何か手を加えたり、お姉様のお好きな物を創られたりは……」
「基本的には何も行わぬ。種付けの様なものは行ったがの。ただそれだけだ。妾は小さき世界がどの様な形でもよい。そこに存在するものがゆっくりと成長する過程を楽しみたいのだ」
嘘偽りはない。
中には直接関与する神もいるだろう。
また私の様にほぼ何もせず見守る神もいる。
千差万別。
父より託されし世界の珠は一つとして同じ世界はない。
故に妾の世界もたった一つだけ存在する妾の世界。
恐らくこれ程素晴らしいものは存在しないだろうと思う。
どうか一日も早くリーゼの力が顕現すればと妾は希う。
さすれば神界の隅で一人寂しく揺蕩う事もないだろうに……。
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