上 下
118 / 120
第五章  拗らせとすれ違いの先は……

【23】

しおりを挟む

 ♡ ◇ ♡


「あ……」

 うっかりと、えぇうっかり忘れておりましたわ。
 王太子ご夫妻をお見送りしたと同時にわたくしは再び逃げ出す心算だったのです。
 此度こそはシンディーを巻き込まない様にわざと彼女には屋敷で留守をする様に言い聞かせ、単身で逃走しようとその為の準備も秘かに進めていたのに何という事でしょう。

 未だに慣れない旦那様の甘々モードにすっかりとわたくしは翻弄されてしまえばです。帰宅するとそのままサロンへ問答無用とばかりに連れて来られればあ、あり得ないと何度も自問自答するわたくしに構わず旦那様はご自身のお膝の上にわたくしを座らせるのです。

 まるでもうここがわたくしの座る場所なのだと、旦那様は途轍もなく何時も以上に麗し過ぎる笑顔でにこやかに微笑みながらそう仰るのです。しかしそれとは別に感じられるものは旦那様の膝より降りてはいけないと言う半端のない圧をひしひしと旦那様ご自身より感じさせられてしまうのです。

 そうして何とも精神的にまた肉体的と申し上げればよいのでしょうか。
 
 慣れぬ居心地の悪さの中でお茶を、えぇ勿論と申しましょうか用意された美味しい紅茶も少し酸味のある爽やかなレモンのメレンゲパイの全ては旦那様自ら小さめの一口サイズへと綺麗な所作で切り分けられればです。紅茶は程よき温度で、旦那様の甘い言葉と熾火の様な熱と甘さの絡みつく様な視線の合間にわたくしの口へパイと紅茶とそしてわ、わたくしの顔や手へその都度口付けをっ、それも態と大きなリップ音を立てて周りにいるシンディー達へ聞こえる様に繰り返しなさるのですっ⁉

 ああお茶だけでなくその後の夕食もそう……でしたわね。

 ウィルクス夫人達の生温い視線と本当に何とも居た堪れない空気の中でまたしても旦那様はわたくしをご自身の膝の上へと座らせれば、雛鳥への餌付け宜しくと言う様にわたくしへせっせと食べさせるのですもの。

 当然先程と同じく甘過ぎる言葉と蕩ける様な熱を孕んだ視線は既にオプション化しております。

 でもこれは本当に淑女として如何なものかと反省してもおりますの。

 それにわたくしは旦那様を慕われる数多なるご令嬢方とは違いそ、そのですね。ぽっちゃりさんですからきっと旦那様のお膝も相当辛いと思うのです。だからこそここは年上のつ、妻として旦那様へご注意を申し上げるのが筋である事も十分理解しております。

 でも、今までよりも本当に心より優しげで甘く蕩けそうな表情で、また物凄く楽しそうなご様子は初めて……いえここ最近ずっとなのかもしれません。少し前まではお仕事で忙しそうになさっておいででした旦那様のこの様なご様子を見ればとても注意なんて出来なかったのです。

 そ、それに加えてわ、わわたくしは、なんてはしたない女なのでしょう。
 皆に見られてとても恥ずかしいのにも拘らず、わたくしは淑女らしかぬ想いを抱いてしまったのかもしれません。

 旦那様に甘やかされると共に心の中がとても温かく、今まで感じた事のないほわほわとした幸せな想いが……幸せ?


 わたくしは旦那様と、リーヴィと共にいて……なのでしょうか。


 サブリーナ嬢と共に過去のわたくしを何度となく地獄の底へと叩き落とす恐ろしい彼と共にいてわたくしは幸せだと、この心の中にある不思議な心地良さと温かさは幸せの証拠なのでしょう……か。
しおりを挟む
感想 202

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

決して戻らない記憶

菜花
ファンタジー
恋人だった二人が事故によって引き離され、その間に起こった出来事によって片方は愛情が消えうせてしまう。カクヨム様でも公開しています。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】彼の瞳に映るのは  

たろ
恋愛
 今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。  優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。  そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。  わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。 ★ 短編から長編へ変更しました。

アラフォー王妃様に夫の愛は必要ない?

雪乃
恋愛
ノースウッド皇国の第一皇女であり才気溢れる聖魔導師のアレクサは39歳花?の独身アラフォー真っ盛りの筈なのに、気がつけば9歳も年下の隣国ブランカフォルト王国へ王妃として輿入れする羽目になってしまった。 夫となった国王は文武両道、眉目秀麗文句のつけようがないイケメン。 しかし彼にはたった1つ問題がある。 それは無類の女好き。 妃と名のつく女性こそはいないが、愛妾だけでも10人、街娘や一夜限りの相手となると星の数程と言われている。 また愛妾との間には4人2男2女の子供も儲けているとか……。 そんな下半身にだらしのない王の許へ嫁に来る姫は中々おらず、講和条約の条件だけで結婚が決まったのだが、予定はアレクサの末の妹姫19歳の筈なのに蓋を開ければ9歳も年上のアラフォー妻を迎えた事に夫は怒り初夜に彼女の許へ訪れなかった。 だがその事に安心したのは花嫁であるアレクサ。 元々結婚願望もなく生涯独身を貫こうとしていたのだから、彼女に興味を示さない夫と言う存在は彼女にとって都合が良かった。 兎に角既に世継ぎの王子もいるのだし、このまま夫と触れ合う事もなく何年かすれば愛妾の子を自身の養子にすればいいと高をくくっていたら……。 連載中のお話ですが、今回完結へ向けて加筆修正した上で再更新させて頂きます。

処理中です...