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第五章 拗らせとすれ違いの先は……
【23】
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「あ……」
うっかりと、えぇうっかり忘れておりましたわ。
王太子ご夫妻をお見送りしたと同時にわたくしは再び逃げ出す心算だったのです。
此度こそはシンディーを巻き込まない様に態と彼女には屋敷で留守をする様に言い聞かせ、単身で逃走しようとその為の準備も秘かに進めていたのに何という事でしょう。
未だに慣れない旦那様の甘々モードにすっかりとわたくしは翻弄されてしまえばです。帰宅するとそのままサロンへ問答無用とばかりに連れて来られればあ、あり得ないと何度も自問自答するわたくしに構わず旦那様はご自身のお膝の上にわたくしを座らせるのです。
まるでもうここがわたくしの座る場所なのだと、旦那様は途轍もなく何時も以上に麗し過ぎる笑顔でにこやかに微笑みながらそう仰るのです。しかしそれとは別に感じられるものは旦那様の膝より降りてはいけないと言う半端のない圧をひしひしと旦那様ご自身より感じさせられてしまうのです。
そうして何とも精神的にまた肉体的と申し上げればよいのでしょうか。
慣れぬ居心地の悪さの中でお茶を、えぇ勿論と申しましょうか用意された美味しい紅茶も少し酸味のある爽やかなレモンのメレンゲパイの全ては旦那様自ら小さめの一口サイズへと綺麗な所作で切り分けられればです。紅茶は程よき温度で、旦那様の甘い言葉と熾火の様な熱と甘さの絡みつく様な視線の合間にわたくしの口へパイと紅茶とそしてわ、わたくしの顔や手へその都度口付けをっ、それも態と大きなリップ音を立てて周りにいるシンディー達へ聞こえる様に繰り返しなさるのですっ⁉
ああお茶だけでなくその後の夕食もそう……でしたわね。
ウィルクス夫人達の生温い視線と本当に何とも居た堪れない空気の中でまたしても旦那様はわたくしをご自身の膝の上へと座らせれば、雛鳥への餌付け宜しくと言う様にわたくしへせっせと食べさせるのですもの。
当然先程と同じく甘過ぎる言葉と蕩ける様な熱を孕んだ視線は既にオプション化しております。
でもこれは本当に淑女として如何なものかと反省してもおりますの。
それにわたくしは旦那様を慕われる数多なるご令嬢方とは違いそ、そのですね。ぽっちゃりさんですからきっと旦那様のお膝も相当辛いと思うのです。だからこそここは年上のつ、妻として旦那様へご注意を申し上げるのが筋である事も十分理解しております。
でも、今までよりも本当に心より優しげで甘く蕩けそうな表情で、また物凄く楽しそうなご様子は初めて……いえここ最近ずっとなのかもしれません。少し前まではお仕事で忙しそうになさっておいででした旦那様のこの様なご様子を見ればとても注意なんて出来なかったのです。
そ、それに加えてわ、わわたくしは、なんてはしたない女なのでしょう。
皆に見られてとても恥ずかしいのにも拘らず、わたくしは淑女らしかぬ想いを抱いてしまったのかもしれません。
旦那様に甘やかされると共に心の中がとても温かく、今まで感じた事のないほわほわとした幸せな想いが……幸せ?
わたくしは旦那様と、リーヴィと共にいて幸せ……なのでしょうか。
サブリーナ嬢と共に過去のわたくしを何度となく地獄の底へと叩き落とす恐ろしい彼と共にいてわたくしは幸せだと、この心の中にある不思議な心地良さと温かさは幸せの証拠なのでしょう……か。
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