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第五章  拗らせとすれ違いの先は……

【15】

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「大変お待たせ致しました旦那様」

 やはり旦那様はエントランスでお待ちになっておいででしたわ。

「いや、今降りてきたばかりだから気にしないで欲しい」

 エントランスで皆と一緒に待っておられた旦那様はシックですっきりと着こなされているのは黒のタキシード。
 そのお姿は旦那様の艶やかで少し硬めの漆黒の髪と色香溢れる緋色の瞳にとても似合っておいでです。
 お若い令嬢方でなくとも一目旦那様を見れば皆恋に堕ちてしまうのも頷けますわっ。

 そしてこの様に素敵な御方の隣にいるのは、わたくしのお友達の一人でもあるキングスライムのタマの小型版?
 あ、いえその決してタマがぷよんぷよんで大きいと言う意味合いではないのですよ。
 タマはとても可愛らしいのですもの。

 そう問題はタマではなく――――なのです。


 本当に何時も思うのです。
 旦那様の隣に立つにはわたくしは相応しくないのだと……。

 勿論これまでに何度となくダイエットも致しましたのわたくしとて女性の端くれですもの。期限付きとは言え由緒ある公爵家へ嫁したのです。旦那様の足を引っ張る様な姿ではいけないと、なのにです!!

 ダイエットをし始めた途端……その旦那様より美味しいお菓子だけでなく、仕事先で見つけたと言ってはお土産に買ってこられるご当地限定の美味しそうな食材達。

 それらを一緒に食べようとあの爽やかでお優しい笑顔でっ、えぇ笑顔で有無を言わさず旦那様のお手より甲斐甲斐しく毎回食べさせられるのですよっ。然も皆の見ている前で、旦那様の御膝の上に座らせられて……のお食事やお茶なのです。
 
 そうして結局痩せた分はお陰様でしっかりと元の体重へと戻り……現在もそれを維持しておりますの。
 ご自分だけは何時もこんなにも素敵なのにどうしてわたくしばかり……。


「どうしたのかな僕のヴィーは。何だかご機嫌斜めみたいだね」

「い、いえそういう意味ではなく……」

 貴方が素敵過ぎるのが問題なのですとは口が裂けても言えません。

「じゃあ何かな。貴女の憂いを晴らすのは夫である僕の務めだからね。ああ、でも今日も貴女はとても美しくそしてなんと愛らしい姿なのだろうか。僕は毎日貴女を見る度に貴女へ恋に堕ちてしまうよ」

 ――――っ⁉

 ど、どうしてこの御方はこの様な歯の浮く台詞をさらりと、まるで息を吸って吐く様に言えるのでしょうか。それと同時にどうしてわたくしはこんなにも胸が騒がしくなるのでしょう。この御方の、旦那様のお心の中にはサブリーナ嬢がいると言うのにです。わたくしはもう直ぐ……きっとこの公務がひと段落した頃を見図られておいでになられているのではないでしょうか。

 だとすればです。

 わたくしもうかうかしてはおれません。
 公務に支障の出ない範囲で対策を早急に講じなければ……。


「ねぇヴィーは何を考えているの?」

「――――っ⁉」

 ち、近いっ、近過ぎます旦那様っ!!

 旦那様はそう仰られると同時に温かくも大きな手でわたくしの頬を包み込めば、お互いの鼻先がこつんと優しく触れ合う……えぇ間違いなく鼻は既に触れておりますわ。でもこのままでは公衆の面前で唇すらも奪われかねませんっ。そ、そこは大人の、年上の女性としては如何なものでしょう。

「だ、旦那……様あの……」
「ねぇヴィー、どうして貴女は僕の事を皆の前でもだけれど。僕が注意をしなければずっと永久にで押し通すの?」

 少しむっとした、えぇほんの少し拗ねた様な口調で旦那様は仰います。
 そのお姿が、少年の頃と何ら変わらないお姿にわたくしは少し心が和んでしまいますがでも……。

ってちゃんと僕の名前で呼んでヴィヴィアン・ローズ。僕の最愛の妻である貴女にだけ僕の名前で、何時までも愛称で呼んで欲しい」

「ぁ、はいリーヴィ」
「うん、ヴィーに名前で呼ばれるととても幸せな気分になるよ。じゃあそろそろ晩餐会へと行こうか」
「はいリーヴィ、皆様をお待たせしてはいけませんものね」

 リーヴィ……貴方の名を呼ぶ度にわたくしの心は何故かチクチクと痛むのです。

 多分わたくしは知っているのですよ。
 貴方がわたくしを貴方の最愛だと仰るのは口先だけの嘘なのだと言う事を――――ね。
 

 貴方のお相手はサブリーナ嬢だけではないのでしょう。
 社交界で噂に上がる令嬢達の名を聞く度にどうしてわたくしは貴方の妻になったのだろうかと、この道だけは進むまいと思っておりましたのに何故わたくしは貴方の妻になったのでしょうね。

 記憶を取り戻したわたくしが貴方と出逢った頃もですが、最近益々わたくしはわたくし自身の気持ちが今何処にあるのかが全く分からないのです。

 でも絶対にあの様な惨たらしい最期を迎えたくはない!!

 またそこにシンディーを今度こそ巻き込みたくないのもわたくしの本心なのです。
 それは今も何ら変わってはおりません。

 でも、でも何故なのでしょう。

 貴方と触れ合う度にこの何とも言い表せない不可思議な気持ちを、その気持ちが日々大きくなってしまうのを一体わたくしはどうすればよいのでしょうか。

 貴方と過ごして幸せだと感じてしまうわたくしは魔王に魅入られた贄?

 若しくは転生を繰り返す毎にわたくしはわたくしの感覚までも麻痺してしまったのでしょうか。
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