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第五章 拗らせとすれ違いの先は……
【12】
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「ここ、は……?」
ふと見上げれば精密な、緋色を主体とした大小様々な薔薇の刺繍が施された天蓋。
寝台を囲むのは銀糸で幾つもの薔薇の刺繍の施されたレースのカーテン。
漆黒の四本の支柱にはやはり精密で素晴らしい薔薇の彫り物。
美しいレースのカーテンを覆うのは鮮やかで深い碧色の厚手のカーテンに仕切られれば、殆ど日の光は射してはこない……けれども今は間違いなく朝、ですよね?
であればここは寝室……?
この見覚えがあると言うよりも確実に見知っている場所ですわよね。
それは五年もの間わたくしの……と申しましょうか、そうですわね。
わたくし達夫婦の寝室でした。
それにしても何故?
どうして、何時わたくしは公爵家へ、どの様に戻ればこうしてごく当たり前の様にここでこうして……って然もです⁉
わたくしは今現在進行形で明らかにわたくし以外のモノによってぎゅうぎゅうに拘束……いえ正確に言えば抱き締められている状態ですわね。またわたくしの身体を拘束していらっしゃるのは恐らく、いいえこれはほぼ間違いはないでしょう。
この状況は本当に、そうこれまで繰り返してきた過去世に置いて、いえどの様に考え巡らせても絶対にあり得ない事なのですがどうやらわたくしはだ、旦那様の身体によって拘束されているみたい……です。
そのですね、多分普通に抱き締められているとは思うのですよ。でも……何と申しますか旦那様の逞しい腕の中に抱き締められているだけではなく、わたくしのものではない長くも頑丈な脚はまるで何と申しましょうか。旦那様は何か蔦科の植物の様にわたくしのそう長くもない脚へがっちりと、ええそれはもう一度捕まれば二度と脱出は不可能だろうと言わんばかりにわたくしへ絡み付かれておいでの様なのです。
ふふ、そうですわね。
何でしょうね、この様な旦那様の様子を見ればまるで本当にわたくしへ執着されておられるかの様な、それこそ本当にあり得ないのに……ね。
とは言えこの状況に該当する理由が生憎ながらわたくしには皆目見当が付かないけれどもです。
しかし何故でしょう。
不思議と嫌ではないのです。
旦那様の腕の中はとても温かく、そして何も考えられないくらいに何かがゆっくりと満たされていくのです。心の中がじんわりとして心地良いのに、でもこの先の未来を思えばちくちくと切なさと共に悲しみが胸を、心がとても痛くなるのです。
一体この感情は何なのでしょうか。
またこんな風に旦那様の事を考えれば自然と涙が溢れてくるのです。
とは申せ実際に泣きはしませんよ。
何故なら旦那様は今とてもお健やかに眠っていらっしゃるのですもの。
きっとわたくし少しでも動けばお目覚めになられるでしょう。
理由はどうあれお伺いしたい事は山盛り満載なのですが、常の旦那様はとてもお忙しい御方なのです。
公爵家へ嫁して五年。
この様に無防備な、まだあどけない表情で安らかにお眠りになられていらっしゃるお姿ははっきりと言ってとても貴重なものなのです。
生憎ながらわたくしはまだ数える程しか拝見してはいませんが、きっとサブリーナ嬢や社交界で噂に上がっておられる令嬢方は何度もこの様な安らかな表情を御覧になられていらっしゃるのでしょうね。
あ、あらまあこれでは嫉妬に狂った醜い妻そのものではないですか。
駄目よヴィヴィアン、貴女は旦那様の形だけ、そう期限付きの妻なのです。
えぇそう、そうなのですよ。
遠くない未来にはお別れが待っているのだから……。
それも旦那様ご本人によってなのですけれど……ね。
ですが此度の人生は色々と運命へ抗う事を目標としているわたくしです。
一度や二度の失敗が何だと言うのです。
ですのでわたくしはまだまだ諦めてはおりませんよ。
此度の件はきっとわたくしが運命に抗う事によって生じたアクシデントなのでしょう。
ですから何も問題はありません。
今はこの温かで心地の良い檻より抜けられそうもありませんが、近い内に此度の脱出の反省をしつつ次こそは絶対に旦那様に見つからない所へ逃げると致しましょう。
ですのでそれまで少しだけ、そうほんの少し眠りましょうか。
目が覚めればきっとサブリーナ嬢の件や色々と問題は山積みでしょうし……ね。
そうしてわたくしは未だ眠り続けていらっしゃる旦那様の胸へ自身の顔を摺り寄せると直ぐに夢の中へと誘われていきました。
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